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無言の跳躍2



 無言の跳躍・残響編


直人が消えてから一年が過ぎた

時間監察局は以前と変わらず機能していた

白い廊下、無機質な照明、規律正しく歩く隊員たち


だが玲奈には、それらすべてが薄い虚構に見えていた

局は「歴史を守る組織」ではない

歴史を管理し都合よく固定する組織だ

その真実を知ってしまった瞬間から彼女の時間は止まっていた


深夜


第三アーカイブ室

玲奈は封印領域へ侵入していた

網膜認証を偽造し量子鍵を解除する

重い扉が開く

そこには一般隊員には観覧不可能な[改変危険記録]が保管されていた

直人が最後に残したデータ

その解析を続けた結果、一つの異常へ辿り着いていた

「…存在しない観測点?」

ホログラムに古い地球地図が浮かぶ


北極圏


しかしそこには座標しか存在しない

都市名も施設名も記録そのものが欠落していた

まるで歴史から削り取られたかのように


玲奈は息を呑む

「これが局の隠している核?」


その瞬間、背後で声がした


「そこまで辿り着いたか」


玲奈は反射的に銃を向けた

だが相手を見て凍り付く


榊だった


しかし様子がおかしい


右目が機械化され皮膚には時間汚染特有の黒い亀裂が走っている


「榊さん…?」


「近づくな」

榊は低く言った

「私は長く時間潜航を繰り返しすぎた、因果崩壊が始まっている」


「どうしてここに?」

玲奈の問いに榊は苦笑した


「直人に頼まれてな」


「え?」


「もし奴が消えたらお前を止めるか、導けとな」


玲奈は言葉を失った


榊は続ける

「直人は全部知っていた、自分が消されることもお前が真実を追うことも」

「局の最深部には[第一時間機関]がある」


その名を聞いた瞬間、玲奈の端末が警告を発した


観覧禁止単語

最高機密


「世界初のタイムマシン…?」


「違う」

榊は首を振る

「最初じゃない、始まりそのものだ」


二日後


玲奈は単独で北極圏へ向かった

氷の荒野、吹雪

だがその到達点の地下には巨大な人口構造物が眠っていた

黒い塔、空に突き刺さるような異様な建築

入り口には古代語にも未来語にも属さない文字が刻まれている


[TIME ZERO]


玲奈の背筋に悪寒が走る

局のデータベースにこんな施設は存在しない

壁が生き物のように脈動している

中央のホールには巨大な球体が浮かんでいた

暗い銀色

その表面には無数の時計が埋め込まれていた

そして、その前に一人の男が立っていた


「…局長」


時間監察局長・九条


玲奈は銃を向ける

「全部知ってたんですね」


九条は静かに振り返った

老人のように見えた顔は異様なほど若々しかった

「知っていたとも」


「西暦二千百四年の災害も?」


「あれは必要だった」


玲奈の怒りが爆発する

「何万人亡くなった思ってるんですか!」


「数ではない」

九条は淡々と言う

「時間文明を成立させるには、あの事故が必要だった」


「狂ってる…!」


「違う」

九条の目が冷たく光る

「君たちは誤解している、人類は時間移動を発明したのではない」

九条は背後の球体へ手を向けた

「あれを発見しただけだ」


玲奈は息を止める

「発見…?」


「これは遥か未来ですらない、人類ではない何かが残した装置だ、時間そのものを固定し宇宙を循環させる機関」


球体の時計が一斉に動き始める

カチ、カチ、カチ

不気味な音が空間を満たす


「歴史は一本じゃない」

九条は続けた

「無数の世界線は常に生まれ消えている、だがこの装置はたった一つの歴史を固定する」


玲奈は震える声で言った

「だから、局は改変を許さない?」


「そうだ」


「でも直人は…」


「彼は気づいてしまった」

九条の表情が初めて歪む

「この世界そものもが誰かに編集され続けていることに」


その瞬間、施設全体が激しく揺れた


警告


空間震動発生


玲奈の端末が叫ぶ

「高密度時間干渉を探知!」


そして球体の表面に亀裂が走る

中から白い光が漏れ出す


九条の顔色が変わった

「まさか」


白い粒子をまといながら光の中から人影が現れる


玲奈は目を見開く

「…直人?」


だが違う

それは直人であり、直人ではなかった

瞳の中に無数の時計盤が回転している

人間ではない何か

それが静かに口を開いた

[観測固定率、限界到達]

男とも女ともつかない声が重なる

無数の声

[次の歴史に移行する]


九条が叫ぶ

「やめろ!人類はまだ耐えられない!」


それは玲奈を見た

そして直人の声で言った

「玲奈」


玲奈は涙が込み上げる

「直人なの?」


「少しだけ残ってる」


光が強まり施設が崩れ始める


「時間は檻だった」

直人の顔が苦しげに歪む

「だが檻を壊せば人類はまだ…」


言葉の途中で空間そのものが裂けた


玲奈は無数の世界を見た

滅んだ地球

海に沈んだ都市

宇宙へ進出した文明

誰も存在しない未来


その全ての中心に直人がいた

観測者として永遠に


「逃げろ!」

直人の叫び

次の瞬間白い光が世界を飲み込んだ


玲奈が目を覚ました時

彼女は東京にいた

見慣れた街

だが何かがおかしい


街の巨大モニターにはこう表示されていた

[時間移動理論、発見から五十周年]

玲奈は立ち尽くした

発見?発明じゃなく?


通行人たちが普通に時間渡航の話をしている

歴史が変わっていた

いや

書き換わっていた

玲奈は震える手で空を見上げる

ほんの一瞬だけ

巨大な時計のような模様が空に浮かんで見えた


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