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無言の跳躍1


 無言の跳躍


西暦二千三百八十九年

時間犯罪を取り締まる組織[時間監察局]の地下七層では、巨大な時間転移機[クロノゲート]が低い唸り声を上げていた

青白い光の前に、一人の男が立っていた


彼の名は直人


タイムパトロール隊第三班の隊員であり、違反検挙率トップのエリートだった

しかし、その夜の直人は通信にも応答せず、無言で端末を操作していた


「認証コード確認。転移先・西暦二千百四年、日本・東京」


無機質な音声が響く


本来、個人の判断による過去渡航は重罪だった

歴史への干渉は、世界そのものを壊しかねない

だが直人は迷わなかった


警報が鳴る


「無許可転移を確認!クロノ規約第七条違反!」


赤いランプが回転し、隔離壁が閉まり始める

それでも直人は振り返らない

ただ一瞬だけ、誰にも聞こえない声で呟いた

「…間に合ってくれ」

次の瞬間、白い閃光が彼を飲み込んだ


「直人が…規約違反?」

第三班の指令室で、隊員の玲奈は信じられないという顔をした


直人は規律の鬼のような男だった

誰よりも厳格で、誰よりも歴史改変を嫌っていた

その男が単独で過去へと逃亡した


「あり得ない」

玲奈の隣で端末を操作していた老隊員の榊が低く言う

「だが事実だ、局長命令で我々が追跡する」


巨大モニターに時間波形の残滓が表示される


直人が向かった年代は西暦二千百四年

今から二百八十五年前

「目的は?」

玲奈の問いに榊は首を振った

「わからん、だが局は異常に慌てている」

その言葉に玲奈は違和感を覚えた

ただの規約違反にしては対応が早すぎる

まるで何かを隠しているようだった


二千百四年・東京

空は灰色だった

環境崩壊の時代

酸性雨が崩れかけた高層ビルを叩いている


玲奈たちは時空偽装フィールドを展開し街へ降り立った

「直人の残留波を探知、地下区域へ向かっている」

廃地下鉄へ降りると奇妙な光景が広がっていた


古い避難シェルター

壁一面に貼られた子供の絵

太陽、青空、笑っている家族


その中央に一枚の写真があった

若い女性と小さな男の子


玲奈は息を吞む

「…直人?」

写真の少年は幼い頃の直人そのものだった


榊の顔色が変わる

「まさか…」


その時奥から声が響いた

「来ると思ってた」

直人だった

黒いコートは雨に濡れ疲れ切った目をしている


玲奈は叫んだ

「何やってるの!?あなた、自分が何をしたかわかってるの!?」


だが直人は静かに言った

「歴史を守るためだ」


玲奈が返す

「違反しておいて!?」


直人が言う

「だからだ」


その意味が玲奈には分からなかった


直人は古い端末を起動した

ホログラム映像が浮かび上がる

そこに映っていたのは若い頃の時間監察局の局長だった


「実験は成功した、西暦二千百四年の都市崩壊を利用すれば時間理論の観測障害を隠蔽できる」


玲奈の背筋が凍る


「数万人規模の犠牲は出るが問題ない、未来文明成立の礎になる」

映像が切れる


「…嘘」

玲奈は震えた


榊も言葉を失っていた


直人は低く言った

「西暦二千百四年の大災害は自然災害じゃない、未来人が引き起こした実験事故だった」


玲奈は愕然する

「そんな…」


直人は続ける

「局は歴史を守ってるんじゃない、都合の悪い真実を隠している」


雨音だけが響く


玲奈はようやく理解した


直人は逃亡したのではない

真実を暴くために、たった一人で過去へ来たのだ


玲奈が直人に問いかける

「じゃあ…あなたは歴史を変える気なの?」


直人はしばらく黙っていた

そして小さく首を振る

「変えられない」


「え?」


「俺たちが知っている未来は、この災害の上に成り立っている、ここで無理に歴史を変えれば因果が崩壊し未来そのものが消滅する」


「だったら何のために…」


直人は壁の子供の絵を見た

「せめて誰かが知るべきだと思った」


玲奈は胸が締め付けられる


正義とは何なのか


歴史を守ることか

真実を守ることか


その時だった


空間が歪む

赤い転移光

武装した時間監察局特殊部隊が現れた

隊長が冷たく告げた

「直人隊員、時間機密保持法違反により拘束する」

直人に銃口が向けられた


玲奈は反射的に前に出た

「待って!局の方が…」


「玲奈隊員、あなたも共犯として処理が可能です」


重い沈黙


直人はゆっくりと目を閉じた

そして玲奈へ小さな記録媒体を投げた


「未来へ戻れ」


「直人!」


「真実を消すな!」


次の瞬間、直人は自ら時空転移装置を暴走させた

白い光が地下空間を埋め尽くす


特殊部隊の悲鳴


崩れる時間座標


玲奈は最後に見た、光の中で少しだけ直人が笑ったのを…


数か月後


時間監察局第三班は解体された


直人の記録はすべて抹消

公式には[任務中の事故死]として処理された


玲奈は誰もいない部屋で古い記録媒体を再生させた

そこには西暦二千百四年の真実が保存されていた


玲奈は静かに呟く

「あなたは歴史を守ったの?それとも壊したの?」

答える者はいない

窓の外では未来都市の光が静かに瞬いていた

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