無言の跳躍22
無言の跳躍・最後の観測記録編
ミナト観測所に漂着した青年は直哉と名乗った
旧タイムパトロール隊第七観察班所属
年齢、二十三
彼自身の認識では昨日までTIME ZEROで任務についていたという
だが実際には二百三十七年が経過していた
最初の数週間、直哉はほとんど言葉を失っていた
無理もない
彼の知る宇宙は、まだ地球中心だった
異星文明など伝説
共有観測も禁忌理論
観測文明連盟などSFの空想ですら存在していない
それが今や
人類は異星文明と共同で銀河航路を維持し文明リンクによって宇宙規模の現実網を形成している
直哉は毎日窓の外を見ていた
まるで夢か幻かを確かめるように
ある日
ユナが食堂で彼に聞いた
「そんな昔って、どんな感じだったんですか?」
直哉は少し考える
「…息苦しかった」
「え?」
「みんな正しい未来を探していた」
ユナは首を傾げる
直哉はコーヒーを見つめた
「間違えないことが一番大事だった」
TIME ZERO
時間管理局
歴史改変を防ぎ世界線を固定する組織
それは確かに必要だった
だが同時に人類から迷う自由を奪い始めていた
直哉は静かに言う
「未来って本当はもっと曖昧だったはずなのに」
ユナは窓の外を見る
星々を繋ぐ文明リンク
揺らぎ続ける光
「今も曖昧ですよ」
直哉は少し笑った
「見ればわかる」
その夜
観測所に緊急通信が入る
[外縁観測網異常]
主任が端末を開く
「なんだこれは」
銀河外周部
文明リンクの一部が不自然に途切れていた
だが虚無潮ではない
波形が違う
ユナは息を呑む
「これ…観測されてない?」
主任が表情を変える
あり得ない
共有観測宇宙では完全未観測領域はほぼ存在しない
どこかの文明が必ず見ている
誰かが覚えている
それが宇宙を支えている
なのに、そこだけ空白だった
その時、直哉が静かに言った
「…知ってる」
全員が彼を見る
直哉はスクリーンを見つめる
顔色が青い
「これ、旧式の封鎖観測領域だ」
主任が眉をひそめる
「封鎖観測?」
直哉が頷く
「TIME ZERO初期に存在した極秘隔離区域」
ユナが息を呑む
「なんのために」
直哉は少し黙った
そして低く言った
「観測したら駄目なものを閉じ込めるため」
観測所の空気が凍る
スクリーンの空白がゆっくり広がる
そして、中心部に一つの信号が灯った
古い、極端に古い
人類史以前に近い波形
通信が流れる
ノイズ
途切れた声
「…応答せよ」
直哉の顔色が変わる
「まさか…」
「こちら…第一観測航行体…」
ノイズが増える
「…観測失敗」
ユナの背筋が寒くなる
その声は人間とも機械とも違った
古い、あまりにも古い
そして次の言葉で全員が凍りついた
「原初虚無体…再活性化を確認」
主任が震える声で言う
「そんな…共有観測で安定化したはずじゃ」
直哉が静かに呟く
「違う」
彼は空白領域を見つめる
「眠ってただけだ」
その瞬間、観測所全体が震えた
窓の外、文明リンクが黒く染まり始める
ユナが叫ぶ
「リンク侵食」
銀河規模警報
共有観測網へ一斉通知が飛ぶ
無数の文明が反応する
そして、宇宙全体に懐かしい声が響いた
[観測過多を確認]
ユナの身体が震える
教科書で読んだ
宇宙崩壊直前に現れた終わりの声
[現実保持限界]
窓の外で星が一つ消える
直哉は歯を食いしばった
「…終わってなかったのか」
その時、共有観測回線の奥深くから別の波が広がる
暖かい
静かな光
ユナは目を見開く
誰かがいる
とても遠く
でも確かに
[聞こえるか]
その声に直哉が凍りつく
ユナはなぜか胸が熱くなる
穏やかな男性の声
少し不愛想で、でも不思議と安心する声
[まだ未来は続いてる]
文明リンクが一斉に発光する
暗くなりかけた宇宙へ再び光が広がっていく
そして声は静かに続けた
[ならもう一度繋げ]
ユナは涙が出そうになる
知らないはずなのに
その声をどこか懐かしく感じていた
窓の外
無数の文明リンクが宇宙を照らしている
未来はまだ終わっていない
誰かが観測し続ける限り
誰かが誰かを覚えている限り




