無言の跳躍21
無言の跳躍・星を継ぐ者たち編
宇宙再起動からおよそ百二十年後
宇宙は生き延びていた
かつて銀河を侵食していた[観測喪失領域]は大幅に縮小し、文明同士の共有リンクは宇宙規模に広がっている
今では多くの文明が知っていた
現実とは孤独では維持できないということを
共有観測宇宙
それが現在の正式名所だった
文明は互いを観測し記憶し支えあう
もちろん争いは消えていない
利害対立もある
事故も起きる
時には戦争すらある
だが、完全孤立文明は、ほぼ存在しなくなった
誰かを完全に切り捨てることが宇宙そのものを不安定化させると理解されたからだ
銀河外縁[灯台宙域]
そこには一つの小さな観測基地が浮かんでいた
[ミナト観測所]
新米観測士の少女、ユナは窓の外を見ていた
年齢は十六
彼女は今日、初めて正式な観測任務へ就く
かなり緊張していた
「そんなに固くならなくていいよ」
後ろから声がした
振り返ると主任観測士の男性が笑っていた
「失敗しても宇宙はすぐには壊れない」
「すぐって言い方やめてください」
男性が笑う
ユナは人類とエリュシオンの混血
今では珍しくない
文明共有が進んだ結果、多種族交流も増えていた
ユナは窓の外を見る
暗い宇宙
でも昔と違う
星々の間に薄い光の線が見える
文明リンク
共有観測網
宇宙全体を繋ぐ現実の網
ユナは小さい頃から、それを見るのが好きだった
まるで宇宙そのものが呼吸しているみたいだから
その時、観測機器が小さく鳴る
[未確認漂流反応]
主任が顔を上げる
「ん?」
スクリーンに座標が表示される
銀河外縁
未観測領域近く
ユナは端末を操作する
「古い観測波形です」
「どれくらい?」
ユナが目を丸くした
「…え?」
「どうした」
「これ…二百年以上前の人類コードです」
主任の表情が変わる
二百年前
共有観測宇宙成立以前
黎明期
スクリーンに微弱映像が映る
壊れかけた小型観測艇
その船体側面には古い文字
[TPD-07]
ユナが首を傾げる
「TPD?」
主任が静かに呟く
「タイムパトロール・ディビジョン…」
ユナが息を呑む
教科書でしか見たことがない
共有観測以前の旧時代組織
つまり、宇宙史以前の遺物
通信
ノイズ
途切れ途切れの声
「…応答…願う…」
ユナは慌てて回線を開く
「こちらミナト観測所!」
しばらくの沈黙
そして再び
「ここは…どこだ」
声は若い男性だった
混乱している
ユナは言葉に詰まる
時間漂流
極稀にある
観測跳躍事故などで古い時間から存在が流れ着く現象
でも二百年前から?
主任が静かに言った
「船を収容する」
小型艇がゆっくりとドックへ入る
ボロボロだった
時空湾曲痕だらけ
扉が開く
白い蒸気
そして、一人の青年がふらつきながら出てきた
黒い制服
古い時代のタイムパトロール徽章
ユナは息を呑む
青年は周囲を見回し呆然と呟いた
「…未来?」
主任が静かに頷く
「かなり」
青年は壁の共有星図を見る
文明リンク
多種族
宇宙規模の共有網
彼は信じられないものを見る顔をしていた
「…TIME ZEROは?」
ユナが首を傾げる
「え?」
主任が静かに答える
「もう存在しない」
青年は固まる
「じゃあ時間管理は誰が…」
ユナと主任は顔を合わせる
そしてユナが少し不思議そうに言った
「みんなですけど」
青年は言葉を失う
その時、観測所の窓の外で、文明リンクが静かに瞬いた
まるで宇宙そのものが呼吸するように
ユナは笑う
「まだ問題だらけですよ」
青年は呆然と彼女を見る
ユナは少し照れながら続けた
「でも誰か一人が全部決めるよりは今の方が好きです」
青年が窓の外を見た
無数の光
繋がった文明たち
そして遠い星々
彼は小さく呟く
「…成功したのか」
主任が苦笑する
「まだ途中です」
ユナも頷く
「未来、まだ増えているので」
青年は静かに笑った
その笑い方が、どこか昔の直人に少し似ていた
その夜
ミナト観測所の外では、星々がゆっくり瞬いていた
宇宙はまだ不完全だ
これからも間違えるだろう
争いも消えない
でも、文明たちはもう知っている
未来とは誰か一人が決めるものではない
繋がりながら選び続けるものなのだと
そして宇宙は今も新しい可能性を生み続けている
終わることなく
無数の星々のその先へ




