無言の跳躍20
無言の跳躍・観測層最深部編
光が消えていた
玲奈は自分が歩いているのか漂っているのか分からなかった
上下もない
時間もない
星もない
あるのは無数の可能性の残響
誰かの人生
滅んだ文明
生まれなかった未来
それらが光の粒となって暗黒の中を流れている
観測層最深部
現実が生まれる前の海
玲奈は直人の手を握っていた
もし離せば自分がどこまで自分でいられるか分からない
直人は静かに前を見ている
その身体はもう人間の輪郭を保つのが限界だった
光の粒子、星屑
それでも、玲奈にはちゃんと直人だとわかる
遠くで何かが脈動していた
宇宙より大きな錯覚
それは形ですらない
ただ終わりという概念そのもの
原初虚無体
玲奈は息を呑む
存在を見ただけで自分の記憶が削られていく
子供の頃の景色
始めて空を飛んだ日の風
監察局の廊下
思い出が音もなく消えていく
玲奈は歯を食いしばる
「これ、宇宙が耐えられないのわかる」
直人が低く言う
「虚無は可能性を嫌う」
原初虚無体の周囲では未来が発生できない
だから文明が消える
観測が消える
宇宙が単純化されていく
その時、観測層全体へ無数の光が流れ込んできた
玲奈は目を見開く
文明リンク
人類
エリュシオン
重力文明
夢見種族
あらゆる文明たちが共有観測を接続している
汐里の声が響く
「聞こえる!?」
玲奈が笑う
「聞こえてる!」
「そっちは!?」
「最悪!」
「知ってる!」
少し笑ってしまう
こんな場所でも誰かの声があるだけで怖さが少し減る
原初虚無体が動く
いや、宇宙の終わりが近づいてくる
無数の可能性が消えていく
玲奈の身体も薄れる
直人が静かに言った
「始めるぞ」
玲奈が頷く
共有観測
文明同士を繋ぎ互いを現実として支えあう
それを宇宙規模で展開する
理論上だけ存在した最終観測
直人が両手を広げる
観測層全体へ光の波が広がった
玲奈もそれに重ねる
瞬間、宇宙全体の文明意識が流れ込んできた
その膨大な情報量に痛みで意識が飛びそうになる
誰かの誕生
誰かの死
誰かの恋
誰かの後悔
文明規模の感情
玲奈は涙を流す
あまりにも多すぎる
でも、暖かい
原初虚無体が波を放つ
文明リンクが砕ける
玲奈が苦しむ
その時、無数の声が響いた
繋げ!
消えるな!
まだ終わるな!
共有観測網
文明たちが互いを支えあっている
玲奈は理解する
現実とは誰かが誰かを覚えていることなのだ
孤立すれば消える
でも、繋がっている限り存在は続く
直人が原初虚無体を見つめる
「お前も孤独だったんだな」
玲奈が驚く
原初虚無体には意思などないと思っていた
だが直人は静かに続ける
「可能性が増えすぎた宇宙を守ろうとしていた」
玲奈は気づく
虚無は悪ではない
宇宙が壊れないように削減していただけ
固定文明と同じだ
恐怖から崩壊を防ぐため
玲奈は前へ出る
原初虚無体に向かって
怖い、近づくだけで存在が消えそうだ
それでも、彼女は手を伸ばした
「ねえ」
虚無が揺れる
「一緒じゃ駄目?」
宇宙が静まる
玲奈が涙を浮かべながら笑う
「私たち失敗ばかりだよ」
文明リンクが脈動する
「でも、一人で消えるよりはいい」
直人が隣へ来る
そして、初めてだった
直人が自分から誰かに手を伸ばしたのは
「共有観測へ接続しろ」
原初虚無体が震える
終わりそのものだった存在へ文明たちの光が流れ込む
感情
記憶
願い
他者という概念
その瞬間、観測層が爆発的に発光した
宇宙全体に巨大な共有リンクが形成される
銀河と銀河
文明と文明
過去と未来
無数の現実が網のように繋がっていく
原初虚無体が初めて止まった
玲奈は聞こえた気がした
微かな声
[…あたたかい]
次の瞬間、暗黒が星へ変わった
宇宙が再起動する
銀河が灯る
消えかけていた文明たちが戻る
観測喪失領域がゆっくり縮小していく
そして、宇宙全体へ新しい波が広がった
孤立観測から共有観測宇宙へ
玲奈は光の中で泣きながら笑った
「ほんと、最後まで大仕事だったね」
直人もほんの少し笑う
「まだ終わってない」
玲奈が目を細める
「え?」
直人は再び星々が灯る宇宙を見上げていた
「未来はまた増える」
無数の星
無数の文明
無数の可能性
宇宙は再び不完全なまま動き始めていた




