無言の跳躍19
無言の跳躍・星海共有計画編
[星海共有計画]開始から十二年
宇宙は静かに変わり始めていた
最初は不可能だと言われた
文明同士の観測共有など、理論上ですら成立困難
言語
感覚
時間認識
存在構造
あまりにも違いすぎる
だが、それでも文明たちは繋がり始めた
ある種族は音楽で感情を共有した
ある種族は重力波で記憶を伝えた
ある種族は夢を介して互いを理解した
そして人類はその中心で翻訳者の役割を果たしていた
不完全で、矛盾だらけで、でも他社理解を諦めなかった文明
それが今だけは強みになっていた
土星軌道[カシオペア]
星海議場
玲奈は巨大な共有観測マップを見上げていた
銀河群の間に無数の光線が繋がっている
文明同士の共有リンク
以前なら孤立していた文明圏が今は少しずつ互いを観測しあっていた
その結果、観測喪失領域の拡大速度が低下している
汐里が静かに言った
「止まり始めてる」
玲奈が頷く
「まだ完全じゃないけどね」
アシュレイが後ろから現れる
「それでも前例のない成果です」
彼の身体はさらに透明になっていた
外宇宙航行者たちは宇宙の境界に近づくほど存在が希薄化する
だがアシュレイは穏やかだった
「私たちエリュシオンでも、ここまでの文明同期は成功していません」
玲奈は苦笑する
「また人類変なことした?」
「かなり」
その時、議場全体に警報が響いた
全員の表情が変わる
巨大スクリーンに表示される
[虚無潮・超大型反応]
玲奈の血が冷える
座標は…銀河中心
星図中央が黒く染まり始めていた
直人が静かに現れる
今の彼は、もうほとんど光そのものだった
輪郭は曖昧
声だけが辛うじて人間らしい
「始まったか」
玲奈が振り返る
「なにが?!」
直人は銀河の中心を見つめる
「宇宙の収縮」
アシュレイが息を呑む
「まさか…観測容量が限界を超えた?」
直人は頷く
「宇宙そのものが未来の数を減らそうとしている」
星図の黒が広がる
文明リンクが次々断絶する
銀河が沈んでいく
共有回線へ無数の悲鳴が流れ込む
消えていく文明たち
歴史
記憶
存在
玲奈は頭を押さえる
苦しい
感情量が桁違いだ
汐里が叫ぶ
「リンクを切って!玲奈が持たない!」
だが玲奈は首を振る
「今切ったら、繋がりが消える!」
共有観測は互いを支える現実網
誰かが切ればその文明は孤立する
そして孤立は消滅へ近づく
虚無潮の中から巨大な影が現れた
銀河サイズ
輪郭すら認識できない
存在しているだけで周囲の星が消える
アシュレイが震える
「…原初虚無体」
玲奈が顔を上げる
「虚無にも意思があるの?」
直人が低く言った
「意思じゃない」
空間が軋む
「宇宙の終わりそのものだ」
原初虚無体が宇宙全体へ波を放つ
リンクが崩壊する
文明が次々消える
玲奈は絶望しかける
その時、直人が前に出た
玲奈が叫ぶ
「なにする気!」
直人は振り返らない
「観測層へ行く」
汐里の顔色が変わる
「まさか…!」
直人は静かに言う
「内側から支える」
玲奈は理解してしまう
観測者は現実固定の楔
なら、直人ほど深く観測層へ潜った存在なら
宇宙規模で支えになれる
代わりに戻ってこれない
玲奈は直人の腕を掴む
初めてだった
彼を止めようとしたのは
「駄目」
直人が少し驚いた顔をする
玲奈の目に涙
「もう一人で行かないで」
昔の直人なら何も言わずに行っていた
でも今は違う
彼は少しだけ困ったように笑った
「一人じゃ無理だ」
玲奈が目を見開く
直人は宇宙を見上げる
「共有観測だろ」
その瞬間、玲奈は理解する
これは誰か一人の犠牲ではない
文明同士が支えあう計画
なら、観測層に入るのも一人では意味がない
直人が玲奈に手を差し出す
昔、TIME ZEROで選択を迫った時みたいに
でも今は違う
孤独の継承じゃない
共に行くための手
「玲奈」
宇宙が崩れていく
星々が消える
それでも直人は静かだった
「未来を繋ぎに行くぞ」
玲奈は涙を拭う
そして笑った
「ほんと最後まで無茶苦茶」
汐里が後ろで叫ぶ
「帰って来いよ!」
アシュレイも静かに頭を下げる
玲奈と直人は頷く
そして、二人は崩壊する銀河の光の中へ手を取り合って歩き出した
宇宙そのものを支えるために
誰か一人の世界ではなく
みんなの未来を残すために




