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無言の跳躍17



 無言の跳躍・星海会談編


[TSV-01 ナオト]が地球に帰還してから一年後

人類は変わった

いや、変わらざるを得なかった

外宇宙に知性が存在する

その事実は文明そのものの前提を書き換えた

宗教が揺れた

哲学が再定義された

哲学者たちは眠れなくなった

そして何より

人類は初めて宇宙の中で孤独ではないと知った


共有観測局・中央軌道会議場


地球上空三万六千キロ

巨大なリング状施設の中央に玲奈は立っていた

窓の外には地球

青く、美しく、そして脆い

その周辺を無数の艦船が周回している

軍艦ではない

観測艦

通信艦

救難艦

人類は外宇宙時代へ足を踏み入れていた


会議場には各国家圏代表が集まっている

地球連合

火星自治圏

月面評議会

軌道市民群

そして、人類以外の席が一つ

空席のまま存在している


玲奈はその席を見る

今日、ついに来る

[TSV-01 ナオト]が外宇宙で接触した知性体

人類初の異性間会談


汐里が隣にくる

「緊張してる?」


玲奈は苦笑する

「観測評議会より緊張する」


「相手が人かもしれないから?」


玲奈は少し黙る

そうだった

評議会や原初観測体は、あまりにも巨大すぎた

だが今回は違う

相手もまた文明なのだ

価値観がある

感情があるかもしれない

だからこそ難しい


その時

会議場中央に光が発生した

空間移転

しかし観測波形が異常に静かだった

滑らかすぎる

まるで宇宙そのものがそこに自然に道を作ったかのように

光の中から一つの存在が現れる

人型、だが完全な人間ではない

半透明の身体

星のような光を含む銀色の髪

瞳の奥に小さな銀河が回転している


会場全体が静まり返る


存在はゆっくり周囲を見回した

そして少し困ったように言った

「…すみません」

日本語だった


全員が固まる


玲奈も思わず聞き返す

「え?」


存在はさらに困った顔をする

「翻訳同期が自動適応しました」


汐里が呆然と呟く

「いやそこじゃなくて」


存在は静かに礼をした

「初めまして、恒星間漂流共同体[エリュシオン]所属観測航行士、アシュレイです」

完全に外交官だった


玲奈は頭が追い付かない

もっとこう理解不明な存在を想像していた

だがアシュレイは、かなり人間に近い

少なくとも仕草は


会議が始まる


玲奈は代表席に座る

「まず確認したいんだけど」


「はい」


「あなたたちは観測文明なの?」


アシュレイは少し考える

「半分正解です」


会場がざわつく


アシュレイは続けた

「私たちは元々、固定文明でした」


玲奈の表情が変わる

固定文明、かつてのTIME ZEROに近い


「しかし数千年前、共有観測理論に接触しました」

アシュレイは玲奈を見る

「あなたたち人類と似た結論に至りました」


汐里が息を呑む

「共有観測は人類だけじゃなかった」


「非常に稀ですが存在します」

アシュレイの瞳の銀河が静かに回転する

「だから私たちは、あなたたちへ接触した」


玲奈は眉をひそめる

「なぜ?」


アシュレイは静かに言った

「外宇宙が崩れ始めているからです」


会場の空気が変わる


アシュレイが空間へ映像を展開する

銀河群、その一部が黒く欠けていた

まるで存在そのものが削除されたかのように


玲奈の背筋が冷える

「なに…これ」


アシュレイに表情が初めて曇る


「観測喪失領域」


直人が後方で小さく反応する

「始まったか」


玲奈が振り返る

「知ってるの?」


直人は低く言った

「観測文明が増えすぎると宇宙そのものが不安定化する」


アシュレイが頷く

「現実を支える観測容量には限界がある」


会場がざわめく


つまり、文明が増え、観測が増え、可能性が増えすぎた結果

宇宙が保持しきれなくなっている


玲奈は呆然と呟く

「じゃあ…」


アシュレイが静かに答える

「最悪の場合、宇宙規模で現実崩壊が起きます」


誰もが言葉を失う


人類はようやく宇宙へ出たばかりだ

なのに、宇宙そのものが壊れ始めている


その時、玲奈は気づく

アシュレイが自分たちを見ている目

そこには期待があった

「なんで人類へ会いに来たの」


アシュレイは少し笑った

「あなたたちが異常だからです」


玲奈が顔をしかめる

「褒めてる?」


「最大級に」


会場で少し笑いが起きる


アシュレイは続けた

「固定でも完全自由でもなく、矛盾を抱えたまま共有観測を成立させている」


その瞳が玲奈を見る


「そんな文明はほとんど存在しません」


玲奈は息を吐く

まただ、人類は良くも悪くも、いつも前例がない


アシュレイは最後に言った

「だからお願いがあります」


会場が静まる


「私たちと共に宇宙の未来を観測してほしい」


窓の外、地球が静かに輝いている

玲奈はその青い星を見つめる

小さな世界、争いだらけで不完全で

でも、誰かと繋がることを諦めなかった星

玲奈はゆっくりと立ち上がった

そして微笑む

「また無茶な話が来たね」


直人が小さく笑った

「人類向きだ」


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