無言の跳躍16
無言の跳躍・外宇宙応答編
[TSV-01 ナオト]が消えた瞬間
太陽系全域の観測網が十秒だけ沈黙した
完全な無音
共有観測回線すら呼吸を止めたように静まる
そして次の瞬間
爆発的な情報波が地球圏に流れ込んだ
観測跳躍成功
歓声が上がる
地球
月
火星
軌道都市
数十億人が同時に歓喜した
人類はついに恒星間距離を越えた
だが、玲奈だけはすぐに異変に気付いていた
観測波形がおかしい
「戻り信号が多すぎる」
汐里が端末を見る
確かに異常だった
通常、観測跳躍後の帰還波形は一本
だが今、[TSV-01 ナオト]からの信号は何百本も重なっている
しかも微妙に違う
玲奈の顔色が変わる
「まさか…」
観測跳躍は到達した未来へ接続する技術
つまり、未来が分岐していれば到達結果も複数存在する
スクリーンに映像が映る
一つ目
[TSV-01 ナオト]は成功裏にプロキオンへ到着
未知文明の痕跡を発見
二つ目
船体半壊
乗組員死亡率七十%
三つ目
船が観測跳躍から帰ってきていない
四つ目
宇宙そのものが歪んでいる
汐里が息を呑む
「全部同時に観測されてる」
玲奈は静かに言った
「観測外領域」
太陽系外では、まだ人類観測が薄い
つまり、現実固定が弱い
複数の未来が重なったまま存在している
その時、共有観測回線へ直接声が流れ込んだ
ノイズ混じり
「…聞こえるか」
玲奈が顔を上げる
「こちら…TSV-01…」
声が複数重なっている
同じ人物、違う未来
「到着した」
「助けてくれ」
「ここはどこだ」
「まだ跳躍中だ」
玲奈の背筋が冷える
船が分裂している
いや、未来ごと重なっている
突然、太陽系外縁部に巨大な光が発生した
観測望遠網が自動拡大する
そこには巨大な存在があった
恒星ほどの大きさ
無数のリング
そして中央に巨大な瞳
汐里が震える
「評議会…!?」
だが違う
玲奈は直感する
もっと古い、もっと巨大
直人の表情も変わった
「原初観測体」
玲奈は息を止める
「原初?」
直人が静かに言った
「最初に観測を始めた存在だ」
宇宙全体へ声が響く
[新規観測文明を確認]
玲奈は理解する
人類は今、内側の文明から外に出てしまったのだ
観測文明圏
その境界の向こうへ
[質問]
巨大な瞳が人類を見る
[お前たちは、何を求める]
世界中の人々が、その問いを聞いていた
汐里が呟く
「試されてる」
玲奈はゆっくりと目を閉じる
何を求めるのか
支配?
繁栄?
永遠?
違う、彼女の脳裏に浮かぶのは
監察局時代の直人
壊れかけたTIME ZERO
共有観測の日々
子供の、明日が楽しみ
玲奈は空を見上げ、答えた
「知りたい」
宇宙が静まる
玲奈は続ける
「怖くても、失敗しても」
彼女の声は共有観測回線を通じて全人類へ広がる
「自分たちの知らない未来を知りたい」
原初観測体は沈黙した
恒星のような瞳がゆっくり瞬く
[危険は理解しているか]
「たぶん半分くらい」
直人が小さく吹き出す
玲奈も少し笑いながら続けた
「でも、人間は昔からそうだった」
火を使い
海を渡り
空を飛び
危険でも未知へ進んだ
[理解不能]
原初観測体の声
その巨大な瞳に微かな変化が生まれる
[興味深い]
その瞬間、分裂していた[TSV-01 ナオト]の波形が収束し始める
複数の未来が一つに寄っていく
汐里が驚愕する
「共有観測が届いてる」
地球圏から無数の意識
帰ってきてほしい
知りたい
生きていてほしい
それらが船の未来を固定し始めている
人類は今、宇宙規模で誰かを迎えに行く観測をしている
やがて、暗い宇宙の中に一つの光が現れた
[TSV-01 ナオト]
傷だらけだが確かに観測跳躍空間から帰還している
観測室で歓声が上がる
世界中で人々が泣き、笑う
そして船から最初の通信が届いた
「…こちらナオト」
ノイズ
震える声
しかしはっきりと聞こえた
「外宇宙には誰かがいる」
その言葉は人類史を永遠に変えた
玲奈は空を見上げる
未知はまだ広がっている
恐ろしいほどに
でも、だからこそ未来は終わらない




