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無言の跳躍15


 無言の跳躍・第一航路編


共有観測時代からさらに二十二年後


人類はついに太陽系の外に出ようとしていた

火星、木星圏、土星軌道都市

太陽系内部の拡張はすでに日常となり、人類の総人口は三百億を超えている


だが問題は距離だった

光年、あまりにも遠い

どれだけ技術が進んでも、通常航行では文明圏を広げるには限度がある

そこで人類が手を出したのが[観測跳躍航法]だった

空間を移動するのではない

到達した未来を観測し、現在へ接続する

極めて危険な航法

一歩間違えば、船そのものが別歴史を漂流する

かつてなら観測文明たちは絶対に許可しなかった技術だった

だが今、人類は条件付き自由観測文明として、自らの責任で未来へ進む権利を持っていた


軌道都市[アマテラス]

地球静止軌道上に浮かぶ巨大港湾都市

その中央に一隻の船が停泊していた

[TSV-01 ナオト]


玲奈はその船名を見上げ苦笑する

「ほんと、趣味悪い」


隣で汐里が笑う

「満場一致だったんだけど」


「絶対あなた煽ったでしょ」


「否定はしない」


船体は黒銀色、表面には観測リングが幾重にも展開している

人類初の恒星間観測跳躍船

目的地は十一光年先、プロキオン宙域

そこには微弱な観測反応が確認されていた

つまり、誰かがいる可能性がある


玲奈は今、六十代のはずだった

だが外見年齢は四十代後半で止まっている

観測核の影響

代償として、彼女は普通の時間間隔をかなり失っていた

十年前も昨日のように感じる

逆に一時間前が遠い時もある

そして最近は、未来の記憶が増え始めていた

まだ見ていない景色を懐かしく感じる

観測者化は、ゆっくりと進行している


出港式、世界中へ中継されていた

地球

火星

数十億人が見守る中、玲奈は演壇に立つ

本当はこういう役は苦手だった

だが今の彼女は、人類側観測代表でもある

逃げられない

玲奈はマイクを見つめ少し考えた後、肩の力を抜いた

「えー…」

会場が静かになる

「人類は、昔から失敗ばっかりしてきました」


笑いが少し起きる


「戦争もしたし、環境も壊したし、時間まで壊しかけました」


汐里が呆れた顔をしている


玲奈は続けた

「でも…」

彼女は夜空を見上げる

「それでも、ここまで来ました、だからたぶんこの先でもまた間違えます」


誰かが苦笑する


「でも、そのたびに考えて、迷って、誰かと繋がって」

玲奈の瞳の奥で淡い時計盤が回転する

「未来を選びなおせる」

彼女は船を見る

[TSV-01 ナオト]

「これはそのための第一歩です」


地球圏全体からの拍手波形が共有観測回線の流れ込む

暖かい、昔より人類は少しだけ互いを感じられるようになっていた


出航直前


玲奈は一人でドックを歩いていた

巨大な窓の向こうには青い地球

その時、背後で声がした


「派手になったな」


玲奈は振り返る


黒いコートの直人

以前よりさらに透明だ

でも笑っている


玲奈は呆れた顔をする

「船名、絶対見たでしょ」


「見えた」


「感想は」


直人は少し考えた

「恥ずかしい」


玲奈は吹き出した

「やっぱり?」


短い沈黙


地球の光が二人を照らしている


直人は船を見る

「人類、外に行くんだな」


「怖い?」

玲奈が聞く


直人は少しだけ目を細める

「かなり」


玲奈は驚く

「珍しく正直」


「観測外領域は予測できない」

つまり、未来が見えない

観測者にとって、それは未知そのものだった


玲奈が言う

「だから行くんだよ」


直人は玲奈を見る

その目に、昔みたいな人間らしい迷いが戻っていた

「滅びるかもしれない」


「うん」


「宇宙規模で問題を起こすかもしれない」


「ありえるね」


「それでも?」


玲奈は頷く

「それでも」


しばらくの静寂

そして直人はゆっくり笑った

「人類らしい」


警報

[TSV-01 ナオト、跳躍準備完了]

巨大リングが回転を始める

星々が歪む

観測跳躍

人類史上初の恒星間未来接続


玲奈と直人は並んで窓の外を見る


直人がぽつり言う

「未来はまだ決まっていないな」


玲否が笑う

「だから面白い」


そして[TSV-01 ナオト]は光に包まれた


人類はついに観測される側から宇宙へ問いかける側へ踏み出した


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