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無言の跳躍11


 無言の跳躍・共有観測編


世界中の空に、光の輪が広がった

東京

ナイロビ

サンパウロ

月面都市アルテミス

人々の視界に同じ映像が浮かび上がる

それはテレビでも通信端末でもない

認識そのものへの接続だった

数十億人規模共有観測回線


玲奈は中央観測棟の最上部で静かに目を閉じる

脳へ膨大な情報が流れ込む

恐怖

混乱

怒号

だが同時に

誰かを助けようとする感情

知らない他人へ手を差し伸べる感情

生きたいという無数の願い

それらもまた、確かに存在していた


月面の黒い塔が脈動する

[共有観測行為を確認]

冷たい声

[危険性:極大]


玲奈はゆっくり空を見上げた

「そうだね」


[個体文明に総合観測能力は存在しない]


「だから今作ってる」


その瞬間、世界中の人々へ玲奈の声が届いた

直接…心へ…

「聞こえますか」


街が静まり返る

戦場でも

避難所でも

宇宙ステーションでも

人々が空を見上げる


玲奈は続けた

「世界は今、壊れかけています」

海空が揺れる

重力異常でビルが浮かぶ

遠くで別歴史の街並みが重なる

「でも、それをどうするか決めるのは、誰か一人じゃない」

玲奈の脳裏に直人が浮かぶ

孤独に観測を背負った男

彼は最後まで一人で世界を守ろうとした

だからこそ、玲奈は違う道を選ぶ

「未来を選ぶのは、私たち全員です」


最初は混乱だった

罵声

怒り

恐怖

だがやがて

共有回線の中で小さな感情が広がり始める

子供を守りたい

家に帰りたい

まだ終わりたくない

それは言葉ではない

純粋な意思

そして玲奈は気づく

人類は互いを誤解し続けてきた

だが今だけは違う

感情が直接流れている

国境も言語も超えて


月面塔が強く発光する

[異常]

観測存在の声に、初めて揺らぎが混ざる

[集団観測同期率、想定値超過]


汐里が驚愕する

「ありえない!」


玲奈もわかっていた

本来、人類はここまで同調できない

個々がバラバラだからこそ人間なのだ

だが今、恐怖の中で人々は無意識に手をつなぎ始めている

完全統一ではない、矛盾も混乱もある

それでも同じ世界を守りたいという方向だけが重なっていた


玲奈の瞳の時計盤が激しく回転する

負荷が限界に近い

鼻血が落ちる


汐里が叫ぶ

「玲奈!回線を切って!脳が焼ける!」


だが玲奈は首を振る

「まだ…!」

世界中の感情が流れ込む

苦しい

悲しい

暖かい

それはあまりにも人間的だった



その時、玲奈の背後で誰かが言った

「無茶しすぎだ」

玲奈の呼吸が止まる

振り返ると黒いコート

不愛想な顔の直人


玲奈の目に涙が浮かぶ

「…幻覚?」


「半分くらいは」

苦笑した直人は以前より透明だった

輪郭が薄い、でも確かにそこにいる


汐里は驚いていた

「残響が具体化している」


直人は月面塔を見上げる


[観測不能現象]

塔の声が乱れる

[単一文明による群体観測成立を否定]


直人は静かに言った

「人間を計算しすぎなんだよ」


玲奈が笑う

「あなたがそれ言う?」


「否定はしない」


短い沈黙、それだけで昔に戻ったみたいだった


突然、世界中の共有回線へ、一人の子供の声が響いた

「みんなでなおせばいいじゃん」


静寂の後、誰かが笑った


次に誰かが言う

「壊したくない」


さらに

生きたい

助けたい

帰りたい

無数の意識が重なる

玲奈は涙を流す

もちろん綺麗な感情だけじゃない

怒りも、憎しみも、恐怖も混ざっている

それでも、人類は今、自分たちの意思で繋がろうとしていた


月面塔が大きく震える

[再評価]

空間が静止する

反転していた海空が、ゆっくり元に戻り始める

浮いていたビルが降下する

重力が安定する

[観測結果修正]


玲奈は息を切らしながら空を見上げた


[対象文明:継続観測]

[排除保留]


汐里が崩れ落ちる

「助かった?」


玲奈はまだ分からなかった


だが、月面塔は静かに光を弱めている

[条件付き自由観測継続]


直人が小さく笑った

「温情判定だな」


玲奈は疲れ切った顔で笑い返す

「上から目線」


その時、月面塔から最後の言葉が響く

[観測個体名:玲奈]


玲奈は顔を上げる


[新規分類を付与、共有観測者]


世界中の空で、海のようだった夜空が晴れていく

普通の星空が戻る

人々は静かに空を見上げていた


直人はその景色を見ながら、ぽつりと言う

「…悪くない未来だ」


玲奈が何か言おうとした瞬間

直人の輪郭が崩れ始める

玲奈の顔色が変わる

「待って!」


直人は静かに首を振った

「今度は大丈夫だ、もう一人じゃないから」

そして、夜風の中、直人は溶けるように消えた


玲奈は空を見上げる

そこにはただ、無数の星が広がっていた

まだ不安定な未来

それでも確かに自分たちで選び始めた未来だった


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