第59章 調律者の刺客
第59章 調律者の刺客
一
絶対零度の結界が解除され、ぽっかりと口を開けた巨大なクレーター。
蓮たちは、その暗闇の底へと次々に飛び込んでいった。
氷床下2000メートルに位置する調律者の本拠地「エリア・ゼロ」。
そこは、地球上のどの場所とも異なる、異質な空間だった。
「……なんだ、ここは……」
着地した蓮が、周囲を見渡して息を呑む。
そこは、無機質な金属と、青白く発光する未知の鉱石で構成された、巨大な地下都市だった。
天井は見えないほど高く、幾層にも重なった通路や建造物が、複雑に絡み合っている。
空気は凍りつくように冷たく、生命の気配は全く感じられない。
「……まるで、巨大な機械の胎内ね」
結月が、警戒しながら周囲を窺う。
「……シロ、現在位置はわかるか?」
蓮が、通信機越しにシロに問いかける。
『……はい。……皆さんは現在、エリア・ゼロの第一層「外殻防衛区画」にいます。……中枢コアが存在する最深部までは、あと五層の区画を突破する必要があります』
「……五層か。……先は長そうだな」
アランが、炎の魔力を手に灯しながら呟く。
『……警戒してください。……第一層の防衛システムが、皆さんの侵入を検知しました。……多数の敵性反応が接近中です』
シロの警告と同時に、通路の奥から無数の足音が響いてきた。
現れたのは、先程氷原で戦った「アイス・ガーディアン」の強化型だった。
装甲はより分厚く、両腕の冷凍ビーム砲は大型化している。
「……数は……ざっと五十ってところか」
透が、冷静に敵の数を数える。
「……蹴散らすぞ!」
蓮が、共鳴剣を構えて駆け出す。
それに続いて、全員が一斉に攻撃を開始した。
「……『全式共鳴・神速』!」
蓮が、敵の群れの中央に突っ込み、共鳴剣を振るう。
強化型アイス・ガーディアンの装甲は硬かったが、蓮の「残響」を纏った刃は、それを容易く切り裂いていく。
「……『氷華・絶対零度・粉砕』!」
結月が、蓮の攻撃を逃れたガーディアンを次々と凍らせ、粉砕していく。
「……『爆炎・紅蓮の翼』!」
「……『風神の舞・旋風刃』!」
アランと凛音の連携攻撃が、ガーディアンの群れを焼き尽くし、切り刻む。
「……『空間断裂・多重展開』!」
「……『概念書き換え・機能停止』!」
透とアリスの特異点の力が、残りのガーディアンを完全に無力化していく。
五人の特異点と、風の魔法を極めた凛音。
彼らの圧倒的な力の前に、第一層の防衛部隊はわずか数分で全滅した。
「……よし、この調子で一気に最深部まで行くぞ!」
蓮が、共鳴剣の血振るいをして叫ぶ。
しかし、その時だった。
『……警告! ……超高密度の魔力反応が、急速に接近中! ……これは……!』
シロの悲痛な叫びが、通信機から響き渡る。
「……どうした、シロ!?」
蓮が問い返すよりも早く、彼らの目の前の空間が、ぐにゃりと歪んだ。
二
空間の歪みから現れたのは、一人の男だった。
漆黒のコートに身を包み、顔の半分を銀色の仮面で覆っている。
その体から放たれる魔力は、これまで蓮たちが戦ってきたどの敵とも比較にならないほど、圧倒的で、そして冷酷だった。
「……お前が、調律者の親玉か?」
蓮が、共鳴剣を構え直して男を睨みつける。
「……否。……我は『執行者』。……調律者の意志を代行し、不要な存在を排除する者」
男――執行者の声は、機械のように感情の起伏がなかった。
「……執行者……。……お前が、新宿でテロを起こした奴か!」
アランが、怒りに任せて炎の魔力を高める。
「……左様。……だが、あの時は挨拶代わりだ。……此度は、貴様ら特異点を確実に排除する」
執行者が、ゆっくりと右手を上げる。
「……来るぞ!」
蓮の叫びと同時に、執行者の手から漆黒の球体が放たれた。
「……『重力崩壊』」
漆黒の球体が、蓮たちの頭上で弾ける。
瞬間、周囲の重力が異常なまでに増大した。
「……ぐっ……!」
蓮が、その場に膝をつく。
結月たちも、あまりの重圧に身動きが取れなくなる。
床の金属が軋み、ひび割れていく。
「……なんだ、この重力は……!」
アランが、必死に立ち上がろうとするが、体が鉛のように重い。
「……無駄だ。……我が重力崩壊は、空間そのものを押し潰す。……貴様らの魔力では、抵抗できん」
執行者が、冷酷に見下ろす。
「……ふざけるな……! ……『全式共鳴・限界突破』!」
蓮が、全身の魔力を振り絞り、重力の圧力を跳ね除けて立ち上がる。
「……ほう。……特異点の力、流石というべきか。……だが」
執行者が、今度は左手を上げる。
「……『空間断裂』」
執行者の指先から、目に見えない空間の刃が放たれる。
それは、透の空間断裂と同じ魔法だったが、威力と速度が桁違いだった。
「……蓮、危ない!」
凛音が、風の魔力を全開にして蓮の前に飛び出す。
「……『風神の舞・絶対防壁』!」
凛音が、双剣を交差させて風の防壁を展開する。
しかし、執行者の空間の刃は、その防壁を紙切れのように切り裂いた。
「……きゃあっ!」
凛音が、鮮血を散らして吹き飛ばされる。
「……凛音!」
蓮が、凛音に駆け寄る。
凛音の胸には、深い切り傷が刻まれていた。
「……くそっ……! ……よくも凛音を!」
アランが、怒りの咆哮と共に炎の翼を羽ばたかせ、執行者へと突進する。
「……『爆炎・紅蓮の翼・特攻』!」
アランが、全身を炎に包み、執行者に体当たりを仕掛ける。
「……愚かな」
執行者が、右手でアランの炎を受け止める。
アランの全力の炎が、執行者の手のひらで完全に防がれていた。
「……なっ……!?」
「……『重力圧壊』」
執行者が、右手を握り締める。
瞬間、アランの周囲の重力が局所的に増大し、アランの体を押し潰す。
「……ぐあああっ!」
アランが、全身の骨が軋む音と共に、床に叩きつけられる。
「……アラン!」
透とアリスが、同時に魔法を放つ。
「……『空間断裂・多重展開』!」
「……『概念書き換え・存在消去』!」
透の空間の裂け目と、アリスの概念書き換えの光が、執行者を包み込む。
しかし、執行者は全く動じなかった。
「……『絶対空間・崩壊』」
執行者が、両手を広げる。
瞬間、透とアリスの魔法が、空間ごと粉々に砕け散った。
「……嘘……私の魔法が……」
アリスが、絶望的な表情を浮かべる。
「……これが、調律者の力……」
透も、愕然として立ち尽くす。
執行者の力は、蓮たちの想像を遥かに超えていた。
五人の特異点と、風の魔法を極めた凛音。
彼らが束になっても、全く歯が立たない。
これが、調律者が送り込んだ最強の刺客の力だった。
三
「……これで終わりだ。……特異点よ、消え去れ」
執行者が、両手に漆黒の魔力を集中させる。
それは、先程の重力崩壊よりもさらに巨大で、破壊的なエネルギーだった。
「……させない……!」
結月が、蓮の前に立ち塞がる。
「……『氷華・絶対零度・封印』!」
結月が、自身の全魔力を解放し、執行者の周囲の空間ごと凍結させようとする。
しかし、執行者の漆黒の魔力は、結月の絶対零度をも飲み込んでいく。
「……無駄な足掻きだ」
執行者が、漆黒の魔力を放とうとしたその時。
「……待たせたな、お前ら!」
通路の奥から、聞き覚えのある声が響いた。
同時に、無数の銃弾が執行者へと降り注ぐ。
「……チッ」
執行者が、舌打ちをして漆黒の魔力を防壁へと転用する。
銃弾は防壁に弾かれるが、執行者の攻撃は中断された。
「……大沢さん!」
蓮が、声の主を見て叫ぶ。
そこにいたのは、対魔局の古参隊員であり、蓮たちの良き先輩である大沢だった。
彼は、重武装の対魔局隊員たちを引き連れて駆けつけてくれたのだ。
「……遅くなってすまねえ。……地上部隊の制圧に手間取っちまってな」
大沢が、アサルトライフルを構えながら笑う。
「……大沢さん、ここは危険です! ……奴は、俺たちでも歯が立たない!」
蓮が、大沢に警告する。
「……わかってるさ。……だが、俺たち対魔局は、お前ら特異点だけに戦わせるつもりはねえんだよ」
大沢が、隊員たちに指示を出す。
「……総員、一斉射撃! ……奴の注意を引け!」
隊員たちが、一斉に執行者へと銃撃を開始する。
通常兵器では執行者にダメージを与えることはできないが、目眩ましにはなる。
「……蓮、今のうちに態勢を立て直せ! ……凛音とアランの手当てを急げ!」
大沢が、蓮に叫ぶ。
「……はい!」
蓮が、結月と共に凛音とアランの元へ駆け寄る。
結月が、氷の魔力で二人の傷口を塞ぎ、止血する。
「……愚かな人間どもめ。……我の邪魔をするか」
執行者が、苛立たしげに右手を上げる。
「……『重力崩壊』」
漆黒の球体が、大沢たち対魔局隊員たちの頭上で弾ける。
「……うおおおっ!」
隊員たちが、凄まじい重圧に押し潰され、次々と倒れていく。
「……くそっ……! ……負けるかよ!」
大沢が、必死に重力に耐えながら、アサルトライフルを撃ち続ける。
「……大沢さん!」
蓮が、大沢を助けようと立ち上がる。
しかし、執行者の標的は、すでに大沢へと向けられていた。
「……消えろ」
執行者が、左手から空間の刃を放つ。
それは、大沢の胸を正確に狙っていた。
「……危ない!」
蓮が、共鳴剣を構えて飛び出す。
しかし、間に合わない。
空間の刃が、大沢の胸を貫いた。
「……がはっ……!」
大沢が、大量の血を吐き出して倒れ込む。
「……大沢さん!!」
蓮が、大沢の元へ駆け寄り、その体を抱き起こす。
「……れ、ん……」
大沢が、虚ろな目で蓮を見つめる。
「……喋らないでください! ……結月、早く治療を!」
蓮が、結月を呼ぶ。
しかし、結月が駆けつけるよりも早く、大沢は静かに首を振った。
「……もう、いい……。……俺の役目は、ここまでだ……」
「……そんなこと言わないでください! ……大沢さんには、まだ教えてもらってないことがたくさんあるのに!」
蓮が、涙を流しながら叫ぶ。
「……へへっ……。……お前は、もう立派な対魔局の……エースだ……。……俺が教えることなんて、もう何もねえよ……」
大沢が、血まみれの手で蓮の頬に触れる。
「……蓮……。……絶対に、勝てよ……。……この世界を、頼んだぜ……」
それが、大沢の最期の言葉だった。
彼の手が力なく滑り落ち、その瞳から光が失われる。
「……大沢さん……? ……大沢さん!!」
蓮の悲痛な叫びが、地下都市に響き渡った。
四
大沢の死。
それは、蓮にとって、父・誠一の死、そして桐島の死に続く、三度目の大切な人の喪失だった。
「……あああああああっ!!」
蓮が、絶望と怒りの咆哮を上げる。
その体から、かつてないほど強大な魔力が溢れ出す。
共鳴剣が、眩い光を放ちながら激しく振動する。
「……蓮……」
結月が、蓮の背中を見つめる。
蓮の魔力は、悲しみと怒りによって、限界を超えて膨張していた。
「……許さない……。……お前だけは、絶対に許さない!!」
蓮が、血走った目で執行者を睨みつける。
「……ほう。……怒りで魔力を高めたか。……だが、それがどうした?」
執行者が、冷酷に笑う。
「……『全式共鳴・限界突破・修羅』!!」
蓮が、共鳴剣を構えて執行者へと突進する。
その速度は、先程の「神速」を遥かに凌駕していた。
「……無駄だと言っているだろう」
執行者が、重力崩壊の球体を放つ。
しかし、蓮はそれを避けることなく、真っ向から突っ込んだ。
「……おおおおおっ!」
蓮の共鳴剣が、重力崩壊の球体を真っ二つに切り裂く。
「……なっ!?」
執行者が、初めて驚愕の表情を浮かべる。
「……消えろおおおっ!!」
蓮の共鳴剣が、執行者の胸を深く切り裂いた。
「……ぐあああっ!」
執行者が、鮮血を散らして後退する。
銀色の仮面が半分砕け散り、その下から、無機質な人工皮膚が覗いた。
「……貴様……! ……ただの人間が、我に傷を負わせるとは……!」
執行者が、傷口を押さえながら蓮を睨みつける。
「……俺は、ただの人間じゃない。……俺は、対魔局特務部隊の蓮だ! ……大沢さんの、仲間たちの想いを背負って戦う人間だ!」
蓮が、再び共鳴剣を構える。
「……チッ。……此度は退かせてもらう。……だが、次は必ず貴様らを排除する」
執行者が、空間の歪みを生み出し、その中へと姿を消した。
「……逃がすか!」
蓮が、空間の歪みに向かって共鳴剣を振るうが、すでに執行者の気配は完全に消え去っていた。
「……くそっ……!」
蓮が、共鳴剣を床に叩きつける。
そして、再び大沢の亡骸の元へ歩み寄り、その冷たくなった手を強く握り締めた。
「……大沢さん……。……俺は、もっと強くなります。……もう二度と、誰も死なせない。……絶対に……!」
蓮の誓いの言葉が、静寂を取り戻した地下都市に、虚しく響き渡った。
五
大沢の遺体を前に、特務部隊のメンバーたちは言葉を失っていた。
地下都市の冷たい空気が、彼らの心をさらに凍てつかせる。
「……大沢さん……」
凛音が、結月の治療を受けながら、涙を流す。
彼女にとって大沢は、対魔局に入隊したばかりの頃から世話になっていた、頼れる兄貴分だった。
「……俺が、もっと早く奴を倒していれば……」
アランが、血まみれの拳を床に叩きつける。
彼の炎の魔法が執行者に通じなかったことが、大沢の死を招いたのだと、自分を責めていた。
「……アラン、自分を責めないで。……あの執行者の力は、私たちの想像を遥かに超えていたわ」
アリスが、アランの肩にそっと手を置く。
彼女自身も、自分の「概念書き換え」が全く通用しなかったことに、深い絶望を感じていた。
「……ああ。……奴は、俺たちがこれまで戦ってきたどの敵とも違う。……文字通り、次元が違う強さだ」
透が、冷静さを保とうと努めながら言うが、その声は微かに震えていた。
蓮は、大沢の冷たくなった手を握りしめたまま、動こうとしなかった。
彼の心の中では、大沢との思い出が走馬灯のように駆け巡っていた。
初めて対魔局を訪れた日、ぶっきらぼうだが温かく迎えてくれたこと。
厳しい訓練の合間に、缶コーヒーを奢ってくれたこと。
実戦で窮地に陥った時、いつも絶妙なタイミングで援護してくれたこと。
大沢は、特異点のような特別な力を持っていなかった。
しかし、彼は誰よりも対魔局の隊員としての誇りを持ち、命懸けで市民を守り抜いてきた。
そんな彼が、自分たちを庇って命を落とした。
「……蓮」
結月が、蓮の隣に膝をつき、彼の肩を抱き寄せる。
「……結月……。……俺は、また守れなかった。……父さんも、桐島教官も、紗綾局長も……そして、大沢さんも……」
蓮の目から、大粒の涙が溢れ落ちる。
「……蓮のせいじゃないわ。……大沢さんは、私たちを守るために、自らの意志で戦ったのよ。……彼の誇りを、無駄にしないで」
結月が、蓮の涙を指で拭う。
「……わかってる。……わかってるけど……悔しいんだ。……俺がもっと強ければ、誰も死なせずに済んだのに……!」
蓮が、大沢の手をさらに強く握りしめる。
「……強くなりましょう、蓮。……私たち全員で。……調律者を倒し、この狂った世界を終わらせるために」
結月の言葉に、蓮はゆっくりと顔を上げる。
彼女の瞳には、悲しみを乗り越えた強い決意の光が宿っていた。
「……ああ。……そうだな」
蓮が、大沢の手をそっと床に置く。
そして、立ち上がり、仲間たちを見渡した。
「……みんな、聞いてくれ」
蓮の声は、涙で潤んでいたが、力強かった。
「……俺たちは、執行者に負けた。……大沢さんという、かけがえのない仲間を失った。……でも、ここで立ち止まるわけにはいかない」
蓮が、共鳴剣を強く握りしめる。
「……調律者は、俺たち特異点を排除し、この世界を自分たちの思い通りにしようとしている。……そんなことは、絶対に許さない。……大沢さんのためにも、これまで犠牲になった全ての人たちのためにも、俺たちは必ず勝つ!」
蓮の言葉に、仲間たちが力強く頷く。
「……ああ。……俺の炎で、奴らを必ず焼き尽くしてやる」
アランが、立ち上がり、決意を新たにする。
「……私も、もう迷わない。……私の風で、蓮の道を切り開くわ」
凛音が、痛みを堪えながら立ち上がる。
「……僕の空間断裂で、奴らの絶対防御を必ず破ってみせる」
透が、眼鏡を押し上げながら宣言する。
「……私の概念書き換えで、調律者の論理そのものを否定してあげる」
アリスが、力強く微笑む。
「……そして、私が蓮の背中を守るわ。……最後まで、一緒に」
結月が、蓮の隣に立ち、彼の手を握る。
五人の特異点と、一人の風使い。
彼らの心は、大沢の死という深い悲しみを経て、かつてないほど強く結びついていた。
「……シロ、聞こえるか?」
蓮が、通信機に呼びかける。
『……はい、蓮さん。……大沢隊員の戦死、確認しました。……ご愁傷様です』
シロの声も、どこか沈んでいるように聞こえた。
「……シロ、大沢さんの遺体を、地上部隊に引き渡す手配をしてくれ。……俺たちは、このまま先へ進む」
『……了解しました。……地上部隊の回収班を、第一層へ向かわせます。……皆さんは、第二層へのゲートへ向かってください』
「……わかった。……行くぞ、みんな!」
蓮が、先頭に立って歩き出す。
彼らの背中には、大沢の魂が寄り添っているように見えた。
エリア・ゼロの深淵へ向かう彼らの足取りは、もはや迷いがなかった。
悲しみを力に変え、彼らは調律者との最終決戦へと突き進んでいく。
その先に、どんな過酷な運命が待ち受けていようとも、彼らは決して諦めない。
未来を、自分たちの手で掴み取るために。
六
大沢の遺体を回収班に引き継いだ蓮たちは、シロのナビゲートに従い、第二層へのゲートへと向かった。
巨大な金属の扉が、重々しい音を立てて開く。
その先には、第一層とは全く異なる光景が広がっていた。
「……ここは……」
蓮が、息を呑む。
第二層「生体実験区画」。
そこは、無数の巨大な培養槽が立ち並ぶ、不気味な空間だった。
培養槽の中には、緑色の液体に満たされ、様々な異形の生物が浮かんでいる。
「……なんて悪趣味な場所なの……」
結月が、嫌悪感を露わにする。
「……調律者は、ここで魔法生物の実験を行っていたようだな」
透が、培養槽の一つを観察しながら言う。
中には、人間と獣を掛け合わせたような、おぞましい姿の生物が眠っていた。
『……皆さん、警戒してください。……第二層の防衛システムが起動しました。……培養槽のロックが解除されます』
シロの警告と同時に、無数の培養槽から緑色の液体が噴き出し、中の生物たちが次々と目覚め始めた。
「……来るぞ!」
蓮が、共鳴剣を構える。
目覚めた異形の生物――「キメラ・ミュータント」たちが、咆哮を上げながら蓮たちに襲いかかってきた。
「……『爆炎・紅蓮の翼』!」
アランが、炎の翼を広げてキメラの群れを焼き払う。
しかし、キメラたちは炎に焼かれながらも、恐るべき生命力で再生し、再び襲いかかってくる。
「……再生能力が高いわね。……なら、凍らせて砕くまでよ!」
結月が、氷の魔力を解放する。
「……『氷華・絶対零度・粉砕』!」
結月の魔法が、キメラたちを次々と氷漬けにし、粉々に砕き散らす。
しかし、キメラの数は圧倒的だった。
倒しても倒しても、次から次へと新たなキメラが培養槽から現れる。
「……キリがないな……!」
蓮が、共鳴剣でキメラを斬り伏せながら叫ぶ。
「……蓮、ここは私に任せて!」
アリスが、前に出る。
「……『概念書き換え・生命活動停止』!」
アリスの魔法が、広範囲のキメラたちを包み込む。
瞬間、キメラたちの動きがピタリと止まり、そのまま崩れ落ちていく。
アリスの概念書き換えは、キメラたちの「生きている」という概念そのものを書き換えたのだ。
「……すごいな、アリス」
蓮が、感嘆の声を上げる。
「……でも、これだけ数が多いと、魔力の消耗が激しいわ……」
アリスが、肩で息をしながら言う。
「……無理はするな。……俺たちでカバーする」
透が、空間断裂で残りのキメラを切り裂きながら言う。
五人の連携により、第二層のキメラ・ミュータントたちは徐々に数を減らしていく。
しかし、彼らの前に、さらなる強敵が立ちはだかった。
培養槽の奥から現れたのは、他のキメラとは比較にならないほど巨大な、漆黒の獣だった。
その体からは、執行者と同じような、禍々しい魔力が放たれている。
「……こいつは……!」
蓮が、警戒を強める。
『……警告! ……対象は、執行者の魔力因子を組み込まれた特殊個体「キメラ・ロード」です! ……極めて危険です!』
シロの警告が響く中、キメラ・ロードが咆哮を上げる。
その咆哮は、物理的な衝撃波となって蓮たちを襲った。
「……ぐっ……!」
蓮たちが、衝撃波に耐えながら身構える。
キメラ・ロードが、凄まじい速度で蓮に襲いかかってきた。
「……『全式共鳴・神速』!」
蓮が、キメラ・ロードの攻撃を間一髪で躱し、共鳴剣を振るう。
しかし、キメラ・ロードの漆黒の毛皮は、共鳴剣の刃を弾き返した。
「……硬い……!」
蓮が、驚愕する。
「……なら、これでどうだ!」
アランが、キメラ・ロードの背後に回り込み、全力の炎を放つ。
「……『爆炎・紅蓮の翼・特攻』!」
アランの炎が、キメラ・ロードを包み込む。
しかし、キメラ・ロードは炎を全く意に介さず、巨大な尻尾でアランを薙ぎ払った。
「……がはっ!」
アランが、壁に激突して崩れ落ちる。
「……アラン!」
凛音が、風の魔法でキメラ・ロードの動きを封じようとする。
「……『風神の舞・拘束の風』!」
凛音の風が、キメラ・ロードの四肢に絡みつく。
しかし、キメラ・ロードは力任せに風の拘束を引きちぎった。
「……嘘でしょ……!」
凛音が、絶望的な表情を浮かべる。
キメラ・ロードの力は、執行者には及ばないものの、蓮たちを圧倒するには十分だった。
第二層の戦いは、さらに過酷さを増していく。
蓮たちは、この強敵を打ち倒し、最深部へと進むことができるのか。
彼らの真の力が、今、試されようとしていた。
【新登場魔法・用語解説】
•
エリア・ゼロ
南極大陸の氷床下2000メートルに位置する、調律者の本拠地。無機質な金属と未知の鉱石で構成された巨大な地下都市であり、最深部に調律者の中枢コアが存在する。
•
執行者
調律者が送り込んだ最強の刺客。調律者の意志を代行し、不要な存在を排除する役割を持つ。圧倒的な魔力と冷酷さを併せ持ち、重力や空間を操る魔法を駆使する。
•
重力崩壊
執行者の魔法。漆黒の球体を放ち、周囲の重力を異常なまでに増大させて対象を押し潰す。
•
空間断裂
執行者の魔法。目に見えない空間の刃を放ち、あらゆるものを切り裂く。透の魔法と同質だが、威力と速度が桁違いに高い。
•
絶対空間・崩壊
執行者の魔法。自身の周囲の空間そのものを崩壊させ、あらゆる魔法攻撃を無効化・消滅させる絶対防御。
•
全式共鳴・限界突破・修羅
蓮が、大沢の死による深い悲しみと怒りによって限界を超え、魔力を爆発的に高めた状態。通常の限界突破を遥かに凌駕する速度と破壊力を誇る。
•
キメラ・ミュータント
第二層「生体実験区画」で培養されていた、人間と獣を掛け合わせた異形の生物。高い再生能力を持つ。
•
キメラ・ロード
執行者の魔力因子を組み込まれた、キメラ・ミュータントの特殊個体。極めて高い防御力と攻撃力を誇る。
ここまで読んでくれてありがとうございました!
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