第46章 共闘の代償
第46章 共闘の代償
一
中枢星の崩壊から数日後。
蓮たちは、無事に地球へと帰還していた。
調律者の本体である中枢星を破壊したことで、世界各地で頻発していた魔法の暴走や、空間の歪みといった異常現象はピタリと収まった。
対魔局本部の会議室では、紗綾局長を中心に、今後の対応についての会議が開かれていた。
「……中枢星の破壊により、調律者による『実験』は完全に停止したと見ていいでしょう。……シロの観測でも、地球を取り巻いていた特殊な魔力フィールドが消滅したことが確認されています」
紗綾局長が、安堵の表情を浮かべながら報告する。
「……ようやく、終わったんだな……」
アランが、大きく背伸びをする。
「……ええ。……でも、まだ問題は山積みよ。……特に、黒の教団の処遇についてね」
凛音が、会議室の隅に座る天野博士に視線を向ける。
天野博士は、手錠をかけられた状態で、静かに目を閉じている。
「……天野博士。……あなたは、調律者を倒すために私たちに協力してくれました。……その功績は認めます。……しかし、あなたが教団を率いて行ってきたテロ行為や、無能力者への迫害は、決して許されるものではありません」
紗綾局長が、厳しい口調で言う。
「……分かっている。……私は、自分の罪から逃れるつもりはない。……どんな裁きでも受ける覚悟だ」
天野博士が、静かに目を開ける。
「……博士……」
朔が、複雑な表情で天野博士を見つめる。
「……現在、教団は指導者を失い、完全に分裂状態にあります。……博士の意志を継いで投降を申し出ている『穏健派』と、依然として無能力者の排除を掲げ、徹底抗戦を主張する『過激派』です」
シロが、モニターに教団の勢力図を映し出す。
「……過激派のリーダーは、あの神宮寺の右腕だった『氷室』という男です。……彼は、神宮寺が深海で死んだのは対魔局のせいだと逆恨みし、復讐の機会を窺っています」
「……氷室か。……厄介な奴が残っていたな」
蓮が、眉をひそめる。
「……問題は、過激派が教団の隠し武器庫を占拠していることです。……そこには、博士が開発した強力な魔法兵器が多数保管されています。……もし彼らがそれを使えば、再び大規模なテロが起こる可能性があります」
紗綾局長が、警告する。
「……隠し武器庫の場所は分かっているのか?」
「……ええ。……博士の証言により、北海道の山中にある廃坑跡だと判明しています。……特務部隊には、直ちにそこへ向かい、過激派を制圧し、武器庫を確保してもらいたい」
「……了解した。……行くぞ、みんな」
蓮が、立ち上がる。
「……待ってくれ、蓮」
天野博士が、蓮を呼び止める。
「……なんだ?」
「……氷室は、非常に狡猾で危険な男だ。……彼は、目的のためなら手段を選ばない。……特に、特異点である君たちには、十分に気をつけるんだ」
天野博士が、真剣な眼差しで忠告する。
「……分かっている。……忠告、感謝するよ」
蓮が、短く答え、会議室を後にした。
二
数時間後、特務部隊を乗せた輸送機が、北海道の山中に到着した。
雪が降りしきる中、蓮たちは廃坑跡の入り口へと向かう。
「……シロ、内部の様子は?」
蓮が、通信機で尋ねる。
「……廃坑の内部から、多数の魔力反応が確認できます。……おそらく、過激派のメンバーが待ち構えていると思われます。……また、入り口付近には強力な結界が張られています」
「……結界か。……透、頼めるか?」
「……はい。……『空間』――空間断裂!」
透が、空間魔法で結界を切り裂く。
ガラスが割れるような音と共に、結界が消滅した。
「……よし、突入するぞ!」
蓮を先頭に、特務部隊が廃坑の中へと足を踏み入れる。
廃坑の内部は、薄暗く、冷たい空気が漂っていた。
壁には松明が灯され、奥へと続く道が照らされている。
「……来るわよ!」
凛音が、銃を構える。
通路の奥から、黒いローブを着た過激派のメンバーたちが次々と現れた。
「……対魔局の犬どもめ! ……神宮寺様の仇、ここで討たせてもらう!」
過激派の一人が、炎の魔法を放ってくる。
「……『氷結』――氷の盾!」
結月が、氷の盾を展開して炎を防ぐ。
「……『残響』――全式共鳴・衝撃波!」
蓮が、衝撃波を放ち、過激派のメンバーたちを吹き飛ばす。
「……数が多いな。……アラン、凛音! ……左右の通路を頼む!」
「……おう! ……任せとけ!」
「……了解!」
アランと凛音が、左右の通路から現れる敵を迎撃する。
蓮、結月、透、アリス、朔の五人は、中央の通路を真っ直ぐに進んでいく。
「……蓮さん、気をつけてください。……奥から、ひときわ強い魔力反応が近づいてきます」
朔が、時間を読み取りながら警告する。
通路の奥から、ゆっくりと歩いてくる男の姿があった。
銀色の髪をオールバックにし、冷酷な目をした男。
彼が、過激派のリーダー、氷室だった。
「……よく来たな、特異点ども。……そして、裏切り者の朔」
氷室が、冷たい声で言う。
「……氷室……。……もう無駄な抵抗はやめろ。……天野博士も投降したんだ。……お前たちに勝ち目はない」
朔が、氷室を説得しようとする。
「……天野博士? ……あんな腑抜けの言うことなど、もう誰も聞かん。……俺たちは、神宮寺様の意志を継ぎ、この世界を無能力者から浄化する。……そのためには、お前たち特異点の力が必要なんだ」
氷室が、不敵な笑みを浮かべる。
「……俺たちの力を、どうするつもりだ?」
蓮が、共鳴剣を構える。
「……教えてやろう。……この廃坑の奥には、博士が開発した『魔力増幅炉』がある。……そこに特異点の魔力を注ぎ込めば、地球上の全ての無能力者を消滅させるほどの広範囲魔法を発動できるのだ」
氷室の言葉に、蓮たちは息を呑む。
「……そんなこと、させるわけないだろ!」
結月が、怒りを露わにする。
「……させるさ。……お前たちを捕らえて、無理やりにでも魔力を絞り出してやる」
氷室が、両手を広げる。
「……『氷結』――絶対零度・氷葬!」
氷室の周囲の空気が急激に冷え込み、無数の氷の刃が蓮たちに向かって飛んでくる。
「……こいつも氷結魔法か! ……結月、防げるか!?」
「……やってみる! ……『氷結』――氷殻装甲!」
結月が、全員を覆うように氷の装甲を展開する。
しかし、氷室の氷の刃は、結月の装甲を容易く貫通してきた。
「……きゃあっ!」
結月が、肩を掠められて悲鳴を上げる。
「……結月!」
蓮が、結月を庇うように前に出る。
「……無駄だ。……俺の氷結魔法は、お嬢ちゃんのそれとはレベルが違う。……俺の氷は、魔力そのものを凍らせる『絶対氷結』だ」
氷室が、冷酷に言い放つ。
「……魔力を凍らせる……!?」
蓮が、驚愕する。
確かに、氷室の氷の刃が掠めた結月の肩から、魔力が急速に失われていくのが分かった。
「……くっ……。……魔力が……練れない……」
結月が、膝をつく。
「……結月さん! ……『時間』――時間逆行!」
朔が、結月の時間を少しだけ巻き戻し、傷と魔力を回復させる。
「……ありがとう、朔……」
結月が、立ち上がる。
「……ほう。……時間の特異点か。……厄介な能力だが、俺の氷結魔法の前では無意味だ」
氷室が、再び氷の刃を放つ準備をする。
「……透、アリス! ……連携して氷室を叩くぞ!」
蓮が、指示を出す。
「……はい! ……『空間』――空間断裂!」
「……『創造』――概念破壊の槍!」
透の空間断裂と、アリスの光の槍が、同時に氷室に向かって放たれる。
しかし、氷室は全く動じなかった。
「……『氷結』――絶対氷壁!」
氷室の前に、透明な氷の壁が出現する。
透の空間断裂も、アリスの光の槍も、氷の壁に触れた瞬間に凍りつき、粉々に砕け散ってしまった。
「……なっ……! ……空間も、概念も凍らせるっていうのか!?」
透が、信じられないという表情を浮かべる。
「……言ったはずだ。……俺の氷は、全てを凍らせると」
氷室が、冷笑する。
三
「……なんてデタラメな魔法だ……」
蓮が、歯を食いしばる。
物理的な攻撃だけでなく、空間や概念といった形のないものまで凍らせる「絶対氷結」。
それは、調律者の「法則の壁」とはまた違う、圧倒的な防御力と攻撃力を兼ね備えていた。
「……どうすればいい……。……どんな攻撃も凍らされるなら、手出しができない……」
透が、焦りを見せる。
「……諦めないで。……どんな魔法にも、必ず弱点はあるはずよ」
結月が、氷室の動きを冷静に観察する。
「……弱点……。……そうか、あいつの氷は『魔力』を凍らせるんだ。……なら、魔力を持たない純粋な物理攻撃なら……!」
蓮が、一つの可能性に思い至る。
「……でも、蓮お兄ちゃんの剣も、魔力で強化されてるから凍らされちゃうよ?」
アリスが、心配そうに言う。
「……ああ。……だから、魔力を一切使わずに攻撃するんだ」
蓮が、共鳴剣の魔力を完全に切る。
剣は、ただの鋭い鉄の刃へと戻った。
「……蓮さん、正気ですか!? ……魔力強化なしで、あの氷室に近づくなんて……!」
朔が、止める。
「……これしか方法がない。……透、朔。……俺が氷室の注意を引く。……その隙に、あいつの背後に回り込んでくれ」
蓮が、作戦を伝える。
「……分かりました。……気をつけてください」
透が、頷く。
「……行くぞ!」
蓮が、魔力を一切使わずに、ただの身体能力だけで氷室に向かって突進する。
「……愚かな。……魔力を使わずに俺に勝てると思っているのか?」
氷室が、氷の刃を放つ。
蓮は、飛んでくる氷の刃を、剣で弾くのではなく、体捌きだけで紙一重で回避していく。
魔力による強化がないため、動きは遅いが、その分、氷室の「魔力を凍らせる」効果を受けずに済む。
「……ちょこまかと……!」
氷室が、苛立ちを見せる。
蓮が、氷室の懐に飛び込む。
「……もらった!」
蓮が、ただの鉄の剣を氷室に向かって振り下ろす。
「……甘い!」
氷室が、氷の壁を展開しようとする。
しかし、蓮の剣には魔力が込められていないため、氷の壁は反応せず、剣はそのまま氷室の肩を切り裂いた。
「……ぐぁっ……!」
氷室が、痛みに顔を歪める。
「……今だ、透、朔!」
蓮が、叫ぶ。
「……『空間』――空間転移!」
「……『時間』――時間停止!」
透が、朔を連れて氷室の背後にテレポートし、朔が氷室の時間を一瞬だけ停止させる。
「……しまっ……!」
氷室の動きが、完全に止まる。
「……これで終わりだ!」
蓮が、再び剣を振り上げ、氷室の胸に突き立てようとする。
しかし、その時だった。
「……させないわ!」
通路の奥から、鋭い声が響いた。
次の瞬間、蓮の足元の地面が突然隆起し、蓮の体を弾き飛ばした。
「……ぐはっ……!」
蓮が、壁に激突する。
「……蓮!」
結月が、蓮に駆け寄る。
「……誰だ!」
透が、声のした方向を睨みつける。
そこには、一人の少女が立っていた。
年齢は、アリスと同じくらいだろうか。
長い黒髪をツインテールにし、ゴスロリ風の服を着ている。
「……お兄様をいじめる奴は、私が許さないわ!」
少女が、両手を地面につく。
「……『大地』――地割れ(アース・クエイク)!」
少女の魔法により、廃坑の地面が激しく揺れ、巨大な地割れが発生する。
「……くっ……! ……足場が……!」
透と朔が、バランスを崩す。
「……マリア……。……来てくれたか」
時間停止から解放された氷室が、少女に微笑みかける。
「……お兄様、大丈夫? ……怪我してるじゃない!」
マリアと呼ばれた少女が、氷室の肩の傷を見て涙ぐむ。
「……大したことはない。……それより、こいつらを片付けるぞ」
氷室が、再び冷酷な目つきになる。
「……ええ。……私の『大地』の魔法で、全員生き埋めにしてあげるわ!」
マリアが、魔力を高める。
「……氷室の妹か……。……厄介なのが増えたな」
蓮が、立ち上がりながら共鳴剣を構え直す。
絶対氷結の使い手・氷室と、大地を操る少女・マリア。
過激派の兄妹との、死闘が始まろうとしていた。
四
「……『大地』――岩石弾!」
マリアが、地面から無数の岩の塊を作り出し、蓮たちに向かって発射する。
「……『氷結』――氷の盾!」
結月が、再び氷の盾を展開して岩石弾を防ぐ。
しかし、マリアの岩石弾は次々と放たれ、結月の盾にヒビが入り始める。
「……結月、無理するな! ……アラン、凛音! ……マリアを抑えてくれ!」
蓮が、指示を出す。
「……任せとけ! ……『炎』――爆炎弾!」
「……『風』――真空刃!」
アランの炎と凛音の風が、マリアに向かって放たれる。
「……お兄様には指一本触れさせないわ! ……『大地』――土流壁!」
マリアが、巨大な土の壁を作り出し、アランと凛音の攻撃を完全に防ぐ。
「……硬いな……。……ただの土じゃない、魔力で極限まで圧縮されてる」
アランが、舌打ちする。
「……マリアの防御は鉄壁だ。……お前たちの攻撃など通じない」
氷室が、冷笑しながら再び氷の刃を放つ準備をする。
「……透、朔! ……氷室は俺がやる。……お前たちは、アリスを守りながらマリアの隙を突いてくれ!」
蓮が、共鳴剣を構え直す。
「……分かりました!」
「……はい!」
透と朔が、アリスの前に立つ。
「……行くぞ、氷室!」
蓮が、再び魔力を切った状態の剣で、氷室に向かって突進する。
「……同じ手が二度も通用すると思うなよ。……『氷結』――絶対氷壁・全方位展開!」
氷室が、自身の周囲360度を覆う、巨大な氷のドームを作り出す。
「……チッ……! ……これじゃ、近づけない……!」
蓮が、氷のドームの前で立ち止まる。
「……どうした? ……魔力を使わずに、この氷壁を壊せるか?」
氷室が、ドームの中から挑発する。
「……なら、魔力を使って壊すまでだ!」
蓮が、共鳴剣に魔力を込める。
「……『残響』――全式共鳴・限界突破!」
蓮が、渾身の力を込めて氷のドームに剣を叩き込む。
ガキンッ!
激しい衝撃音が響くが、氷のドームには傷一つついていない。
逆に、蓮の剣に込められた魔力が、氷壁に触れた瞬間から急速に凍りつき、剣全体が真っ白な霜に覆われていく。
「……くっ……! ……魔力が……吸い取られる……!」
蓮が、慌てて剣を引く。
「……無駄だと言ったはずだ。……俺の絶対氷結は、あらゆる魔力を凍らせる。……お前の『残響』も例外ではない」
氷室が、勝ち誇ったように言う。
「……蓮お兄ちゃん!」
アリスが、心配そうに叫ぶ。
「……大丈夫だ、アリス。……まだ手はある」
蓮が、凍りついた剣を見つめながら考える。
(……魔力を使えば凍らされる。……魔力を使わなければ、氷壁を壊せない。……なら、どうすれば……)
その時、蓮の脳裏に、天野博士の言葉が蘇った。
『氷室は、非常に狡猾で危険な男だ。……特に、特異点である君たちには、十分に気をつけるんだ』
(……特異点……。……そうか、あいつの狙いは……!)
蓮が、ハッとしてアリスの方を見る。
「……透、朔! ……アリスから離れろ!」
蓮が、叫ぶ。
「……え?」
透と朔が、戸惑う。
次の瞬間、アリスの足元の地面が突然隆起し、アリスの体を空高く打ち上げた。
「……きゃあっ!」
アリスが、悲鳴を上げる。
「……もらったわ!」
マリアが、土の壁の後ろから飛び出し、空中のアリスに向かって手を伸ばす。
「……アリス!」
透が、空間転移でアリスを助けようとする。
「……遅い! ……『氷結』――絶対零度・氷結鎖!」
氷室が、氷のドームの中から無数の氷の鎖を放ち、透と朔の体を縛り上げる。
「……ぐっ……! ……魔力が……凍る……!」
透と朔が、氷の鎖に魔力を奪われ、身動きが取れなくなる。
「……アリスは、私たちがいただくわ!」
マリアが、空中のアリスを土の腕で捕獲する。
「……離して……!」
アリスが、もがく。
「……大人しくしろ、特異点。……お前の『創造』の力で、魔力増幅炉を完成させるんだ」
氷室が、氷のドームを解除し、マリアの元へと歩み寄る。
「……アリスを返せ!」
蓮が、氷室に向かって突進する。
「……邪魔だ。……『大地』――岩石槍!」
マリアが、蓮に向かって巨大な岩の槍を放つ。
「……『残響』――全式共鳴・衝撃波!」
蓮が、衝撃波で岩の槍を粉砕する。
しかし、その隙に、氷室とマリアはアリスを連れて、廃坑のさらに奥へと姿を消してしまった。
「……くそっ……! ……アリス……!」
蓮が、悔しそうに地面を叩く。
「……蓮さん……。……すみません、僕たちがついていながら……」
透が、氷の鎖から解放され、申し訳なさそうに言う。
「……お前たちのせいじゃない。……氷室の狙いが最初からアリスだったことに、俺がもっと早く気づくべきだったんだ」
蓮が、立ち上がる。
「……蓮、どうするの? ……アリスちゃんが連れ去られちゃった……」
結月が、不安そうに尋ねる。
「……追うしかない。……あいつらが魔力増幅炉を起動させる前に、アリスを取り戻すんだ」
蓮が、廃坑の奥を見据える。
「……でも、あの絶対氷結と大地の魔法のコンビネーション……。……どうやって破るつもり?」
凛音が、現実的な問題を指摘する。
「……分からない。……でも、行くしかないんだ。……アリスは、俺たちの家族だからな」
蓮が、力強く言う。
「……そうだな。……家族を見捨てるわけにはいかない」
アランが、大剣を肩に担ぐ。
「……ええ。……必ず助け出しましょう」
結月も、頷く。
特務部隊は、アリスを救出するため、廃坑の最深部へと向かって進み始めた。
過激派との真の決戦が、迫っていた。
五
廃坑の最深部。
そこには、巨大な地下空間が広がっていた。
中央には、禍々しい紫色の光を放つ巨大な機械――「魔力増幅炉」が鎮座している。
その前に、氷室とマリア、そして拘束されたアリスの姿があった。
「……さあ、特異点。……お前の『創造』の力で、この増幅炉のコアを完成させろ」
氷室が、アリスに命令する。
「……嫌だ! ……そんな悪い機械、絶対に作らない!」
アリスが、涙ながらに拒否する。
「……言うことを聞かないなら、痛い目を見るわよ?」
マリアが、アリスの首元に鋭い岩の刃を突きつける。
「……やめろ!」
通路から、蓮たちが飛び込んでくる。
「……来たか、対魔局の犬ども。……だが、もう遅い」
氷室が、冷笑する。
「……アリスを離せ!」
蓮が、共鳴剣を構える。
「……お兄様、こいつらは私がやるわ。……お兄様は、増幅炉の起動準備を」
マリアが、氷室の前に出る。
「……頼むぞ、マリア」
氷室が、増幅炉のコンソールに向かう。
「……『大地』――大地の怒り(ガイア・レイジ)!」
マリアが、両手を地面に叩きつける。
地下空間全体が激しく揺れ、天井から巨大な岩盤が次々と落下してくる。
「……みんな、回避しろ!」
蓮が、叫ぶ。
特務部隊のメンバーは、落下してくる岩盤を必死に避けながら、マリアに近づこうとする。
「……ちょこまかと……! ……『大地』――土流壁・迷宮!」
マリアが、無数の土の壁を作り出し、蓮たちを分断する。
「……くっ……! ……分断されたか……!」
蓮が、土の壁に囲まれながら舌打ちする。
「……蓮さん、聞こえますか!?」
通信機から、透の声が聞こえる。
「……ああ、聞こえる。……透、そっちの状況は?」
「……僕と朔は一緒ですが、アランさんたちとははぐれてしまいました。……この土の壁、魔力で強化されていて、空間断裂でも簡単には壊せません」
「……マリアの魔力は無尽蔵か……。……どうにかして、あいつの魔力供給源を絶たないと……」
蓮が、考える。
「……蓮お兄ちゃん……!」
壁の向こうから、アリスの悲鳴が聞こえる。
「……アリス! ……くそっ、待ってろ!」
蓮が、土の壁に剣を叩きつけるが、やはり傷一つつけられない。
「……無駄よ。……私の土の壁は、絶対に壊せないわ」
マリアの声が、迷宮内に響き渡る。
「……絶対に壊せない壁なんて、あるもんか!」
蓮が、再び剣を振り上げる。
その時、蓮の脳裏に、ある考えが閃いた。
(……マリアの魔法は『大地』。……つまり、地面と繋がっている限り、無限に魔力を供給できるんだ。……なら、地面から切り離せば……!)
「……透、朔! ……聞こえるか!」
蓮が、通信機に向かって叫ぶ。
「……はい!」
「……マリアの魔力供給源は、地面だ! ……透の空間魔法で、マリアの足元の空間ごと切り取って、空中に転移させられないか!?」
「……なるほど……! ……でも、マリアの正確な位置が分かりません」
「……朔、時間魔法でマリアの『未来の位置』を予測できるか?」
「……やってみます! ……『時間』――未来視!」
朔が、時間を読み取り、マリアの数秒後の位置を特定する。
「……透さん、マリアは今、増幅炉の右側、座標(X:15, Y:30)にいます!」
「……了解! ……『空間』――空間断裂・転移!」
透が、朔の指示した座標の空間を、地面ごと切り取り、空中に転移させる。
「……えっ……!?」
マリアが、突然足場を失い、空中に放り出される。
「……今だ!」
蓮が、土の壁を蹴って跳躍し、空中のマリアに向かって突進する。
「……お兄様、助けて!」
マリアが、悲鳴を上げる。
「……マリア!」
氷室が、マリアを助けようと氷の刃を放つ。
「……させない! ……『残響』――全式共鳴・衝撃波!」
蓮が、衝撃波で氷の刃を相殺し、そのままマリアに肉薄する。
「……終わりだ!」
蓮が、剣の峰でマリアの首筋を打ち据える。
「……あ……」
マリアが、白目を剥いて気を失い、地面に落下する。
マリアが気を失ったことで、土の迷宮が崩れ去り、特務部隊が再び合流する。
「……マリア……! ……よくも妹を……!」
氷室が、激怒して蓮を睨みつける。
「……お前の妹は気絶させただけだ。……次は、お前の番だぞ、氷室」
蓮が、氷室に剣を向ける。
「……ふざけるな! ……俺の絶対氷結で、お前たち全員を永遠の氷に閉じ込めてやる!」
氷室が、全身から凄まじい冷気を放つ。
「……『氷結』――絶対零度・氷河期!」
地下空間全体が、一瞬にして極寒の氷の世界へと変貌する。
「……くっ……! ……寒っ……!」
アランが、身震いする。
「……みんな、私の後ろに! ……『氷結』――絶対防壁!」
結月が、氷の壁を展開して冷気を防ぐ。
「……無駄だと言っているだろう! ……俺の氷は、お前の氷結魔法ごと凍らせる!」
氷室の冷気が、結月の氷の壁を侵食し、さらに強力な氷へと変えていく。
「……きゃあっ……!」
結月が、冷気に耐えきれず膝をつく。
「……結月!」
蓮が、結月を支える。
「……これで終わりだ、特異点ども。……お前たちの魔力は、全て俺の氷が喰い尽くす」
氷室が、勝利を確信して笑う。
「……まだだ……。……俺たちは、まだ負けてない……!」
蓮が、凍りつくような寒さの中で、必死に立ち上がる。
「……往生際が悪いな。……お前のその剣も、すでに魔力を失っているだろう?」
氷室が、蓮の剣を指差す。
確かに、蓮の共鳴剣は、氷室の冷気によって完全に凍りつき、魔力を発することができなくなっていた。
「……ああ、そうだな。……でも、俺にはまだ『これ』がある」
蓮が、剣を捨て、素手で構える。
「……素手で俺に挑むというのか? ……狂ったか」
氷室が、呆れたように言う。
「……狂ってなんかない。……俺は、俺の『残響』の本当の使い方を、ようやく理解したんだ」
蓮が、静かに目を閉じる。
(……俺の『残響』は、他人の魔法をコピーするだけの力じゃない。……他人の『想い』に共鳴し、それを力に変える魔法だ。……なら、魔力が凍らされても、想いまでは凍らせられないはずだ……!)
蓮が、目を開ける。
「……みんな、俺に『想い』を貸してくれ!」
蓮が、叫ぶ。
「……蓮……」
結月が、蓮の背中を見つめる。
「……ああ、持っていけ!」
「……蓮、頼んだわよ!」
「……蓮さん、お願いします!」
「……お兄ちゃん、がんばれ!」
「……蓮、君に託す」
結月、アラン、凛音、透、アリス、朔。
全員の強い想いが、蓮の心に流れ込んでくる。
「……『残響』――特異点共鳴・心魂解放!」
蓮の体から、魔力とは異なる、温かく力強い光が放たれる。
それは、氷室の絶対氷結の冷気を押し返し、地下空間を照らし出す。
「……な、なんだこの光は……!? ……魔力ではない……!?」
氷室が、驚愕して後ずさる。
「……これが、俺たちの絆の力だ!」
蓮が、光を纏った拳を握り締め、氷室に向かって突進する。
「……来るな! ……『氷結』――絶対氷壁!」
氷室が、何重もの氷の壁を展開する。
しかし、蓮の光の拳は、氷の壁に触れた瞬間、それを溶かすのではなく、氷の『概念』そのものを打ち砕いていく。
「……馬鹿な……! ……俺の絶対氷結が……!」
氷室が、絶望の声を上げる。
「……終わりだぁぁぁっ!」
蓮の拳が、氷室の胸に深々と突き刺さる。
「……がはっ……!」
氷室が、血を吐き、その場に崩れ落ちる。
氷室が倒れたことで、地下空間を覆っていた氷が急速に溶け出し、元の温度に戻っていく。
「……やった……!」
蓮が、荒い息をつきながら、その場に座り込む。
「……蓮お兄ちゃん!」
拘束を解かれたアリスが、蓮に抱きつく。
「……アリス……。……無事でよかった……」
蓮が、アリスの頭を撫でる。
特務部隊のメンバーたちも、蓮の元に集まってくる。
「……よくやったわね、蓮」
凛音が、微笑む。
「……ああ。……みんなのおかげだ」
蓮が、仲間の顔を見渡す。
過激派のリーダー・氷室とマリアを倒し、アリスを救出した。
教団の脅威は、これで完全に去ったかに見えた。
しかし、その時だった。
「……警告。……魔力増幅炉のコアが、臨界点に達しました。……暴走を開始します」
無機質な機械音声が、地下空間に響き渡る。
「……なっ……!?」
蓮たちが、増幅炉を振り返る。
氷室が倒れる直前に、増幅炉の起動スイッチを押していたのだ。
紫色の光が激しく明滅し、周囲の空間が歪み始めている。
「……まずい! ……このままじゃ、増幅炉が爆発して、北海道ごと吹き飛ぶぞ!」
アランが、叫ぶ。
「……どうすれば止められるの!?」
結月が、焦る。
「……コアを破壊するしかない! ……でも、あの暴走状態のコアに近づけば、魔力に当てられて体が消滅してしまう!」
透が、空間の歪みを分析しながら言う。
「……俺が行く」
蓮が、立ち上がる。
「……ダメよ、蓮! ……死ぬ気!?」
結月が、蓮を止める。
「……俺の『心魂解放』なら、あの魔力の暴走にも耐えられるかもしれない。……それに、俺が行かなきゃ、みんな死ぬんだ」
蓮が、結月の手を優しく解く。
「……蓮……」
「……待って、蓮お兄ちゃん」
アリスが、蓮の前に出る。
「……アリス?」
「……あの機械、私が『創造』の力で、安全なものに書き換えるよ」
アリスが、決意に満ちた瞳で増幅炉を見つめる。
「……書き換えるって……。……そんなこと、できるのか?」
「……うん。……今まで、自分の力が怖くて、ちゃんと使えなかったけど……。……でも、みんなを守るためなら、私、できる気がする」
アリスが、両手を増幅炉に向ける。
「……『創造』――概念書き換え(コンセプト・リライト)!」
アリスの体から、純白の光が放たれ、暴走する増幅炉を包み込む。
紫色の禍々しい光が、徐々に穏やかな青い光へと変わっていく。
空間の歪みも収まり、機械音声が停止した。
「……書き換え、完了……」
アリスが、ふらりと倒れそうになる。
「……アリス!」
蓮が、アリスを抱きとめる。
「……えへへ……。……できたよ、蓮お兄ちゃん……」
アリスが、安心したように微笑み、眠りに落ちる。
「……ああ。……よくやったな、アリス」
蓮が、アリスを優しく抱きしめる。
教団の過激派は制圧され、魔力増幅炉の脅威も去った。
アリスは、自らの意志で力をコントロールし、皆を救ったのだ。
特務部隊は、気絶した氷室とマリアを拘束し、アリスを連れて帰還の途についた。
【第46章終了】
【第46章登場魔法・用語解説】
「絶対氷結」:氷室の氷結魔法。物理的な対象だけでなく、空間や概念、さらには「魔力」そのものを凍らせて無効化する、極めて強力な防御・攻撃魔法。
「氷葬」:氷室の魔法。対象を絶対零度の氷で包み込み、魔力ごと完全に凍結させる。
「地割れ(アース・クエイク)」:マリアの大地魔法。地面を激しく揺らし、巨大な地割れを引き起こして対象を飲み込む。
「大地の怒り(ガイア・レイジ)」:マリアの魔法。広範囲の地面を隆起・陥没させ、巨大な岩盤を落下させる。
「土流壁・迷宮」:マリアの魔法。魔力で極限まで圧縮された土の壁を無数に作り出し、対象を分断・幽閉する。
「特異点共鳴・心魂解放」:蓮の「残響」の新たな境地。魔力ではなく、仲間の「想い」に共鳴し、それを力に変える。魔力を無効化する能力に対しても有効。
「概念書き換え(コンセプト・リライト)」:アリスの「創造」魔法の真の力。対象の存在意義や機能を、根本から別のものへと書き換える。
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