第45章 中枢星(コア・スター)
第45章 中枢星
一
光の扉を抜けた先は、蓮たちの想像を絶する光景だった。
「……ここは……宇宙……?」
透が、息を呑む。
彼らが立っていたのは、透明なガラスのような材質でできた、巨大な円形のプラットフォームの上だった。
周囲には、満天の星々が輝く宇宙空間が広がっている。
しかし、その星々は、地球から見る星空とは全く異なっていた。
無数の銀河が、まるで巨大な歯車のように規則正しく回転し、その中心には、太陽の何千倍もの大きさを持つ、機械仕掛けの巨大な星が鎮座していた。
「……あれが、調律者の本体……『中枢星』……」
蓮が、その圧倒的な存在感に圧倒されながら呟く。
「……なんて大きさなの……。……地球なんて、あの中の小さな歯車の一つにも満たないわ……」
アリスが、恐怖で身を震わせる。
「……蓮さん、気をつけてください。……この空間、時間の流れが異常です。……過去、現在、未来が混ざり合っているような……」
朔が、周囲の空間を見渡しながら警告する。
「……ああ。……俺の『残響』でも、波長が複雑すぎて読み取れない。……ここは、俺たちの世界の物理法則が全く通用しない場所だ」
蓮が、共鳴剣を構える。
「……よく来たね、特異点たちよ」
突然、宇宙空間に響き渡るような、無機質で巨大な声が聞こえた。
「……誰だ!」
蓮が、声のする方向を睨みつける。
中枢星の一部が分離し、蓮たちのいるプラットフォームに向かって飛んでくる。
それは、巨大な人型の機械だった。
しかし、先ほどのガーディアンとは比べ物にならないほどの威圧感を放っている。
「……私は、調律者の端末の一つ。……『観測者』だ」
人型の機械が、プラットフォームに降り立つ。
「……観測者……。……お前たちが、俺たちの世界を実験場にして、人々を苦しめてきたのか!」
蓮が、怒りを込めて叫ぶ。
「……苦しめる? ……それは誤解だ。……私たちは、ただ『進化』を促しているに過ぎない。……魔法という力を与え、生命がどこまで高みに到達できるかを観測しているのだ」
観測者が、淡々と答える。
「……ふざけるな! ……その実験のせいで、どれだけの人が死んだと思っているんだ!」
透が、空間魔法を構える。
「……進化には犠牲が伴う。……それは、宇宙の真理だ。……君たち特異点も、その進化の過程で生まれた、稀有な成功例の一つに過ぎない」
観測者の言葉に、蓮たちの怒りが頂点に達する。
「……俺たちは、お前たちの実験動物じゃない! ……俺たちの未来は、俺たち自身で決める!」
蓮が、観測者に向かって突進する。
「……『残響』――全式共鳴・神速!」
蓮の体が光に包まれ、目にも留まらぬ速さで観測者に肉薄する。
「……無駄だ」
観測者が、軽く手を振る。
それだけで、蓮の体が目に見えない壁に激突し、弾き飛ばされた。
「……ぐはっ……!」
蓮が、プラットフォームに叩きつけられる。
「……蓮さん!」
透と朔が、蓮に駆け寄る。
「……私の周囲には、絶対的な『法則の壁』が存在する。……君たちの世界の魔法では、この壁を越えることはできない」
観測者が、見下ろすように言う。
「……法則の壁……。……なら、その法則ごと壊してやる!」
アリスが、前に出る。
「……『創造』――概念破壊の槍!」
アリスが、光の槍を創り出し、観測者に向かって投擲する。
しかし、光の槍は観測者の数メートル手前で、まるで幻のように消滅してしまった。
「……なっ……!?」
アリスが、驚愕する。
「……言ったはずだ。……君たちの魔法は、ここでは通用しないと。……ここは、調律者が支配する領域。……全ての法則は、私たちが決定する」
観測者が、冷酷に言い放つ。
二
「……どうすればいいんだ……。……どんな魔法も効かないなんて……」
透が、絶望的な表情を浮かべる。
「……諦めるな。……イヴは言っていた。……三人の特異点の力が完全に共鳴すれば、世界の法則すらも書き換えられると」
蓮が、立ち上がりながら言う。
「……でも、さっきの『三位一体』でも、あの壁は破れなかった……」
朔が、不安そうに言う。
「……さっきは、俺の『残響』を介して力を合わせただけだ。……今度は、俺たち四人全員の力を、完全に一つに融合させるんだ」
蓮が、透、アリス、朔の三人を見る。
「……四人の力を、一つに……?」
「……ああ。……俺の『残響』は、あらゆる波長に共鳴できる。……俺が核となって、お前たち三人の特異点の力を完全に同調させる。……そうすれば、調律者の法則を上回る力が生み出せるはずだ」
蓮が、共鳴剣を強く握りしめる。
「……分かりました。……やってみましょう」
透が、頷く。
「……うん! ……蓮お兄ちゃんを信じる!」
アリスが、笑顔を見せる。
「……僕も、全力を尽くします」
朔が、決意に満ちた目で言う。
「……よし。……行くぞ!」
蓮が、三人に手を差し出す。
透、アリス、朔が、蓮の手に自分の手を重ねる。
「……『残響』――特異点共鳴・最終形態!」
蓮の体から、これまでにないほど強大な魔力が溢れ出す。
空間、創造、時間、そして残響。
四つの異なる力が、蓮の中で完全に融合し、一つの巨大なエネルギーの渦となる。
「……なんだ、この力は……!?」
観測者が、初めて驚きの声を上げる。
「……これが、俺たちの……人間の力だ!」
蓮が、融合したエネルギーを共鳴剣に纏わせる。
剣は、眩い白銀の光を放ち、プラットフォーム全体を照らし出す。
「……行けぇぇぇっ!」
蓮が、白銀の剣を振り下ろす。
「……『法則の壁』、最大出力!」
観測者が、防御壁を展開する。
白銀の剣と、法則の壁が激突する。
宇宙空間に、音のない閃光が走る。
「……うぉぉぉぉっ!」
蓮が、渾身の力を込めて剣を押し込む。
透、アリス、朔の三人も、蓮に魔力を送り続ける。
ピキッ……!
法則の壁に、亀裂が入る。
「……馬鹿な……! ……調律者の法則が、破られるだと……!?」
観測者が、信じられないという表情を浮かべる。
「……俺たちの未来は、誰にも支配させない!」
蓮の叫びと共に、白銀の剣が法則の壁を完全に粉砕し、観測者の体を真っ二つに切り裂いた。
「……進化の……果てに……」
観測者が、最後にそう言い残し、爆発して消滅した。
「……やった……!」
蓮が、息を切らしながら剣を下ろす。
「……すごい……。……本当に、法則の壁を壊しちゃった……」
アリスが、信じられないというように自分の手を見る。
「……ええ。……僕たちの力が、調律者を上回ったんです」
透が、喜びの声を上げる。
しかし、彼らの喜びは長くは続かなかった。
「……警告。……観測者の消滅を確認。……特異点による深刻な脅威を検知。……中枢星の防衛システムを、最終フェーズに移行します」
宇宙空間に、再び無機質な声が響き渡る。
中枢星の表面が大きく開き、中から無数の光の球体が飛び出してきた。
それは、先ほどの観測者と同じ力を持つ、上位端末の群れだった。
「……嘘だろ……。……あんなのが、まだあんなにいるのかよ……」
蓮が、絶望的な数を見上げる。
「……蓮さん、どうしますか……? ……もう一度『オメガ・リンク』を使えば……」
透が、尋ねる。
「……ダメだ。……さっきの一撃で、俺たちの魔力はほとんど底を突いている。……もう一度撃つのは不可能だ」
蓮が、歯を食いしばる。
上位端末の群れが、蓮たちを取り囲むように配置につく。
「……特異点たちよ。……君たちの進化は、ここで終了だ。……これより、第一七二四番目の世界を初期化する」
上位端末たちが、一斉に光のエネルギーを充填し始める。
「……くっ……! ……ここまでなのか……!」
蓮が、絶望に目を閉じる。
その時だった。
「……諦めるのは、まだ早いぞ、蓮」
通信機から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「……この声は……!」
蓮が、目を開ける。
光の扉から、漆黒の潜水艦「リヴァイアサン」が姿を現した。
そして、潜水艦の上には、結月、凛音、アラン、そして……
「……天野博士……!?」
蓮が、驚愕の声を上げる。
そこには、対魔局の拘束服を着た天野博士が立っていた。
「……なぜ、あんたがここに……!」
「……紗綾局長に頼み込んで、連れてきてもらったのさ。……私の知識が、君たちの役に立つと思ってね」
天野博士が、不敵な笑みを浮かべる。
「……天野博士の言う通りよ。……彼がいなければ、この空間の法則を解析することはできなかったわ」
結月が、蓮に言う。
「……待たせたな、蓮。……ここからは、俺たちも一緒に戦うぜ」
アランが、大剣を構える。
「……みんな……!」
蓮の胸に、再び希望の光が灯る。
「……さあ、反撃開始よ!」
凛音が、銃を構える。
特務部隊と、かつての敵である天野博士。
彼らが力を合わせ、調律者の大軍勢に立ち向かう。
真の最終決戦が、今、始まろうとしていた。
三
「……天野博士、あんたの目的は何だ? ……なぜ俺たちを助ける?」
蓮が、上位端末の群れを警戒しながら尋ねる。
「……助ける? ……勘違いしないでくれたまえ。……私はただ、調律者の実験を終わらせたいだけだ。……そのためには、君たち特異点の力が必要不可欠だからね」
天野博士が、眼鏡を押し上げながら答える。
「……実験を終わらせる……。……それが、あんたが教団を作った本当の理由か」
「……そうだ。……私は魔法発現の真実を知り、この世界がただの実験場に過ぎないことに絶望した。……だから、魔法使いだけの世界を作り、調律者に『実験は完了した』と誤認させようとしたのだよ」
天野博士の言葉に、蓮たちは驚きを隠せない。
「……でも、そのために無能力者を犠牲にするなんて、間違ってる!」
結月が、強く反論する。
「……犠牲なくして進化はない。……だが、君たちは別の道を示した。……特異点の力を合わせれば、調律者そのものを破壊できるかもしれないという道をね」
天野博士が、蓮を見つめる。
「……だから、俺たちに協力するって言うのか」
「……そういうことだ。……私の『虚無』の力と、君たちの特異点の力を合わせれば、あの群れを突破できるはずだ」
天野博士が、両手を広げる。
「……警告。……イレギュラーな魔力反応を検知。……排除対象を追加します」
上位端末たちが、一斉に光のエネルギー波を放ってくる。
無数の光線が、蓮たちとリヴァイアサンに向かって降り注ぐ。
「……『虚無』――絶対無の領域!」
天野博士が、リヴァイアサンの前方に巨大な漆黒の結界を展開する。
光のエネルギー波が結界に触れた瞬間、音もなく消滅していく。
「……すごい……。……あの上位端末の攻撃を、完全に無効化してる……」
アランが、目を見張る。
「……私の『虚無』は、あらゆるエネルギーを無に帰す。……だが、この数の攻撃を長時間防ぐことはできない。……反撃のチャンスは一度きりだ」
天野博士が、額に汗を浮かべながら言う。
「……分かった。……みんな、天野博士の結界が解ける瞬間に、全魔力を叩き込むぞ!」
蓮が、指示を出す。
「……了解!」
結月、凛音、アラン、透、アリス、朔が、それぞれの魔法の準備を始める。
「……結月、アラン! ……広範囲の攻撃で、敵の陣形を崩してくれ!」
「……任せて! ……『氷結』――絶対零度・氷河期!」
「……おう! ……『炎』――爆炎・紅蓮地獄!」
結月の極低温の吹雪と、アランの灼熱の炎が同時に放たれる。
相反する二つの魔法が宇宙空間で衝突し、凄まじい水蒸気爆発を引き起こす。
「……今だ、凛音!」
「……『風』――暴風・真空刃!」
凛音が、水蒸気爆発の中に無数の真空の刃を放つ。
刃は水蒸気に紛れて上位端末たちに襲いかかり、次々とその装甲を切り裂いていく。
「……敵の陣形が崩れた! ……透、朔、アリス! ……俺に魔力を!」
蓮が、共鳴剣を天に掲げる。
「……『空間』――魔力譲渡!」
「……『時間』――魔力譲渡!」
「……『創造』――魔力譲渡!」
三人の特異点から、再び膨大な魔力が蓮に流れ込む。
「……天野博士、結界を解いてくれ!」
「……行くぞ!」
天野博士が、漆黒の結界を解除する。
「……『残響』――特異点共鳴・最終形態!」
蓮の体から、先ほどよりもさらに強大な白銀の光が放たれる。
四人の特異点の力に加えて、結月たちの想いも乗せた、究極の一撃。
「……消え去れぇぇぇっ!」
蓮が、白銀の光を巨大な斬撃に変えて、上位端末の群れに向かって振り下ろす。
白銀の斬撃は、宇宙空間を切り裂きながら進み、上位端末たちを次々と飲み込んでいく。
「法則の壁」を展開しようとする端末もいたが、オメガ・リンクの圧倒的な力の前には無意味だった。
轟音と共に、上位端末の群れが次々と爆発し、宇宙空間に光の華を咲かせる。
「……やったか……!」
蓮が、息を荒げながら爆発の光を見つめる。
光が収まると、そこには上位端末の残骸だけが漂っていた。
「……全滅させた……。……俺たちの勝ちだ!」
アランが、歓声を上げる。
「……まだだ。……本体が残っている」
天野博士が、厳しい表情で中枢星を指差す。
巨大な機械仕掛けの星は、無傷のまま、静かに回転を続けていた。
「……あれを破壊しなければ、本当の終わりにはならない」
蓮が、共鳴剣を握り直す。
「……だが、どうやって破壊する? ……あんな巨大な星、俺たちの魔法じゃ傷一つつけられないぞ」
透が、絶望的な大きさを見上げる。
「……中枢星の内部に、メインコアが存在するはずだ。……それを破壊すれば、星全体が機能停止する」
天野博士が、説明する。
「……内部に侵入するしかないってことか」
蓮が、中枢星を見据える。
「……私が、内部へのゲートを開く。……だが、中枢星の防衛システムは、先ほどの端末の比ではない。……生きて帰れる保証はないぞ」
天野博士が、蓮たちに問いかける。
「……ここまで来て、引き返せるかよ。……行くぞ、みんな」
蓮が、迷うことなく答える。
「……ええ。……最後まで一緒よ」
結月が、蓮の隣に並ぶ。
特務部隊の全員が、蓮に続く。
「……ふっ。……馬鹿な若者たちだ。……だが、嫌いではない」
天野博士が、微かに笑う。
「……『虚無』――空間穿孔!」
天野博士が、中枢星の表面に向けて、漆黒のエネルギーを放つ。
エネルギーは中枢星の装甲を溶かし、内部へと続く巨大な穴を開けた。
「……道は開いた。……行け、特異点たちよ」
「……ありがとう、博士」
蓮が、天野博士に頷き、リヴァイアサンと共に中枢星の内部へと突入していく。
最終決戦の舞台は、ついに調律者の心臓部へと移った。
四
中枢星の内部は、外観の無機質な機械の星という印象とは裏腹に、まるで巨大な生物の体内のような構造をしていた。
壁や床は金属と有機物が融合したような奇妙な質感で、脈打つように淡い光を放っている。
無数のケーブルやパイプが血管のように張り巡らされ、どこからか低い重低音が響いていた。
「……気味が悪いところね……」
凛音が、周囲を警戒しながら呟く。
「……シロ、メインコアの場所は分かるか?」
蓮が、通信機越しに尋ねる。
「……はい。……このまま直進し、最深部に向かってください。……ただし、内部の魔力濃度が異常に高く、レーダーがうまく機能していません。……目視での警戒をお願いします」
シロの声にも、緊張が混じっている。
リヴァイアサンは、巨大な空洞の中をゆっくりと進んでいく。
蓮たちは潜水艦の甲板に立ち、周囲を警戒していた。
「……来るぞ」
蓮が、共鳴剣を構える。
空洞の奥から、無数の影が湧き出してきた。
それは、先ほどのガーディアンや上位端末とは全く異なる姿をしていた。
不定形の液状の金属が、人間の形を模倣したような不気味な姿。
顔には目も鼻もなく、ただ滑らかな金属の表面があるだけだ。
「……なんだ、こいつら……」
アランが、顔をしかめる。
「……『模倣体』……。……侵入者の魔力波長を読み取り、その能力をコピーする防衛システムです」
天野博士が、冷静に分析する。
「……能力をコピーするだと?」
蓮が驚く間もなく、模倣体の一体がアランに向かって突進してきた。
その腕が、アランの大剣と同じ形に変化し、炎を纏う。
「……なっ! ……俺の魔法を……!」
アランが、大剣で模倣体の攻撃を受け止める。
激しい炎がぶつかり合い、火花が散る。
「……『氷結』――氷柱槍!」
結月が、アランを援護するために氷の槍を放つ。
しかし、別の模倣体が結月の前に立ち塞がり、同じように氷の槍を放って相殺した。
「……私の魔法まで……!」
結月が、息を呑む。
「……厄介だな。……こちらの攻撃が全てコピーされるなら、どうやって倒せばいいんだ?」
透が、空間魔法を構えながら言う。
「……コピーできるのは、あくまで『波長』だけだ。……特異点の『概念』そのものをコピーすることはできないはずだ」
天野博士が、助言する。
「……なるほど。……なら、アリスの出番だな」
蓮が、アリスを見る。
「……うん! ……『創造』――概念固定!」
アリスが、模倣体たちの周囲の空間に魔法を放つ。
すると、模倣体たちの動きがピタリと止まり、その姿が液状の金属から、ただの鉄の塊へと変化した。
「……魔法の概念を固定して、コピー能力を封じたのね!」
凛音が、感嘆の声を上げる。
「……今だ! ……一気に片付けるぞ!」
蓮の合図と共に、全員が一斉に攻撃を仕掛ける。
能力を封じられた模倣体たちは、ただの的でしかなかった。
次々と破壊され、金属の破片となって散っていく。
「……よし、この調子で奥へ進むぞ」
蓮が、先頭に立って進む。
しかし、中枢星の防衛システムは、これだけでは終わらなかった。
空洞のさらに奥深くに進むと、巨大な広間に出た。
その中央には、巨大な水晶のようなコアが浮遊している。
「……あれが、メインコア……!」
蓮が、コアを見上げる。
「……待って、蓮。……コアの前に、誰かいるわ」
結月が、コアの前に立つ人影を指差す。
その人影は、蓮たちと同じ対魔局の制服を着ていた。
しかし、その顔を見た瞬間、蓮の全身の血の気が引いた。
「……嘘だろ……。……父さん……?」
そこに立っていたのは、死んだはずの蓮の父親、神代誠一だった。
「……蓮。……大きくなったな」
誠一が、優しく微笑む。
「……どうして……。……父さんは、死んだはずじゃ……」
蓮が、混乱して一歩後ずさる。
「……あれは、本物の神代誠一ではない。……中枢星が、蓮の記憶から作り出した『幻影』だ」
天野博士が、冷酷な事実を告げる。
「……幻影……?」
「……そうだ。……侵入者の最も深いトラウマや愛情を利用し、精神を崩壊させるための防衛システムだ」
「……そんな……」
結月が、口元を覆う。
「……蓮、私と一緒に来なさい。……調律者の計画は、人類にとって必要な進化なんだ。……お前も、私と同じ道を歩むんだ」
誠一の幻影が、蓮に手を差し伸べる。
「……父さん……」
蓮の瞳が、虚ろになる。
父親への思慕と、失った悲しみが、蓮の心を支配しようとしていた。
「……蓮さん! ……目を覚ましてください! ……あれは偽物です!」
透が、叫ぶ。
しかし、蓮の耳には届いていないようだった。
蓮は、ふらふらと誠一の幻影に向かって歩き出す。
「……蓮!」
結月が、蓮の腕を掴む。
「……離してくれ、結月。……父さんが、俺を呼んでるんだ……」
蓮が、結月の手を振り払おうとする。
「……ダメよ! ……蓮は、私に約束してくれたじゃない! ……もう二度と、大切な人を失わないって!」
結月が、涙を流しながら蓮を抱きしめる。
その言葉が、蓮の心に響いた。
桐島の死、そして結月との約束。
「……結月……」
蓮の瞳に、光が戻る。
「……そうだ。……俺は、もう迷わない。……父さんは、こんなことを望んでいない!」
蓮が、誠一の幻影を強く睨みつける。
「……残念だよ、蓮。……お前も、排除するしかないようだな」
誠一の幻影の表情が、冷酷なものに変わる。
そして、その手には、蓮と同じ「共鳴剣」が握られていた。
「……行くぞ、偽物。……俺が、父さんの名誉を守る!」
蓮が、共鳴剣を構え、誠一の幻影に向かって突進した。
五
蓮と誠一の幻影の剣が激突する。
火花が散り、激しい衝撃波が広間を揺るがす。
「……『残響』――全式共鳴・衝撃波!」
蓮が、至近距離から衝撃波を放つ。
「……甘いな、蓮。……『残響』――全式共鳴・衝撃波!」
誠一の幻影も、全く同じタイミングで衝撃波を放ち、相殺する。
「……くっ……! ……俺の技を、完全にコピーしているのか……!」
蓮が、舌打ちする。
「……私は、お前の記憶から作られた存在だ。……お前の思考、癖、技の全てを知っている」
誠一の幻影が、冷笑を浮かべる。
「……蓮さん、加勢します!」
透が、空間魔法で誠一の幻影の背後に回り込もうとする。
「……邪魔だ」
誠一の幻影が、振り返りざまに空間を断裂させる。
「……なっ! ……僕の空間魔法まで……!」
透が、間一髪で回避する。
「……言ったはずだ。……私は、お前の記憶から作られたと。……お前が知っている仲間の能力も、全て使用できる」
誠一の幻影が、今度はアリスの「創造」魔法で無数の剣を創り出し、蓮たちに向かって放つ。
「……『氷結』――絶対防壁!」
結月が、氷の壁を展開して剣を防ぐ。
「……なんてデタラメな強さなの……。……蓮の記憶にある全ての魔法が使えるなんて……」
凛音が、絶望的な表情を浮かべる。
「……どうすればいい……。……俺の記憶が、俺たちを追い詰めている……」
蓮が、焦りを感じ始める。
「……蓮、落ち着け。……記憶から作られた存在なら、お前がまだ『知らない』力は使えないはずだ」
天野博士が、冷静に助言する。
「……俺が知らない力……?」
蓮が、考える。
特異点の力、仲間の魔法、全てを出し尽くしている。
これ以上、何があるというのか。
その時、蓮の脳裏に、再びイヴの言葉が蘇った。
『三人の特異点の力を一つに合わせるのよ。……空間、創造、そして時間。……この三つの力が完全に共鳴した時、世界の外側へと通じる扉が開かれるわ』
(……そうだ。……俺たちは、まだ『その先』の力を見せていない……!)
蓮が、透、アリス、朔を見る。
「……みんな、もう一度『オメガ・リンク』をやるぞ。……だが、今度は俺が核になるんじゃない。……四人全員が、対等な核として共鳴するんだ!」
蓮が、提案する。
「……四人全員が核に……? ……そんなこと、可能なの?」
結月が、驚く。
「……分からない。……でも、やるしかない。……俺たちの絆の力なら、必ずできる!」
蓮が、力強く頷く。
「……分かりました。……蓮さんを信じます」
「……うん! ……みんなで一緒に!」
「……僕も、全力を出します!」
透、アリス、朔が、蓮の周りに集まる。
「……無駄な足掻きだ。……お前たちの力は、全て計算済みだ」
誠一の幻影が、最強の魔法を放つ準備をする。
「……行くぞ! ……『残響』『空間』『創造』『時間』――特異点共鳴・真理解放!」
四人の特異点の力が、完全に一つに融合する。
それは、先ほどのオメガ・リンクを遥かに凌駕する、宇宙の真理そのものに触れるような、神々しい光だった。
「……な、なんだこの光は……!? ……私の計算にはない……!」
誠一の幻影が、初めて焦りの表情を見せる。
「……これが、俺たちの……人間の可能性だ!」
蓮が、四人の力が融合した光の剣を振り下ろす。
光の剣は、誠一の幻影の魔法を容易く打ち破り、その体を両断した。
「……見事だ、蓮……。……お前は、私を超えた……」
誠一の幻影が、最後に優しい微笑みを浮かべ、光の粒子となって消滅した。
「……ありがとう、父さん……」
蓮が、静かに呟く。
幻影が消滅したことで、メインコアを守る結界が解除された。
「……今だ、蓮! ……コアを破壊しろ!」
天野博士が、叫ぶ。
「……ああ! ……これで、全てを終わらせる!」
蓮が、光の剣をメインコアに向かって突き立てる。
パキッ……!
メインコアに亀裂が入り、眩い光が広間全体を包み込んだ。
「……警告。……メインコアの深刻な損傷を検知。……中枢星の機能が停止します。……第一七二四番目の実験場、観測終了……」
無機質なアナウンスが響き渡り、中枢星の鼓動が完全に停止した。
周囲の景色が歪み、崩壊していく。
「……脱出するぞ! ……リヴァイアサンに戻れ!」
蓮の指示で、全員が潜水艦に飛び乗る。
「……透、空間転移で一気に地上へ戻るわよ!」
凛音が、操縦桿を握る。
「……はい! ……『空間』――超長距離転移!」
透が、残りの全魔力を振り絞って空間転移を発動する。
リヴァイアサンが光に包まれ、崩壊する中枢星から間一髪で脱出した。
【第45章終了】
【第45章登場魔法・用語解説】
「中枢星」:調律者の本体が存在する、宇宙空間に浮かぶ巨大な機械仕掛けの星。全ての実験場(世界)を管理・観測している。
「観測者」:調律者の端末の一つ。絶対的な「法則の壁」を持ち、通常の魔法攻撃を完全に無効化する。
「特異点共鳴・最終形態」:蓮の「残響」を核とし、透、アリス、朔の三人の特異点の力を完全に融合させた究極の共鳴魔法。調律者の法則すらも破壊する力を持つ。
「絶対無の領域」:天野博士の虚無魔法。あらゆるエネルギーを無に帰す漆黒の結界を展開する。
「模倣体」:中枢星の内部防衛システム。侵入者の魔力波長を読み取り、その能力を完全にコピーする。
「幻影」:中枢星の最終防衛システム。侵入者の記憶から最も深いトラウマや愛情を持つ人物を作り出し、精神を崩壊させる。記憶にある全ての魔法を使用できる。
「特異点共鳴・真理解放」:四人の特異点が対等な核として完全に共鳴した、真の究極魔法。宇宙の真理そのものに触れ、計算不可能な奇跡を起こす。
ここまで読んでくれてありがとうございました!
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