第37章 局長代理
第37章 局長代理
一
対魔局本部の医務室。
紗綾局長が重傷を負い、蓮が局長代理に指名されてから数日が経過していた。
「……蓮さん、各支部からの報告書が届いています。……それと、政府からの査問委員会の呼び出しが……」
シロが、山積みの書類を抱えて蓮の執務室に入ってくる。
「……分かった。……報告書は後で目を通す。……政府の呼び出しは、適当に理由をつけて断ってくれ。……今は、そんな暇はない」
蓮が、執務机で頭を抱えながら答える。
「……了解しました。……それから、第零研究所から救出した実験体の方々の容態ですが、少しずつ回復に向かっています。……ただ、精神的なトラウマが深く、まだ会話ができる状態ではありません」
シロが、タブレットを操作しながら報告する。
「……そうか。……彼らのケアは、最優先で頼む。……必要な物資や人員は、惜しまず投入してくれ」
蓮が、顔を上げる。
「……はい。……蓮さん、少し休まれた方がいいですよ。……局長代理になってから、ほとんど寝ていないじゃないですか」
シロが、心配そうに言う。
「……大丈夫だ。……俺が休んでいる間に、使徒が動くかもしれない。……それに、調律者の次の計画も探らなきゃいけない」
蓮が、コーヒーを流し込む。
「……でも、蓮さんが倒れたら、元も子もありません。……結月さんも、心配していましたよ」
シロが、ため息をつく。
「……結月が……。分かった、少しだけ休むよ」
蓮が、苦笑する。
シロが退室した後、蓮は執務室のソファに横たわった。
目を閉じると、第零研究所での使徒との戦いや、九条の言葉がフラッシュバックする。
『……あなたは、すでに彼らの手のひらの上で踊らされているのです』
九条の言葉が、蓮の心に重くのしかかる。
(……俺は、本当に正しい道を歩んでいるのか……?)
蓮が、自問自答する。
その時、執務室のドアがノックされた。
「……蓮、入るわよ」
凛音の声だった。
「……ああ、入ってくれ」
蓮が、身体を起こす。
凛音と、透、アランが執務室に入ってきた。
「……どうした? 何かあったのか?」
蓮が、尋ねる。
「……蓮さん、少しは休んでくださいよ。……目の下にクマができてますよ」
アランが、心配そうに言う。
「……ああ、さっきシロにも言われたところだ。……で、用件は?」
蓮が、苦笑する。
「……第零研究所から持ち帰ったデータの解析が、一部完了したの。……シロが、蓮に直接報告したいって」
凛音が、タブレットを差し出す。
「……データの解析が? ……分かった、すぐに見る」
蓮が、タブレットを受け取る。
タブレットには、複雑な数式や暗号化されたファイルが表示されていた。
「……これは……」
蓮が、眉をひそめる。
「……シロの話だと、これは『原初の式』に関するデータの一部らしいわ。……使徒が狙っていた、あの究極兵器のね」
凛音が、真剣な表情で言う。
「……原初の式……。世界を無に帰す兵器……」
蓮が、タブレットの画面を食い入るように見つめる。
「……データによれば、原初の式は、単なる魔法の術式ではありません。……それは、世界そのものを構成する『法則』を書き換えるための、システムのようなものらしいです」
透が、補足する。
「……法則を書き換える……? ……そんなことが、可能なのか?」
蓮が、驚愕する。
「……調律者なら、可能かもしれません。……彼らは、魔法発現という世界規模の現象を引き起こした連中です。……世界を無に帰すことも、彼らにとっては造作もないことなのかもしれません」
透が、眼鏡を押し上げる。
「……使徒は、その原初の式を起動させるために、俺の『特異点』の力が必要だと言っていた。……どういうことだ?」
蓮が、疑問を口にする。
「……そこまでは、まだ解析できていません。……ただ、原初の式は、莫大な魔力と、特殊な『鍵』がなければ起動しないようです。……その『鍵』が、蓮さんの特異点なのかもしれません」
透が、推測する。
「……俺が、世界を滅ぼす鍵……」
蓮が、拳を握りしめる。
「……蓮、一人で抱え込まないで。……私たちは、蓮を絶対に守るから」
凛音が、蓮の肩に手を置く。
「……ああ、ありがとう。……でも、俺は逃げない。……使徒が俺を狙うなら、逆にそれを利用して、奴らを叩き潰す」
蓮が、強い眼差しで言う。
「……蓮さんらしいですね。……僕たちも、全力でサポートします」
アランが、力強く頷く。
「……よし。……透、シロと協力して、データの解析を急いでくれ。……原初の式の在り処と、調律者の次の動きを突き止めるんだ」
蓮が、指示を出す。
「……了解しました」
透が、敬礼する。
特務部隊のメンバーが退室した後、蓮は再びタブレットの画面に目を落とした。
(……原初の式。……調律者。……そして、使徒。……俺は、必ずお前たちの野望を打ち砕く)
蓮は、心の中で固く誓った。
二
数日後。
蓮は、医務室で紗綾局長の見舞いをしていた。
「……局長、お加減はどうですか?」
蓮が、ベッドの傍らに座る。
「……ええ、だいぶ良くなったわ。……もうすぐ、現場に復帰できそうよ」
紗綾が、少し血色の良くなった顔で微笑む。
「……無理はしないでください。……対魔局のことは、俺がちゃんとやってますから」
蓮が、苦笑する。
「……頼もしいわね。……さすがは、私の見込んだ男よ」
紗綾が、蓮の頭を撫でる。
「……局長。……第零研究所から持ち帰ったデータの解析が、少しずつ進んでいます。……『原初の式』について、何か知っていることはありませんか?」
蓮が、真剣な表情で尋ねる。
紗綾は、少し表情を曇らせた。
「……原初の式。……やはり、使徒はそれを狙っていたのね」
紗綾が、ため息をつく。
「……知っているんですか?」
蓮が、身を乗り出す。
「……ええ。……私が調律者の下で研究していた頃、その名前だけは聞いたことがあるわ。……『ゲノム・アーク』よりもさらに深い、調律者の最重要機密。……世界をリセットするための、最終兵器だと」
紗綾が、静かに語る。
「……世界をリセットする……。なぜ、調律者はそんなものを……」
蓮が、眉をひそめる。
「……調律者は、この世界を『失敗作』だと考えているのよ。……争いが絶えず、環境が破壊され、人類が愚かな過ちを繰り返す世界。……彼らは、魔法という新たな秩序をもたらすことで、世界を正そうとした。……でも、それすらも失敗に終わった場合、世界を一度無に帰し、ゼロから作り直す。……それが、原初の式の目的よ」
紗綾が、恐るべき真実を告げる。
「……ふざけるな……! ……世界をリセットするだと!? ……そこに生きている人々の命を、なんだと思ってるんだ!」
蓮が、怒りで声を荒らげる。
「……彼らにとって、個人の命など、システムのバグに過ぎないのよ。……彼らは、自分たちを神だとでも思っているのね」
紗綾が、自嘲気味に笑う。
「……俺は、絶対にそんなことさせない。……この世界は、失敗作なんかじゃない。……みんな、一生懸命に生きているんだ!」
蓮が、拳を握りしめる。
「……ええ、そうね。……だからこそ、私たちは戦わなければならない。……蓮、あなたには、その力があるわ」
紗綾が、蓮の目を見つめる。
「……俺の『特異点』の力……。使徒は、原初の式を起動させるために、俺の力が必要だと言っていました」
蓮が、不安そうに言う。
「……特異点。……それは、世界の法則から外れた、イレギュラーな存在。……調律者のシステムに干渉し、書き換えることができる唯一の力。……だからこそ、使徒はあなたを狙うのよ」
紗綾が、説明する。
「……俺の力が、世界を滅ぼす鍵になるかもしれない……」
蓮が、俯く。
「……蓮。……力そのものに、善悪はないわ。……それをどう使うかが、重要なの。……あなたの力は、世界を滅ぼすこともできるし、救うこともできる。……私は、あなたが世界を救うと信じているわ」
紗綾が、蓮の手を優しく握る。
「……局長……。はい、俺は絶対に、この力でみんなを守ります」
蓮が、顔を上げ、力強く頷く。
「……その意気よ。……さあ、もう行きなさい。……局長代理は、忙しいんでしょう?」
紗綾が、微笑む。
「……はい。……また来ます」
蓮が、立ち上がる。
医務室を出た蓮は、決意を新たに、執務室へと向かった。
三
その夜。
蓮は、対魔局本部の地下にある訓練室で、一人汗を流していた。
「……はぁっ! ……たぁっ!」
蓮が、仮想の敵に向かって共鳴剣を振るう。
使徒との戦いで感じた、圧倒的な力の差。
そして、原初の式という、世界を滅ぼす脅威。
蓮は、自分がもっと強くならなければならないと、焦りを感じていた。
「……『残響』――全式共鳴・限界突破!」
蓮が、自身の魔力を極限まで引き上げる。
頭に激痛が走り、視界が歪む。
代償である「記憶の消失」が、確実に進行しているのを感じる。
(……くそっ……! ……もっと……もっと力を……!)
蓮が、歯を食いしばり、さらに魔力を注ぎ込もうとする。
「……蓮、やめて!」
訓練室のドアが開き、結月が駆け込んできた。
「……結月……」
蓮が、動きを止める。
「……何をしてるの! ……そんなに無理をしたら、本当に記憶が全部なくなっちゃうわよ!」
結月が、蓮に駆け寄り、共鳴剣を取り上げる。
「……ごめん。……でも、俺はもっと強くならないと……。使徒を倒して、原初の式を止めるためには……」
蓮が、荒い息をつきながら言う。
「……だからって、自分を壊してどうするの! ……蓮が記憶を失って、私のことも、みんなのことも忘れてしまったら……私は、どうすればいいの……」
結月が、涙を流す。
「……結月……」
蓮が、結月を抱きしめる。
「……お願い、蓮。……一人で背負い込まないで。……私たちは、一緒に戦うって約束したじゃない」
結月が、蓮の胸で泣きじゃくる。
「……ああ、そうだったな。……ごめん、結月。……俺が間違っていた」
蓮が、結月の頭を優しく撫でる。
「……もう、無茶はしないで。……蓮が傷つくのは、もう見たくないの」
結月が、蓮の顔を見上げる。
「……分かった。……約束する。……もう、無茶はしない」
蓮が、結月の涙を指で拭う。
「……本当?」
結月が、不安そうに尋ねる。
「……本当だ。……俺は、お前と一緒に、この世界を守る。……だから、俺のそばにいてくれ」
蓮が、結月の唇に、そっとキスをする。
「……うん。……ずっと、そばにいるわ」
結月が、微笑む。
二人は、訓練室の床に座り込み、互いの温もりを感じながら、静かな時間を過ごした。
「……結月。……俺、局長代理になってから、ずっと気を張っていたみたいだ」
蓮が、ぽつりと呟く。
「……そうね。……蓮は、責任感が強すぎるから」
結月が、蓮の肩に頭を乗せる。
「……でも、お前のおかげで、少し肩の荷が下りたよ。……ありがとう」
蓮が、結月の手を握る。
「……どういたしまして。……蓮のサポートは、私の役目だから」
結月が、嬉しそうに笑う。
その時、蓮の通信機が鳴った。
「……蓮さん! ……緊急事態です!」
シロの切羽詰まった声だった。
「……どうした、シロ!?」
蓮が、立ち上がる。
「……原初の式の在り処が、判明しました! ……そして、使徒がすでにそこに向かっています!」
シロの報告に、蓮と結月は顔を見合わせた。
「……場所はどこだ!?」
蓮が、尋ねる。
「……太平洋のど真ん中。……地図には載っていない、絶海の孤島です! ……かつて、調律者が最初に魔法の実験を行った場所……『始まりの島』です!」
シロが、座標を送信してくる。
「……始まりの島……。そこが、最後の決戦の地か」
蓮が、共鳴剣を握りしめる。
「……蓮さん、すぐに出撃の準備を! ……使徒に原初の式を起動されたら、世界は終わります!」
シロが、叫ぶ。
「……分かってる! ……特務部隊、全員集合だ! ……これより、始まりの島へ向かう!」
蓮が、力強く号令をかける。
蓮と結月は、訓練室を飛び出し、仲間たちの元へと走った。
世界の命運を懸けた、最後の戦いが、今、始まろうとしていた。
四
対魔局本部のブリーフィングルームに、特務部隊の全メンバーが集結した。
「……状況を説明する。……シロから送信された座標によれば、始まりの島は太平洋の中央部、日本から約三千キロの沖合にある。……対魔局のステルス輸送機でも、片道五時間以上かかる」
蓮が、モニターに地図を映し出しながら説明する。
「……五時間……。その間に使徒が原初の式を起動させたら、世界は終わるの?」
凛音が、顔色を変える。
「……原初の式の起動には、事前準備が必要なはずです。……使徒が島に到着してから、起動までに数時間のラグがあると思われます」
透が、分析したデータを展開する。
「……つまり、使徒より先に島に着ければ、原初の式を先に確保できるかもしれない」
蓮が、計算する。
「……でも、使徒はすでに向かっているんでしょ? ……島に着いた後に追いついても、彼らの地元に成りますよ」
結月が、指摘する。
「……それは分かってる。……だからこそ、一気に島に乗り込む。……透、お前の空間魔法で、島の座標に直接テレポートできないか?」
蓮が、透を見る。
「……一度も行ったことのない場所へのテレポートは、極めて危険です。……座標のズレが生じれば、海中に投げ出される可能性があります」
透が、渋い顔で答える。
「……じゃあ、シロのデータから座標を精密に特定して、近場所にテレポートする。……そこから輸送機で島に屋山するのが現実的だ」
蓮が、最善策を導く。
「……座標の精密化は、今すぐ取りかかります」
シロが、通信機越しに答える。
「……よし。……出撃までに、各自準備を整えておけ。……今回の任務は、今までの中で最も危険なものになる。……心の準備もしっかりやっておけ」
蓮が、全員を見回す。
「……了解しました」
全員が、一斉に答える。
ブリーフィングが終わり、メンバーたちが退室していく中、凛音だけが残った。
「……凛音、何かあるか?」
蓮が、尋ねる。
「……一つだけ、聴いて。……使徒に勝てる自信はある?」
凛音が、蓮を真っ直ぐに見る。
「……正直に言うと、今の信条は五分五分だ。……使徒の『虚無』は、信じられないくらい強い。……でも、逃げる気はない」
蓮が、苦笑する。
「……凛音らしいな。……信条は五分五分でも、戦うってことか」
蓮が、凛音の須を軽く叩く。
「……当たり前じゃない。……私は、ティアラの裏社会で生きてきた。……勝てない戦いなんて、数えきれないほどやってきた。……でも、そのたびに立ち上がってきた」
凛音が、自分の手のコインを小さく輪横に山を作る。
「……凛音……」
蓮が、感動した様子で凛音を見る。
「……一つだけ、言わせて。……使徒に勝ったら、一番高いウイスキーを奔れてよ」
凛音が、不おっかずと笑う。
「……約束する。……必ず勝って、一番高いウイスキーを奖いする」
蓮が、凛音の須を再度叩く。
「……ありがとう、凛音」
蓮が、微笑む。
凛音が退室した後、蓮は一人でブリーフィングルームに残った。
モニターに映し出された島の座標を見つめながら、蓮は静かに決意を固めた。
「……父さん。……俺は、世界を守る。……そのために、今こそ、全力で戦う」
蓮の心の中で、父の声が聴こえた気がした。
「……蓮。……お前なら、できる。……信じているぞ」
蓮は、共鳴剣を握りしめ、決意を新たにした。
数時間後。
シロから座標の精密化が完了したとの報告が届いた。
「……全員、出撃の時間だ」
蓮の号令の下、特動部隊はステルス輸送機に乗り込み、太平洋の島へと向かった。
島に近づくにつれ、蓮の『残響』が、島全体から放たれる強大な魔力を感知し始めた。
「……これは……」
蓮が、目を細める。
「……使徒の魔力です。……すでに島に到着している。……原初の式の起動準備を始めているかもしれません」
シロが、緊張した声で報告する。
「……急げる! ……全員、戦闘準備!」
蓮が、号令をかける。
輸送機の窓から見える島の全景は、小さな絶海の孤島だった。
辺りは白波が立ち、中央には古代の遷跡のような石造りの構造物が山のようにそびえていた。
そしてその頂から、黒い光の柱が天高く射し上がっていた。
「……あれが、原初の式の起動シーケンスか……」
蓮が、拳を握りしめる。
「……間に合うか……! ……行くぞ!」
蓮が、共鳴剣を高く掲げる。
特動部隊は、世界の命運を負った戦いに向かって、島へと降下していった。
五
出撃の前夜。
蓮は、医務室で紗綾局長の見舞いをした。
「……局長。……明日、始まりの島へ向かいます」
蓮が、紗綾のベッドの働に座る。
「……知ってるわ。……かなり無茶な要求のようね、一人で決断するなんて」
紗綾が、苦笑する。
「……すみません。……でも、局長が動けない今、他に誤る人がいないんです」
蓮が、紗綾の目を見る。
「……今更、讀んでも仕方ないわね。……蓮、一つだけ聴いて。……私が調律者の元で研究をしていた頃、『原初の式』について、一つだけ分かったことがあるの」
紗綾が、蓮の目を見る。
「……何ですか?」
蓮が、身を乗り出す。
「……原初の式は、起動するだけでは不十分なの。……それを完全に発動させるためには、『特異点の器』が自らの意志で式に魔力を注いで、自らの手で起動キーを抑える必要があるの」
紗綾が、深刻な表情で語る。
「……つまり、使徒は信を自分の意志で起動キーを押させることはできない。……信を捕まえ、強制的に注いだせるか、あるいは信が自ら進んで起動するしかない」
蓮が、紗綾の言葉の意味を展開する。
「……使徒は、信を捕まえて強制的に起動させようとしている。……だからこそ、信を島に誘き寄せようとしたんだ」
蓮が、拳を握りしめる。
「……そうよ。……使徒にとって、信が自ら島に乗り込んでくれるのが最も都合がいいの。……だから、信が島に向かうことを、使徒は最初から計算していたのかもしれないわ」
紗綾が、蓮の目を見る。
「……分かっています。……でも、行かないという選択肢はありません。……信が島に行かなければ、使徒は他の手段で原初の式を起動しようとするかもしれない。……どちらにしても、戦わなければならない」
蓮が、決意を導く。
「……蓮。……一つだけ、心に留めておいて」
紗綾が、蓮の手を握る。
「……原初の式の起動キーを抑える方法は、一つだけ。……『特異点の器』が、自らの意志で式に魔力を注いで、起動キーを内側から破壊することよ」
紗綾の言葉に、蓮は目を展いた。
「……内側から破壊する……。……つまり、信が自ら式の中に入り、内部から崩壊させるということですか?」
蓮が、紗綾の目を見る。
「……そうよ。……それは、結果として信自身が大きなダメージを受ける可能性がある。……でも、それが、世界を救う唯一の方法かもしれないの」
紗綾が、蓮の手を強く握る。
「……局長……。分かりました。……その方法を、最後の手段として心に留めておきます」
蓮が、静かに頑く。
「……でも、その方法は最後の手段。……まずは、使徒を打ち倒すことを考える。……信の力で、必ず勝てる」
蓮が、力強く言い切る。
「……そうよ。……一人で戦わなくていいのよ。……みんながいるじゃない」
紗綾が、微笑む。
「……はい。……信は、一人じゃない。……結月も、凛音も、透も、アランも、シロも、そして局長もいる。……一緒に戦えば、必ず勝てる」
蓮が、紗綾の目を見る。
「……信の事を、信じているわ。……必ず帰ってきなさい。……約束よ」
紗綾が、蓮の手を放す。
「……局長。……必ず帰ります。……約束します」
蓮が、紗綾の手を握りしめる。
「……いい子ね。……行ってきなさい、蓮」
紗綾が、蓮の顔を優しく撑でる。
蓮は、紗綾に最後の挨拶をして、医務室を出た。
廈下では、結月が待っていた。
「……局長に会ってきたの?」
結月が、小さく尋ねる。
「……ああ。……大事な話を聴いた。……原初の式を内側から破壊する方法があるって」
蓮が、結月に語る。
「……それは、信自身が大きなダメージを受けるかもしれないってこと?」
結月が、顔色を曇らせる。
「……最後の手段だ。……まずは、使徒を打ち倒すことを考える。……それができなかった時の、最後の手段だ」
蓮が、結月の目を見る。
「……蓮。……私も、一緒に戦うわ。……何があっても、蓮のそばを離れない」
結月が、蓮の手を握る。
「……ありがとう、結月。……一緒に、戦おう」
蓮が、結月の手を握り返す。
二人は、共に山橋の向こうに広がる夜の島を見つめた。
明日、世界の命運を負った戦いが始まる。
蓮の心は、今までになく準びていた。
【第37章終了】
【第37章登場魔法・用語解説】
「原初の式」:調律者が作り出した、世界を無に帰し、ゼロから作り直すための最終兵器。起動には莫大な魔力と、蓮の「特異点」の力が必要とされる。
「始まりの島」:太平洋に浮かぶ絶海の孤島。かつて調律者が最初に魔法の実験を行った場所であり、原初の式が眠る最後の決戦の地。
ここまで読んでくれてありがとうございました!
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