第36章 魔法の起源
第36章 魔法の起源
一
対魔局本部の会議室で、紗綾局長から語られた「魔法発現の真実」。
それは、魔法が自然現象ではなく、調律者による「プロジェクト・ゲノム・アーク」という人為的な計画によって引き起こされたという衝撃的な事実だった。
そして、蓮の父・神代誠一が、その計画を止めようとして命を落としたことも明かされた。
「……局長。……調律者の拠点は、どこにあるんですか?」
蓮が、静かな、しかし強い決意を込めた声で尋ねる。
「……日本政府が極秘に管理している研究施設、『第零研究所』よ。……そこは、かつて『ゲノム・アーク』の研究が行われていた場所であり、今も調律者の息がかかった研究者たちが、魔法のさらなる進化を研究しているはず」
紗綾が、モニターに地図を映し出す。
そこには、富士山の麓、広大な樹海の中に隠された施設の座標が示されていた。
「……第零研究所……。そこに行けば、調律者の手がかりが掴めるんですね」
凛音が、腕を組む。
「……ええ。……ただし、そこは政府の最重要機密施設。……パンデモニウム以上の厳重な警備が敷かれているわ。……侵入すれば、政府との全面戦争は避けられない」
紗綾が、厳しい表情で警告する。
「……全面戦争上等です。……俺たちは、もう後戻りできないところまで来ている」
蓮が、共鳴剣の柄を握りしめる。
「……蓮の言う通りです。……真実を知るためには、そこに行くしかない」
結月が、蓮の隣で頷く。
「……僕も、行きます。……調律者の計画を、このままにしておくわけにはいきません」
透が、眼鏡を押し上げる。
「……みんな……。分かったわ。……特務部隊に、第零研究所への潜入任務を命じる。……目的は、調律者に関するデータの奪取、および施設の破壊よ」
紗綾が、決断を下す。
「……了解しました!」
特務部隊のメンバーが、一斉に敬礼する。
「……出発は明日の夜明け前。……それまでに、装備の点検と休息を済ませておきなさい」
紗綾が、指示を出す。
会議が解散し、メンバーたちはそれぞれの準備に取り掛かった。
蓮は、自室に戻り、ベッドに横たわった。
目を閉じると、父・誠一の顔が浮かんでくる。
(……父さん。……俺、必ず真実を突き止めるよ。……そして、父さんの無念を晴らす)
蓮は、心の中で父に誓った。
その時、部屋のドアがノックされた。
「……蓮、起きてる?」
結月の声だった。
「……ああ、起きてるよ。入って」
蓮が、身体を起こす。
結月が、少し緊張した面持ちで部屋に入ってきた。
「……どうした? 眠れないのか?」
蓮が、優しく尋ねる。
「……うん。……明日からの任務のことを考えると、少し不安で」
結月が、蓮のベッドの端に座る。
「……大丈夫だ。……俺が、絶対にお前を守るから」
蓮が、結月の手を握る。
「……ありがとう。……でも、私も蓮を守りたい。……もう、蓮が一人で傷つくのを見たくないの」
結月が、蓮の目を見つめる。
「……結月……」
蓮が、結月の頬に手を添える。
「……蓮。……私、もっと強くなる。……蓮の『残響』の代償を、少しでも軽くできるように」
結月が、蓮の胸に顔を埋める。
「……お前がそばにいてくれるだけで、俺は十分強いよ」
蓮が、結月を優しく抱きしめる。
二人は、互いの温もりを感じながら、静かな夜を過ごした。
明日からの過酷な戦いを前に、二人の絆はさらに深まっていた。
二
翌朝。
夜明け前の薄暗い中、特務部隊はステルス輸送機に乗り込み、富士の樹海へと向かった。
「……目標地点まで、あと五分です」
シロが、通信機越しに報告する。
「……みんな、準備はいいか?」
蓮が、メンバーに確認する。
「……いつでも行けるわ」
凛音が、レールガンのチャージを確認する。
「……準備完了です」
結月が、氷の短剣を生成する。
「……空間座標、ロックしました」
透が、タブレットを操作する。
「……よし。……作戦開始だ!」
蓮の合令と共に、輸送機のハッチが開く。
特務部隊は、上空から樹海へと降下した。
透の空間魔法によって、着地の衝撃は完全に殺され、音もなく地面に降り立つ。
「……ここが、第零研究所の入り口か」
蓮が、目の前にある巨大な金属製の扉を見上げる。
周囲は鬱蒼とした木々に覆われ、一見するとただの廃墟のように見えるが、シロのセンサーは強力な魔力反応を捉えていた。
「……扉には、強力な魔法結界が張られています。……物理的な破壊は不可能です」
シロが、警告する。
「……なら、私の出番ね。……『絶対零度』で、結界の魔力構造を凍結させて脆くするわ」
結月が、扉に手を当てる。
結月の手から放たれた絶対零度の冷気が、扉を覆う魔法結界を凍りつかせていく。
ピキピキと音を立てて、結界に亀裂が入る。
「……今だ、蓮!」
結月が、叫ぶ。
「……『残響』――全式共鳴・一刀両断!」
蓮が、共鳴剣を振り下ろす。
ガシャァァァァン!
凍りついた魔法結界ごと、巨大な金属扉が真っ二つに切り裂かれた。
「……よし、侵入成功だ。……行くぞ」
蓮が、先頭を切って施設内へと足を踏み入れる。
施設内は、無機質な白い壁と冷たい照明に照らされていた。
パンデモニウムのような物々しい警備兵の姿は見当たらないが、不気味な静けさが漂っている。
「……静かすぎますね。……罠でしょうか?」
透が、周囲を警戒する。
「……油断するな。……ここは、調律者の息がかかった施設だ。……何が起きてもおかしくない」
蓮が、共鳴剣を構えたまま進む。
しばらく進むと、巨大な地下空間に出た。
そこには、無数の円筒形の培養カプセルが並んでいた。
「……これは……」
凛音が、息を呑む。
培養カプセルの中には、緑色の液体に浸された人間の姿があった。
老若男女、様々な年齢の人々が、管に繋がれて眠っている。
「……まさか、これが『ゲノム・アーク』の実験体……?」
結月が、カプセルに近づく。
「……シロ、このカプセルのデータを解析できるか?」
蓮が、通信機で尋ねる。
「……はい、ハッキングを試みます。……少々お待ちください」
シロが、施設のネットワークに侵入する。
数分後、シロから報告が入った。
「……蓮さん。……信じられないデータが出てきました。……このカプセルの中にいるのは、全て『無能力者』です」
シロの声が、震えている。
「……無能力者? ……どういうことだ?」
蓮が、眉をひそめる。
「……彼らは、魔法適性を持たない人間たちです。……政府は、彼らを拉致し、ここで強制的に魔法を発現させる人体実験を行っていたようです」
シロの報告に、蓮たちは言葉を失った。
「……強制的に魔法を発現させる……? ……そんなこと、可能なのか?」
凛音が、信じられないという顔をする。
「……データによれば、成功率は極めて低く、ほとんどの実験体は死亡するか、異形の怪物に変異してしまったようです。……教団が使っていた魔法生物も、元はこの実験体だった可能性があります」
シロが、残酷な真実を告げる。
「……ふざけるな……! ……人間の命を、なんだと思ってるんだ!」
蓮が、怒りで拳を壁に叩きつける。
「……これが、調律者のやり方……。魔法使いだけの世界を作るために、無能力者を実験動物として扱っていたのね」
結月が、悲しげにカプセルを見つめる。
「……許せない。……絶対に、許せない!」
凛音が、レールガンを構える。
その時、施設内に警報が鳴り響いた。
『……侵入者発見。……防衛システムを起動します。……実験体廃棄プロトコル、開始』
無機質なアナウンスが流れる。
「……実験体廃棄プロトコルだと!?」
蓮が、顔色を変える。
培養カプセルの緑色の液体が、急速に赤く染まり始めた。
カプセルの中の人々が、苦しそうに身悶えする。
「……毒ガスか何かが注入されている! ……このままじゃ、全員死んでしまう!」
透が、叫ぶ。
「……止めろ! ……シロ、システムを停止させろ!」
蓮が、指示を出す。
「……駄目です! ……メインフレームからの物理的なアクセスが必要です! ……ここからでは、ハッキングが弾かれます!」
シロが、焦燥した声で答える。
「……メインフレームはどこだ!?」
蓮が、尋ねる。
「……この階層の最奥、コントロールルームです!」
シロが、ルートを送信する。
「……俺が行く! ……みんなは、ここでカプセルの破壊を防いでくれ!」
蓮が、コントロールルームに向かって走り出す。
「……蓮、気をつけて!」
結月が、叫ぶ。
蓮は、施設内の通路を全速力で駆け抜けた。
途中、自動防衛ドローンが立ち塞がったが、共鳴剣で次々と斬り捨てていく。
(……間に合え……! ……これ以上、犠牲者を出すわけにはいかない!)
蓮は、コントロールルームの扉を蹴り破った。
そこには、巨大なメインフレームと、一人の白衣を着た男が立っていた。
「……よくここまで来ましたね、特異点の器よ」
男が、振り返る。
その顔には、見覚えがあった。
「……お前は……!」
蓮が、驚愕する。
男は、かつて蓮の父・誠一の葬儀に参列していた、政府の高官だった。
「……初めまして、神代蓮くん。……私は、第零研究所の所長、そして調律者の末端に連なる者、九条です」
九条が、薄気味悪い笑みを浮かべる。
「……お前が、この非人道的な実験の責任者か!」
蓮が、共鳴剣を九条に向ける。
「……非人道的? ……心外ですね。……これは、人類の進化のための尊い犠牲です。……あなたのお父上も、最初は理解してくれていたのですよ」
九条が、肩をすくめる。
「……父さんを愚弄するな!」
蓮が、九条に斬りかかる。
しかし、九条の前に、見えない壁が立ち塞がり、共鳴剣が弾き返された。
「……私の魔法は『反射』。……あらゆる物理・魔法攻撃を、そのまま相手に跳ね返す力です」
九条が、余裕の態度で言う。
「……くそっ……!」
蓮が、体勢を立て直す。
「……無駄な抵抗はやめて、実験体たちの最期を見届けなさい。……彼らは、新たな世界のための礎となるのです」
九条が、メインフレームのコンソールを操作する。
「……させない! ……『残響』――全式共鳴・限界突破!」
蓮が、自身の魔力を極限まで引き上げる。
代償の激痛が頭を走るが、蓮はそれを気力でねじ伏せる。
「……『反射』の魔法ごと、ぶっ壊す!」
蓮が、共鳴剣に莫大な魔力を込める。
「……無駄だと言っているでしょう。……どれほど強力な攻撃でも、反射されるだけです」
九条が、冷笑する。
「……俺の『残響』は、ただの攻撃じゃない。……お前の魔法そのものを、共鳴させて相殺する!」
蓮が、共鳴剣を九条の『反射』の壁に突き立てる。
キィィィィィン!
不快な高周波が鳴り響き、見えない壁に亀裂が入る。
「……なっ……!? 私の『反射』が、破られる……!?」
九条が、驚愕する。
「……うおおおおぉぉぉぉっ!」
蓮が、さらに魔力を注ぎ込む。
パリンッ!
ガラスが割れるような音と共に、九条の『反射』の壁が完全に崩壊した。
「……ば、馬鹿な……!」
九条が、後ずさりする。
「……これで、終わりだ!」
蓮が、九条の胸ぐらを掴み、壁に叩きつける。
「……ぐはっ……!」
九条が、血を吐く。
「……システムを停止しろ! ……今すぐだ!」
蓮が、共鳴剣を九条の首筋に突きつける。
「……ふ、ふふふ……。遅いですよ……。もう、廃棄プロトコルは最終段階に入っています……」
九条が、狂気じみた笑いを浮かべる。
「……なんだと……!?」
蓮が、メインフレームのモニターを見る。
そこには、「廃棄完了まで残り三十秒」というカウントダウンが表示されていた。
「……くそっ! ……シロ、どうすれば止められる!?」
蓮が、通信機で叫ぶ。
「……メインフレームのコアを物理的に破壊するしかありません! ……しかし、コアを破壊すれば、施設全体が爆発する可能性があります!」
シロが、切羽詰まった声で答える。
「……爆発……。構うもんか! ……みんなを助けるためだ!」
蓮が、共鳴剣をメインフレームのコアに向かって振り上げる。
「……やめろ! ……それを破壊すれば、お前も死ぬぞ!」
九条が、叫ぶ。
「……俺の命なんて、どうでもいい! ……父さんが守ろうとした命を、俺が守る!」
蓮が、共鳴剣を振り下ろそうとしたその時。
「……待って、蓮!」
結月の声が、コントロールルームに響いた。
三
結月が、息を切らしてコントロールルームに駆け込んできた。
「……結月! ……どうしてここに!?」
蓮が、驚く。
「……蓮を、一人にしないって約束したでしょ」
結月が、微笑む。
「……でも、ここは危険だ! ……早く逃げろ!」
蓮が、叫ぶ。
「……逃げないわ。……私に、任せて」
結月が、メインフレームの前に立つ。
「……何をする気だ?」
蓮が、尋ねる。
「……私の『絶対零度』で、メインフレームの回路だけを凍結させる。……コアを破壊せずに、システムを停止させるわ」
結月が、両手をメインフレームにかざす。
「……そんな精密なコントロール、できるのか!?」
蓮が、心配そうに言う。
「……できるわ。……蓮が、私を信じてくれるなら」
結月が、蓮を見る。
「……ああ。……信じてる」
蓮が、力強く頷く。
「……『氷結』――絶対零度・微細氷結!」
結月が、極限まで集中し、メインフレームの内部回路に冷気を送り込む。
ピキッ……ピキピキッ……。
メインフレームの表面に、薄い氷の膜が張っていく。
「……廃棄完了まで、残り十秒……九……八……」
無機質なアナウンスがカウントダウンを続ける。
「……お願い……止まって……!」
結月が、さらに魔力を注ぎ込む。
「……五……四……三……」
「……結月!」
蓮が、結月の肩を抱く。
「……二……一……」
プツンッ。
カウントダウンが「一」を示した瞬間、メインフレームの電源が完全に落ち、施設内の照明が消えた。
「……システム、停止しました! ……廃棄プロトコルはキャンセルされました!」
シロの歓喜の声が、通信機から響く。
「……やった……!」
結月が、その場にへたり込む。
「……結月、よくやった! ……お前はすごいよ!」
蓮が、結月を抱きしめる。
「……蓮が、信じてくれたから……」
結月が、安堵の涙を流す。
「……ば、馬鹿な……。私の計画が……調律者の計画が……」
九条が、絶望したように呟く。
「……お前の計画は、ここで終わりだ。……大人しく、対魔局に同行してもらうぞ」
蓮が、九条を拘束する。
「……ふふふ……。私を捕らえても、無駄ですよ。……調律者は、すでに次の段階へと進んでいる。……あなたたちに、世界を救うことはできない」
九条が、不気味に笑う。
「……次の段階だと? ……どういう意味だ?」
蓮が、九条を睨みつける。
「……『プロジェクト・アーク』の真の目的。……それは、特異点の器であるあなたを、調律者の元へ導くこと。……あなたは、すでに彼らの手のひらの上で踊らされているのです」
九条が、意味深な言葉を残す。
「……俺が、調律者の元へ……?」
蓮が、眉をひそめる。
その時、施設全体が激しく揺れ始めた。
「……なんだ!? 地震か!?」
蓮が、周囲を見回す。
「……蓮さん! ……施設の地下深くから、凄まじい魔力反応が急上昇しています! ……これは……使徒です!」
シロが、パニックに陥った声で報告する。
「……使徒だと!? ……奴が、なぜここに!」
蓮が、驚愕する。
「……言ったでしょう。……あなたは、導かれているのだと」
九条が、狂ったように笑い続ける。
ドォォォォォォォォン!
コントロールルームの床が吹き飛び、巨大な黒い影が姿を現した。
「……また会いましたね、特異点の器よ」
使徒が、瓦礫の中からゆっくりと立ち上がる。
「……使徒……! ……お前、調律者を滅ぼすために教団を作ったんじゃなかったのか!? ……なぜ、調律者の施設にいる!」
蓮が、共鳴剣を構える。
「……調律者を滅ぼすためには、彼らの力を利用するのが最も効率的ですからね。……私は、この施設の地下に眠る『あるもの』を手に入れるために来ました」
使徒が、仮面の奥で目を光らせる。
「……あるもの……?」
蓮が、警戒する。
「……ええ。……世界を無に帰すための、究極の兵器。……『原初の式』です」
使徒の言葉に、蓮と結月は息を呑んだ。
「……原初の式……。それが、お前の狙いか」
蓮が、使徒を睨みつける。
「……さあ、特異点の器よ。……私と共に来なさい。……原初の式を起動させるためには、あなたの力が必要なのです」
使徒が、蓮に手を差し伸べる。
「……断る! ……俺は、お前の野望をここで打ち砕く!」
蓮が、使徒に向かって飛び出す。
第零研究所の最深部で、蓮と使徒の、世界の命運を懸けた再戦が幕を開けた。
四
蓮と使徒の戦いは、第零研究所のコントロールルームを瞬く間に戦場へと変えた。
「……『残響』――全式共鳴・神速!」
蓮が、紗綾局長の『神速』を模倣した高速移動で使徒の懐に飛び込む。
「……速い。……しかし、無駄です」
使徒が、『虚無』を発動する。
蓮は、使徒の『虚無』が発動する直前に、軌道を変えて回避した。
「……今度は、避けましたか。……学習能力は高いですね」
使徒が、感心したように言う。
「……お前の動きは、もう読んだ!」
蓮が、使徒の背後に回り込み、共鳴剣を振り下ろす。
ガキィィィン!
使徒が、咄嗟に腕を上げて防御する。
「……ぐっ……!」
使徒が、初めて苦悶の声を漏らす。
「……効いてる! ……やっぱり、物理攻撃は通じるんだな!」
蓮が、さらに追撃をかける。
「……厄介ですね。……『虚無』――空間消去!」
使徒が、蓮の周囲の空間を無に帰そうとする。
「……させない! ……結月!」
蓮が、叫ぶ。
「……『氷結』――絶対零度・空間凍結!」
結月が、使徒の『虚無』の発動範囲を絶対零度で凍結させる。
「……空間を凍らせて、虚無の拡散を防ぐ……。なるほど、連携が上手くなりましたね」
使徒が、感嘆する。
「……褒め言葉は要らない!」
蓮が、使徒の胸に強烈な一撃を叩き込む。
ドォォォォン!
使徒が、壁に激突する。
「……ぐぁぁぁぁっ!」
使徒が、血を吐く。
「……これで、終わりだ!」
蓮が、使徒に向かって最後の一撃を放とうとした、その時。
「……蓮、後ろ!」
結月が、悲鳴を上げる。
振り返ると、九条が拘束を解き、施設の自爆装置を起動させていた。
「……死ね! ……調律者の計画を邪魔する者は、全員死ね!」
九条が、狂気に満ちた目で叫ぶ。
「……自爆だと!? ……シロ、脱出ルートは!?」
蓮が、通信機で叫ぶ。
「……自爆まで、残り一分です! ……今すぐ地上に出てください!」
シロが、悲鳴のような声で答える。
「……くそっ……! ……みんな、撤退だ!」
蓮が、号令をかける。
「……待ちなさい」
使徒が、立ち上がる。
「……まだやる気か!」
蓮が、身構える。
「……いいえ。……私も、今日はここまでにします。……原初の式の在り処は、確認できましたから」
使徒が、黒い霧に包まれる。
「……逃がすか!」
蓮が、追おうとするが、結月が蓮の腕を掴む。
「……蓮、駄目! ……今は逃げないと!」
結月が、必死に叫ぶ。
「……くそっ……!」
蓮は、使徒を見逃す悔しさを噛みしめながら、仲間たちと共に施設の外へと走り出した。
脱出の途中、蓮たちは培養カプセルの中の人々を可能な限り救出しながら、地上へと向かった。
全員が地上に出た直後、第零研究所は轟音と共に爆発した。
爆風が蓮たちを吹き飛ばし、全員が地面に叩きつけられる。
「……全員、無事か!?」
蓮が、起き上がりながら叫ぶ。
「……ここよ……。なんとか……」
凛音が、土埃の中から立ち上がる。
「……僕も、大丈夫です……」
透が、眼鏡を拾いながら答える。
「……蓮……」
結月が、蓮の隣で倒れていた。
「……結月! ……怪我は!?」
蓮が、結月に駆け寄る。
「……大丈夫。……ちょっと、吹き飛ばされただけ」
結月が、苦笑する。
「……よかった……」
蓮が、安堵する。
その時、通信機から紗綾の声が聞こえた。
「……蓮。……全員、無事か?」
「……はい。……全員、生きています。……局長は?」
蓮が、尋ねる。
「……私は、本部にいるわ。……でも、少し問題が生じた。……早く帰ってきなさい」
紗綾の声が、かすかに震えていた。
「……局長、どうかしたんですか?」
蓮が、不安を感じる。
「……帰ってから話す。……急ぎなさい」
通信が切れた。
蓮たちは、救出した実験体の人々をシロが手配した医療輸送機に引き渡し、急いで対魔局本部へと帰還した。
本部に戻ると、廊下を歩く職員たちの顔が、一様に暗く沈んでいた。
「……どうしたんだ? ……何があった?」
蓮が、職員に尋ねる。
「……局長が……。使徒の刺客に、本部を急襲されて……。局長が、職員を守るために前に出て、重傷を……」
職員が、涙をこらえながら答える。
「……なんだと!?」
蓮が、顔色を変える。
「……局長はどこだ!?」
蓮が、駆け出す。
医務室に飛び込むと、紗綾がベッドに横たわっていた。
白い包帯が全身に巻かれ、顔色は蒼白だった。
「……局長……!」
蓮が、紗綾のベッドに駆け寄る。
「……蓮。……全員、無事だったのね。……よかった」
紗綾が、弱々しく微笑む。
「……局長、なんで無理をするんですか! ……局長まで、失うわけにはいかない!」
蓮が、紗綾の手を握る。
「……ふふ。……大げさね。……死にはしないわよ。……ただ、しばらくは動けないわね」
紗綾が、苦笑する。
「……局長が動けない間、対魔局はどうなるんですか……」
凛音が、心配そうに言う。
「……蓮。……私が回復するまでの間、対魔局の指揮を任せるわ」
紗綾が、蓮を見る。
「……俺が……?」
蓮が、驚く。
「……あなたなら、できる。……誠一の息子なら、必ずできる」
紗綾が、蓮の手を強く握る。
「……局長……。分かりました。……俺が、対魔局を守ります。……局長が回復するまで、絶対に」
蓮が、力強く頷く。
「……頼んだわよ、蓮。……世界の真実を、明らかにするために」
紗綾が、目を閉じる。
蓮は、紗綾の手を握りしめたまま、静かに誓った。
調律者の計画を止めること。
原初の式を使徒に渡さないこと。
そして、この世界に生きる全ての人々を守ること。
蓮の戦いは、まだ終わらない。
むしろ、本当の戦いは、今ここから始まろうとしていた。
【第36章終了】
【第36章登場魔法・用語解説】
「反射」:九条の魔法適性。自身に向けられたあらゆる物理・魔法攻撃を、そのままの威力で相手に跳ね返す。防御と攻撃を兼ね備えた強力な魔法だが、許容量を超える魔力や、魔法そのものを相殺する力には弱い。
「第零研究所」:富士の樹海に隠された、政府と調律者の極秘研究施設。無能力者を拉致し、強制的に魔法を発現させる非人道的な人体実験「ゲノム・アーク」が行われていた。
「原初の式」:使徒が狙う、世界を無に帰すための究極の兵器。その詳細は不明だが、起動には蓮の「特異点」の力が必要とされる。
ここまで読んでくれてありがとうございました!
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