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残響魔術(エコー・コード)  作者: 天音シオン
第二部 特異点と教団

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第35章 結月の告白

第35章 結月の告白



対魔局本部の正面ゲート。

瓦礫の山と化したその場所で、蓮たちは教団の長「使徒」と対峙していた。


「……くそっ……!」


蓮が、後退する。

使徒の「虚無」の魔法によって、蓮の共鳴剣は音もなく消滅してしまった。


「……私の『虚無』は、あらゆる事象を無に帰す。……あなたの『残響』がどれほど強力でも、無を共鳴させることはできません」


使徒が、仮面の奥で冷酷に笑う。


「……蓮、下がって!」


結月が、蓮の前に飛び出す。


「……『氷結』――絶対零度・氷結破城!」


結月が、巨大な氷の塊を作り出し、使徒に向かって放つ。


「……無駄です」


使徒が、軽く手を振る。


巨大な氷の塊は、使徒に触れる直前で、まるで最初から存在しなかったかのように消滅した。


「……なっ……!?」


結月が、驚愕する。


「……物理攻撃も、魔法攻撃も、全て無に帰す。……それが『虚無』の力です」


使徒が、淡々と語る。


「……なら、これならどう!? ……『雷撃』――超電磁砲・極光!」


凛音が、最大出力のレールガンを使徒に撃ち込む。


しかし、光の束もまた、使徒の数メートル手前で消滅した。


「……嘘でしょ……。レールガンまで消された……」


凛音が、絶望感を滲ませる。


「……『事象の地平』――空間圧縮!」


透が、使徒の周囲の空間を圧縮しようとする。


「……空間そのものを無に帰すことも、造作もありません」


使徒が、指を鳴らす。


透の空間魔法が霧散し、透自身が目に見えない力で吹き飛ばされた。


「……透!」


蓮が、叫ぶ。


「……圧倒的すぎる……。これが、教団のトップの力……」


アランが、指令室のモニターを見ながら震える声で言う。


「……蓮さん、使徒の魔力波形を解析していますが、全くデータが取れません! ……彼の周囲には、魔力そのものが存在しない空間が形成されています!」


シロが、焦燥した声で報告する。


「……魔力が存在しない空間……。つまり、魔法が一切通じないってことか」


蓮が、歯を食いしばる。


「……さて、特異点の器よ。……私の力を見ても、まだ抵抗するつもりですか?」


使徒が、蓮に近づいてくる。


「……当たり前だ! ……俺は、お前たちに屈しない!」


蓮が、素手で使徒に向かっていく。


「……愚かな」


使徒が、蓮の胸に手を当てる。


「……『虚無』――生命消去」


使徒の冷たい声が響く。


その瞬間、蓮の全身から力が抜け、意識が遠のいていく。


(……なんだ……これ……。命が……吸い取られていく……)


蓮が、その場に崩れ落ちる。


「……蓮!」


結月が、悲鳴を上げる。


「……蓮に触るな!」


凛音が、レールガンを捨て、短剣を抜いて使徒に斬りかかる。


「……邪魔です」


使徒が、凛音を軽く払い除ける。


凛音は、瓦礫の山に叩きつけられ、意識を失った。


「……凛音さん!」


アランが、叫ぶ。


「……さあ、特異点の器よ。……私と共に来なさい」


使徒が、倒れた蓮を抱え上げようとする。


「……やめて!」


結月が、使徒にすがりつく。


「……離しなさい」


使徒が、結月を冷たく見下ろす。


「……蓮を、連れて行かないで……! ……お願い……!」


結月が、涙を流しながら懇願する。


「……あなたの感情は、無意味です。……『虚無』の前では、愛も悲しみも、全て無に帰すのですから」


使徒が、結月を突き飛ばす。


結月は、地面に倒れ込み、絶望の涙を流した。


「……蓮……」


結月が、手を伸ばす。


その時、対魔局本部の奥から、凄まじい魔力が膨れ上がった。


「……何事ですか?」


使徒が、動きを止める。


「……そこまでだ、使徒」


静かな、しかし威厳のある声が響く。


瓦礫の奥から姿を現したのは、対魔局のトップ、紗綾局長だった。


「……紗綾局長……」


結月が、顔を上げる。


紗綾は、普段のスーツ姿ではなく、戦闘用の特殊なコートを身に纏っていた。

その手には、白銀に輝く細身の剣が握られている。


「……対魔局の局長自ら、お出ましですか。……しかし、あなたでも私を止めることはできませんよ」


使徒が、余裕の笑みを浮かべる。


「……それは、どうかしらね」


紗綾が、剣を構える。


「……『神速』――閃光!」


紗綾の姿が、一瞬でブレた。


次の瞬間、紗綾は使徒の背後に立っていた。


「……なっ……!?」


使徒が、驚愕して振り返る。


使徒の仮面に、一筋の亀裂が入っていた。


「……私の『神速』は、光の速度を超える。……あなたの『虚無』が発動する前に、斬り捨てる」


紗綾が、冷徹な声で言う。


「……光の速度を超える……。なるほど、厄介な魔法ですね。……しかし、私を倒すには至りません」


使徒が、仮面の亀裂を撫でる。


「……『虚無』――全方位消去!」


使徒が、両手を広げ、周囲の空間全てを無に帰そうとする。


「……させないわ! ……『神速』――千刃!」


紗綾が、目にも留まらぬ速さで、使徒に無数の斬撃を浴びせる。


使徒の『虚無』と、紗綾の『神速』が激突し、凄まじい衝撃波が周囲を吹き飛ばす。


「……局長……!」


結月が、衝撃波に耐えながら、紗綾の戦いを見守る。


紗綾の攻撃は、確かに使徒を捉えていた。

しかし、使徒の『虚無』によって、致命傷を与えるには至っていない。


「……さすがは対魔局のトップ。……しかし、あなたの魔力も無限ではないはずです」


使徒が、余裕の態度を崩さない。


「……ええ、そうね。……でも、時間を稼ぐことくらいはできるわ」


紗綾が、不敵に笑う。


「……時間を稼ぐ? ……何のために?」


使徒が、眉をひそめる。


「……彼らが、立ち上がるための時間よ」


紗綾が、倒れている蓮たちを見る。


「……無駄な足掻きを」


使徒が、再び『虚無』を発動しようとする。


その時、倒れていた蓮の身体が、淡い光に包まれた。


「……これは……」


使徒が、目を見開く。


蓮の胸の奥で、何かが熱く脈打っていた。


(……俺は……まだ……負けられない……)


蓮が、ゆっくりと目を開ける。


「……蓮!」


結月が、歓喜の声を上げる。


蓮の『残響』が、紗綾の『神速』と共鳴し始めていた。


「……局長。……ありがとうございます」


蓮が、立ち上がる。


「……遅いわよ、蓮。……さあ、反撃開始よ」


紗綾が、微笑む。


「……ええ。……『残響』――全式共鳴・神速!」


蓮が、紗綾の『神速』を模倣し、使徒に向かって突進する。


「……愚かな。……同じ魔法が通じるとでも?」


使徒が、『虚無』で蓮を消去しようとする。


しかし、蓮の速度は、紗綾の『神速』をさらに上回っていた。


「……なっ……!?」


使徒が、驚愕する。


「……俺の『残響』は、ただ模倣するだけじゃない。……増幅するんだ!」


蓮が、使徒の懐に飛び込む。


「……全式共鳴・神速・一閃!」


蓮が、素手で使徒の胸を突く。


ドォォォォン!


凄まじい衝撃が、使徒を吹き飛ばした。


「……ぐぁぁぁぁっ!」


使徒が、瓦礫の山に激突する。


「……やった……!」


結月が、安堵の息をつく。


しかし、使徒はゆっくりと立ち上がった。


「……素晴らしい。……さすがは特異点の器。……私の『虚無』を破るとは」


使徒が、血を吐きながらも笑う。


「……まだ、やる気か」


蓮が、構え直す。


「……今日は、この辺りにしておきましょう。……私の目的は、あなたを殺すことではありませんから」


使徒が、黒い霧に包まれる。


「……逃がすか!」


蓮が、追撃しようとする。


「……また会いましょう、神代蓮。……真実の世界で」


使徒の言葉と共に、黒い霧が晴れ、使徒の姿は完全に消え去っていた。



使徒の襲撃から数時間後。

対魔局本部は、深刻なダメージを受けていた。

正面ゲートは完全に破壊され、多くの職員が負傷した。


「……被害状況は?」


紗綾が、指令室で報告を受ける。


「……死者はゼロですが、重傷者が多数出ています。……施設の復旧には、数週間はかかる見込みです」


シロが、沈痛な面持ちで答える。


「……そうか。……使徒の力、恐るべしね」


紗綾が、ため息をつく。


「……局長、怪我は大丈夫ですか?」


蓮が、紗綾を気遣う。


「……ええ、かすり傷よ。……それより、蓮。……お前こそ、大丈夫なのか?」


紗綾が、蓮の顔を覗き込む。


「……はい。……使徒の『生命消去』を受けましたが、なんとか持ち堪えました」


蓮が、胸を押さえる。


「……無理はするな。……お前の『残響』は、強力な魔法を共鳴させるほど、代償の進行が早まる。……記憶の消失は、どうだ?」


紗綾が、心配そうに尋ねる。


「……少し、頭がぼんやりします。……でも、まだ大丈夫です」


蓮が、強がる。


「……そうか。……休める時に、しっかり休んでおけ」


紗綾が、蓮の肩を叩く。


蓮は、指令室を出て、医務室へと向かった。

医務室では、結月が凛音の看護をしていた。


「……凛音、大丈夫か?」


蓮が、声をかける。


「……蓮。……ええ、私は大丈夫よ。……ただの気絶だったみたい」


凛音が、ベッドの上で苦笑する。


「……よかった。……結月も、怪我はないか?」


蓮が、結月を見る。


「……ええ。……私は、蓮が守ってくれたから」


結月が、微笑む。


「……俺は、何もできなかった。……局長が来てくれなかったら、俺たちは全滅していた」


蓮が、悔しそうに拳を握る。


「……そんなことないわ。……蓮が、最後に使徒を退けてくれたじゃない」


結月が、蓮の手を握る。


「……でも、使徒は逃げた。……奴は、また必ず来る」


蓮が、険しい表情をする。


「……ええ。……だから、私たちはもっと強くならなきゃいけない」


凛音が、真剣な眼差しで言う。


「……ああ。……絶対に、負けられない」


蓮が、力強く頷く。


その夜。

蓮は、対魔局本部の屋上で、一人夜空を見上げていた。


使徒の圧倒的な力。

そして、桐島教官の死。

様々な出来事が、蓮の心を重くのしかかっていた。


「……俺は、本当にこの世界を守れるのか……?」


蓮が、自問自答する。


「……蓮」


背後から、結月の声が聞こえた。


振り返ると、結月が立っていた。


「……結月。……どうしたんだ? こんな夜更けに」


蓮が、尋ねる。


「……蓮が、一人で悩んでいるんじゃないかと思って」


結月が、蓮の隣に並ぶ。


「……悩んでなんか、ないさ」


蓮が、強がる。


「……嘘。……蓮の顔を見れば、分かるわ」


結月が、蓮の顔を覗き込む。


「……結月には、敵わないな」


蓮が、苦笑する。


「……蓮。……私、蓮に伝えたいことがあるの」


結月が、真剣な表情で蓮を見つめる。


「……伝えたいこと?」


蓮が、首を傾げる。


「……私、ずっと自分の感情が分からなかった。……『絶対零度』の代償で、感情を失ってしまったから。……でも、蓮と出会って、一緒に戦って、少しずつ感情を取り戻してきた」


結月が、自分の胸に手を当てる。


「……ああ。……結月は、よく笑うようになったし、怒るようにもなった」


蓮が、微笑む。


「……桐島教官が亡くなった時、私、すごく悲しかった。……胸が張り裂けそうなくらい、痛かった。……そして、蓮が泣いているのを見て、もっと痛くなった」


結月が、涙ぐむ。


「……結月……」


蓮が、結月の名前を呼ぶ。


「……私、蓮がいなくなるのが怖い。……蓮が傷つくのが、怖い。……この感情が何なのか、ずっと考えていたの」


結月が、蓮の手を握る。


「……そして、分かったの。……私、蓮のことが……好きです」


結月が、真っ直ぐに蓮の目を見て、告白した。


蓮は、結月の突然の告白に、驚きで言葉を失った。


「……え……?」


蓮が、目を丸くする。


「……蓮のことが、好き。……誰よりも、大切なの。……だから、もう一人で抱え込まないで。……悲しい時は、一緒に泣かせて。……苦しい時は、一緒に戦わせて」


結月が、蓮の胸に顔を埋める。


蓮は、結月の温もりを感じながら、自分の心の中にある感情と向き合った。


結月は、いつも自分の隣にいてくれた。

不器用だけど、誰よりも優しくて、強くて、美しい。

彼女の存在が、どれほど自分の支えになっていたか。


「……結月。……俺も、お前が好きだ」


蓮が、結月を強く抱きしめ返す。


「……蓮……」


結月が、嬉し涙を流す。


「……俺は、記憶を失っていく。……いつか、お前のことも忘れてしまうかもしれない。……それでも、いいのか?」


蓮が、不安そうに尋ねる。


「……構わないわ。……蓮が忘れてしまったら、私が何度でも教える。……私たちが一緒に過ごした時間を、何度でも」


結月が、蓮の顔を見上げて微笑む。


「……ありがとう、結月。……俺は、お前を絶対に守る。……この命に代えても」


蓮が、結月の唇に、そっとキスをした。


冷たい風が吹く屋上で、二人は互いの想いを確かめ合った。

悲しみを乗り越え、新たな絆を結んだ二人は、これから待ち受ける過酷な運命に立ち向かう覚悟を決めた。



翌日。

対魔局本部の会議室で、特務部隊のメンバーと紗綾局長が集まっていた。


「……使徒の襲撃により、我々は教団の真の恐ろしさを知った。……奴らは、単なるテロリストではない。……明確な目的を持って、この世界を破壊しようとしている」


紗綾が、厳しい表情で語る。


「……使徒は、『魔法発現の真実』と『調律者』について言及していました。……彼らは、何か重大な秘密を知っているはずです」


シロが、報告する。


「……調律者……。世界の影の支配者か。……政府も、教団も、奴らの手のひらの上で踊らされているだけなのかもしれない」


蓮が、腕を組む。


「……局長。……魔法発現の真実について、何か知っていることはありませんか?」


凛音が、紗綾に尋ねる。


紗綾は、しばらく沈黙した後、重い口を開いた。


「……実は、私には、お前たちに隠していたことがある」


紗綾が、伏し目がちに言う。


「……隠していたこと?」


蓮が、眉をひそめる。


「……私は、魔法発現以前から、『式』の存在を知っていた」


紗綾の言葉に、会議室の空気が凍りついた。


「……なっ……!? 魔法発現以前から!?」


凛音が、驚愕して立ち上がる。


「……どういうことですか、局長! ……魔法発現は、2032年に突然起きた自然現象じゃなかったんですか!?」


透が、混乱した様子で尋ねる。


「……自然現象ではない。……魔法発現は、人為的に引き起こされた『計画』だったのよ」


紗綾が、衝撃の事実を告げる。


「……人為的に……引き起こされた……?」


結月が、言葉を失う。


「……誰が、何のために、そんなことを……」


蓮が、拳を握りしめる。


「……それを知るためには、私の過去を話さなければならない。……私が、かつて『調律者』の下で働いていた頃の話を」


紗綾が、悲しげな瞳で蓮たちを見る。


「……局長が、調律者の下で……!?」


アランが、絶句する。


「……ええ。……私は、調律者の研究員だった。……そして、魔法発現の計画に加担していたの」


紗綾の告白は、蓮たちにとってあまりにも衝撃的だった。

自分たちが信じていた対魔局のトップが、世界を狂わせた元凶の一味だったという事実。


「……局長……。嘘ですよね……?」


結月が、震える声で尋ねる。


「……嘘ではないわ。……私は、罪人よ。……だからこそ、対魔局を作り、教団や調律者と戦うことで、罪滅ぼしをしようとしてきた」


紗綾が、深く頭を下げる。


「……罪滅ぼし……。そんなことで、許されると思っているんですか!」


凛音が、激怒して紗綾に詰め寄る。


「……凛音、やめろ!」


蓮が、凛音を止める。


「……離して、蓮! ……この人が、魔法発現を引き起こしたせいで、どれだけの人が死んだと思ってるの!? ……舞だって、教官だって……!」


凛音が、涙を流しながら叫ぶ。


「……分かってる! ……俺だって、怒りでどうにかなりそうだ! ……でも、今は局長の話を聞くのが先だ!」


蓮が、凛音を強く抱きしめる。


凛音は、蓮の胸の中で泣き崩れた。


「……局長。……全てを、話してください。……魔法発現の真実を。……そして、調律者の目的を」


蓮が、紗綾を真っ直ぐに見据える。


「……分かったわ。……全てを、話す」


紗綾が、静かに頷いた。


魔法発現の真実。

そして、調律者の恐るべき計画。

蓮たちは、世界の根幹を揺るがす、最大の秘密に触れようとしていた。



紗綾が語り始めた内容は、蓮たちの想像を遥かに超えるものだった。


「……2025年。……今から十年以上前のことよ。……私は、国際魔法研究機関の研究員として、ある極秘プロジェクトに参加していた。……プロジェクトの名は、『ゲノム・アーク』。……人類の進化を人為的に促進させるための研究よ」


紗綾が、静かに語り始める。


「……人類の進化を、人為的に……?」


蓮が、眉をひそめる。


「……ええ。……当時、世界は様々な問題を抱えていた。……気候変動、資源の枯渇、国家間の紛争。……このままでは、人類は滅亡するという危機感が、研究者たちの間で高まっていた。……そこで、調律者は提案したの。……人類に新たな能力を与えることで、これらの問題を解決できると」


紗綾が、遠い目をする。


「……その新たな能力が、魔法か」


結月が、静かに言う。


「……そうよ。……調律者は、人類のゲノムに特定の配列を組み込むことで、魔法という能力を発現させる方法を発見していた。……私たちは、その研究を進めた。……最初は、世界をより良くするためだと信じていた」


紗綾が、苦しそうに続ける。


「……しかし、研究が進むにつれて、調律者の真の目的が見えてきた。……彼らは、人類全体を進化させたいわけではなかった。……魔法適性を持つ者と、持たない者を選別し、新たな社会秩序を構築しようとしていたの。……魔法使いを支配者層とし、無能力者を被支配者層とする、新たな階級社会を」


「……それが、プロジェクト・アークか……」


蓮が、拳を握りしめる。


「……ええ。……私は、そこで初めて調律者の本質を理解した。……そして、プロジェクトから離脱しようとした。……でも、遅すぎた。……2032年、魔法発現は世界規模で引き起こされた。……私の研究が、その一端を担ってしまった」


紗綾が、深く俯く。


「……局長が、プロジェクトから離脱しようとした時、何が起きたんですか?」


透が、静かに尋ねる。


「……調律者の刺客に追われた。……そして、私の研究パートナーだった男が、私をかばって死んだ。……その男の名は、神代誠一。……蓮、あなたのお父さんよ」


紗綾の言葉に、会議室が静まり返った。


「……父さん……?」


蓮が、目を見開く。


「……あなたのお父さんは、調律者の計画に気づき、内部告発しようとしていた。……そして、私を守るために命を落とした。……だから私は、対魔局を作り、調律者と戦い続けることで、誠一への誓いを果たそうとしてきた」


紗綾が、涙を流す。


「……父さんが……調律者の計画を止めようとしていた……」


蓮は、自分の父親の死の真相を初めて知り、複雑な感情に押しつぶされそうになった。


「……蓮、大丈夫?」


結月が、蓮の手を握る。


「……ああ。……大丈夫だ。……むしろ、すっきりした。……父さんが、どんな人間だったか、分かったから」


蓮が、涙を拭い、前を向く。


「……局長。……父さんの死は、局長のせいじゃない。……全部、調律者の責任だ。……俺は、調律者を絶対に許さない。……父さんの分まで、奴らを倒す」


蓮が、強い眼差しで紗綾を見る。


「……蓮……」


紗綾が、目を細める。


「……誠一に、そっくりね。……あなたは、お父さんと同じ目をしている」


紗綾が、微笑む。


「……局長。……俺たちに、全ての情報を共有してください。……調律者の拠点、計画の全容、何もかも。……一緒に、戦いましょう」


蓮が、紗綾に手を差し伸べる。


「……ありがとう、蓮。……私も、全力で戦う。……誠一への誓いを、果たすために」


紗綾が、蓮の手を握り返す。


会議が終わり、メンバーたちが退室した後、蓮は一人で会議室に残った。


「……父さん。……俺、ちゃんとやれてるかな……」


蓮が、天井を見上げながら呟く。


「……蓮」


結月が、会議室に戻ってきた。


「……結月。……みんなは?」


蓮が、尋ねる。


「……それぞれ、自室に戻ったわ。……でも、私は蓮が心配で」


結月が、蓮の隣に座る。


「……お父さんのことを、知ったから?」


蓮が、苦笑する。


「……ええ。……蓮は、一人で抱え込みすぎるから」


結月が、蓮の肩に頭を乗せる。


「……結月。……俺、お前に告白してもらったのに、ちゃんとした返事を返せていなかったな」


蓮が、照れくさそうに言う。


「……さっき、キスしてくれたじゃない」


結月が、頬を赤らめる。


「……それだけじゃ、足りないだろ。……結月、俺と付き合ってくれ」


蓮が、真剣な眼差しで結月を見る。


「…………はい。……喜んで」


結月が、蓮の胸に顔を埋め、小さく頷いた。


二人の間に、温かな沈黙が流れた。

外では、夜の風が静かに吹いていた。


世界の真実を知り、さらなる戦いが待ち受ける中でも、蓮と結月の新たな絆は、確かに芽吹いていた。





【第35章終了】





【第35章登場魔法・用語解説】


「神速」:紗綾局長の魔法適性。自身の肉体と認識速度を極限まで加速させ、光の速度を超える動きを可能にする。圧倒的なスピードで敵を翻弄し、瞬時に斬り捨てる。


「生命消去」:使徒の「虚無」の応用技。対象の生命力そのものを無に帰し、死に至らしめる。防御魔法を貫通する恐るべき力。



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