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残響魔術(エコー・コード)  作者: 天音シオン
第二部 特異点と教団

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第29章:残党の影と決意

第29章:残党の影と決意



地下五階、実験区画。

そこは、かつてエーテル社が非人道的な魔法実験を繰り返していた場所だった。

無数の檻や拘束具が並ぶ薄暗い空間に、凛音のレールガンが放つ青白い閃光が走る。


「……『雷撃』――超電磁砲・連射!」


凛音が、通路の奥から迫り来る黒装束の集団に向けて、容赦なく雷撃を浴びせる。


「……ぐああっ!」


先頭を走っていた数人が雷撃に吹き飛ばされ、壁に激突して動かなくなる。

しかし、後続の者たちは怯むことなく、無言で凛音と透に迫ってきた。


「……チッ、次から次へと……! 透くん、下がってて!」


凛音が、透を背中で庇いながら、レールガンの出力を上げる。


「……凛音さん、僕も戦います!」


透が、両手を前に突き出し、「事象の地平」を展開しようとする。


「……ダメよ! ここであなたの魔力が暴走したら、研究所ごと吹き飛ぶわ!」


凛音が、鋭い声で制止する。


「……でも……!」


透が、悔しそうに唇を噛む。


「……大丈夫、これくらい私一人で……」


凛音が言いかけたその時、黒装束の集団の中から、一人の男が前に出た。

男は、顔の半分を火傷の痕で覆われた、筋骨隆々の巨漢だった。


「……対魔局の小娘が。……我らが神の御使いを、よくもコケにしてくれたな」


男が、低い声で唸る。


「……神の御使い? ……ああ、あの教皇のこと? ……あんなの、ただの狂ったジジイじゃない」


凛音が、挑発的に笑う。


「……貴様ァッ!」


男が激昂し、両腕を交差させる。

すると、男の周囲の空間が歪み、巨大な岩の塊がいくつも出現した。


「……『土塊』――岩石砲ロック・カノン!」


男が腕を振り下ろすと、巨大な岩の塊が、砲弾のような速度で凛音たちに向かって飛んでくる。


「……『雷撃』――超電磁砲・極光!」


凛音が、最大出力のレールガンで岩の塊を迎撃する。


ドガァァァン!


雷撃と岩石が激突し、凄まじい爆発音が地下空間に響き渡る。

粉砕された岩の破片が、散弾のように周囲に降り注いだ。


「……くっ……!」


凛音が、飛んでくる破片を腕で庇う。


「……凛音さん!」


透が、凛音の前に飛び出し、「事象の地平」の壁を展開して破片を防ぐ。


「……透くん、無茶しないでって言ったでしょ!」


凛音が、透を叱りつける。


「……でも、凛音さんが怪我をしたら……!」


透が、必死の形相で訴える。


「……フン、小賢しい真似を。……だが、その防御もいつまで持つかな?」


男が、再び両腕を交差させ、先ほどよりもさらに巨大な岩の塊を出現させる。


「……マズい……! あのサイズは、私のレールガンでも相殺しきれない……!」


凛音が、顔を青ざめさせる。


「……死ねェッ!」


男が、巨大な岩の塊を放とうとした、その瞬間。


「……『氷結』――絶対零度・氷槍雨!」


背後から、無数の氷の槍が飛来し、男の出現させた岩の塊を次々と貫き、凍結させた。


「……な、何ィ!?」


男が、驚愕して振り返る。


そこには、共鳴剣を構えた蓮と、魔法義肢の右腕から冷気を放つ結月の姿があった。


「……待たせたな、凛音、透」


蓮が、鋭い視線で男を睨みつける。


「……蓮! 結月!」


凛音が、安堵の声を上げる。


「……お前ら、教団の残党だな。……透を狙って、こんな所まで嗅ぎつけてきたのか」


蓮が、男に向かって歩み寄る。


「……いかにも。……我らが神の御使いは倒れたが、我らの信仰は決して揺るがない。……特異点であるその少年を捧げ、我らは再び神の奇跡を顕現させるのだ!」


男が、狂気に満ちた目で透を指差す。


「……狂ってやがる。……お前らの神なんて、どこにもいねえよ」


蓮が、共鳴剣に魔力を集中させる。


「……黙れ、異端者が! ……『土塊』――岩石巨人ロック・ゴーレム!」


男が、周囲の瓦礫やコンクリートの破片を集め、巨大な岩の巨人を作り出す。


「……蓮、気をつけて! あの巨人、魔力密度が異常よ!」


結月が、警告する。


「……ああ、分かってる。……結月、凛音、援護を頼む!」


蓮が、岩の巨人に向かって突進する。






「……オオオオオッ!」


岩の巨人が、丸太のような腕を振り下ろす。


「……『残響』――全式共鳴・絶華!」


蓮が、共鳴剣で巨人の腕を迎え撃つ。


ガキィィィン!


剣と岩が激突し、火花が散る。

蓮の斬撃は巨人の腕を深く抉ったが、巨人は痛みを感じる様子もなく、もう片方の腕で蓮を薙ぎ払おうとする。


「……『氷結』――絶対零度・氷結牢!」


結月が、巨人の足元を凍結させ、動きを封じる。


「……『雷撃』――超電磁砲・連射!」


凛音が、巨人の関節部分を狙ってレールガンを連射し、岩の装甲を削り落とす。


「……今だ!」


蓮が、巨人の懐に飛び込み、コアがあると思われる胸部に向かって共鳴剣を突き立てる。


しかし、巨人の胸部は異常に硬く、共鳴剣の刃が弾き返されてしまった。


「……チッ、硬えな!」


蓮が、舌打ちして距離を取る。


「……ハハハハ! 無駄だ! 私の岩石巨人は、この研究所の特殊なコンクリートを取り込んでいる! 貴様らの魔法など、通用せん!」


男が、勝ち誇ったように笑う。


「……特殊なコンクリート……? まさか、魔力吸収材か!」


凛音が、顔をしかめる。


「……魔力吸収材……。それじゃあ、魔法攻撃は分が悪いわね」


結月が、魔法義肢の右腕を下ろす。


「……どうする、蓮? 物理攻撃で削り切るには、時間がかかりすぎるわ」


凛音が、蓮に尋ねる。


「……アラン、聞こえるか?」


蓮が、携帯端末の通信機をオンにする。


『……はい、蓮さん! こちらアランです!』


「……この岩石巨人の弱点を分析してくれ。……魔力吸収材を取り込んでいて、魔法攻撃が効きにくい」


蓮が、状況を伝える。


『……了解しました! ……シロさん、データの解析をお願いします!』


『……はい。……岩石巨人の構造データをスキャンします……』


シロの冷静な声が聞こえる。


数秒後、シロから返答があった。


『……蓮さん、岩石巨人のコアは胸部ではなく、頭部にあります。……そして、魔力吸収材は表面の装甲にのみ使用されており、内部の構造は通常の岩石と同じです』


「……頭部か。……でも、あの装甲をどうやって突破する?」


蓮が、巨人の頭部を見上げる。


『……透くんの「事象の地平」を利用します。……透くんに、巨人の頭部の空間を局所的に圧縮させ、装甲に亀裂を入れてください。……その亀裂から、蓮さんの「全式共鳴」を叩き込めば、コアを破壊できるはずです』


シロが、的確な作戦を提示する。


「……なるほど。……透、やれるか?」


蓮が、透を振り返る。


「……はい! やります!」


透が、力強く頷く。


「……よし。……結月、凛音、巨人の動きを止めてくれ!」


蓮の指示で、再び連携攻撃が開始される。


「……『氷結』――絶対零度・氷槍雨!」


「……『雷撃』――超電磁砲・極光!」


結月と凛音の猛攻が、巨人の注意を引きつける。


「……透、今だ!」


蓮が、叫ぶ。


「……『事象の地平』――空間圧縮!」


透が、両手を巨人の頭部に向け、魔力を集中させる。


ギギギギギ……!


巨人の頭部の空間が歪み、魔力吸収材の装甲にピキピキと亀裂が走り始める。


「……な、何をしている!? やめろォッ!」


男が、慌てて巨人を操作しようとするが、結月と凛音の攻撃に阻まれて身動きが取れない。


「……もらったァッ!」


蓮が、巨人の頭部に向かって跳躍する。


「……『残響』――全式共鳴・絶華・絆!」


蓮が、仲間たちの想いを乗せた一撃を、装甲の亀裂に叩き込む。


パァァァン!


巨人の頭部が内側から爆発し、コアが粉々に砕け散った。


「……オオオオオ……」


岩石巨人が、崩れ落ちるようにして瓦礫の山へと変わる。


「……ば、馬鹿な……! 私の岩石巨人が……!」


男が、信じられないという表情で膝から崩れ落ちる。


「……終わりだ。……大人しく投降しろ」


蓮が、男の首筋に共鳴剣を突きつける。


「……フッ……。殺せ。……我らは、死してなお神の御許へ向かうのみ……」


男が、狂気に満ちた笑みを浮かべる。


「……死なせやしねえよ。……お前らには、教団の残党の居場所を全部吐いてもらう」


蓮が、男を気絶させ、拘束具で縛り上げる。


「……ふう……。なんとかなったわね」


凛音が、レールガンを下ろして息を吐く。


「……透くん、よくやったわ。……あなたの『事象の地平』のコントロール、すごく上達してる」


結月が、透の頭を優しく撫でる。


「……ありがとうございます、白石さん。……僕も、少しは皆さんの役に立てたでしょうか」


透が、照れくさそうに笑う。


「……ああ。……お前がいなきゃ、あの巨人は倒せなかった。……立派な戦力だ」


蓮が、透の肩を叩く。


透の顔に、誇らしげな笑みが浮かんだ。






教団の残党を制圧した蓮たちは、再び地下四階の所長室へと戻ってきた。

アランとシロも、コンソールの解析を終えて合流していた。


「……アラン、シロ。……そっちの状況はどうだ?」


蓮が、尋ねる。


「……はい。……コンソールのデータから、マスターキーの暗号化された所在地を特定するための『アルゴリズム』を発見しました。……現在、本部の大規模サーバーにデータを転送し、解析を急がせています」


アランが、携帯端末の画面を見せながら報告する。


「……解析には、どれくらい時間がかかりそうだ?」


蓮が、眉をひそめる。


「……本部のサーバーを使っても、最低でも三日はかかる計算です。……暗号の構造が、非常に複雑で……」


アランが、申し訳なさそうに言う。


「……三日か……。その間に、他の十一箇所の歪みが拡大したら……」


凛音が、不安げに呟く。


「……対魔局の各部隊が、全力で歪みの鎮圧に当たっています。……三日なら、なんとか持ち堪えられるはずです」


シロが、冷静に状況を分析する。


「……そう信じるしかねえな。……だが、問題はそれだけじゃない」


蓮が、所長室の机の上に置かれたパソコンを指差す。


「……蓮さん、そのパソコンは……?」


透が、不思議そうに尋ねる。


「……このパソコンの中に、マスターキーの製造方法が記されていた。……だが、その内容は……」


蓮が、言葉を濁す。


「……蓮、私から話すわ」


結月が、蓮の前に進み出る。


「……マスターキーを製造するには……『特異点』の命が必要なの。……つまり、アリスちゃんか、透くんの命を……」


結月の言葉に、アラン、シロ、凛音、そして透の顔色が一気に青ざめた。


「……そんな……! 透くんやアリスちゃんを犠牲にするなんて、絶対にダメです!」


アランが、激しく首を振る。


「……私も同意見です。……彼らは、私たちの大切な仲間です。……世界を救うためとはいえ、彼らの命を奪うことは許されません」


シロが、静かに、しかし力強く断言する。


「……当然よ。……そんなふざけた計画、私たちがぶっ壊してやるわ」


凛音が、レールガンを強く握りしめる。


「……皆さん……」


透が、仲間たちの言葉に涙ぐむ。


「……俺も、同じ気持ちだ。……誰も犠牲にしない。……それが、俺たちの戦い方だ」


蓮が、全員の顔を見渡して宣言する。


「……でも、蓮さん。……マスターキーがなければ、プロジェクト・エデンを止めることはできません。……どうするつもりですか?」


アランが、現実的な問題を指摘する。


「……マスターキーの製造方法には、『特異点の命』としか書かれていなかった。……だが、特異点の『何』が必要なのか、具体的なメカニズムまでは記されていなかったんだ」


蓮が、パソコンの画面を再び表示させる。


「……確かに。……『特異点の生命エネルギーを抽出し、キーのコアに定着させる』としか書かれていませんね」


シロが、画面のデータを読み解く。


「……生命エネルギー……。つまり、魔力のことじゃないかしら?」


結月が、推測する。


「……もしそうなら、命を奪わなくても、特異点の膨大な魔力だけを抽出してキーに定着させることができれば……」


凛音が、希望を見出す。


「……理論上は可能です。……しかし、特異点の魔力は非常に不安定で、抽出の過程で暴走する危険性が極めて高いです。……最悪の場合、抽出対象の精神が崩壊するか、肉体が消滅する可能性があります」


シロが、冷静にリスクを提示する。


「……それでも、命を奪うよりはマシだ。……アラン、シロ。……特異点の魔力を安全に抽出して、マスターキーを製造する方法を考えてくれ。……頼む」


蓮が、二人に頭を下げる。


「……分かりました。……全力を尽くします」


アランが、力強く頷く。


「……私も、アランをサポートします。……必ず、安全な方法を見つけ出してみせます」


シロが、約束する。


「……ありがとう。……透、お前には負担をかけることになるかもしれない。……怖いか?」


蓮が、透の目を見つめる。


「……怖くありません。……皆さんが、僕を守ってくれると信じていますから。……それに、僕の力で世界を救えるなら、喜んで協力します」


透が、真っ直ぐな瞳で答える。


「……いい覚悟だ。……だが、絶対に無理はするなよ。……お前が死んだら、俺が許さねえからな」


蓮が、透の頭をくしゃくしゃと撫でる。


「……はい!」


透が、嬉しそうに笑う。


「……さて、方針は決まったわね。……まずは、本部のサーバーの解析結果を待つしかないわ」


凛音が、背伸びをする。


「……ああ。……それまでは、この研究所の残りの区画を調査して、教団の残党がいないか確認しよう。……これ以上、邪魔されたくないからな」


蓮が、共鳴剣を鞘に収める。


蓮たちは、再び研究所の捜索を開始した。

世界を救うための「鍵」の製造方法。そして、特異点である透の覚悟。

彼らは、絶望的な状況の中でも、決して希望を捨てずに前へと進み続けていた。






研究所の残りの区画の調査は、思いのほか難航した。

教団の残党は、先ほどの男たちだけではなかったのだ。

彼らは、研究所の至る所に罠を仕掛け、ゲリラ的な奇襲を繰り返してきた。


「……チッ、また罠か!」


蓮が、通路に仕掛けられた魔力感知式の爆弾を、共鳴剣で間一髪のところで切り裂く。


「……しぶとい連中ね。……教皇が死んでも、まだこんなに狂信者が残っていたなんて」


凛音が、レールガンで通路の奥に潜んでいた残党を撃ち抜きながら毒づく。


「……彼らにとって、教皇の死は『殉教』であり、信仰をさらに強固にするものだったのでしょう。……狂信とは、恐ろしいものです」


シロが、冷徹に分析する。


「……透くん、大丈夫? 疲れてない?」


結月が、透の顔色を窺う。


「……はい、大丈夫です。……でも、少し魔力を使いすぎたかもしれません」


透が、荒い息を吐きながら答える。

先ほどの岩石巨人との戦いで「事象の地平」を酷使したため、彼の魔力は限界に近づいていた。


「……無理はするな。……少し休もう」


蓮が、安全そうな部屋を見つけ、全員を中に入れる。


部屋は、かつて研究員たちの休憩室だったらしく、古びたソファやテーブルが残されていた。


「……ふう……。やっと一息つけるわね」


凛音が、ソファにどさりと腰を下ろす。


「……アラン、本部のサーバーの解析状況はどうだ?」


蓮が、アランに尋ねる。


「……まだ数パーセントしか進んでいません。……やはり、三日はかかりそうです」


アランが、携帯端末の画面を見ながら首を振る。


「……そうか……。なら、ここで三日間、教団の残党と魔法生物の襲撃に耐えながら待つしかないってことか」


蓮が、壁に寄りかかりながらため息をつく。


「……蓮さん、一つ提案があります」


シロが、蓮の前に進み出る。


「……なんだ?」


「……この研究所の地下最下層に、エーテル社が残した『大型魔力炉』が存在するはずです。……その魔力炉を再起動し、研究所全体の防衛システムを稼働させれば、教団の残党や魔法生物の侵入を防ぐことができるかもしれません」


シロが、研究所の構造図を空中に投影しながら説明する。


「……防衛システムか。……確かに、それなら三日間持ち堪えられるかもしれないな。……でも、その魔力炉はどこにあるんだ?」


蓮が、構造図を覗き込む。


「……地下十階です。……しかし、そこへ至るまでの通路は、強力な魔法生物の巣窟になっている可能性が高いです」


シロが、構造図の最下層を指差す。


「……地下十階……。行くしかないわね」


結月が、立ち上がる。


「……ああ。……ここでじっとしていても、ジリ貧になるだけだ。……行くぞ」


蓮が、共鳴剣を構える。


蓮たちは、短い休息を終え、地下十階の魔力炉を目指して再び歩き出した。


地下六階、七階、八階……。

下層へ進むにつれて、魔法生物の数は増え、その凶暴性も増していった。

教団の残党も、魔法生物を利用して蓮たちを追い詰めようとしてくる。


「……『氷結』――絶対零度・氷結牢!」


「……『雷撃』――超電磁砲・連射!」


結月と凛音が、魔法生物の群れを次々と薙ぎ払っていく。


「……『残響』――全式共鳴・絶華!」


蓮が、教団の残党の魔法を切り裂き、彼らを無力化していく。


「……透くん、後ろ!」


結月が、叫ぶ。


透の背後から、天井に張り付いていた蜘蛛型の魔法生物が襲いかかってきた。


「……『事象の地平』――空間圧縮!」


透が、咄嗟に空間圧縮の壁を展開し、蜘蛛型魔法生物を押し潰す。


「……ハァ、ハァ……」


透が、膝に手をついて荒い息を吐く。

彼の魔力は、すでに限界を超えていた。


「……透! 大丈夫か!」


蓮が、透に駆け寄る。


「……蓮さん……。すみません、もう……魔力が……」


透が、意識を失いそうになる。


「……透くん!」


結月が、透を抱き止める。


「……マズいな。……透の魔力が完全に枯渇した。……これ以上、彼を戦わせるわけにはいかない」


蓮が、透の青ざめた顔を見て歯を食いしばる。


「……蓮さん、地下十階の魔力炉まで、あと少しです。……私が透くんを背負いますから、先を急ぎましょう」


アランが、透を背負い上げる。


「……頼む、アラン。……シロ、ナビゲートを頼む」


蓮が、シロに指示を出す。


「……了解しました。……この先の通路を抜ければ、魔力炉の制御室です」


シロが、先頭に立って歩き出す。


蓮たちは、満身創痍になりながらも、ついに地下十階の魔力炉制御室へと辿り着いた。

制御室の中央には、巨大な円柱形の魔力炉が鎮座していた。


「……これが、大型魔力炉……」


蓮が、魔力炉を見上げる。


「……アラン、再起動できるか?」


凛音が、アランに尋ねる。


「……やってみます。……シロさん、サポートをお願いします」


アランが、透をソファに寝かせ、制御コンソールに向かう。


「……はい」


シロが、アランの隣に立ち、コンソールの操作を手伝う。


「……よし、メインシステムのパスワードは解除しました。……魔力炉の再起動シークエンスを開始します」


アランが、キーボードを叩く。


ゴゴゴゴゴ……!


魔力炉が低い駆動音を立てて起動し始め、制御室内に青白い光が満ちていく。


「……成功です。……研究所の防衛システムがオンラインになりました。……これで、外部からの侵入は完全に遮断されます」


シロが、モニターを確認しながら報告する。


「……ふう……。これで、三日間は安全だな」


蓮が、安堵の息を吐く。


「……ええ。……透くんも、ゆっくり休ませてあげられるわ」


結月が、眠っている透の頭を優しく撫でる。


「……でも、油断は禁物よ。……防衛システムが稼働したとはいえ、研究所内に残っている教団の残党や魔法生物が、ここを襲撃してくる可能性はあるわ」


凛音が、周囲を警戒する。


「……ああ、分かってる。……交代で見張りをしよう」


蓮が、提案する。


蓮たちは、魔力炉制御室を拠点とし、三日間の籠城戦に備えることになった。

外の世界では、十二箇所の「歪み」が徐々に拡大し、第二の魔法災害の足音が刻一刻と近づいている。

彼らに残された時間は、決して多くはなかった。


籠城戦の初日は、比較的静かに過ぎていった。

防衛システムが稼働したことで、研究所内の自動迎撃ドローンや魔力障壁が起動し、教団の残党や魔法生物の接近を阻んでいたからだ。


「……今のところ、防衛システムは正常に機能しています。……侵入者の反応はありません」


シロが、コンソールのモニターを見つめながら報告する。


「……そうか。……透の様子はどうだ?」


蓮が、ソファで眠る透に視線を向ける。


「……魔力枯渇による極度の疲労状態ですが、命に別状はありません。……ただ、回復には時間がかかりそうです」


結月が、透の額に濡れたタオルを乗せながら答える。


「……無理もないわ。……あんな短期間で『事象の地平』を何度も使えば、大人だって倒れるわよ」


凛音が、コーヒーを飲みながら言う。


「……俺たちが、もっとしっかり守ってやらなきゃな」


蓮が、自分を責めるように呟く。


「……蓮さんのせいじゃありません。……透くん自身が、戦うことを選んだんですから」


アランが、蓮を慰める。


「……ああ、分かってる。……でも、あいつはまだ子供だ。……俺たち大人が、責任を持たなきゃいけない」


蓮が、拳を握りしめる。


二日目の夜。

静寂を破るように、制御室の警報アラームが鳴り響いた。


「……何事だ!?」


蓮が、飛び起きる。


「……地下八階の防衛ラインが突破されました! ……多数の生体反応が、こちらに向かってきています!」


シロが、モニターを操作しながら叫ぶ。


「……教団の残党か!?」


凛音が、レールガンを構える。


「……いえ、違います。……この生体反応は……魔法生物です! ……しかも、これまでに遭遇したことのない、巨大な個体が混ざっています!」


シロの顔に、緊張が走る。


「……チッ、防衛システムを突破するほどの魔法生物か。……迎え撃つぞ!」


蓮が、共鳴剣を抜く。


「……私も行きます!」


結月が、魔法義肢の右腕に魔力を集中させる。


「……アラン、シロ! お前たちはここで透を守ってくれ! ……防衛システムの再構築も頼む!」


蓮が、二人に指示を出す。


「……了解しました! ……蓮さんたちも、気をつけて!」


アランが、コンソールに向かう。


蓮、結月、凛音の三人は、制御室を飛び出し、地下九階の通路へと向かった。

そこには、すでに無数の魔法生物が群れをなして押し寄せていた。


「……『雷撃』――超電磁砲・連射!」


凛音が、先制攻撃を仕掛ける。

雷撃が魔法生物の群れを貫き、数匹を黒焦げにするが、後続の群れは怯むことなく突進してくる。


「……数が多いわね! ……『氷結』――絶対零度・氷結牢!」


結月が、通路全体を凍結させ、魔法生物の動きを封じる。


「……『残響』――全式共鳴・絶華!」


蓮が、凍結した魔法生物を次々と切り裂いていく。


三人の連携で、小型の魔法生物の群れはなんとか退けることができた。

しかし、その直後、通路の奥から地響きのような足音が聞こえてきた。


ズシン……ズシン……!


暗闇の中から姿を現したのは、体長五メートルを超える、巨大なミノタウロス型の魔法生物だった。

その全身は、研究所の壁や床と同じ、魔力吸収材のコンクリートで覆われていた。


「……冗談でしょ……。あんなデカいのが、魔力吸収材を纏ってるなんて……」


凛音が、絶望的な声を上げる。


「……どうやら、教団の残党が、あの岩石巨人の技術を魔法生物に応用したみたいだな」


蓮が、共鳴剣を構え直す。


「……魔法攻撃が効かないなら、物理で叩き潰すしかないわね」


結月が、魔法義肢の右腕を握りしめる。


「……オオオオオッ!」


ミノタウロス型魔法生物が、巨大な斧を振り上げ、蓮たちに向かって突進してくる。


「……散開しろ!」


蓮の合図で、三人は左右に飛び退く。


ドガァァァン!


ミノタウロスの斧が床に激突し、巨大なクレーターが穿たれる。


「……『雷撃』――超電磁砲・極光!」


凛音が、ミノタウロスの背後から最大出力の雷撃を放つ。

しかし、雷撃は魔力吸収材の装甲に吸収され、全くダメージを与えられない。


「……やっぱり、魔法は効かないわ!」


凛音が、舌打ちする。


「……なら、関節を狙う! ……『氷結』――絶対零度・氷槍雨!」


結月が、ミノタウロスの膝の関節部分を狙って氷の槍を放つ。

装甲の隙間に突き刺さった氷槍が、関節を凍結させる。


「……グオオオッ!」


ミノタウロスが、動きを鈍らせる。


「……今だ!」


蓮が、ミノタウロスの懐に飛び込み、共鳴剣で装甲の隙間を切り裂く。


ガキィィィン!


しかし、ミノタウロスの装甲は想像以上に厚く、共鳴剣の刃は浅くしか食い込まない。


「……チッ、硬すぎる!」


蓮が、距離を取る。


「……蓮、このままじゃジリ貧よ! ……何か、装甲を破壊する方法はないの!?」


凛音が、焦燥感を募らせる。


「……アラン! シロ! ……このミノタウロスの弱点を分析してくれ!」


蓮が、通信機に向かって叫ぶ。


『……蓮さん、ミノタウロスの構造データを解析しました! ……装甲の最も薄い部分は、首の後ろの延髄部分です! ……そこを破壊すれば、中枢神経を断つことができます!』


シロの冷静な声が返ってくる。


「……首の後ろか。……だが、あんな高い場所、どうやって狙う?」


蓮が、ミノタウロスの巨体を見上げる。


「……私が、足場を作るわ!」


結月が、魔法義肢の右腕を床に突き立てる。


「……『氷結』――絶対零度・氷結階段アイス・ステア!」


結月の魔力が、ミノタウロスの足元から首の後ろに向かって、螺旋状の氷の階段を作り出す。


「……ナイスだ、結月!」


蓮が、氷の階段を駆け上がる。


「……オオオオオッ!」


ミノタウロスが、蓮を振り落とそうと暴れ回る。


「……させないわ! ……『雷撃』――超電磁砲・連射!」


凛音が、ミノタウロスの顔面を狙って雷撃を連射し、視界を奪う。


「……もらったァッ!」


蓮が、ミノタウロスの首の後ろに到達し、共鳴剣を高く振り上げる。


「……『残響』――全式共鳴・絶華・絆!」


蓮の渾身の一撃が、ミノタウロスの延髄部分の装甲を貫き、中枢神経を断ち切った。


「……グ……オオオ……」


ミノタウロスが、断末魔の叫びを上げながら、ゆっくりと崩れ落ちる。


ズドォォォン!


巨大な地響きと共に、ミノタウロスは完全に沈黙した。


「……はぁ、はぁ……。やったか……」


蓮が、氷の階段から飛び降り、荒い息を吐く。


「……ええ。……なんとか倒せたわね」


結月が、魔法義肢の右腕を下ろす。


「……でも、まだ油断はできないわ。……防衛システムが復旧するまで、ここを死守しなきゃ」


凛音が、周囲を警戒する。


その後も、小型の魔法生物の襲撃は続いたが、三人の連携によって全て退けることができた。

夜が明ける頃には、アランとシロの尽力により、防衛システムが完全に復旧し、研究所に再び静寂が戻った。


「……蓮さん、結月さん、凛音さん! お疲れ様でした!」


制御室に戻ってきた三人を、アランが笑顔で迎える。


「……ああ。……そっちも、防衛システムの復旧、ご苦労だったな」


蓮が、アランの肩を叩く。


「……透くんの様子はどう?」


結月が、ソファで眠る透に近づく。


「……はい。……呼吸も安定していますし、魔力も少しずつ回復してきているようです」


シロが、透のバイタルデータを確認しながら答える。


「……よかった……」


結月が、安堵の表情を浮かべる。


三日目の朝。

ついに、本部のサーバーから解析完了の通知が届いた。


「……蓮さん! 解析が終わりました! ……マスターキーの所在地を特定するアルゴリズムが完成しました!」


アランが、歓喜の声を上げる。


「……本当か!?」


蓮が、コンソールに駆け寄る。


「……はい。……このアルゴリズムを使えば、世界中のネットワークから、マスターキーの隠し場所を割り出すことができます」


シロが、アルゴリズムのプログラムを起動する。


モニターに、世界地図が表示され、無数のデータが高速で処理されていく。

そして、数分後。

地図上の一点に、赤いマーカーが点滅した。


「……特定しました。……マスターキーの所在地は……」


シロが、マーカーの座標を読み上げる。


「……日本の……東京……?」


蓮が、驚愕の声を上げる。


「……灯台下暗し、ってやつね。……まさか、こんな近くにあったなんて」


凛音が、呆れたように言う。


「……東京のどこだ?」


蓮が、詳細な座標を確認する。


「……座標は……旧エーテル社日本支部の地下施設です。……現在は、対魔局の厳重な管理下に置かれているはずですが……」


シロが、眉をひそめる。


「……対魔局の管理下……。嫌な予感がするな」


蓮が、顔をしかめる。


「……とにかく、急いで東京に戻りましょう。……十二箇所の歪みが、いつ限界を超えるか分かりません」


結月が、決意に満ちた表情で言う。


「……ああ。……透、起きられるか?」


蓮が、透に声をかける。


「……はい、蓮さん。……もう大丈夫です」


透が、ゆっくりと身を起こす。


「……よし。……全員、出発の準備だ。……東京へ帰るぞ」


蓮の号令で、蓮たちは研究所を後にした。

世界を救うための「鍵」を求めて。

そして、待ち受けるであろう新たな試練に立ち向かうために。





【第29章終了】





【第29章登場魔法・用語解説】


岩石砲ロック・カノン」:教団の残党が使用した魔法。周囲の空間を歪め、巨大な岩の塊を出現させて砲弾のように放つ。


岩石巨人ロック・ゴーレム」:教団の残党が使用した魔法。周囲の瓦礫やコンクリートの破片を集め、巨大な岩の巨人を作り出す。今回は魔力吸収材を取り込んでいたため、魔法攻撃に対する高い耐性を持っていた。


「大型魔力炉」:エーテル社が研究所の地下最下層に設置していた巨大な魔力供給装置。研究所全体の防衛システムや実験設備を稼働させるための膨大な魔力を生み出す。


氷結階段アイス・ステア」:結月が使用した魔法。対象の足元から螺旋状の氷の階段を作り出し、高所への移動を可能にする。



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