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残響魔術(エコー・コード)  作者: 天音シオン
第二部 特異点と教団

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第28章:歪みの胎動

第28章:歪みの胎動



天空の城「バビロン」の崩壊から一ヶ月。

世界は、表面上は平穏を取り戻しつつあった。


教皇の死と黒の教団の壊滅により、世界各地で頻発していた魔法テロは激減。

対魔局は、残党の掃討と、バビロン落下阻止の事後処理に追われていたが、かつてのような切迫した危機感は薄れていた。


東京、対魔局本部。

その一室で、蓮は窓の外に広がる灰色の都市を見下ろしていた。


「……平和なもんだな」


蓮が、ぽつりと呟く。


「……そうね。……でも、この平和がいつまで続くか……」


背後から、結月が声をかける。

彼女の右腕と右足は、シロとアランが改良を重ねた最新型の魔法義肢に換装されていた。

以前のものより軽量で、魔力伝導率も格段に向上している。


「……結月。……義肢の調子はどうだ?」


蓮が、振り返って尋ねる。


「……ええ、問題ないわ。……むしろ、生身の時より魔力の制御がしやすいくらい」


結月が、義肢の右腕を軽く動かしてみせる。

その動きは滑らかで、義肢であることを感じさせない。


「……そうか。……無理はするなよ」


蓮が、結月の頭を優しく撫でる。


「……子供扱いしないで。……私だって、もう立派な戦力なんだから」


結月が、少し頬を赤らめながら、蓮の手を払いのける。

しかし、その表情はどこか嬉しそうだった。


「……お二人さん、イチャつくのは後にしてくれない?」


部屋のドアが開き、凛音が入ってくる。

彼女の背後には、透とシロ、そしてアランの姿もあった。


「……イチャついてなんかないわよ!」


結月が、慌てて蓮から距離を取る。


「……まあまあ。……それより、紗綾局長から呼び出しだ。……全員、ブリーフィング・ルームに集合だってさ」


凛音が、真剣な表情で告げる。


「……局長が? ……何かあったのか?」


蓮が、眉をひそめる。


「……分からない。……でも、嫌な予感がするわ」


凛音の言葉に、部屋の空気が少しだけ張り詰めた。


ブリーフィング・ルームには、すでに紗綾局長が待っていた。

彼女の表情は険しく、目の前のモニターには、世界地図と無数のデータが表示されている。


「……全員揃ったわね。……単刀直入に言うわ。……世界各地で、異常な魔力反応が検出されているの」


紗綾が、モニターの地図を指差す。

地図上には、赤い点がいくつも点滅していた。


「……異常な魔力反応? ……教団の残党ですか?」


透が、尋ねる。


「……いいえ。……教団の魔力波長とは全く違うわ。……もっと……原始的で、混沌とした魔力よ」


紗綾が、モニターのデータを切り替える。


「……これは……」


シロが、データを食い入るように見つめる。


「……シロ、何か分かるか?」


蓮が、尋ねる。


「……はい。……この魔力波長、バビロンのコアが破壊された時に観測されたものと酷似しています。……おそらく、コアの破壊によって生じた空間の『歪み』が、世界各地に影響を及ぼしているのだと……」


シロの言葉に、全員が息を呑む。


「……歪み……。それが、どういう影響を及ぼしてるんだ?」


蓮が、紗綾に問いかける。


「……各地で、魔法生物が凶暴化し、異常発生しているわ。……それだけじゃない。……一般の魔法使用者たちの中にも、突然魔力が暴走し、自我を失う者が続出しているの」


紗綾が、深刻な声で告げる。


「……魔力の暴走……。まるで、2032年の魔法災害の時みたいだな」


アランが、顔を青ざめさせる。


「……ええ。……このまま歪みが拡大すれば、第二の魔法災害が起こる可能性が高いわ」


紗綾の言葉に、ブリーフィング・ルームは重い沈黙に包まれた。






「……第二の魔法災害……。そんなこと、絶対にさせねえ」


蓮が、拳を強く握りしめる。


「……局長、私たちはどうすればいいんですか?」


結月が、紗綾に尋ねる。


「……現在、対魔局の全戦力を挙げて、各地の歪みの調査と鎮圧に当たっているわ。……あなたたちには、最も歪みの反応が強いポイントへ向かってもらう」


紗綾が、モニターに一つの座標を表示する。


「……ここは……」


蓮が、モニターを見つめる。


「……北海道、大雪山系。……かつて、エーテル社の秘密研究所があった場所よ」


紗綾が、告げる。


「……エーテル社の研究所……。また、あいつらが絡んでるのか」


蓮が、舌打ちする。


「……御堂は逮捕されたはずですが……」


透が、疑問を口にする。


「……ええ。……でも、エーテル社が残した『負の遺産』は、まだ世界中に眠っているわ。……大雪山の研究所も、その一つ。……そこで何が起きているのか、調査してきてちょうだい」


紗綾が、蓮たちに指示を出す。


「……了解しました。……すぐに出発します」


蓮が、頷く。


数時間後、蓮たちは対魔局の輸送機で北海道へと向かっていた。

窓の外には、雪に覆われた大雪山の雄大な景色が広がっている。


「……寒いな……」


透が、身震いする。


「……透くん、防寒着のヒーターの出力を上げるといいわ」


シロが、透の防寒着のスイッチを操作する。


「……あ、ありがとうございます、シロさん」


透が、照れくさそうにお礼を言う。


「……それにしても、エーテル社の研究所か。……嫌な思い出しかないわね」


凛音が、窓の外を見つめながら呟く。


「……ああ。……でも、ここで食い止めないと、世界がまたメチャクチャになる。……やるしかないさ」


蓮が、共鳴剣を膝の上に置く。


「……蓮。……無理はしないでね」


結月が、蓮の隣に座り、そっと手を重ねる。


「……分かってる。……お前もな、結月」


蓮が、結月の手を握り返す。


輸送機は、大雪山系の奥深く、雪に埋もれた巨大な施設の前に着陸した。

施設は半ば崩壊しており、周囲には不気味な静寂が漂っている。


「……ここが、エーテル社の研究所……」


蓮が、輸送機から降り立ち、施設を見上げる。


「……シロ、内部の魔力反応はどうだ?」


アランが、携帯端末を操作しながら尋ねる。


「……異常な数値です。……施設の地下深くから、強大な魔力が漏れ出しています。……しかも、この波長……」


シロが、端末の画面を見て顔をしかめる。


「……どうした、シロ?」


蓮が、尋ねる。


「……いえ……。気のせいかもしれません。……とにかく、地下へ向かいましょう」


シロが、首を振る。


蓮たちは、警戒しながら施設の中へと足を踏み入れた。

内部は薄暗く、冷たい空気が漂っている。

壁や床には、何かが暴れたような生々しい爪痕が残されていた。


「……魔法生物の痕跡ね。……しかも、かなり大型の……」


凛音が、壁の爪痕を調べながら言う。


「……気をつけろ。……いつ襲ってきてもおかしくない」


蓮が、共鳴剣を構える。


彼らは、シロのナビゲートに従って、施設の地下へと続く階段を下りていく。

地下へ進むにつれて、魔力の濃度はさらに高まり、息苦しさを感じるほどになっていた。


「……くっ……。魔力が濃すぎて、頭が痛い……」


透が、頭を押さえる。


「……透、大丈夫か? ……無理するなよ」


蓮が、透を気遣う。


「……大丈夫です。……これくらい……」


透が、強がって見せる。


地下三階。

そこには、巨大な培養槽が並ぶ、広大な研究室があった。

培養槽のほとんどは破壊されており、中には緑色の液体が残っているだけだった。


「……ここで、何を研究していたんだ……?」


蓮が、破壊された培養槽を見つめる。


「……データが残っていないか、調べてみます」


アランが、研究室の隅にあるコンソールに駆け寄り、ハッキングを開始する。


「……蓮! ……上よ!」


結月が、突然叫ぶ。


蓮が上を見上げると、天井の暗がりから、巨大な影が降ってきた。


「……チッ!」


蓮が、咄嗟に共鳴剣で影の攻撃を弾き返す。


ガキィィィン!


金属が激突するような甲高い音が響き渡る。


影の正体は、全身を銀色の鱗で覆われた、巨大な狼のような魔法生物だった。

その瞳は赤く血走り、口からは緑色の涎を垂らしている。


「……銀狼フェンリル……! ……でも、普通の個体じゃないわ。……魔力が暴走してる!」


凛音が、レールガンを構える。


「……グルルルル……!」


銀狼が、低い唸り声を上げ、蓮たちを威嚇する。


「……来るぞ! ……散開!」


蓮の指示で、全員が四方に散らばる。


銀狼は、目にも留まらぬ速さで蓮に襲いかかった。






「……速え!」


蓮が、間一髪で銀狼の爪を躱す。

銀狼の爪が床を抉り、コンクリートの破片が飛び散る。


「……『氷結』――絶対零度・氷槍雨!」


結月が、魔法義肢の右腕から無数の氷の槍を放つ。


しかし、銀狼は驚異的な敏捷性で氷の槍を全て躱し、今度は結月に向かって跳躍した。


「……結月!」


蓮が、叫ぶ。


「……『事象の地平』――空間圧縮!」


透が、結月の前に空間圧縮の壁を展開する。


ドォォォン!


銀狼が空間圧縮の壁に激突し、弾き飛ばされる。


「……ナイスだ、透!」


蓮が、透を褒める。


「……『雷撃』――超電磁砲・連射!」


凛音が、空中に放り出された銀狼に向けてレールガンを連射する。


雷撃が銀狼の銀色の鱗に直撃するが、鱗は雷撃を弾き返し、銀狼は無傷で着地した。


「……嘘でしょ!? ……私の超電磁砲が効かないなんて!」


凛音が、驚愕する。


「……あの鱗、魔力を反射する性質を持っているようです! ……魔法攻撃は分が悪いです!」


シロが、分析結果を報告する。


「……魔法が効かないなら、物理で叩き斬るまでだ!」


蓮が、共鳴剣を構え、銀狼に向かって突進する。


「……『残響』――全式共鳴・絶華!」


蓮が、共鳴剣に魔力を集中させ、銀狼の脳天に向けて振り下ろす。


しかし、銀狼は蓮の斬撃を前足で受け止め、そのまま蓮を弾き飛ばした。


「……ぐはっ!」


蓮が、壁に激突し、床に崩れ落ちる。


「……蓮!」


結月が、蓮に駆け寄る。


「……大丈夫だ……。かすっただけだ……」


蓮が、痛みを堪えて立ち上がる。


「……グルルルル……!」


銀狼が、再び蓮たちに向かって歩み寄ってくる。

その全身から、さらに強大な魔力が立ち上り始めた。


「……マズいですよ! ……銀狼の魔力が、さらに膨張しています! ……このままでは、自爆します!」


アランが、コンソールのモニターを見ながら叫ぶ。


「……自爆だと!? ……こんな狭い地下で自爆されたら、俺たちも巻き添えだ!」


凛音が、顔を青ざめさせる。


「……どうすれば……」


透が、後ずさりする。


「……私が、止めます」


シロが、前に出る。


「……シロ! ……お前、戦えないだろ!」


蓮が、シロを制止しようとする。


「……戦えなくても、私には『知識』があります。……この銀狼は、エーテル社が人工的に作り出したキメラです。……そのコアは、心臓ではなく、脳の奥深くに埋め込まれています」


シロが、銀狼の頭部を指差す。


「……脳の奥深く……。でも、あの硬い鱗をどうやって突破するんだ?」


蓮が、尋ねる。


「……結月さんの『絶対零度』で鱗を極限まで冷却し、脆くします。……その瞬間に、凛音さんの『超電磁砲』で鱗を粉砕。……そして、蓮さんがコアを直接破壊してください」


シロが、的確な作戦を提示する。


「……なるほど。……それならいけるかもしれないわね」


凛音が、レールガンを構え直す。


「……結月、いけるか?」


蓮が、結月を見る。


「……ええ。……やってみせるわ」


結月が、魔法義肢の右腕に魔力を集中させる。


「……よし。……行くぞ!」


蓮の合図で、作戦が開始された。


「……『氷結』――絶対零度・氷結牢アイス・プリズン!」


結月が、銀狼の周囲の空気を一気に凍結させ、巨大な氷の牢獄に閉じ込める。


「……ガアアアアッ!」


銀狼が、氷の牢獄の中で暴れるが、極低温によって銀色の鱗が徐々に凍りついていく。


「……今よ、凛音!」


結月が、叫ぶ。


「……『雷撃』――超電磁砲・極光!」


凛音が、最大出力のレールガンを放つ。


雷撃が、凍結して脆くなった銀狼の頭部の鱗に直撃し、鱗を粉砕する。


「……もらった! ……『残響』――全式共鳴・絶華!」


蓮が、粉砕された鱗の隙間から、共鳴剣を銀狼の脳の奥深くへと突き立てる。


パァァァン!


銀狼の脳内に埋め込まれていたコアが砕け散る音が響いた。


「……ギャアアアアアッ!」


銀狼が、断末魔の叫びを上げ、その場に崩れ落ちる。

そして、光の粒子となって消滅した。


「……ふう……。なんとかなったな……」


蓮が、荒い息を吐きながら共鳴剣を下ろす。


「……お見事です、皆さん」


シロが、微笑む。


「……シロの作戦のおかげだ。……サンキューな」


蓮が、シロに礼を言う。


「……いえ。……私は、私の役割を果たしただけです」


シロが、謙遜する。


「……さて、銀狼は倒したけど……。この研究所の調査はこれからよ」


凛音が、周囲を見渡す。


「……ああ。……アラン、コンソールのデータ解析は終わったか?」


蓮が、アランに尋ねる。


「……はい。……でも、嫌なデータが見つかりましたよ」


アランが、深刻な表情でモニターを指差す。


「……嫌なデータ?」


蓮が、モニターを覗き込む。


そこには、「プロジェクト・エデン」という文字と、世界地図上に記された複数のポイントが表示されていた。


「……プロジェクト・エデン……。エーテル社が、世界各地に『歪み』を意図的に発生させるための計画です。……大雪山の研究所は、その起点の一つに過ぎません」


アランの言葉に、蓮たちは絶句した。


教皇の死によって終わったはずの戦いは、まだ終わっていなかった。

エーテル社が残した「負の遺産」が、世界を再び混沌へと引きずり込もうとしていた。






「……プロジェクト・エデン……。エーテル社は、まだ世界を滅ぼす気だったのか」


蓮が、モニターを睨みつけながらギリッと歯を鳴らす。


「……アラン、この『歪み』の発生ポイントは、全部でいくつあるの?」


凛音が、アランの肩越しにモニターを覗き込む。


「……世界中に、全部で十二箇所。……大雪山の研究所は、そのうちの『第一のポイント』です。……残りの十一箇所でも、すでに歪みの拡大が始まっていると見て間違いありません」


アランが、キーボードを叩きながら答える。


「……十二箇所……。対魔局の戦力を分散させても、全てを同時に鎮圧するのは不可能に近いわね」


結月が、深刻な表情で呟く。


「……しかも、このデータによると、十二箇所の歪みが完全に拡大し、互いに共鳴し合った時……地球上の魔力場が完全に崩壊し、全人類が魔力暴走を引き起こす『真の終焉』が訪れるとされています」


シロが、無機質な声で絶望的な予測を告げる。


「……真の終焉……。冗談じゃねえぞ」


蓮が、壁をドンッと殴りつける。


「……蓮さん、落ち着いてください。……まだ、希望はあります」


透が、蓮を宥めるように言う。


「……希望? ……こんな状況で、何があるってんだよ」


蓮が、自嘲気味に笑う。


「……このデータの中に、プロジェクト・エデンを強制停止させるための『マスターキー』の存在が記されています。……マスターキーを、十二箇所のうちのどこかにある『メインコンソール』に挿入すれば、全ての歪みを一斉に消滅させることができるはずです」


アランが、モニターの一部を拡大表示する。


「……マスターキー……。それは、どこにあるんだ?」


蓮が、身を乗り出す。


「……それが……。マスターキーの所在地は、暗号化されていて、すぐには分かりません。……ただ、暗号の解除キーは、この研究所のどこかに隠されているようです」


アランが、悔しそうに唇を噛む。


「……なら、探すしかないわね。……この広い研究所のどこかに、世界を救う鍵がある」


凛音が、周囲を見渡す。


「……手分けして探そう。……アランとシロは、引き続きコンソールの解析を頼む。……俺と結月、凛音、透で、研究所内を捜索する」


蓮が、指示を出す。


「……了解しました。……気をつけてくださいね」


シロが、頷く。


蓮たちは、二手に分かれて研究所の捜索を開始した。

蓮と結月は、地下四階の居住区画へ。凛音と透は、地下五階の実験区画へと向かった。


地下四階の居住区画は、かつて研究員たちが生活していた場所だった。

しかし、今は荒れ果て、至る所に血痕や争った跡が残されている。


「……酷い有様ね。……魔法生物の暴走で、研究員たちも全滅したのかしら」


結月が、散乱した書類を踏み越えながら言う。


「……自業自得だ。……世界を滅ぼそうとした報いさ」


蓮が、冷たく吐き捨てる。


二人は、居住区画の奥にある、所長室らしき部屋へと入った。

部屋の中は比較的荒らされておらず、机の上には一台の古いパソコンが置かれていた。


「……これ、動くかしら?」


結月が、パソコンの電源ボタンを押す。


ウィィィン……という低い駆動音と共に、パソコンの画面が明るくなった。


「……動いた。……でも、パスワードがかかってるな」


蓮が、画面に表示された入力欄を見る。


「……アランに頼めば、すぐに解除できるでしょうけど……。今は、彼らもコンソールの解析で手一杯よね」


結月が、思案顔になる。


「……何か、ヒントになるようなものはないか?」


蓮が、机の引き出しを開けたり、本棚を探ったりする。


「……蓮、これを見て」


結月が、机の上の写真立てを手に取る。

写真には、若き日の御堂と、一人の女性、そして小さな女の子が写っていた。


「……御堂の家族か?」


蓮が、写真を覗き込む。


「……ええ。……でも、この女の子……どこかで見たことがあるような……」


結月が、写真の女の子の顔をじっと見つめる。


「……まさか……」


蓮も、女の子の顔を見てハッとする。


その女の子は、幼い頃の舞にそっくりだったのだ。


「……御堂は、自分の娘を……『最初の特異点』の実験台にしたっていうのか……?」


蓮が、震える声で呟く。


「……信じられない……。自分の子供を、あんな残酷な実験に……」


結月が、写真立てを机に戻し、口元を押さえる。


「……パスワード……。もしかして……」


蓮が、パソコンのキーボードに向かい、「MAI」と入力する。


エラー音が鳴り、画面には「パスワードが違います」と表示された。


「……違うか……」


蓮が、舌打ちする。


「……蓮、写真の裏を見て」


結月が、写真立ての裏側を指差す。

そこには、小さな文字で「EVE」と書かれていた。


「……イヴ……」


蓮が、再びキーボードに向かい、「EVE」と入力する。


ピロッ、という電子音と共に、パソコンのロックが解除された。


「……開いた……!」


結月が、歓声を上げる。


パソコンの中には、プロジェクト・エデンに関する膨大なデータが保存されていた。

蓮は、その中から「マスターキー」に関するファイルを探し出す。


「……あったぞ。……『マスターキー・プロトコル』……」


蓮が、ファイルを開く。


ファイルには、マスターキーの設計図と、その製造方法が記されていた。

しかし、その内容を読んだ蓮の顔色が一気に青ざめる。


「……嘘だろ……」


蓮が、絶望的な声で呟く。


「……どうしたの、蓮?」


結月が、蓮の顔を覗き込む。


「……マスターキーを製造するには……『特異点』の命が必要なんだ……」


蓮の言葉に、結月も息を呑んだ。


「……特異点の命……。つまり、アリスか、透くんの命を犠牲にしなければ、世界は救えないってこと……?」


結月が、震える声で確認する。


「……ああ。……エーテル社は、最初から特異点を『鍵』として利用するつもりだったんだ」


蓮が、拳を机に叩きつける。


「……そんな……。イヴの次は、アリスや透くんを犠牲にしろっていうの……?」


結月の目から、涙がこぼれ落ちる。


「……絶対にさせねえ。……俺は、もう誰も犠牲にしないって誓ったんだ!」


蓮が、パソコンの画面を睨みつける。


その時、蓮の携帯端末が鳴った。

アランからの通信だった。


『……蓮さん! ……大変です! ……地下五階の実験区画で、凛音さんと透くんが、教団の残党に襲撃されています!』


アランの切羽詰まった声が響く。


「……なんだと!? ……教団の残党が、なぜここに!」


蓮が、叫ぶ。


『……分かりません! ……でも、奴らの狙いは、透くんです!』


「……くそっ! ……すぐに行く!」


蓮は通信を切り、結月と共に地下五階へと急いだ。


世界を救うための「鍵」が、仲間の命であるという残酷な真実。

そして、再び忍び寄る教団の影。


蓮たちの前に、かつてない過酷な試練が立ちはだかろうとしていた。





【第28章終了】





【第28章登場魔法・用語解説】


魔法義肢マジック・プロテーゼ」:結月が装着している、シロとアランが開発した最新型の義肢。使用者の魔力を動力源とし、生身の肉体以上のパワーと精密な魔力制御を可能にする。


「プロジェクト・エデン」:エーテル社が極秘裏に進めていた計画。世界各地の霊脈(魔力の通り道)に干渉し、意図的に空間の「歪み」を発生させることで、人類の強制進化を再び引き起こそうとするもの。


氷結牢アイス・プリズン」:結月が使用した、対象の周囲の空気を一気に凍結させ、巨大な氷の牢獄に閉じ込める魔法。対象の動きを封じると同時に、極低温で装甲や鱗を脆くする効果がある。



ここまで読んでくれてありがとうございました!


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