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残響魔術(エコー・コード)  作者: 天音シオン
第二部 特異点と教団

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第24章:星の揺り籠

第24章:星の揺り籠



ロシアでのアリス奪還作戦から数日後。

対魔局本部の地下にある特別解析室では、シロとアランが不眠不休でデータの解析を続けていた。


「……アラン、魔力炉のデータサーバーから抽出した暗号化ファイルの復号は進んでいますか?」


シロが、複数のモニターに囲まれながら尋ねる。


「……ああ、もう少しだ。……教団の奴ら、かなり複雑な多重暗号をかけてやがる。……でも、俺のハッキング技術にかかれば、こんなもん……」


アランが、キーボードを叩く手を休めずに答える。


その時、アランのモニターに「DECRYPT COMPLETE」の文字が表示された。


「……よし、解けたぜ! ……シロ、データの中身を確認してくれ」


アランが、エンターキーを力強く叩く。


「……了解しました。……これは……」


シロが、復号されたデータを読み込む。

その瞳が、驚きに見開かれた。


「……どうした、シロ? ……何かヤバい情報でもあったか?」


アランが、シロの様子を気にかける。


「……『星の揺り籠』の座標が判明しました。……しかし、これは……」


シロが、モニターに世界地図を表示する。

地図上に示された座標は、太平洋のど真ん中、マリアナ海溝の深海だった。


「……マリアナ海溝……? ……教団の本拠地は、海の底にあるってのか?」


アランが、信じられないというように画面を見つめる。


「……ええ。……データによると、水深一万メートルの海底に、巨大なドーム状の施設が存在するようです。……それが、『星の揺り籠』です」


シロが、施設の立体図をモニターに表示する。


「……水深一万メートル……。そんなところに、どうやって潜入するんだよ」


アランが、頭を抱える。


「……対魔局の深海潜水艇を使えば、到達は可能です。……しかし、問題は……」


シロが、施設の周囲に表示された赤い警告マークを指し示す。


「……施設は、強力な水圧魔法結界で守られています。……さらに、周囲には教団の魔法生物が多数配置されているようです」


シロが、厳しい表情で言う。


「……なるほどな。……一筋縄じゃいかないってわけだ」


アランが、ため息をつく。


「……すぐに、紗綾局長と蓮たちに報告しましょう。……時間がありません」


シロが、通信のスイッチを入れる。


数分後、紗綾局長の執務室に、蓮、結月、凛音、透が集められた。


「……シロからの報告は聞いたわね。……教団の本拠地『星の揺り籠』は、マリアナ海溝の海底にあるわ」


紗綾が、モニターに施設の立体図を表示しながら言う。


「……水深一万メートルか。……また随分と極端な場所に引きこもったもんだな」


蓮が、腕を組む。


「……教団は、そこで『神の降臨』の儀式を行うつもりなのでしょうか?」


結月が、尋ねる。


「……ええ。……データによると、儀式の準備はすでに最終段階に入っているようです。……アリスが連れ去られてから、もう数日が経過している。……一刻の猶予もないわ」


紗綾が、厳しい表情で答える。


「……深海潜水艇の準備はできてるのか?」


蓮が、紗綾を見る。


「……ええ。……対魔局が誇る最新鋭の潜水艇『リヴァイアサン』を用意したわ。……水深一万メートルの水圧にも耐えられる設計よ」


紗綾が、潜水艇の画像を表示する。


「……よし、すぐに出発しよう。……アリスを、絶対に助け出す」


蓮が、決意を込めて言う。


「……待って、蓮。……今回の作戦は、これまで以上に危険よ。……深海という特殊な環境下では、魔法の使い方も制限されるわ」


紗綾が、蓮を制止する。


「……分かってる。……でも、行くしかねえだろ」


蓮が、紗綾の目を真っ直ぐに見つめる。


「……ええ。……あなたたちにしか、この任務は任せられないわ。……どうか、無事に帰ってきてね」


紗綾が、蓮たちに深く頭を下げる。


「……任せてください、局長。……必ず、アリスちゃんを連れて帰ります」


透が、力強く頷く。


蓮たちは、決意を胸に、深海潜水艇「リヴァイアサン」が待つドックへと向かった。






太平洋上。

対魔局の大型輸送艦から、深海潜水艇「リヴァイアサン」が海中へと投下された。


潜水艇の内部は、計器類の光だけが頼りの薄暗い空間だった。


「……現在、水深三千メートル。……順調に潜航中です」


操縦席に座るアランが、計器を確認しながら報告する。


「……外は、もう真っ暗だな」


蓮が、小さな窓から外の様子を覗き込む。

そこには、光の届かない漆黒の海が広がっていた。


「……深海は、魔力の流れも地上とは異なります。……魔法の行使には、十分な注意が必要です」


結月が、冷静に分析する。


「……私の雷撃も、海中じゃ威力が分散しちゃうかもしれないわね。……気をつけないと」


凛音が、レールガンを抱きしめながら言う。


「……水深五千メートルを通過。……水圧が上がってきています」


アランが、少し緊張した声で報告する。


潜水艇の船体が、水圧でミシミシと軋む音を立てる。


「……大丈夫か、これ? ……潰れたりしねえだろうな」


蓮が、天井を見上げる。


「……対魔局の技術を信じろ。……この潜水艇は、水深一万二千メートルまで耐えられる設計だ」


アランが、強がって見せる。


「……水深八千メートル。……目標の『星の揺り籠』まで、あと少しです」


シロが、ソナーの反応を確認しながら言う。


その時、ソナーの画面に、複数の巨大な反応が現れた。


「……シロ、なんだこの反応は!? ……潜水艇に向かって急速に接近してくるぞ!」


アランが、焦った声で叫ぶ。


「……教団の魔法生物です。……深海に適応した、巨大な海竜型の生物のようです」


シロが、反応を分析する。


「……迎え撃つぞ! ……アラン、潜水艇の武装を展開しろ!」


蓮が、立ち上がる。


「……了解! ……魚雷発射管、開け!」


アランが、コンソールを操作する。


潜水艇の外部から、数発の魚雷が発射された。

魚雷は、海竜型の魔法生物に向かって一直線に進んでいく。


しかし、魔法生物は、口から強力な水流を吐き出し、魚雷をいとも簡単に迎撃してしまった。


「……くそっ! ……魚雷が通用しねえ!」


アランが、舌打ちをする。


「……私がやります。……『氷結』――絶対零度・氷槍ひょうそう!」


結月が、潜水艇の外部に設置された魔力増幅器を通じて、魔法を発動する。


巨大な氷の槍が海竜型の魔法生物を貫き、その動きを止めた。


「……よし、やったわ!」


凛音が、歓声を上げる。


「……油断しないでください。……まだ、多数の反応があります」


シロが、ソナーの画面を指し示す。


次々と現れる魔法生物の群れ。

蓮たちは、潜水艇の武装と魔法を駆使して、必死の防衛戦を繰り広げた。


「……くそっ、キリがねえ! ……このままじゃ、潜水艇が持たないぞ!」


蓮が、焦燥感を露わにする。


「……水深九千五百メートル。……『星の揺り籠』の結界が見えてきました!」


シロが、叫ぶ。


窓の外に、青白い光を放つ巨大なドーム状の施設が姿を現した。


「……あれが、教団の本拠地か……!」


蓮が、施設を見つめる。


「……アラン、結界の突破口を探せ!」


蓮が、指示を出す。


「……分かってる! ……シロ、結界の解析を頼む!」


アランが、シロに呼びかける。


「……了解しました。……結界の構造は、ロシアの施設と似ています。……結月の『絶対零度』で、結界の一部を凍結させれば、突破できるはずです」


シロが、解析結果を伝える。


「……結月、いけるか?」


蓮が、結月を見る。


「……はい。……やります」


結月が、深く深呼吸をする。


「……『氷結』――絶対零度・氷楔!」


結月が、全魔力を込めて、結界に向けて氷の楔を放つ。


氷の楔は、結界の表面に突き刺さり、周囲の魔力を凍結させていく。


「……よし、結界に亀裂が入った! ……アラン、そこから突っ込め!」


蓮が、叫ぶ。


「……了解! ……リヴァイアサン、最大推力!」


アランが、操縦桿を押し込む。


潜水艇は、結界の亀裂をこじ開けるようにして、施設の内側へと突入した。






結界の内部は、海水が完全に排除された、巨大な空洞空間だった。

潜水艇は、施設のドックに静かに着水した。


「……なんとか、潜入に成功したな」


蓮が、安堵の息をつく。


「……結月、大丈夫か?」


蓮が、結月の様子を確認する。


「……はい。……少し、魔力を使いすぎましたが、問題ありません」


結月が、青白い顔で微笑む。


「……無理はするなよ。……ここからが本番だ」


蓮が、結月の肩を軽く叩く。


蓮たちは、潜水艇を降りて、施設の内部へと足を踏み入れた。


施設内は、無機質な金属の壁で覆われ、冷たい空気が漂っていた。


「……シロ、アリスの居場所は分かるか?」


蓮が、インカムに呼びかける。


『……施設の中心部に、巨大な魔力反応があります。……おそらく、そこが儀式の間であり、アリスもそこにいるはずです』


シロが、ナビゲートを開始する。


蓮たちは、シロの指示に従って、施設の中心部を目指して進んでいく。


通路には、教団の兵士たちが多数配置されていたが、蓮たちは連携して次々と撃破していった。


「……教団の奴ら、かなり焦ってるみたいね。……警備が手薄になってるわ」


凛音が、倒れた兵士を見下ろしながら言う。


「……儀式が最終段階に入っている証拠だ。……急ごう」


蓮が、足を速める。


施設の中心部に近づくにつれて、周囲の魔力濃度が異常なほどに高まっていくのを感じた。


「……なんだ、この魔力は……。息が詰まりそうだ」


透が、胸を押さえる。


「……神谷、大丈夫か? ……無理そうなら、ここで待ってろ」


蓮が、透を心配する。


「……いえ、行きます。……アリスちゃんを、助けなきゃいけないから」


透が、顔を上げて力強く言う。


「……よし、行くぞ」


蓮が、頷く。


巨大な扉の前に到着した。

扉の奥からは、圧倒的な魔力のプレッシャーが漏れ出している。


「……この奥が、儀式の間だ」


蓮が、共鳴剣を構える。


「……準備はいいわね、みんな」


凛音が、レールガンのチャージを開始する。


「……いつでもいけます」


結月が、氷の短剣を握りしめる。


「……僕も、やります」


透が、深呼吸をする。


蓮が、扉を蹴り開けた。


儀式の間は、広大なドーム状の空間だった。

中央には、巨大な魔法陣が描かれた祭壇があり、その上に、アリスが横たわっていた。


「……アリス!」


蓮が、叫ぶ。


アリスの周囲には、教団の幹部たちが円陣を組み、呪文を詠唱していた。


そして、祭壇の奥には、教団の最高指導者である「教皇」が立っていた。


「……よくぞここまで辿り着いた、対魔局の犬どもよ」


教皇が、蓮たちを見下ろして冷酷に微笑む。


「……アリスを返せ! ……お前たちのくだらねえ儀式に、あの子を巻き込むな!」


蓮が、教皇を睨みつける。


「……くだらない儀式だと? ……これは、人類を救済するための聖なる儀式だ。……特異点の力を用いて、この腐りきった世界を浄化し、新たな世界を創造するのだ」


教皇が、狂気に満ちた瞳で語る。


「……ふざけるな! ……世界を浄化するだと? ……お前たちのやってることは、ただの大量虐殺だ!」


蓮が、怒りを露わにする。


「……理解できないか。……ならば、力で分からせるしかないようだな。……イヴよ、奴らを排除しろ」


教皇が、指を鳴らす。


祭壇の影から、謎の少女イヴが姿を現した。


「……イヴ……!」


蓮が、警戒を強める。


「……私の『絶対切断』の前に、お前たちは無力だ。……ここで、死ね」


イヴが、無表情のまま、蓮たちに向けて手を振り下ろした。






イヴの手が振り下ろされた瞬間、空間そのものが断ち切られるような鋭い衝撃波が蓮たちを襲った。


「……危ない!」


蓮が、咄嗟に結月と透を突き飛ばす。

直後、蓮たちが立っていた場所の床が、音もなく真っ二つに切り裂かれた。


「……これが、『絶対切断』……!」


凛音が、切り裂かれた床を見て息を呑む。


「……物理的な防御は無意味だ。……回避に専念しろ!」


蓮が、叫ぶ。


イヴは、無表情のまま次々と斬撃を放ってくる。

その攻撃は、目に見えない刃が空間を切り裂いて飛んでくるようなもので、軌道を読むことすら困難だった。


「……くっ! ……速すぎる!」


蓮が、間一髪で斬撃を躱す。

しかし、斬撃の余波だけで、蓮のコートが切り裂かれ、肌に浅い傷が刻まれる。


「……私の魔法で、動きを止めます! ……『氷結』――絶対零度・氷結領域!」


結月が、イヴの周囲の空間を凍結させようとする。


しかし、イヴは迫り来る氷の冷気すらも、その手で切り裂いてしまった。


「……魔法すらも切断するなんて……!」


結月が、驚愕に目を見開く。


「……なら、これならどう! ……『雷撃』――超電磁砲!」


凛音が、イヴに向けてレーザーを放つ。


だが、イヴはレーザーの光線すらも真っ二つに切り裂き、無効化してしまった。


「……嘘でしょ……。光まで切るの!?」


凛音が、絶望的な声を上げる。


「……無駄だ。……私の『絶対切断』は、この世に存在するあらゆる事象を断ち切る。……お前たちに、勝ち目はない」


イヴが、冷酷に言い放つ。


「……ふざけるな! ……どんな能力にも、必ず弱点はあるはずだ!」


蓮が、共鳴剣を構え直す。


『……蓮、聞こえますか?』


インカムから、シロの声が響く。


「……シロ! ……イヴの能力の弱点は分からないか!?」


蓮が、尋ねる。


『……イヴの「絶対切断」は、空間そのものを切断する能力です。……しかし、切断するためには、必ず「切る対象」を認識する必要があります』


シロが、分析結果を伝える。


「……認識する必要がある……? ……つまり、認識できないものは切れないってことか?」


蓮が、思考を巡らせる。


『……ええ。……例えば、幻術などで視覚を誤認させれば、攻撃を逸らすことができるかもしれません』


シロが、提案する。


「……幻術か。……でも、俺たちの中に幻術を使える奴は……」


蓮が、周囲を見回す。


「……私が、やります」


結月が、静かに言う。


「……結月? ……お前、幻術なんて使えたか?」


蓮が、驚いて尋ねる。


「……私の『絶対零度』は、物理的な温度を下げるだけでなく、対象の認識や思考を凍結させることも可能です。……それを応用すれば、一時的な幻覚を見せることができるはずです」


結月が、氷の短剣を握りしめる。


「……でも、そんな高度な魔法を使えば、お前の代償が……!」


蓮が、結月の体を心配する。


「……大丈夫です。……蓮を守るためなら、私は……」


結月が、蓮に微笑みかける。


「……結月……」


蓮は、結月の決意に満ちた瞳を見て、言葉を飲み込んだ。


「……分かった。……お前の幻術で、イヴの認識をずらせ。……その隙に、俺が斬り込む!」


蓮が、作戦を決定する。


「……了解しました。……行きます!」


結月が、イヴに向けて魔力を放つ。


「……『氷結』――絶対零度・幻氷鏡げんひょうきょう!」


結月の魔法が発動し、イヴの周囲に無数の氷の鏡が出現する。

氷の鏡は、蓮たちの姿を乱反射させ、イヴの視覚を混乱させた。


「……小細工を」


イヴが、氷の鏡を次々と切り裂いていく。


しかし、鏡が割れるたびに、新たな鏡が出現し、イヴの認識をずらし続ける。


「……今だ、蓮!」


結月が、叫ぶ。


「……おおおおおッ!」


蓮が、氷の鏡の死角からイヴに肉薄する。


「……『残響』――全式共鳴・絶華!」


蓮の共鳴剣が、イヴの身体を捉えようとした。


しかし、その瞬間。


「……甘いな」


教皇の声が響いた。


教皇が杖を振るうと、イヴの周囲に強力な魔法障壁が展開された。


「……チィッ!」


蓮の剣撃が、魔法障壁に弾き返される。


「……イヴは、我々の計画に不可欠な存在だ。……そう簡単に失うわけにはいかない」


教皇が、冷笑する。


「……くそっ! ……教皇が邪魔をしてくるか!」


蓮が、舌打ちをする。


「……儀式の準備は整った。……さあ、アリスよ。……お前の特異点の力を解放し、神をこの地に降臨させるのだ!」


教皇が、祭壇のアリスに向けて両手を広げる。


アリスの身体が、青白い光に包まれ始めた。


「……アリスちゃん!」


透が、叫ぶ。


アリスの周囲の空間が歪み始め、巨大な「事象の地平」が形成されていく。


「……まずい! ……このままじゃ、儀式が完成しちまう!」


蓮が、焦燥感を露わにする。


「……私が、止めます!」


透が、アリスに向けて走り出す。


「……神谷! ……無茶だ!」


蓮が、透を止めようとする。


しかし、透は蓮の制止を振り切り、アリスの「事象の地平」の中へと飛び込んでいった。


「……アリスちゃん! ……目を覚まして!」


透が、光の中で眠るアリスに呼びかける。


「……無駄だ。……彼女の意識は、すでに神と繋がっている。……お前の声など、届かない」


教皇が、嘲笑う。


「……届かせるんだ! ……僕の声で、アリスちゃんを助けるんだ!」


透が、自分の「事象の地平」を展開し、アリスの力と共鳴させようとする。


二つの特異点の力がぶつかり合い、儀式の間全体が激しく振動し始めた。


「……なんだ、この振動は……!」


教皇が、驚愕に目を見開く。


「……神谷の奴、アリスの力を相殺しようとしてるのか……!」


蓮が、透の意図に気づく。


「……させん! ……イヴ、あの少年を排除しろ!」


教皇が、イヴに命令を下す。


イヴが、透に向けて「絶対切断」を放つ。


「……神谷!」


蓮が、透を庇おうと飛び出す。


しかし、蓮よりも早く、結月が透の前に立ち塞がった。


「……『氷結』――絶対零度・氷絶壁ひょうぜっぺき!」


結月が、全魔力を込めて、巨大な氷の壁を作り出す。


イヴの斬撃が、氷の壁に激突する。


凄まじい衝撃音が響き渡り、氷の壁に亀裂が走る。


「……ぐうぅっ……!」


結月が、血を吐きながらも、必死に氷の壁を維持する。


「……結月! ……もうやめろ! ……お前の体が……!」


蓮が、結月の体が徐々に凍りつき始めているのを見て叫ぶ。


「……私は……大丈夫です……。蓮……透くんを……アリスちゃんを……助けて……!」


結月が、薄れゆく意識の中で、蓮に微笑みかける。


直後、氷の壁が砕け散り、結月の身体が床に崩れ落ちた。


「……結月!」


蓮が、結月を抱き起こす。


結月の身体は、氷のように冷たく、その瞳は固く閉じられていた。


「……結月……嘘だろ……。おい、目を覚ませよ……!」


蓮が、結月の頬を叩く。


しかし、結月からの返事はない。


「……愚かな娘だ。……自らの命を犠牲にしてまで、他人を守ろうとするとは」


教皇が、冷酷に見下ろす。


蓮の心の中で、何かが弾けた。


「……お前ら……。絶対に、許さねえ……!」


蓮の身体から、これまでとは比べ物にならないほどの、圧倒的な魔力が溢れ出し始めた。


蓮の瞳が、怒りと悲しみで赤く染まる。


「……『残響』――全式解放・暴走オーバーロード!」


蓮の怒りが、周囲の魔力を全て喰らい尽くし、破壊の力へと変換していく。


「……なんだ、この魔力は……!?」


教皇が、恐怖に顔を引きつらせる。


蓮の真の力が、今、解放されようとしていた。




「……おおおおおおおおッ!」


蓮の咆哮が、儀式の間全体を震わせる。

暴走した「残響」の力は、周囲の空間を歪め、教団の兵士たちを次々と吹き飛ばしていく。


「……イヴ! ……奴を止めろ!」


教皇が、焦燥に駆られて叫ぶ。


イヴが、無表情のまま蓮に向けて「絶対切断」を放つ。

しかし、蓮は迫り来る空間の断層を、素手で掴み取った。


「……なっ……!?」


イヴの瞳に、初めて驚愕の色が浮かぶ。


「……こんなもん……俺の怒りに比べれば、痛くも痒くもねえ!」


蓮が、空間の断層を握り潰す。

その手からは鮮血が滴り落ちていたが、蓮は痛みを感じていないかのように、イヴへと歩み寄る。


「……化け物め……!」


教皇が、後ずさりする。


「……お前らが、結月を……アリスを……!」


蓮の共鳴剣が、黒いオーラを纏い始める。

それは、結月の氷、凛音の雷、透の空間歪曲、そして蓮自身の怒りが混ざり合った、混沌とした魔力の塊だった。


「……消えろ!」


蓮が、共鳴剣を振り下ろす。


黒い斬撃が、イヴの身体を捉えた。

イヴは「絶対切断」で防御しようとしたが、蓮の圧倒的な魔力の前に、その防御は紙切れのように引き裂かれた。


「……あ……」


イヴの身体が、大きく吹き飛ばされ、壁に激突する。

彼女はそのまま意識を失い、崩れ落ちた。


「……イヴが、一撃で……!?」


教皇が、信じられないというように目を見開く。


「……次は、お前だ」


蓮の赤い瞳が、教皇を射抜く。


「……ひっ……! ……来るな! ……私は、神の代行者だぞ!」


教皇が、恐怖に顔を歪めながら、杖を構える。


しかし、蓮の動きは教皇の認識を遥かに超えていた。

瞬きする間に、蓮は教皇の目の前に立っていた。


「……神がなんだ。……俺の仲間を傷つける奴は、俺が全部ぶっ壊す!」


蓮が、教皇の胸ぐらを掴み上げる。


「……や、やめろ……! ……私を殺せば、儀式は暴走し、この施設ごと吹き飛ぶぞ!」


教皇が、命乞いをする。


「……上等だ。……お前らごと、海の底に沈めてやる」


蓮が、共鳴剣を教皇の首筋に突きつける。


その時だった。


「……九条くん! ……ダメだ!」


透の叫び声が、蓮の耳に届いた。


蓮が視線を向けると、透がアリスの「事象の地平」の中で、必死に彼女を抱きしめていた。


「……神谷……」


蓮の赤い瞳が、少しだけ揺らぐ。


「……九条くんが、そんな風になっちゃダメだ! ……白石さんだって、そんなこと望んでない!」


透が、涙を流しながら訴える。


蓮は、床に倒れている結月の姿を見た。

氷のように冷たくなった彼女の身体。

しかし、その顔は、蓮を守れたことに安堵しているかのように、穏やかだった。


(……俺は……何をしてるんだ……)


蓮の心に、結月の言葉が蘇る。

『蓮が傷つくのを見ると、胸が痛くなるんです』


(……俺が暴走して、自分を壊したら……結月が悲しむ……)


蓮の瞳から、赤い光が徐々に消えていく。

暴走していた魔力が、ゆっくりと収束していく。


「……はぁ……はぁ……」


蓮が、教皇を床に投げ捨てる。


「……命拾いしたな。……だが、お前らの野望はここまでだ」


蓮が、教皇を見下ろす。


「……くそっ……! ……覚えておけ、対魔局! ……我々の計画は、まだ終わっていない!」


教皇が、懐から転移の魔石を取り出し、床に叩きつける。

眩い光と共に、教皇と倒れたイヴの姿が消え去った。


「……逃げられたか。……まあいい」


蓮が、共鳴剣を鞘に収める。


蓮は、急いで結月の元へ駆け寄った。


「……結月! ……結月、しっかりしろ!」


蓮が、結月を抱きしめる。

彼女の身体は、まだ冷たかったが、微かに脈打っているのが分かった。


「……よかった……。生きてる……」


蓮が、安堵の涙を流す。


「……蓮……」


凛音が、蓮の肩にそっと手を置く。


「……凛音。……結月を頼む。……俺は、神谷とアリスを助ける」


蓮が、結月を凛音に託す。


蓮は、透とアリスがいる祭壇へと向かった。


透の「事象の地平」と、アリスの「事象の地平」が、互いに干渉し合い、不安定な状態になっていた。


「……神谷! ……アリスの意識は戻ったか!?」


蓮が、透に呼びかける。


「……ダメです! ……アリスちゃんの意識が、深層に沈み込んでて……僕の声が届かない!」


透が、焦燥感を露わにする。


「……俺も行く。……二人で、アリスを引き戻すぞ」


蓮が、透の「事象の地平」の中へと足を踏み入れる。


そこは、アリスの恐怖と絶望が渦巻く、暗く冷たい精神世界だった。


「……アリス! ……どこだ!」


蓮が、暗闇の中を叫びながら進む。


すると、暗闇の奥で、膝を抱えて震えている小さな少女の姿が見えた。


「……アリス!」


蓮と透が、アリスの元へ駆け寄る。


「……こないで……。わたしは、化け物……。みんなを、傷つけちゃう……」


アリスが、顔を覆いながら泣きじゃくる。


「……違う! ……君は化け物なんかじゃない! ……ただの、普通の女の子だ!」


透が、アリスの手を強く握る。


「……俺たちが、君を守る。……だから、もう怖がらなくていいんだ」


蓮が、アリスの頭を優しく撫でる。


「……ほんとうに……? ……わたし、ここにいてもいいの……?」


アリスが、涙で濡れた瞳で蓮と透を見上げる。


「……ああ。……君の居場所は、俺たちが作る」


蓮が、力強く頷く。


アリスの心に、温かい光が灯った。

彼女の恐怖と絶望が、少しずつ溶けていく。


現実世界。

儀式の間を包んでいた「事象の地平」が、静かに消滅していった。


祭壇の上で、アリスがゆっくりと目を覚ます。


「……おはよう、アリスちゃん」


透が、アリスに微笑みかける。


「……透……おにいちゃん……」


アリスが、透の胸に飛び込んで泣きじゃくる。


「……よく頑張ったな、二人とも」


蓮が、二人を優しく見守る。


アリス奪還作戦は、結月の犠牲と蓮の暴走という大きな代償を払いながらも、成功に終わった。


しかし、教皇とイヴは逃亡し、教団の脅威が完全に去ったわけではない。

そして、結月の身体を蝕む「絶対零度の代償」という新たな問題も浮上した。


蓮たちの戦いは、まだ終わらない。

深海の「星の揺り籠」から帰還した彼らを、さらなる過酷な運命が待ち受けていた。





【第24章終了】





【第24章登場魔法・用語解説】


「絶対切断」:教団の謎の少女イヴが使用する魔法。空間そのものを断ち切る能力であり、物理的な防御や魔法による結界すらも無効化する。ただし、切断するためには対象を認識する必要があるという弱点が存在する。


「絶対零度・幻氷鏡げんひょうきょう」:結月が使用した応用魔法。対象の認識や思考を凍結させることで、一時的な幻覚を見せ、視覚を混乱させる。


「全式解放・暴走オーバーロード」:蓮が極限の怒りと悲しみによって引き起こした状態。周囲の魔力を無差別に吸収し、圧倒的な破壊力へと変換するが、自身の精神と肉体にも深刻なダメージを与える危険な状態。




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