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残響魔術(エコー・コード)  作者: 天音シオン
第二部 特異点と教団

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第23章:追跡と氷の決意

第23章:追跡と氷の決意



アリスが教団の謎の少女イヴに連れ去られたという報せは、対魔局に激震を走らせた。


東京・霞が関の対魔局本部。

紗綾局長の執務室には、重苦しい空気が漂っていた。


「……ヨーロッパ支部からの報告によると、イヴの『絶対切断』は、物理的な防御だけでなく、魔法による結界や空間の歪みすらも無効化したそうよ」


紗綾が、デスクの上のタブレットを操作しながら言う。


「……空間の歪みすら切り裂く……。そんなデタラメな能力、どうやって防げばいいんだよ」


蓮が、苛立たしげに頭を掻く。


「……防ぐのではなく、攻撃される前に倒すしかありません。……しかし、彼女の攻撃速度と射程が不明な以上、迂闊には近づけませんね」


結月が、冷静に分析する。


「……それに、教団の目的も気になります。……なぜ、アリスちゃんを連れ去ったんでしょうか?」


透が、不安そうに尋ねる。


「……教団は、特異点候補を集めて『神の降臨』という儀式を行おうとしている。……アリスと透、二人の特異点が揃えば、その儀式が完成してしまうかもしれないわ」


紗綾が、厳しい表情で答える。


「……だったら、一刻も早くアリスを助け出さねえと!」


蓮が、身を乗り出す。


「……焦らないで、蓮。……現在、シロとアランが全力で教団の拠点を特定中よ。……彼らからの報告を待ちなさい」


紗綾が、蓮を制止する。


その時、執務室のモニターにシロとアランの顔が映し出された。


『……局長、蓮。……教団の拠点の特定に成功しました』


シロが、淡々と報告する。


「……本当か! どこだ!?」


蓮が、モニターに詰め寄る。


『……場所は、ロシアのウラル山脈の奥深く。……かつて旧ソ連が建設し、放棄された秘密軍事施設です。……教団は、そこを改修して拠点にしているようです』


アランが、施設の立体マップをモニターに表示する。


「……ウラル山脈……。また随分と遠いところだな」


蓮が、マップを見つめる。


『……施設は、強固な魔法結界で覆われています。……外部からの物理的な攻撃は、ほぼ通用しないでしょう』


シロが、結界の構造を分析する。


「……結界の解除は可能か?」


紗綾が、尋ねる。


『……外部からの解除は不可能です。……しかし、結界の動力源となっている魔力炉を内部から破壊すれば、結界は消滅します』


シロが、施設の地下深くにある魔力炉を指し示す。


「……つまり、誰かが内部に潜入して、魔力炉を破壊する必要があるってことだな」


蓮が、腕を組む。


「……ええ。……そして、その役目はあなたたちしかいないわ」


紗綾が、蓮たちを見つめる。


「……了解しました。……すぐに準備にかかります」


結月が、頷く。


「……待って。……私も、行きます」


透が、決意を込めた声で言う。


「……神谷……。お前はまだ、魔法の制御も完璧じゃない。……足手まといになるかもしれないぞ」


蓮が、透を心配して言う。


「……分かってます。……でも、アリスちゃんは、僕と同じ特異点候補です。……僕が、彼女を助けたいんです」


透が、蓮の目を真っ直ぐに見つめる。


「……透くん……」


凛音が、透の成長に驚いたように呟く。


「……分かった。……お前も連れて行く。……ただし、絶対に俺の側から離れるなよ」


蓮が、透の肩を叩く。


「……はい!」


透が、力強く頷く。


「……作戦開始は、明日の未明よ。……それまでに、十分な休息を取っておきなさい」


紗綾が、作戦の開始を告げる。


アリス奪還作戦。

蓮たちは、決意を胸に、ロシアの極寒の地へと向かう準備を始めた。






翌日の未明。

蓮たちは、対魔局のステルス輸送機で、ロシアのウラル山脈上空に到達していた。


眼下には、雪に覆われた険しい山々が連なっている。


「……目標の施設まで、あと五分で到達します。……降下準備をお願いします」


パイロットのアナウンスが響く。


「……よし、行くぞ。……神谷、ビビってねえか?」


蓮が、パラシュートのハーネスを確認しながら透に声をかける。


「……だ、大丈夫です。……少し、緊張してますけど」


透が、強張った顔で答える。


「……無理もないわ。……初めての実戦が、教団の本拠地への潜入だものね」


凛音が、透の背中を軽く叩く。


「……透くん、私の後ろについてきてください。……私が、あなたを守ります」


結月が、氷の短剣を手に透に言う。


「……ありがとうございます、白石さん」


透が、少しだけ安心したように微笑む。


「……目標上空に到達。……降下開始!」


輸送機の後部ハッチが開き、極寒の風が機内に吹き込む。


蓮たちは、次々と夜の闇の中へと飛び出していった。


雪山の中腹にある、放棄された軍事施設。

その周囲は、シロの報告通り、目に見えない強力な魔法結界で覆われていた。


蓮たちは、結界のすぐ外側の雪原に着地した。


「……これが、教団の結界か。……確かに、並の攻撃じゃビクともしそうにねえな」


蓮が、結界の表面に触れてみる。

硬いガラスのような感触が、指先に伝わってくる。


『……蓮、聞こえますか? ……結界の構造に、わずかな綻びを発見しました。……そこからなら、内部に侵入できるはずです』


インカムから、シロの声が響く。


「……了解。……場所を教えてくれ」


蓮が、シロの指示に従って結界の綻びを探す。


施設の裏手にある、古い換気口の近く。

そこだけ、結界の魔力が薄くなっている場所があった。


「……ここか。……結月、いけるか?」


蓮が、結月に視線を送る。


「……はい。……『氷結』――絶対零度・氷楔ひょうせつ!」


結月が、結界の綻びに氷の楔を打ち込む。

氷の楔は、結界の魔力を凍結させ、わずかな隙間を作り出した。


「……よし、今のうちに入れ!」


蓮の合図で、四人は素早く結界の内部へと滑り込んだ。


結界の内部は、外の極寒とは打って変わって、生暖かい空気が漂っていた。


「……なんだ、この空気。……気持ち悪いな」


蓮が、顔をしかめる。


「……魔力炉から漏れ出た魔力が、空気を温めているのでしょう。……かなり強力な魔力炉のようです」


結月が、周囲の魔力を探る。


「……まずは、地下の魔力炉を目指すぞ。……シロ、ルートのナビゲートを頼む」


蓮が、インカムに呼びかける。


『……了解しました。……現在地から地下への最短ルートを送信します』


シロのナビゲートに従い、蓮たちは施設の奥へと進んでいく。


施設内は、教団の兵士たちが巡回していたが、蓮たちはシロのハッキングによる監視カメラの死角を突き、戦闘を避けながら地下へと向かった。


「……順調ね。……このまま魔力炉まで行ければいいんだけど」


凛音が、小声で言う。


「……油断するな。……教団の幹部が、どこに潜んでいるか分からない」


蓮が、警戒を怠らない。


その時、蓮たちの目の前の通路に、黒い影が立ち塞がった。


「……ネズミが入り込んだと思えば、対魔局の犬どもか」


影の中から現れたのは、教団の幹部ザイードだった。


「……ザイード! ……またお前か!」


蓮が、共鳴剣を抜く。


「……日本での借りを、ここで返させてもらうぞ。……『影縛』――暗黒領域!」


ザイードが杖を振るうと、通路全体が深い闇に包まれた。


「……くっ! ……何も見えねえ!」


蓮が、暗闇の中で警戒する。


「……私の魔法も、影に飲み込まれてしまいます……!」


結月が、氷の魔法を発動しようとするが、すぐに闇に掻き消されてしまう。


「……どうするのよ、蓮! ……このままじゃ、一方的にやられるわ!」


凛音が、焦りの声を上げる。


「……落ち着け。……奴の影の魔法にも、必ず弱点があるはずだ」


蓮が、暗闇の中でザイードの気配を探る。


「……無駄だ。……この暗黒領域の中では、俺の影が全てを支配する。……お前たちに、勝ち目はない」


ザイードの冷酷な声が、四方八方から響き渡る。


蓮たちは、ザイードの影の魔法に完全に閉じ込められてしまった。






暗黒領域の中。

視覚を奪われ、魔法すらも封じられた蓮たちは、圧倒的な不利な状況に立たされていた。


「……ぐあっ!」


闇の中から突然現れた影の刃が、蓮の肩を切り裂く。


「……蓮!」


結月が、蓮の声のする方へ手を伸ばす。


「……来るな、結月! ……動けば、奴の的になるだけだ!」


蓮が、痛みに耐えながら叫ぶ。


「……その通りだ。……お前たちは、この闇の中で恐怖に怯えながら死んでいくのだ」


ザイードの嘲笑が響く。


(……くそっ。……何か、この闇を打ち破る方法はないのか……!)


蓮が、必死に思考を巡らせる。


『……蓮、聞こえますか?』


インカムから、シロの冷静な声が響く。


「……シロ! ……何か、奴の魔法の弱点は分からないか!?」


蓮が、藁にもすがる思いで尋ねる。


『……ザイードの「影縛」は、光を遮断することで影を作り出し、それを操る魔法です。……つまり、圧倒的な光量があれば、影そのものを消滅させることができます』


シロが、分析結果を伝える。


「……圧倒的な光量……。でも、俺たちの魔法は、発動した瞬間に影に飲み込まれちまうんだぞ!」


蓮が、焦燥感を露わにする。


『……ええ。……ですから、魔法が飲み込まれる前に、一瞬で極大の光を放つ必要があります。……凛音の「雷撃」を、最大出力で放てば、あるいは……』


シロが、凛音の能力に希望を託す。


「……凛音! ……シロの話、聞こえたか!?」


蓮が、凛音に呼びかける。


「……聞こえたわ! ……でも、最大出力の雷撃なんて、チャージに時間がかかるのよ! ……その間に、影に飲み込まれちゃうわ!」


凛音が、悔しそうに叫ぶ。


「……俺が、チャージの時間を稼ぐ! ……結月、神谷を守ってくれ!」


蓮が、決意を固める。


「……蓮! ……無茶です! ……視界がない状態で、どうやって時間を稼ぐつもりですか!」


結月が、蓮を止める。


「……俺の『残響』は、他人の魔法をコピーするだけじゃない。……想いを繋ぐ力だ。……俺は、お前たちの魔力を感じ取ることができる」


蓮が、目を閉じる。


暗闇の中で、蓮は結月、凛音、そして透の魔力の波長を感じ取ろうと集中する。


(……見えた。……凛音の魔力が、少しずつ高まってる……)


蓮は、凛音の魔力の波長を頼りに、彼女の位置を把握する。


「……凛音、チャージを開始しろ! ……俺が、奴の攻撃を全て防ぐ!」


蓮が、共鳴剣を構える。


「……分かったわ! ……信じてるからね、蓮!」


凛音が、レールガンに魔力を集中させ始める。


「……無駄な足掻きを。……『影縛』――千影刃せんえいじん!」


ザイードが、無数の影の刃を凛音に向けて放つ。


「……させねえよ! ……『残響』――全式共鳴・防壁!」


蓮が、結月の氷の魔力と、透の空間歪曲の魔力を共鳴させ、凛音の前に強力な防壁を展開する。


影の刃が防壁に激突し、激しい火花を散らす。


「……ぐうぅっ……!」


蓮が、防壁を維持するために全魔力を注ぎ込む。


「……馬鹿な。……俺の影の刃を、防ぎきるとは……!」


ザイードが、驚愕の声を上げる。


「……凛音! ……まだか!」


蓮が、限界に近い状態で叫ぶ。


「……チャージ完了! ……いくわよ! ……『雷撃』――超電磁砲・極光きょっこう!」


凛音が、レールガンから極大の雷撃を放つ。


凄まじい閃光が、暗黒領域を内側から吹き飛ばす。


「……ぐああああッ!」


光に焼かれ、ザイードの影の魔法が完全に消滅した。


「……やったか……!」


蓮が、肩で息をしながら周囲を見回す。


通路には、黒焦げになったザイードが倒れていた。


「……さすがね、凛音。……完璧なタイミングだったわ」


結月が、凛音を称賛する。


「……ふふん。……私にかかれば、こんなもんよ!」


凛音が、得意げに胸を張る。


「……九条くん、大丈夫ですか!?」


透が、蓮の怪我を心配して駆け寄る。


「……ああ、かすり傷だ。……それより、先を急ごう。……魔力炉は、もうすぐそこだ」


蓮が、透に微笑みかける。


ザイードを撃破した蓮たちは、再び地下の魔力炉を目指して進み始めた。


しかし、彼らはまだ知らなかった。

魔力炉の奥で、さらなる絶望が彼らを待ち受けていることを。






地下深くへと続く螺旋階段を下りきると、そこには巨大な空洞が広がっていた。

空洞の中央には、青白い光を放つ巨大な円柱状の装置が鎮座している。


「……あれが、結界の動力源となっている魔力炉か」


蓮が、魔力炉を見上げる。


「……凄まじい魔力量です。……これほどの魔力を、どうやって生み出しているのでしょうか」


結月が、魔力炉から発せられる圧倒的なプレッシャーに顔をしかめる。


「……シロ、魔力炉の破壊方法を教えてくれ」


蓮が、インカムに呼びかける。


『……魔力炉の周囲には、四つの制御装置があります。……それらを同時に破壊すれば、魔力炉は暴走し、自壊するはずです』


シロが、魔力炉の構造図を送信してくる。


「……四つの制御装置を同時破壊か。……俺たち四人で、一つずつ担当すればいけるな」


蓮が、結月、凛音、透に視線を送る。


「……了解しました。……私は、北側の制御装置を担当します」


結月が、氷の短剣を構える。


「……私は東側ね。……一発で決めてみせるわ」


凛音が、レールガンの照準を合わせる。


「……僕は、南側を……」


透が、緊張した面持ちで頷く。


「……よし、俺は西側だ。……俺の合図で、一斉に攻撃を仕掛けるぞ」


蓮が、共鳴剣を抜く。


四人がそれぞれの制御装置の前に配置についた、その時だった。


「……そこまでだ、愚か者ども」


魔力炉の上部から、冷酷な声が響き渡った。


蓮たちが見上げると、そこには、教団の「使徒」ルシフェルが立っていた。


「……ルシフェル! ……ヨーロッパで逃げたと思ったら、こんなところにいやがったか!」


蓮が、ルシフェルを睨みつける。


「……逃げたのではない。……アリスの回収という目的を果たしたから、撤退したまでだ」


ルシフェルが、傲慢な笑みを浮かべる。


「……アリスはどこだ! ……あの子を返せ!」


蓮が、叫ぶ。


「……アリスなら、すでに『神の降臨』の儀式のために、別の場所へ移送した。……お前たちがここに来たところで、もう手遅れだ」


ルシフェルが、残酷な事実を告げる。


「……なんだと……!」


蓮が、絶望に目を見開く。


「……だが、お前たちがここに来たことは、無駄ではない。……第二の特異点候補、神谷透。……お前も、ここで回収させてもらう」


ルシフェルの視線が、透に突き刺さる。


「……ひっ……!」


透が、ルシフェルの圧倒的な威圧感に後ずさりする。


「……神谷には指一本触れさせねえ! ……結月、凛音、神谷! ……作戦変更だ! ……ルシフェルを倒して、魔力炉を破壊するぞ!」


蓮が、ルシフェルに向かって跳躍する。


「……愚かな。……俺の『重力操作』の前に、お前たちの攻撃など無意味だ」


ルシフェルが、手を軽く振るう。


直後、蓮の身体に、凄まじい重力がのしかかった。


「……ぐはっ……!」


蓮が、空中で体勢を崩し、地面に叩きつけられる。


「……蓮!」


結月が、蓮を助けようと駆け寄る。


「……お前も、這いつくばれ」


ルシフェルが、結月にも重力をかける。


「……きゃあっ……!」


結月も、重力に押し潰され、地面に倒れ込む。


「……くそっ! ……『雷撃』――超電磁砲!」


凛音が、ルシフェルに向けてレーザーを放つ。


しかし、レーザーはルシフェルの周囲の重力場によって軌道を曲げられ、明後日の方向へと飛んでいってしまった。


「……無駄だと言ったはずだ。……俺の重力場は、光すらも歪める」


ルシフェルが、冷笑する。


「……そんな……。どうすればいいのよ……!」


凛音が、絶望的な表情になる。


蓮、結月、凛音の三人が、ルシフェルの重力操作によって完全に無力化されてしまった。


残されたのは、まだ魔法の制御もままならない透だけだった。


「……さあ、神谷透。……大人しく俺についてこい。……そうすれば、こいつらの命だけは助けてやろう」


ルシフェルが、透に手を差し伸べる。


「……僕が……行けば……みんなを助けてくれるんですか……?」


透が、震える声で尋ねる。


「……神谷! ……行くな! ……奴の言葉を信じるな!」


蓮が、重力に耐えながら叫ぶ。


「……でも、このままじゃ、みんな殺されちゃう……!」


透が、涙を流しながら蓮を見る。


「……俺たちは、お前を守るって約束したんだ! ……お前が犠牲になるくらいなら、俺は……!」


蓮が、血を吐きながらも、必死に立ち上がろうとする。


その蓮の姿を見て、透の心に、ある感情が芽生えた。


(……九条くんは、自分の命を懸けて、僕を守ろうとしてくれてる……。それなのに、僕は……また逃げるのか……?)


透は、これまでの自分の人生を振り返った。

いじめられても、誰にも助けを求めず、ただ逃げ続けてきた。

自分の力に怯え、自分自身を否定し続けてきた。


(……もう、逃げたくない。……僕も、誰かを守れるようになりたい……!)


透の瞳に、強い決意の光が宿った。


「……僕は、行かない。……九条くんたちと一緒に、アリスちゃんを助けるんだ!」


透が、ルシフェルに向かって叫ぶ。


「……愚かな選択だ。……ならば、お前もここで死ね」


ルシフェルが、透に向けて重力を放つ。


しかし、透の周囲の空間が歪み、ルシフェルの重力を相殺した。


「……何……!?」


ルシフェルが、驚愕に目を見開く。


「……僕の『事象の地平』は、僕の意志でコントロールする! ……みんなを、守るために!」


透が、両手を前に突き出す。


透の「事象の地平」が、ルシフェルの重力場を押し返し始めた。


「……馬鹿な。……特異点の力が、俺の重力操作を上回るというのか……!」


ルシフェルが、焦りの表情を浮かべる。


「……今だ、蓮! ……ルシフェルを!」


透が、限界に近い状態で叫ぶ。


「……よくやった、神谷! ……お前の想い、確かに受け取ったぜ!」


蓮が、透の作り出した重力の空白地帯を駆け抜ける。


「……『残響』――全式共鳴・絶華ぜっか!」


蓮が、結月、凛音、そして透の魔力を共鳴させた、渾身の一撃をルシフェルに叩き込む。


「……ぐあああああッ!」


ルシフェルが、蓮の剣撃をまともに受け、吹き飛ばされる。


「……やった……!」


蓮が、肩で息をしながら着地する。


「……九条くん……」


透が、力を使い果たし、その場にへたり込む。


「……よく頑張ったな、神谷。……お前はもう、立派な俺たちの仲間だ」


蓮が、透に駆け寄り、その肩を抱きしめる。


「……はい……!」


透が、涙を流しながら微笑む。


ルシフェルを撃退した蓮たちは、四つの制御装置を同時に破壊し、魔力炉を停止させることに成功した。


施設の結界が消滅し、シロからの通信が回復する。


『……蓮、結界の消滅を確認しました。……しかし、ルシフェルの言う通り、アリスはすでに別の場所へ移送されたようです』


シロの報告に、蓮は悔しさに唇を噛む。


「……くそっ。……一足遅かったか」


蓮が、拳を壁に叩きつける。


「……蓮、落ち込んでいる暇はありません。……教団の『神の降臨』の儀式を阻止するためには、次の手がかりを見つけなければ」


結月が、冷静に言う。


「……ああ、分かってる。……絶対に、アリスを取り戻す」


蓮が、決意を新たに立ち上がる。


アリス奪還作戦は、失敗に終わった。

しかし、透という新たな戦力を得た蓮たちは、教団との最終決戦に向けて、さらなる過酷な戦いへと身を投じていくことになる。




魔力炉の破壊から数時間後。

蓮たちは、対魔局のステルス輸送機で日本への帰路についていた。


機内には、重苦しい沈黙が漂っている。

アリスを奪還できなかったという事実が、蓮たちの心に重くのしかかっていた。


「……ごめんなさい。……僕が、もっと早く力をコントロールできていれば……」


透が、うつむき加減で呟く。


「……お前のせいじゃない。……むしろ、お前がルシフェルの重力を相殺してくれなかったら、俺たちは全滅してた。……よくやったよ」


蓮が、透の頭をポンと撫でる。


「……でも、アリスちゃんは……」


透が、悔しそうに唇を噛む。


「……必ず助け出す。……教団が『神の降臨』の儀式を行う前に、絶対にな」


蓮が、力強く宣言する。


「……蓮、シロからの報告です。……魔力炉のデータサーバーから、教団の次の目的地のヒントになるかもしれない情報を引き出したそうです」


結月が、タブレットを見ながら言う。


「……本当か!? ……どこだ?」


蓮が、身を乗り出す。


「……『星の揺り籠』……。データには、そう記されていたそうです。……具体的な場所はまだ特定できていませんが、シロとアランが解析を急いでいます」


結月が、報告する。


「……星の揺り籠、か。……教団らしい、仰々しい名前だな」


蓮が、腕を組む。


「……儀式を行うための、特別な場所なのかしらね」


凛音が、首を傾げる。


「……いずれにせよ、そこが教団の真の本拠地である可能性が高い。……シロたちの解析を待とう」


蓮が、シートに深く背中を預ける。


その時、蓮の隣に座っていた結月が、小さく身震いをした。


「……結月? ……どうした、寒いのか?」


蓮が、結月の様子に気づく。


「……いえ、大丈夫です。……少し、魔力を使いすぎただけですから」


結月が、気丈に振る舞うが、その顔色は青白かった。


「……嘘つけ。……お前、ルシフェルの重力に押し潰された時、かなり無理してただろ」


蓮が、結月の額に手を当てる。

結月の体温は、氷のように冷たかった。


「……蓮……」


結月が、蓮の手に自分の手を重ねる。


「……お前の『絶対零度』の代償は、感情の喪失だけじゃない。……魔力を使いすぎれば、肉体まで凍りついていくんだろ」


蓮が、心配そうに結月を見つめる。


「……ご存知だったのですね」


結月が、少しだけ驚いたように言う。


「……紗綾局長から聞いた。……お前、なんでそんな大事なこと、黙ってたんだよ」


蓮が、少しだけ声を荒らげる。


「……心配、かけたくなかったからです。……それに、私は……」


結月が、言葉を濁す。


「……それに、なんだよ」


蓮が、結月の言葉を促す。


「……私は、感情を失っているはずなのに……。蓮が傷つくのを見ると、胸が痛くなるんです。……蓮を守るためなら、自分の体がどうなってもいいって……そう思ってしまうんです」


結月が、蓮の目を真っ直ぐに見つめて告白する。


「……結月……」


蓮は、結月の言葉に言葉を失った。

感情を失っているはずの結月が、自分に対してそれほどまでに強い想いを抱いてくれている。

その事実が、蓮の心を強く揺さぶった。


「……馬鹿野郎。……お前が死んだら、俺が悲しむだろ。……俺を守るために、自分を犠牲にするなんて、絶対に許さねえからな」


蓮が、結月の手を強く握り返す。


「……蓮……」


結月の目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。


「……泣くなよ。……お前には、笑顔の方が似合う」


蓮が、結月の涙を指で拭う。


「……はい……」


結月が、少しだけ頬を染めて微笑む。


「……ちょっと、二人とも。……透くんが見てる前で、イチャイチャしないでよね」


凛音が、呆れたようにため息をつく。


「……あ、いや、僕は全然気にしてませんから! ……どうぞ続けてください!」


透が、慌てて顔を覆う。


「……イチャイチャしてねえよ! ……ただの、チームメイトとしての確認だ!」


蓮が、顔を赤くして否定する。


「……はいはい。……そういうことにしておくわ」


凛音が、肩をすくめる。


機内に、少しだけ温かい空気が戻った。


しかし、蓮の心の中には、結月の代償に対する不安が深く刻み込まれていた。

教団との戦いが激化すればするほど、結月は魔力を使い、その肉体を凍らせていくことになる。


(……俺が、もっと強くならなきゃダメだ。……結月に、これ以上無理をさせないためにも)


蓮は、心の中で強く誓った。


「星の揺り籠」での最終決戦に向けて、蓮たちはそれぞれの想いを胸に、日本への帰路を急いだ。





【第23章終了】





【第23章登場魔法・用語解説】


「事象の地平」:特異点候補であるアリスや透が、無意識のうちに作り出す精神世界および空間の歪み。透は、仲間を守るという強い意志によって、この力をある程度コントロールすることに成功した。


「重力操作」:教団の「使徒」ルシフェルが使用する魔法。対象に凄まじい重力をかけたり、重力場を歪めて攻撃を逸らしたりすることができる。光すらも歪めるほどの強力な魔法。


「絶対零度の代償」:結月の魔法の代償。感情の喪失だけでなく、魔力を過剰に消費すると、自身の肉体までが凍りついていくという危険な副作用があることが判明した。



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