第22章:帰還と新たな波紋
第22章:帰還と新たな波紋
一
対魔局ヨーロッパ支部での襲撃から数日後。
蓮たちは、厳重な警護のもと、日本への帰還を果たしていた。
東京・霞が関。
対魔局本部の地下深くにある特別会議室で、蓮、結月、凛音の三人は、紗綾局長と向かい合っていた。
「……まずは、無事の帰還を労うわ。……ヨーロッパでの任務、ご苦労様」
紗綾が、労いの言葉をかける。
「……ありがとうございます。……でも、ルシフェルを取り逃がしたのは痛手でした」
蓮が、悔しそうに言う。
「……気にする必要はないわ。……『使徒』クラスの幹部を相手に、全員が生還できただけでも奇跡に近い。……それに、アリスを無事に保護できたことが最大の成果よ」
紗綾が、手元のタブレットを操作する。
モニターには、対魔局の特別保護施設で眠るアリスの姿が映し出された。
「……アリスの様子は?」
結月が、尋ねる。
「……肉体的な疲労は回復しつつあるわ。……ただ、精神的なケアには時間がかかりそうね。……彼女の『事象の地平』は、感情の起伏に直結している。……不用意に刺激すれば、また暴走しかねない」
紗綾が、厳しい表情で言う。
「……俺たちが、あの子の側にいてやれればいいんですけど」
蓮が、モニターのアリスを見つめる。
「……気持ちは分かるけど、あなたたちには次の任務があるわ。……ヨーロッパ支部での情報漏洩の件、そして……日本国内で確認された、第二の特異点候補の件よ」
紗綾が、モニターの映像を切り替える。
映し出されたのは、日本のどこかの街角の監視カメラ映像だった。
そこには、制服姿の少年が、路地裏で数人の不良たちに絡まれている様子が映っていた。
「……この少年が、第二の特異点候補ですか?」
凛音が、映像を食い入るように見る。
「……ええ。……名前は、神谷透。……都内の高校に通う、ごく普通の高校生よ」
紗綾が、少年のプロフィールを表示する。
「……普通の高校生……。でも、魔力波長は特異点クラスなんですよね?」
結月が、確認する。
「……そうよ。……ただ、彼自身はまだ自分の力に気づいていない可能性が高い。……映像の続きを見て」
紗綾が、映像を再生する。
不良の一人が、透に殴りかかろうとした瞬間。
透の周囲の空間が、一瞬だけ歪んだ。
直後、不良たちは何かに弾き飛ばされるように、路地裏の壁に激突した。
「……これは……!」
蓮が、目を見開く。
「……無意識の防衛本能による、空間の歪曲……。アリスの『事象の地平』と似ていますが、より攻撃的ですね」
結月が、冷静に分析する。
「……ええ。……教団も、すでにこの少年の存在に気づいているはずよ。……彼らが接触する前に、私たちが保護しなければならない」
紗綾が、蓮たちを見つめる。
「……分かりました。……俺たちが、その少年を保護します」
蓮が、力強く頷く。
「……頼んだわよ。……透の通う高校に、あなたたちを潜入させる手配は済んでいるわ」
紗綾が、三人に学生証と制服の入ったケースを渡す。
「……潜入って……。俺たち、もう高校生って歳じゃないですよ?」
蓮が、制服を見て苦笑する。
「……細かいことは気にしないの。……結月と凛音は、まだ十分に通用するわよ」
紗綾が、結月と凛音を見て微笑む。
「……私は、任務であれば何でも着ます」
結月が、淡々と答える。
「……ちょっと、局長! ……私も、まだピチピチの女子高生でいけるってことですよね!?」
凛音が、少しだけ顔を赤らめる。
「……ええ、もちろんよ。……さあ、準備にかかってちょうだい。……作戦開始は、明日の朝よ」
紗綾が、会議の終了を告げる。
新たな特異点候補、神谷透。
彼を巡る教団との水面下の戦いが、今、始まろうとしていた。
二
翌朝。
都内にある私立高校の校門前。
蓮、結月、凛音の三人は、真新しい制服に身を包み、登校する生徒たちの波に紛れていた。
「……なんか、落ち着かねえな」
蓮が、ネクタイを緩めながら周囲を見回す。
「……蓮、ネクタイが曲がっています。……だらしないですよ」
結月が、蓮のネクタイを直す。
「……お、おう。……サンキュ」
蓮が、少しだけ照れくさそうに顔を逸らす。
「……ちょっと、二人とも。……朝からイチャイチャしないでよね。……目立っちゃうでしょ」
凛音が、呆れたようにため息をつく。
「……イチャイチャなんてしてねえよ! ……ただの身だしなみチェックだろ!」
蓮が、慌てて否定する。
「……そうです。……任務に支障をきたさないための、最低限の確認です」
結月が、真顔で答える。
「……はいはい。……そういうことにしておくわ」
凛音が、肩をすくめる。
三人は、シロとアランからの通信を待っていた。
『……蓮、聞こえますか? ……ターゲットの神谷透が、校門を通過しました』
シロの冷静な声が、インカム越しに響く。
「……了解。……俺たちも、後を追う」
蓮が、透の姿を探す。
少し離れた場所を、うつむき加減で歩く少年の姿があった。
監視カメラの映像で見た、神谷透だ。
「……あいつか。……確かに、普通の高校生にしか見えねえな」
蓮が、透の後ろ姿を見つめる。
「……でも、彼の周囲には、微弱ですが特異点特有の魔力波長が漂っています。……間違いありません」
結月が、魔力探知の魔法で確認する。
「……よし。……まずは、あいつのクラスに潜入して、様子を探るぞ」
蓮が、結月と凛音に合図を送る。
三人は、透と同じクラスに転校生として編入する手配になっていた。
教室に入ると、担任の教師が三人を生徒たちに紹介した。
「……今日から、このクラスに編入することになった三人だ。……仲良くしてやってくれ」
担任の言葉に、教室中がざわめく。
「……うわ、あの転校生、超イケメンじゃん!」
「……隣の女の子たちも、すっごい可愛い!」
「……モデルかなんかか?」
生徒たちの視線が、三人に集中する。
「……九条蓮です。……よろしく」
蓮が、無難に挨拶をする。
「……白石結月です。……よろしくお願いします」
結月が、淡々と頭を下げる。
「……天海凛音よ! ……みんな、よろしくね!」
凛音が、愛想よく笑顔を振りまく。
三人の挨拶に、教室はさらに盛り上がった。
「……よし、それじゃあ席だが……。神谷、お前の隣と後ろが空いてるな。……そこに座ってくれ」
担任が、透の席を指差す。
「……はい」
透が、小さく返事をする。
蓮たちは、透の周囲の席に座った。
「……よろしくな、神谷」
蓮が、透に声をかける。
「……あ、うん。……よろしく」
透が、少しだけ驚いたように蓮を見る。
透の目は、どこか怯えているようだった。
周囲の人間を、無意識に警戒しているような、そんな目だ。
(……こいつ、何かを恐れてるのか……?)
蓮が、透の様子を観察する。
授業が始まり、蓮たちは普通の高校生として振る舞いながら、透の監視を続けた。
三
昼休み。
蓮たちは、屋上でシロとアランに状況を報告していた。
「……今のところ、教団の動きはねえ。……透の様子も、特に変わったところはないな」
蓮が、サンドイッチをかじりながら言う。
『……了解しました。……しかし、油断は禁物です。……教団は、いつ接触してくるか分かりません』
シロが、注意を促す。
『……俺の方でも、学校周辺の監視カメラをハッキングして、不審な人物がいないかチェックしてる。……何かあれば、すぐに知らせるよ』
アランが、頼もしい声で言う。
「……ああ、頼む」
蓮が、インカムを切る。
「……蓮、透くんのことですが……。彼は、クラスの中で孤立しているようです」
結月が、お茶を飲みながら言う。
「……ああ、俺も気になってた。……誰とも話そうとしないし、周りもあいつを避けてるみたいだったな」
蓮が、思い出すように言う。
「……監視カメラの映像でも、不良に絡まれてたしね。……もしかして、いじめられてるのかしら?」
凛音が、心配そうに顔をしかめる。
「……いじめ、か。……もしそうなら、あいつの精神状態はかなり不安定なはずだ。……『事象の地平』が暴走する危険性も高まる」
蓮が、深刻な表情になる。
「……私たちが、彼に接触して、話を聞いてみるべきかもしれません」
結月が、提案する。
「……そうだな。……放課後、あいつを捕まえて話を聞いてみよう」
蓮が、頷く。
放課後。
蓮たちは、足早に教室を出て行く透の後を追った。
透は、学校の裏手にある古い神社の境内へと向かっていた。
「……神谷」
蓮が、透の背中に声をかける。
「……えっ? ……九条くん……?」
透が、驚いて振り返る。
「……ちょっと、話があるんだけど。……いいか?」
蓮が、透に近づく。
「……話って……何?」
透が、警戒するように一歩下がる。
「……警戒しなくていい。……俺たちは、お前の敵じゃない」
蓮が、両手を上げて敵意がないことを示す。
「……敵じゃない……? ……どういうこと?」
透が、戸惑う。
「……単刀直入に言う。……お前、最近、自分の周りで変なことが起きてないか?」
蓮が、透の目を見つめる。
「……変なこと……?」
透の顔が、サッと青ざめる。
「……例えば、お前をいじめてた連中が、突然吹き飛ばされたりとか」
蓮が、核心を突く。
「……なんで、それを……!」
透が、後ずさりする。
「……俺たちは、そういう『不思議な力』を調査してる組織の人間だ。……お前には、その力がある」
蓮が、静かに告げる。
「……僕に……力……? ……嘘だ! ……あんなの、ただの偶然だ!」
透が、頭を抱えてしゃがみ込む。
「……偶然じゃない。……お前の中には、世界を書き換えるほどの強大な力が眠ってるんだ」
蓮が、透の肩に手を置く。
「……やめてくれ! ……僕に触るな!」
透が、蓮の手を振り払う。
直後、透の周囲の空間が、激しく歪み始めた。
「……なっ……!」
蓮が、空間の歪みに弾き飛ばされる。
「……蓮!」
結月が、蓮を支える。
「……くそっ! ……感情の昂りで、力が暴走し始めてる!」
蓮が、体勢を立て直す。
「……僕に近づくな! ……僕は……僕は……化け物なんかじゃない!」
透が、涙を流しながら叫ぶ。
透の周囲の空間の歪みは、さらに大きくなり、神社の木々をなぎ倒し始めた。
「……このままじゃ、周囲に被害が出るわ! ……蓮、どうするの!?」
凛音が、風圧に耐えながら叫ぶ。
「……止めるしかねえ! ……結月、凛音、サポート頼む!」
蓮が、共鳴剣を抜く。
「……了解しました。……『氷結』――絶対零度・氷壁!」
結月が、透の周囲に氷の壁を作り出し、空間の歪みを物理的に抑え込もうとする。
「……『雷撃』――超電磁砲・牽制射撃!」
凛音が、レールガンから威力を抑えたレーザーを放ち、透の意識を逸らそうとする。
「……神谷! ……落ち着け! ……俺たちは、お前を助けたいんだ!」
蓮が、氷の壁を越えて、透に近づこうとする。
しかし、透の「事象の地平」は、結月の氷壁を容易く粉砕し、蓮に迫る。
「……ぐっ……!」
蓮が、空間の歪みに飲み込まれそうになる。
その時だった。
「……そこまでだ。……特異点候補よ」
神社の鳥居の上に、黒いローブを着た男が立っていた。
「……お前は……!」
蓮が、男を睨みつける。
男は、教団の幹部であることを示す、銀色の仮面をつけていた。
「……俺は、教団の『使徒』に仕える者。……名を、ザイードという」
男が、冷酷な笑みを浮かべる。
「……教団の連中か! ……こんな時に!」
蓮が、舌打ちをする。
「……その少年は、我々が頂く。……神の御心のために」
ザイードが、透に向かって手を伸ばす。
暴走する透の力と、教団の幹部ザイード。
蓮たちは、この最悪の状況をどう切り抜けるのか。
第二部の新たな戦いが、今、火蓋を切った。
四
「……神の御心だと? ……ふざけるな!」
蓮が、ザイードに向かって共鳴剣を振るう。
「『残響』――風刃!」
真空の刃がザイードに向かって飛ぶが、彼は軽く身を躱して鳥居から飛び降りた。
「……血の気の多い犬だな。……だが、俺の相手はお前ではない」
ザイードの視線は、暴走を続ける透に固定されていた。
「……僕に……近づくなあああッ!」
透が絶叫すると、彼の周囲の空間がさらに激しく歪み、地面がすり鉢状に抉れ始めた。
「……素晴らしい。……これほど純粋な『事象の地平』は、あのアリスという少女以来だ」
ザイードが、恍惚とした表情で歪む空間を見つめる。
「……結月、凛音! ……ザイードを抑えろ! 俺は透を止める!」
蓮が指示を飛ばす。
「……了解しました。……『氷結』――絶対零度・氷槍雨!」
結月が、無数の氷の槍をザイードに降り注がせる。
「……『雷撃』――超電磁砲・連射!」
凛音も、レールガンから連続してレーザーを放つ。
「……鬱陶しい蠅どもめ。……『影縛』――暗黒領域!」
ザイードが杖を振るうと、彼の足元の影が急激に広がり、結月の氷槍と凛音のレーザーを飲み込んでしまった。
「……魔法を……飲み込んだ!?」
凛音が驚愕の声を上げる。
「……俺の魔法は、あらゆるエネルギーを影の中に封じ込める。……お前たちの魔法など、俺には通じない」
ザイードが冷笑する。
「……厄介な能力ですね。……物理攻撃ならどうですか!」
結月が、氷の短剣を手にザイードに肉薄する。
「……無駄だ」
ザイードが影の一部を実体化させ、結月の短剣を受け止める。
一方、蓮は暴走する透の「事象の地平」に少しずつ近づいていた。
「……神谷! ……俺の声が聞こえるか!」
蓮が、空間の歪みに耐えながら叫ぶ。
「……うるさい! ……みんな、僕をいじめるんだ! ……僕なんか、いなくなればいいんだ!」
透の悲痛な叫びが、空間の歪みをさらに加速させる。
(……こいつ、自分の存在そのものを否定しようとしてるのか……!)
蓮は、透の心の闇の深さに戦慄した。
アリスの暴走が「恐怖」から来るものだったのに対し、透の暴走は「自己否定」から来ている。
このままでは、透自身が「事象の地平」に飲み込まれ、消滅してしまうかもしれない。
「……ふざけんな! ……いなくなっていい人間なんて、いるわけねえだろ!」
蓮が、一歩、また一歩と透に近づく。
「……来ないで! ……僕に触ると、君も消えちゃうよ!」
透が、涙ながらに警告する。
「……消えねえよ。……俺は、お前を助けるって決めたんだ!」
蓮が、空間の歪みに手を伸ばす。
「……ぐあああっ……!」
蓮の右腕が、空間の歪みに触れた瞬間、激しい痛みが走った。
まるで、見えない無数の刃で肉を削がれているような感覚だ。
「……蓮!」
結月が、ザイードと交戦しながら悲鳴を上げる。
「……馬鹿な奴だ。……特異点の暴走に生身で触れれば、存在そのものが削り取られるぞ」
ザイードが、嘲笑う。
「……うるせえ! ……これくらい、どうってことねえ!」
蓮は、痛みに耐えながら、さらに腕を伸ばす。
「……なんで……なんで、そこまでして……」
透が、信じられないという表情で蓮を見る。
「……俺も、昔は自分の力が怖かった。……大切なものを傷つけちまうかもしれないって、ずっと怯えてた」
蓮が、血を流しながら微笑む。
「……でも、仲間が教えてくれたんだ。……力は、誰かを守るために使うものだってな」
蓮の手が、透の肩に触れた。
「……だから、お前も一人で抱え込むな。……俺たちが、お前の力になってやる」
蓮の言葉が、透の心に真っ直ぐに届いた。
「……九条くん……」
透の目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
その瞬間、透の周囲で荒れ狂っていた空間の歪みが、嘘のようにピタリと止まった。
「……止まった……?」
凛音が、信じられないという表情で呟く。
「……蓮の想いが、彼の『事象の地平』を鎮めたのですね」
結月が、安堵の息を吐く。
「……馬鹿な。……特異点の暴走を、言葉だけで止めたというのか……!」
ザイードが、驚愕に目を見開く。
「……悪いな、ザイード。……こいつは、俺たちが保護する」
蓮が、透を庇うように前に立つ。
「……チッ。……今日はここまでにしておこう。……だが、我々は諦めないぞ」
ザイードが、影の中に沈み込むようにして姿を消した。
「……逃げられたか。……まあいい、今は神谷の保護が最優先だ」
蓮が、共鳴剣を鞘に収める。
「……九条くん……。ごめんなさい……僕のせいで、怪我を……」
透が、蓮の血まみれの右腕を見て泣きじゃくる。
「……気にするな。……これくらい、結月に治してもらうから」
蓮が、透の頭をポンと撫でる。
「……はい。……すぐに治療します」
結月が、蓮の右腕に治癒魔法をかける。
「……ありがとう、結月」
蓮が、結月に微笑む。
「……どういたしまして」
結月が、少しだけ頬を染める。
「……はいはい、そこまで。……とりあえず、神谷くんを安全な場所に連れて行きましょう」
凛音が、呆れたように言う。
蓮たちは、透を連れて、対魔局の隠しセーフハウスへと向かった。
五
対魔局の隠しセーフハウス。
透は、温かいココアを飲みながら、少し落ち着きを取り戻していた。
「……落ち着いたか?」
蓮が、透の向かいに座る。
「……はい。……あの、本当にごめんなさい。……僕、自分が何をしてるのか分からなくて……」
透が、申し訳なそうにうつむく。
「……お前のせいじゃない。……お前の中に眠ってる力が、感情に反応して暴走しただけだ」
蓮が、優しく言う。
「……僕の力……。あの黒い服の人たちは、僕の力を狙ってたんですか?」
透が、不安そうに尋ねる。
「……ああ。……奴らは『教団』っていう組織で、お前みたいな力を持った人間を集めて、何か企んでるらしい」
蓮が、教団について簡単に説明する。
「……そんな……。僕、どうなっちゃうんですか……?」
透が、震える声で言う。
「……心配するな。……俺たちが、お前を絶対に守る。……だから、俺たちを信じてくれ」
蓮が、透の目を見つめる。
「……九条くん……」
透が、蓮の真っ直ぐな瞳を見て、少しだけ安心したように頷く。
「……透くん。……あなたの力は、使い方次第で世界を救うことも、滅ぼすこともできます。……私たちが、その力のコントロール方法を教えます」
結月が、静かに言う。
「……僕にも、コントロールできるんでしょうか……?」
透が、自信なさげに尋ねる。
「……できるわよ! ……蓮だって、最初は全然ダメだったんだから!」
凛音が、明るく励ます。
「……おい、余計なこと言うなよ」
蓮が、苦笑する。
「……ふふっ。……皆さん、本当に仲が良いんですね」
透が、初めて少しだけ笑った。
「……まあな。……色々あったけど、今は最高のチームだ」
蓮が、結月と凛音を見て微笑む。
その時、部屋のモニターに紗綾局長の顔が映し出された。
『……蓮、状況はどう?』
紗綾が、尋ねる。
「……神谷透の保護に成功しました。……教団の幹部ザイードと接触しましたが、撃退しました」
蓮が、報告する。
『……そう。……よくやったわ。……透くん、対魔局へようこそ。……私たちが、あなたを全力でサポートするわ』
紗綾が、透に微笑みかける。
「……よろしくお願いします……」
透が、緊張した面持ちで頭を下げる。
『……蓮、透くんの保護は完了したけれど、教団の動きが活発化しているわ。……ヨーロッパ支部からの情報漏洩の件も、まだ解決していない。……引き続き、警戒を怠らないで』
紗綾が、厳しい表情で指示を出す。
「……了解しました」
蓮が、頷く。
通信が切れ、部屋に静寂が戻る。
「……さて、これから忙しくなりそうだな」
蓮が、大きく伸びをする。
「……ええ。……透くんの訓練と、教団への対策。……やるべきことは山積みです」
結月が、タブレットでスケジュールを確認する。
「……まずは、透くんに魔法の基礎を教えないとね!」
凛音が、張り切って言う。
第二の特異点候補、神谷透を仲間に加えた蓮たち。
しかし、教団の魔の手は、確実に彼らに迫っていた。
そして、ヨーロッパで眠るアリスの身にも、新たな危機が訪れようとしていた。
第二部の物語は、ここからさらに加速していく。
六
その頃、ヨーロッパの対魔局特別保護施設。
厳重なセキュリティに守られた地下深くの病室で、アリスは静かに眠り続けていた。
病室の外では、数名の対魔局員が24時間体制で警備に当たっている。
「……異常なし。……アリスの魔力波長も安定している」
警備員の一人が、モニターを確認しながら同僚に告げる。
「……ああ。……しかし、いつ教団が襲ってくるか分からない。……気は抜けないぞ」
同僚が、神経質に周囲を見回す。
その時、施設の照明が突然明滅し、警報のサイレンが鳴り響いた。
『……緊急事態発生! ……施設内に侵入者あり! ……繰り返す、施設内に侵入者あり!』
アナウンスの声が、施設内に響き渡る。
「……来たか!」
警備員たちが、一斉に武器を構える。
しかし、彼らの前に現れたのは、教団の黒いローブを着た兵士たちではなかった。
「……なんだ、あいつは……?」
警備員の一人が、信じられないという表情で呟く。
通路の奥から歩いてきたのは、一人の少女だった。
銀色の髪に、透き通るような白い肌。
そして、その瞳は、感情の欠落した虚ろな色をしていた。
「……止まれ! ……それ以上近づけば、撃つぞ!」
警備員が、少女に銃口を向ける。
少女は、立ち止まることなく、ゆっくりと歩みを進める。
「……撃て!」
警備員たちが、一斉に発砲する。
しかし、放たれた銃弾は、少女の数メートル手前で、見えない壁に阻まれたように空中で静止した。
「……なっ……!?」
警備員たちが、驚愕の声を上げる。
「……邪魔」
少女が、ぽつりと呟く。
直後、空中で静止していた銃弾が、凄まじい速度で警備員たちに跳ね返った。
「……ぐあああっ!」
警備員たちが、次々と倒れ込む。
少女は、倒れた警備員たちを一瞥することもなく、アリスの眠る病室の扉の前に立った。
「……ここね」
少女が、扉に手を触れる。
分厚い鋼鉄の扉が、まるで紙のように容易く引き裂かれた。
病室の中に入った少女は、ベッドで眠るアリスを見下ろす。
「……あなたが、第一の特異点……」
少女が、アリスの頬に手を伸ばす。
その時、アリスが目を覚ました。
「……だれ……?」
アリスが、怯えたように少女を見る。
「……私は、イヴ。……あなたを、迎えに来た」
少女――イヴが、感情のない声で告げる。
「……いや……! ……こないで……!」
アリスが、ベッドの隅に逃げ込む。
アリスの恐怖に呼応して、彼女の周囲の空間が歪み始める。
「事象の地平」の暴走だ。
しかし、イヴは全く動じることなく、アリスの空間の歪みに手を差し入れた。
「……無駄よ。……私の『絶対切断』の前では、どんな事象も意味を持たない」
イヴの手が、アリスの空間の歪みを、文字通り「切り裂いた」。
「……えっ……?」
アリスが、信じられないという表情でイヴを見る。
「……さあ、行きましょう。……神が、あなたを待っている」
イヴが、アリスの腕を掴む。
「……いやあああっ! ……蓮! 助けて!」
アリスの悲鳴が、病室に響き渡る。
しかし、その声が蓮に届くことはなかった。
イヴは、アリスを抱え上げると、そのまま空間を切り裂いて姿を消した。
後に残されたのは、破壊された病室と、倒れた警備員たちだけだった。
七
日本、対魔局の隠しセーフハウス。
蓮たちは、透の訓練計画について話し合っていた。
「……まずは、魔力の制御からだな。……感情に流されずに、一定の魔力を保つ訓練だ」
蓮が、ホワイトボードに図を書きながら説明する。
「……はい。……頑張ります」
透が、真剣な表情で頷く。
「……透くんなら、きっとすぐにできるようになりますよ」
結月が、優しく微笑む。
その時、部屋のモニターが突然切り替わり、紗綾局長の顔が映し出された。
『……蓮! ……緊急事態よ!』
紗綾の顔は、これまでにないほど蒼白だった。
「……局長? ……どうしたんですか?」
蓮が、ただならぬ気配を感じて立ち上がる。
『……ヨーロッパの特別保護施設が襲撃されたわ。……アリスが……教団に連れ去られた!』
紗綾の言葉に、蓮たちは息を呑んだ。
「……なんだと!? ……ルシフェルがまた現れたのか!?」
蓮が、モニターに詰め寄る。
『……いいえ。……襲撃したのは、ルシフェルじゃない。……銀髪の少女よ。……彼女は、アリスの「事象の地平」を完全に無効化して、連れ去ったわ』
紗綾が、監視カメラの映像を再生する。
映像には、イヴがアリスの空間の歪みを切り裂き、連れ去る様子がはっきりと映っていた。
「……事象の地平を……切り裂いた……?」
結月が、信じられないという表情で映像を見る。
「……こんな化け物が、教団にはまだいるのかよ……!」
蓮が、拳を強く握りしめる。
『……教団は、アリスと透、二人の特異点を揃えようとしている。……もし彼らの目的が達成されれば、世界は取り返しのつかないことになるわ』
紗綾が、厳しい表情で言う。
「……アリス……」
蓮が、悔しさに唇を噛む。
「……九条くん……。アリスちゃんって……」
透が、不安そうに蓮を見る。
「……俺たちが保護してた、もう一人の特異点だ。……あの子も、お前と同じように自分の力に怯えてた」
蓮が、透に向き直る。
「……俺は、あの子を守るって約束したんだ。……絶対に、教団から取り戻す」
蓮の瞳に、強い決意の光が宿る。
「……私も、一緒に行きます。……アリスちゃんを、助けたいです」
透が、震える声で、しかしはっきりと宣言した。
「……神谷……」
蓮が、驚いたように透を見る。
「……僕も、自分の力から逃げたくない。……九条くんたちみたいに、誰かを守れるようになりたいんです」
透の言葉に、蓮は力強く頷いた。
「……分かった。……お前も、俺たちのチームだ。……一緒に、アリスを助けに行こう」
蓮が、透に手を差し出す。
「……はい!」
透が、蓮の手をしっかりと握り返す。
「……蓮、すぐに出発の準備をしましょう。……教団の拠点を特定する必要があります」
結月が、冷静に状況を整理する。
「……アランとシロに、全力で情報収集させるわ!」
凛音が、インカムのスイッチを入れる。
アリスの奪還、そして教団との全面対決。
蓮たちの新たな戦いが、今、幕を開けた。
【第22章終了】
【第22章登場魔法・用語解説】
「事象の地平」:特異点候補であるアリスや透が、無意識のうちに作り出す精神世界および空間の歪み。感情の起伏に直結しており、暴走すると周囲の現実世界を書き換えたり、破壊したりする。
「影縛」:教団の幹部ザイードが使用した魔法。自身の影を操り、相手の魔法やエネルギーを影の中に封じ込めたり、影を実体化させて物理的な防御や攻撃を行ったりする。
「絶対切断」:教団の謎の少女イヴが使用した魔法。物理的な物体だけでなく、魔法や空間の歪みなど、あらゆる事象を「切り裂く」ことができる極めて特異な能力。
ここまで読んでくれてありがとうございました!
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