第21章:古都の追撃
第21章:古都の追撃
一
ヨーロッパ某国、古都の街並み。
石畳の路地を、蓮と結月がアリスを連れて急ぎ足で歩いていた。
「……蓮、急ぎましょう。……教団の魔力波長が、複数接近しています」
結月が、タブレットを確認しながら言う。
「……ああ。……アリス、走れるか?」
蓮が、アリスの手を引く。
「……うん……」
アリスが、不安そうに頷く。
三人は、入り組んだ路地を抜け、街の外れにある廃教会へと向かった。
そこは、対魔局が用意した一時的なセーフハウスだった。
「……ここなら、少しは時間を稼げるはずだ」
蓮が、廃教会の重い扉を閉める。
「……シロ、アラン。……聞こえるか? セーフハウスに到着した」
蓮が、インカム越しに報告する。
『……確認しました。……しかし、教団の部隊はすでに街を包囲しています。……脱出ルートの確保には、少し時間がかかりそうです』
シロの冷静な声が響く。
『……くそっ! ……現地のセキュリティシステムが、教団にハッキングされてる! ……復旧させるから、少し待っててくれ!』
アランの焦った声が続く。
「……分かった。……こっちは、なんとか持ち堪える」
蓮が、インカムを切る。
「……蓮……。こわい……」
アリスが、蓮のコートの裾を掴む。
「……大丈夫だ、アリス。……俺たちが、絶対に守るから」
蓮が、アリスの頭を撫でる。
「……ええ。……安心してください」
結月が、アリスに微笑む。
その時、廃教会のステンドグラスが、けたたましい音を立てて砕け散った。
「……来たか!」
蓮が、共鳴剣を構える。
砕け散ったステンドグラスの向こうから、黒いローブを着た数人の男たちが姿を現した。
「……見つけたぞ。……特異点候補の少女だ」
男の一人が、不気味な笑みを浮かべる。
「……お前ら、教団の連中だな。……アリスには、指一本触れさせねえぞ!」
蓮が、男たちを睨みつける。
「……異端者め。……神の御心に逆らう者は、死あるのみだ」
男たちが、一斉に杖を構える。
「『爆炎』――火球!」
男たちの杖から、無数の火球が放たれる。
「『氷結』――氷壁!」
結月が、瞬時に氷の壁を作り出し、火球を防ぐ。
「……蓮、ここは私が防ぎます。……アリスを連れて、奥へ!」
結月が、叫ぶ。
「……分かった! ……無理はするなよ!」
蓮が、アリスを抱き抱え、廃教会の奥へと走る。
「……逃がすか!」
男の一人が、蓮を追おうとする。
「……させません!」
結月が、氷の短剣を構え、男の前に立ち塞がる。
「『氷結』――絶対零度・氷槍!」
結月が、無数の氷の槍を放ち、男たちを牽制する。
「……小癪な! ……『雷撃』――落雷!」
男たちが、氷の槍を雷撃で破壊しながら、結月に迫る。
結月は、一人で数人の男たちを相手に、激しい攻防を繰り広げていた。
二
一方、蓮はアリスを連れて、廃教会の地下室へと逃げ込んでいた。
「……ここまで来れば、少しは安全なはずだ」
蓮が、アリスを下ろす。
「……蓮……。あの女の人、だいじょうぶ……?」
アリスが、結月のことを心配する。
「……ああ。……結月は強いからな。……絶対に大丈夫だ」
蓮が、アリスに微笑む。
しかし、蓮の内心は焦っていた。
結月一人で、あの数の教団兵を相手にするのは、いくら彼女でも厳しいはずだ。
「……シロ、アラン。……脱出ルートはまだか!」
蓮が、インカム越しに叫ぶ。
『……申し訳ありません。……教団のハッキングが予想以上に強力で、システムの復旧に手間取っています』
シロの声が、少しだけ申し訳なさそうに響く。
『……くそっ! ……あと少しなんだ! ……あと少しで、裏口のロックを解除できる!』
アランが、必死にキーボードを叩く音が聞こえる。
「……分かった。……急いでくれ!」
蓮が、インカムを切る。
その時、地下室の扉が、激しい音を立てて吹き飛ばされた。
「……なっ!?」
蓮が、共鳴剣を構える。
土煙の中から現れたのは、先ほどの男たちとは違う、異様な雰囲気を纏った大男だった。
「……見つけたぞ。……特異点候補」
大男が、低い声で呟く。
「……お前は……!」
蓮が、大男を睨みつける。
「……俺は、教団の『使徒』に仕える者。……名を、ガルドという」
大男が、巨大な戦斧を肩に担ぐ。
「……使徒……? 教団の幹部か!」
蓮が、警戒する。
「……大人しく少女を渡せば、命だけは助けてやる」
ガルドが、戦斧を蓮に向ける。
「……ふざけるな! ……アリスは、絶対に渡さねえ!」
蓮が、共鳴剣を構え、ガルドに向かって突進する。
「『残響』――瞬動!」
蓮は風の魔法で加速し、ガルドの懐に飛び込む。
「……遅いな」
ガルドが、戦斧を軽く振るう。
「……ぐっ!」
蓮は、戦斧の風圧だけで吹き飛ばされ、壁に激突する。
「……蓮!」
アリスが、悲鳴を上げる。
「……なんて馬鹿力だ……。魔法を使わずに、これかよ……!」
蓮が、口から血を流しながら立ち上がる。
「……俺の魔法は『身体強化』だ。……俺の肉体は、鋼よりも硬く、大砲よりも重い」
ガルドが、不敵な笑みを浮かべる。
「……身体強化か。……厄介な能力だな」
蓮が、共鳴剣を強く握りしめる。
「……死ね」
ガルドが、戦斧を振り上げ、蓮に向かって跳躍する。
「『残響』――風壁!」
蓮は風の壁を展開し、ガルドの攻撃を防ごうとする。
しかし、ガルドの戦斧は、風の壁を容易く切り裂き、蓮に迫る。
「……くそっ!」
蓮は、間一髪で戦斧を躱すが、その衝撃波で再び吹き飛ばされる。
「……蓮……!」
アリスが、涙ぐむ。
「……大丈夫だ、アリス。……俺は、負けねえ……!」
蓮が、フラフラと立ち上がる。
しかし、蓮の体力は限界に近づいていた。
三
「……しぶとい奴だ。……だが、これで終わりだ」
ガルドが、再び戦斧を振り上げる。
その時、地下室の天井が崩落し、誰かが飛び降りてきた。
「……待たせたわね、蓮!」
凛音が、レールガンを構えながら着地する。
「……凛音! ……遅えよ!」
蓮が、安堵の笑みを浮かべる。
「……ごめんなさい。……外の連中を片付けるのに、少し手間取っちゃって」
凛音が、ガルドを睨みつける。
「……増援か。……だが、何人来ようと同じことだ」
ガルドが、戦斧を凛音に向ける。
「……それはどうかしら? ……『雷撃』――超電磁砲!」
凛音が、レールガンを発射する。
極太のレーザーが、ガルドに向かって放たれる。
「……甘いな」
ガルドが、戦斧でレーザーを弾き飛ばす。
「……嘘でしょ!? ……超電磁砲を弾くなんて……!」
凛音が、驚愕の声を上げる。
「……言っただろう。……俺の肉体は、鋼よりも硬いと」
ガルドが、不敵な笑みを浮かべる。
「……くそっ! ……どうすりゃいいんだ!」
蓮が、舌打ちをする。
『……蓮、凛音。……ガルドの身体強化は、魔力によって維持されています。……魔力の供給を断てば、彼の肉体は元に戻るはずです』
シロの冷静な声が、インカム越しに響く。
「……魔力の供給を断つ? ……どうやって!」
蓮が、尋ねる。
『……彼の戦斧が、魔力の供給源になっているようです。……戦斧を破壊するか、彼の手から離せば……』
シロが、分析結果を伝える。
「……なるほどな。……戦斧を狙えばいいのか」
蓮が、共鳴剣を構え直す。
「……凛音、俺が囮になる。……お前は、あいつの戦斧を狙え!」
蓮が、凛音に指示を出す。
「……分かったわ。……任せて!」
凛音が、レールガンの出力を調整する。
「……行くぞ!」
蓮が、再びガルドに向かって突進する。
「……無駄な足掻きだ」
ガルドが、戦斧を振り下ろす。
「『残響』――幻影!」
蓮は、光の屈折を利用して自身の幻影を作り出し、ガルドの攻撃を躱す。
「……チッ! ……小賢しい真似を!」
ガルドが、舌打ちをする。
「……今よ!」
凛音が、レールガンを発射する。
「『雷撃』――超電磁砲・一点集中!」
レーザーが、ガルドの戦斧の柄に命中する。
「……ぐおっ!?」
ガルドが、戦斧を取り落とす。
「……やった!」
凛音が、歓声を上げる。
「……これで、終わりだ!」
蓮が、共鳴剣を構え、ガルドに向かって跳躍する。
「『全式共鳴』――絶華!」
蓮の共鳴剣から放たれた光の刃が、ガルドの胸を切り裂く。
「……ガアアアアアッ……!」
ガルドが、悲鳴を上げながら倒れ込む。
「……ふう。……なんとかなったな」
蓮が、荒い息を吐きながら共鳴剣を下ろす。
「……ええ。……お疲れ様、蓮」
凛音が、微笑む。
「……蓮!」
アリスが、蓮に抱きつく。
「……大丈夫だ、アリス。……もう、怖くないぞ」
蓮が、アリスの頭を撫でる。
その時、地下室の奥から、結月が姿を現した。
「……蓮、凛音。……無事ですか?」
結月が、少しだけ息を切らしながら尋ねる。
「……ああ。……お前も、無事だったか」
蓮が、結月に微笑む。
「……ええ。……外の教団兵は、全て無力化しました」
結月が、淡々と報告する。
『……蓮、裏口のロックを解除した! ……早く脱出してくれ!』
アランの声が、インカム越しに響く。
「……よし。……行くぞ、みんな」
蓮が、アリスの手を引き、裏口へと向かう。
四
廃教会の裏口から脱出した蓮たちは、対魔局が用意したステルス車両に乗り込んだ。
「……ふう。……なんとか逃げ切れたな」
蓮が、座席に深く腰掛ける。
「……ええ。……でも、教団の動きが早すぎます。……私たちの情報が、漏れているのかもしれません」
結月が、タブレットを確認しながら言う。
「……情報漏洩か。……対魔局の内部に、スパイがいるってことか?」
凛音が、顔をしかめる。
「……その可能性は高いですね。……紗綾局長に報告して、調査を依頼しましょう」
結月が、言う。
「……ああ。……頼む」
蓮が、頷く。
蓮の隣では、アリスが疲れ果てて眠っていた。
「……アリス……。こんな小さな子が、教団に狙われるなんて……」
蓮が、アリスの寝顔を見つめる。
「……彼女の力は、それだけ危険だということでしょう。……事象の地平……。世界を書き換える力……」
結月が、静かに言う。
「……世界を書き換える力か。……そんな力、誰にも渡さねえよ」
蓮が、アリスの頭を優しく撫でる。
「……ええ。……私たちが、守り抜きましょう」
結月が、蓮に微笑む。
「……ちょっと、二人とも。……またイチャイチャしてるの?」
凛音が、運転席から振り返る。
「……だから、イチャイチャしてないって!」
蓮が、慌ててアリスから手を離す。
「……ふふっ。……相変わらずね」
凛音が、呆れたように笑う。
ステルス車両は、夜の闇に紛れて、対魔局のヨーロッパ支部へと向かっていた。
しかし、彼らはまだ知らなかった。
教団の真の恐ろしさを。
そして、アリスの力がもたらす、世界の亀裂を。
第二部「特異点と教団」。
新たな戦いの幕が、今、切って落とされた。
五
対魔局ヨーロッパ支部、地下の医療区画。
蓮たちは、アリスを精密検査にかけるため、医療スタッフに引き渡していた。
「……アリスの魔力波長は、今のところ安定しています。……ただ、精神的な疲労が激しいようです」
医療スタッフの報告に、蓮は安堵の息を吐いた。
「……そうか。……ゆっくり休ませてやってくれ」
蓮が、ガラス越しに眠るアリスを見つめる。
「……蓮、少し休んだ方がいいわ。……ガルドの攻撃で、肋骨にヒビが入っているんでしょう?」
凛音が、蓮の脇腹を指差す。
「……ああ、これくらい大したことねえよ。……結月の治癒魔法で、痛みは引いてるしな」
蓮が、強がるように笑う。
「……無理は禁物です。……蓮が倒れたら、誰がアリスを守るんですか」
結月が、少しだけ厳しい口調で言う。
「……分かってるよ。……少しだけ、仮眠を取る」
蓮が、苦笑しながら医療区画のソファに腰を下ろす。
「……私も、少し休みます。……魔力の消耗が激しいので」
結月が、蓮の隣に座る。
「……じゃあ、私はシロとアランのところに行ってくるわ。……情報漏洩の件、少し調べてみる」
凛音が、足早に医療区画を後にする。
静まり返った医療区画で、蓮と結月は並んで座っていた。
「……結月」
蓮が、ぽつりと口を開く。
「……はい。……何ですか?」
結月が、蓮の方を向く。
「……さっき、ガルドと戦ってた時……。お前が一人で教団兵を抑えてくれてたから、俺はアリスを守れた。……ありがとうな」
蓮が、結月の目を見つめて言う。
「……お礼を言われるようなことではありません。……それが、私の任務ですから」
結月が、少しだけ顔を伏せる。
「……任務だけじゃないだろ。……お前は、俺たちを守ろうとしてくれた」
蓮が、結月の手をそっと握る。
「……蓮……」
結月が、驚いたように蓮を見る。
「……お前が感情を取り戻し始めてから、俺は……お前が傷つくのが、前よりもずっと怖くなった」
蓮が、正直な気持ちを打ち明ける。
「……私も……同じです。……蓮が傷つくのを見ると、胸の奥がギュッと締め付けられるように痛いんです」
結月が、蓮の手を握り返す。
「……そっか。……俺たち、似た者同士だな」
蓮が、優しく微笑む。
二人の間に、穏やかな時間が流れる。
戦いの緊張から解放され、互いの温もりを感じ合う時間。
しかし、その平穏は長くは続かなかった。
六
「……蓮! 結月! 起きて!」
凛音の切羽詰まった声で、蓮は目を覚ました。
「……どうした、凛音。……何かあったのか?」
蓮が、ソファから跳ね起きる。
「……教団の連中が、この支部に侵入したわ! ……しかも、かなりの数よ!」
凛音が、息を切らしながら報告する。
「……なんだと!? ……どうやって、この地下施設に……!」
蓮が、顔をしかめる。
「……内部のセキュリティが、完全に掌握されてるの。……アランが必死に抵抗してるけど、時間の問題よ」
凛音が、レールガンを構える。
「……やっぱり、内部にスパイがいるのか……!」
蓮が、共鳴剣を抜く。
「……アリスは!?」
結月が、医療区画の奥を見る。
「……まだ眠っています。……医療スタッフが、避難カプセルに移動させているところです」
結月が、状況を確認する。
「……よし。……俺たちがここで食い止める。……アリスを絶対に守り抜け!」
蓮が、医療区画の入り口に立つ。
直後、医療区画の扉が爆破され、黒いローブを着た教団兵たちが雪崩れ込んできた。
「……特異点候補を渡せ!」
教団兵たちが、一斉に魔法を放つ。
「『残響』――風壁!」
蓮が風の壁を展開し、魔法の雨を防ぐ。
「『氷結』――絶対零度・氷結領域!」
結月が、入り口付近の空間を凍結させ、教団兵たちの動きを封じる。
「……そこよ! 『雷撃』――超電磁砲・拡散!」
凛音が、レールガンから無数のレーザーを放ち、凍結した教団兵たちを粉砕する。
三人の連携は完璧だった。
次々と押し寄せる教団兵たちを、確実に仕留めていく。
しかし、敵の数は一向に減る気配がなかった。
「……くそっ! ……キリがねえぞ!」
蓮が、共鳴剣を振り回しながら叫ぶ。
「……蓮、魔力の消耗が激しいです。……このままでは、ジリ貧です」
結月が、息を切らしながら言う。
「……分かってる! ……でも、ここで引くわけにはいかねえんだ!」
蓮が、歯を食いしばる。
その時、教団兵たちの奥から、一人の男がゆっくりと歩み出てきた。
「……ほう。……なかなかやるな、対魔局の犬ども」
男が、冷酷な笑みを浮かべる。
「……お前は……!」
蓮が、男を睨みつける。
男は、黒いローブではなく、純白の法衣を身に纏っていた。
その顔には、奇妙な幾何学模様の刺青が刻まれている。
「……俺は、教団の『使徒』。……名を、ルシフェルという」
男が、優雅にお辞儀をする。
「……使徒……! ガルドの親玉か!」
蓮が、警戒を強める。
「……ガルドは、ただの駒に過ぎない。……俺が直々に、特異点候補を迎えに来てやったのだ」
ルシフェルが、右手を軽く上げる。
直後、蓮たちの周囲の空間が、ぐにゃりと歪んだ。
「……なっ!? ……体が、重い……!」
蓮が、その場に膝をつく。
「……これは……『重力操作』の魔法……!」
結月が、苦しそうに顔を歪める。
「……くっ……! レールガンが、持ち上がらない……!」
凛音が、床に這いつくばる。
「……圧倒的だろう? ……これが、神に選ばれし者の力だ」
ルシフェルが、冷酷に見下ろす。
「……ふざけるな……! ……アリスは、渡さねえ……!」
蓮が、必死に立ち上がろうとする。
しかし、ルシフェルの重力魔法は強力で、蓮の体はピクリとも動かなかった。
「……無駄な抵抗はやめろ。……お前たちの命など、俺には何の価値もない」
ルシフェルが、蓮の頭を踏みつける。
「……ぐっ……!」
蓮が、痛みに顔を歪める。
「……蓮!」
結月が、悲痛な声を上げる。
「……さて、特異点候補はどこかな?」
ルシフェルが、医療区画の奥へと歩き出す。
「……待て……! ……行かせるか……!」
蓮が、血を吐きながら叫ぶ。
しかし、ルシフェルは振り返ることなく、アリスのいる避難カプセルへと近づいていく。
絶体絶命の危機。
蓮たちは、この圧倒的な力を持つ「使徒」を前に、どう立ち向かうのか。
第二部の真の脅威が、今、その牙を剥いた。
七
「……見つけたぞ。……特異点候補」
ルシフェルが、避難カプセルの中で眠るアリスを見下ろす。
「……やめろ……! ……アリスに触るな……!」
蓮が、重力に押し潰されながらも、必死に手を伸ばす。
「……うるさい蠅だ。……少し黙っていろ」
ルシフェルが、蓮に向かって指を弾く。
直後、蓮の周囲の重力がさらに増し、床のタイルがひび割れる。
「……ガハッ……!」
蓮が、大量の血を吐き出す。
「……蓮!」
結月が、悲鳴を上げる。
「……さて、この少女を連れて帰るとしよう。……我らが『神』のために」
ルシフェルが、避難カプセルのロックを解除しようと手を伸ばす。
その時だった。
「……蓮を……いじめないで……!」
避難カプセルの中から、小さな声が響いた。
「……ん?」
ルシフェルが、眉をひそめる。
カプセルの中で眠っていたはずのアリスが、目を覚ましていた。
その青い瞳は、怒りと悲しみに満ちていた。
「……ほう。……目覚めたか」
ルシフェルが、興味深そうにアリスを見る。
「……蓮を……はなして……!」
アリスが、カプセルのガラスを叩く。
直後、アリスの周囲の空間が、激しく歪み始めた。
「……なっ……!?」
ルシフェルが、驚愕の声を上げる。
アリスの周囲から発生した空間の歪みは、ルシフェルの重力魔法をあっさりと打ち消してしまった。
「……重力が……消えた……?」
蓮が、信じられないという表情で立ち上がる。
「……これが、特異点の力……。事象の地平……!」
結月が、息を呑む。
「……馬鹿な……。俺の重力操作を、無意識のうちに上書きしたというのか……!」
ルシフェルが、初めて焦りの表情を見せる。
「……蓮……。だいじょうぶ……?」
アリスが、カプセルの中から蓮を見つめる。
「……ああ。……大丈夫だ、アリス。……よくやってくれた」
蓮が、アリスに微笑む。
「……小癪な真似を……! ……大人しくついて来い!」
ルシフェルが、アリスに向かって手を伸ばす。
「……させねえよ!」
蓮が、共鳴剣を構え、ルシフェルとアリスの間に立ち塞がる。
「……邪魔をするな!」
ルシフェルが、再び重力魔法を放とうとする。
しかし、アリスの「事象の地平」の影響で、ルシフェルの魔法はうまく発動しない。
「……今だ! 結月、凛音!」
蓮が、叫ぶ。
「『氷結』――絶対零度・氷結領域!」
結月が、ルシフェルの足元を凍結させる。
「『雷撃』――超電磁砲・最大出力!」
凛音が、レールガンから極太のレーザーを放つ。
「……チッ……!」
ルシフェルが、舌打ちをして後方に跳躍する。
レーザーは、ルシフェルが立っていた場所を消し飛ばした。
「……逃がすか!」
蓮が、ルシフェルを追撃しようとする。
「……今日はここまでにしておこう。……だが、忘れるな。……我々は必ず、その少女を手に入れる」
ルシフェルが、不敵な笑みを浮かべる。
直後、ルシフェルの姿が、空間の歪みと共に消え去った。
「……逃げられたか……」
蓮が、悔しそうに共鳴剣を下ろす。
「……でも、アリスは守れました。……蓮のおかげです」
結月が、蓮のそばに歩み寄る。
「……いや、アリスが助けてくれたんだ。……あの子の力がなきゃ、俺たちは全滅してた」
蓮が、カプセルの中のアリスを見つめる。
アリスは、力を使い果たしたのか、再び深い眠りについていた。
「……アリス……。ありがとうな」
蓮が、カプセルのガラス越しに、アリスの頭を撫でる。
「……蓮、早くここから脱出しましょう。……教団の増援が来るかもしれないわ」
凛音が、周囲を警戒しながら言う。
「……ああ。……シロ、アラン。……聞こえるか? ルシフェルは撤退した。……脱出ルートを確保してくれ」
蓮が、インカム越しに指示を出す。
『……了解しました。……裏口のルートは確保済みです。……急いでください』
シロの声が響く。
蓮たちは、眠るアリスを抱き抱え、崩壊しつつある医療区画から脱出した。
八
数時間後。
対魔局ヨーロッパ支部の別の隠し施設。
蓮たちは、ようやく一息ついていた。
「……ふう。……なんとか生き延びたな」
蓮が、ソファに深く腰掛ける。
「……ええ。……でも、教団の『使徒』……。あんな化け物がいるなんて」
凛音が、疲れた表情で言う。
「……ルシフェルの重力操作は、規格外でした。……アリスの力がなければ、私たちは間違いなく殺されていました」
結月が、冷静に分析する。
「……ああ。……でも、アリスの力も危険だ。……あんな力を使い続ければ、あの子自身が壊れちまうかもしれない」
蓮が、隣の部屋で眠るアリスを心配そうに見つめる。
「……ええ。……特異点の力は、諸刃の剣です。……私たちが、彼女を正しく導かなければなりません」
結月が、力強く言う。
「……そうだな。……俺たちが、アリスを守るんだ」
蓮が、頷く。
その時、部屋のモニターに、紗綾局長の顔が映し出された。
『……蓮、結月、凛音。……無事のようね』
紗綾が、少しだけ安堵した表情を見せる。
「……局長。……情報漏洩の件は、どうなりましたか?」
蓮が、尋ねる。
『……現在、内部調査を進めているわ。……でも、教団のハッキング技術は、私たちの予想を遥かに超えている。……アランでも、完全に防ぐのは難しいかもしれない』
紗綾が、厳しい表情で言う。
「……アランでも防げないハッキング……。教団には、とんでもない技術者がいるってことか」
蓮が、顔をしかめる。
『……ええ。……だから、あなたたちには、しばらくヨーロッパに留まってもらうわ。……アリスの保護と、教団の動向調査を続けてちょうだい』
紗綾が、指示を出す。
「……了解しました。……アリスは、俺たちが絶対に守ります」
蓮が、力強く答える。
『……頼んだわよ。……それから、もう一つ情報があるの』
紗綾が、少しだけ声を潜める。
「……情報?」
『……日本国内で、第二の特異点候補と思われる魔力波長が確認されたわ』
紗綾の言葉に、蓮たちは息を呑んだ。
「……第二の特異点候補……!?」
蓮が、驚愕の声を上げる。
『……ええ。……教団も、すでにその情報に気づいているはずよ。……日本の方も、かなりきな臭くなってきたわ』
紗綾が、モニター越しに蓮たちを見つめる。
「……日本にも、特異点候補が……。こりゃ、休む暇もねえな」
蓮が、苦笑する。
「……ええ。……私たちの戦いは、これからが本番のようです」
結月が、凛とした表情で言う。
アリスという第一の特異点候補。
そして、日本に現れた第二の特異点候補。
教団の「使徒」たちとの、世界を巻き込んだ壮絶な戦いが、今、本格的に始まろうとしていた。
【第21章終了】
【第21章登場魔法・用語解説】
「身体強化」:教団の幹部ガルドが使用した魔法。魔力を用いて自身の肉体を極限まで強化し、鋼のような硬度と大砲のような破壊力を得る。魔力の供給源(この場合は戦斧)を断たれると効果が切れる。
「事象の地平」:特異点候補であるアリスが、無意識のうちに作り出した精神世界。彼女の感情にリンクしており、不安定になると現実世界にも影響を及ぼす。世界を書き換える力とも言われている。
「重力操作」:教団の「使徒」ルシフェルが使用した魔法。指定した空間の重力を自在に操り、対象を押し潰したり、浮遊させたりすることができる。極めて高度な魔法であり、使用者は限られている。
ここまで読んでくれてありがとうございました!
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