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残響魔術(エコー・コード)  作者: 天音シオン
第一部 覚醒と喪失

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第20章:偽りの炎と本物の涙

第20章:偽りの炎と本物の涙



東京湾、海上プラント最下層。

巨大な培養カプセルが砕け散り、中から現れたのは、かつて蓮たちが失った仲間・舞に酷似した少女だった。

しかし、その瞳に宿る光は冷たく、機械的で、かつての舞の温かさは微塵も感じられない。


「……排除……シマス……」


少女が、無機質な声で呟く。

直後、彼女の周囲に凄まじい熱量の炎が渦巻き始めた。


「……炎の魔法……! やっぱり、舞の力をコピーしてるのか!」


蓮が、共鳴剣を構えながら顔をしかめる。


「……蓮、気をつけて! あの炎、普通の魔法じゃないわ!」


凛音が、レールガンを構えながら叫ぶ。


「……ええ。……魔力の密度が異常です。……まともに受ければ、一瞬で灰になります」


結月が、氷の短剣を両手に構え、蓮の前に出る。


「……分かってる。……でも、あいつは舞じゃない。……ただの人形だ!」


蓮が、自分に言い聞かせるように叫び、少女に向かって突進する。


「『残響』――瞬動!」


蓮は風の魔法で加速し、少女の懐に飛び込もうとする。

しかし、少女は無表情のまま、右手を蓮に向ける。


「……『爆炎』――紅蓮ノ壁……」


少女の言葉と共に、巨大な炎の壁が蓮の前に立ち塞がる。


「……くっ!」


蓮は慌てて急ブレーキをかけ、後方に飛び退く。

炎の壁の熱気だけで、蓮のコートの裾が焦げた。


「……なんて火力だ……。舞の時より、はるかに強いぞ……!」


蓮が、額の汗を拭う。


「……私が、炎を相殺します!」


結月が、両手を前に突き出す。


「『氷結』――絶対零度・氷河!」


凄まじい冷気が、炎の壁に向かって放たれる。

炎と氷が激突し、大量の水蒸気が発生して視界を奪う。


「……今よ!」


凛音が、水蒸気の向こう側にいる少女に向かってレールガンを発射する。


「『雷撃』――超電磁砲!」


極太のレーザーが、水蒸気を切り裂いて少女に迫る。

しかし、少女はわずかに首を傾げただけで、レーザーを紙一重で躱した。


「……嘘でしょ!? あの至近距離で躱すなんて……!」


凛音が、驚愕の声を上げる。


「……シロ! 奴の弱点は分からないか!」


蓮が、インカム越しに叫ぶ。


『……分析中……。……人工特異点プロトタイプは、周囲の魔力を吸収して自身の力に変換する能力を持っています。……長期戦になればなるほど、彼女の力は増大します』


シロの冷静な声が、絶望的な事実を告げる。


「……魔力吸収能力まであるのかよ! ……どうすりゃいいんだ!」


蓮が、舌打ちをする。


「……短期決戦で決めるしかありません。……蓮、凛音、私の最大出力の氷結魔法で、彼女の動きを完全に止めます。……その隙に、二人でトドメを刺してください」


結月が、決意を込めた声で言う。


「……結月、最大出力って……。お前、また魔力回路が焼き切れるぞ!」


蓮が、結月を止める。


「……構いません。……彼女を止めるためなら、私の命など……」


結月が、淡々と答える。


「……馬鹿野郎! 命を粗末にするな!」


蓮が、結月の肩を掴む。


「……蓮……」


結月が、驚いたように蓮を見る。


「……俺たちは、誰も死なせないって約束しただろ。……お前も、凛音も、シロも、アランも。……全員で生きて帰るんだ!」


蓮が、結月の目を見つめて言う。


「……はい……。分かりました」


結月が、少しだけ顔を赤らめて頷く。


「……ふふっ。……相変わらず、熱い男ね」


凛音が、微笑む。


「……行くぞ! 俺が囮になる。……結月と凛音は、俺の合図で攻撃を仕掛けろ!」


蓮が、再び共鳴剣を構え、少女に向かって走り出した。






「……排除……シマス……」


少女が、再び炎を放つ。


「『残響』――風壁!」


蓮は風の壁を展開し、炎を防ぎながら前進する。

しかし、少女の炎は凄まじく、風の壁は徐々に削り取られていく。


「……くそっ! ……熱い……!」


蓮は、全身を焼かれるような熱さに耐えながら、少女との距離を詰める。


「……『爆炎』――紅蓮ノ槍……」


少女が、無数の炎の槍を生成し、蓮に向かって放つ。


「……させねえよ!」


蓮は、共鳴剣を振り回し、炎の槍を次々と叩き落とす。

しかし、数が多すぎる。

数本の炎の槍が、蓮の肩や太ももをかすめ、肉を焦がす。


「……ぐっ……!」


蓮は痛みに顔を歪めるが、決して足を止めない。


「……蓮!」


結月が、悲痛な声を上げる。


「……まだだ! ……まだ撃つな!」


蓮が、叫ぶ。


蓮は、少女の懐まであと数メートルのところまで迫った。


「……排除……」


少女が、右手に巨大な炎の球を収束させる。

それを至近距離で食らえば、蓮の命はない。


「……今だ! 結月、凛音!」


蓮が、叫ぶ。


「『氷結』――絶対零度・氷牢!」


結月が、少女の足元から巨大な氷の檻を生成する。

氷の檻は、少女の動きを完全に封じ込める。


「……消し飛べえええっ!」


凛音が、レールガンを発射する。


「『雷撃』――超電磁砲・最大出力!」


極太のレーザーが、氷の檻ごと少女を貫こうとする。


しかし、その時。


「……『特異点』――事象改竄……」


少女が、無機質な声で呟いた。


直後、少女の周囲の空間が歪み、氷の檻とレーザーが、まるで最初から存在しなかったかのように消滅した。


「……なっ……!?」


蓮、結月、凛音の三人は、信じられない光景に息を呑んだ。


「……事象改竄……。魔法そのものを、なかったことにしたのか……!」


蓮が、絶望的な声を上げる。


「……そんな……。私の最大出力が……」


凛音が、レールガンを取り落とす。


「……これが、特異点の力……」


結月が、呆然と呟く。


「……排除……完了……」


少女が、再び右手に巨大な炎の球を収束させる。

そして、無防備な蓮たちに向かって、それを放とうとした。


「……蓮!」


結月が、蓮の前に飛び出す。


「……結月、やめろ!」


蓮が、結月を突き飛ばそうとする。


しかし、結月は蓮を庇うように立ち塞がり、両手を広げた。


「……私は、あなたを守ります……!」


結月の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

感情を失ったはずの彼女が、蓮を失う恐怖から、本物の涙を流したのだ。


その時、奇跡が起きた。


結月の涙が、淡い光を放ち始めたのだ。


「……これは……?」


蓮が、驚きの声を上げる。


結月の涙から放たれた光は、少女の炎の球を包み込み、瞬く間にそれを浄化してしまった。


「……エラー……。事象改竄……失敗……」


少女が、初めて動揺したような声を出す。


「……結月の涙が、特異点の力を打ち消した……?」


凛音が、信じられないものを見るような目で結月を見つめる。


「……結月……。お前……」


蓮が、結月の肩を抱き寄せる。


「……蓮……。私、泣いてる……?」


結月が、自分の頬に触れる。


「……ああ。……お前は、ちゃんと感情を取り戻してるんだ」


蓮が、優しく微笑む。


「……蓮……!」


結月が、蓮の胸に顔を埋めて泣きじゃくる。


「……シロ! 今のは一体何だ!」


蓮が、インカム越しに尋ねる。


『……分析中……。……結月隊員の強い感情が、魔力波長を劇的に変化させ、人工特異点の事象改竄を上書きしたようです。……特異点の力は、人間の強い想いによって打ち破れる可能性があります』


シロの言葉に、蓮は希望の光を見出した。


「……人間の強い想い……。なら、俺たちの想いを一つにすれば……!」


蓮が、共鳴剣を強く握りしめる。


「……結月、凛音。……俺に力を貸してくれ。……あいつを、偽物の舞を、眠らせてやるんだ!」


蓮が、二人に呼びかける。


「……ええ。……やりましょう」


凛音が、再びレールガンを構える。


「……はい。……蓮と共に」


結月が、涙を拭い、氷の短剣を構える。


三人の想いが、一つに重なる。


「『全式共鳴』――!」


蓮の共鳴剣が、眩い光を放ち始めた。






「……エラー……。脅威度、上昇……。排除……シマス……」


少女が、再び周囲の空間を歪めようとする。


「……させねえよ! 凛音!」


蓮が、叫ぶ。


「……任せて! 『雷撃』――超電磁砲・連射!」


凛音が、レールガンから無数のレーザーを放ち、少女の意識を逸らす。


「……結月!」


「『氷結』――絶対零度・氷結領域!」


結月が、少女の周囲の空間を極低温で凍結させ、事象改竄の発動を遅らせる。


「……これで、最後だ!」


蓮が、光り輝く共鳴剣を構え、少女に向かって突進する。


「『全式共鳴』――絶華・想刃!」


蓮の共鳴剣から放たれた光の刃が、少女の胸を貫く。


「……アアアアアアッ……!」


少女が、悲鳴を上げる。


光の刃は、少女の体内の魔力回路を破壊し、人工特異点の力を完全に沈黙させた。


「……機能……停止……」


少女が、ゆっくりとその場に崩れ落ちる。


「……終わった……」


蓮が、荒い息を吐きながら共鳴剣を下ろす。


少女の体は、徐々に光の粒子となって消えようとしていた。


蓮は、少女のそばに歩み寄り、そっとその手を握った。


「……ごめんな。……お前は、舞じゃないけど……。でも、こんな風に利用されて、辛かったよな」


蓮が、優しく語りかける。


少女の虚ろだった瞳に、ほんの少しだけ、温かい光が宿ったように見えた。


「……アリガトウ……」


少女が、微かな声で呟き、完全に光の粒子となって消滅した。


「……蓮……」


結月が、蓮の背中にそっと触れる。


「……ああ。……これで、舞も少しは浮かばれるかな」


蓮が、空を見上げる。


「……ええ。……きっと、空から見てくれているわ」


凛音が、微笑む。


「……シロ、アラン。……聞こえるか? プロトタイプは破壊した」


蓮が、インカム越しに報告する。


『……確認しました。……プラント内の異常な魔力反応も消失しています。……お疲れ様でした、皆さん』


シロの安堵した声が響く。


『……やったな! ……これで、御堂の野望も完全に潰えたってわけだ!』


アランが、歓声を上げる。


「……ああ。……帰ろうぜ、みんな」


蓮が、結月と凛音を振り返る。


三人は、互いに微笑み合い、海上プラントを後にした。






数日後。

対魔局本部の屋上。

蓮は、一人で空を見上げていた。


「……蓮」


背後から、結月が声をかける。


「……結月か。……どうした?」


蓮が、振り返る。


「……少し、風に当たりたくて。……隣、いいですか?」


結月が、蓮の隣に並ぶ。


「……ああ。……構わないぜ」


蓮が、微笑む。


二人は、しばらく無言で空を見上げていた。


「……あの時……」


結月が、ぽつりと口を開く。


「……ん?」


「……あの時、私が泣いたこと……。蓮は、どう思いましたか?」


結月が、少しだけ顔を赤らめて尋ねる。


「……どうって……。嬉しかったよ。……お前が、ちゃんと感情を取り戻してくれてるって分かって」


蓮が、優しく答える。


「……私も、嬉しかったです。……蓮を失うのが怖いって、心から思えたから」


結月が、蓮の目を見つめる。


「……結月……」


蓮が、結月の手をそっと握る。


結月は、抵抗することなく、蓮の手を握り返した。


「……これからも、ずっと一緒にいてください。……蓮」


結月が、微笑む。


「……ああ。……約束する」


蓮が、力強く頷く。


二人の距離が、ゆっくりと縮まっていく。


「……ちょっと、二人とも。……また屋上でイチャイチャしてるの?」


突然、背後から凛音の声が響いた。


「……だから、イチャイチャしてないって!」


蓮が、慌てて結月の手を離す。


「……ふふっ。……局長が呼んでるわよ。……次の任務だって」


凛音が、呆れたように笑う。


「……次の任務か。……休む暇もねえな」


蓮が、苦笑する。


「……行きましょう、蓮。……私たちの戦いは、まだ終わっていませんから」


結月が、凛とした表情で言う。


「……ああ。……行くか」


蓮が、結月と凛音と共に、屋上を後にする。


灰色都市の空は、今日もどんよりと曇っている。

だが、彼らの心には、確かな希望の光が灯っていた。

狂気と絶望が渦巻く世界で、彼らは互いの絆を信じ、戦い続ける。

残響魔術の物語は、まだ終わらない。



対魔局本部、紗綾局長の執務室。

蓮、結月、凛音の三人は、紗綾の前に整列していた。


「……人工特異点プロトタイプの破壊、ご苦労だったわ。……これで、エーテル社の野望は完全に潰えたと見ていいでしょう」


紗綾が、報告書を机に置きながら言う。


「……ええ。……御堂も、観念して全てを自白し始めました。……教団の残党の隠れ家も、いくつか特定できそうです」


結月が、淡々と報告する。


「……そう。……でも、喜んでばかりもいられないわ。……今回の件で、特異点という存在の危険性が、改めて浮き彫りになった」


紗綾が、表情を引き締める。


「……危険性……。確かに、あんな力が悪用されたら、世界は一瞬で終わりますね」


蓮が、顔をしかめる。


「……ええ。……だからこそ、私たちは『本物の特異点』を見つけ出し、保護しなければならない。……それが、ノクスや教団の手に渡る前にね」


紗綾が、蓮たちを見据える。


「……本物の特異点……。まだ、どこかにいるんですか?」


凛音が、尋ねる。


「……シロの解析によれば、世界中にいくつか、特異点候補と思われる魔力波長が確認されているわ。……次の任務は、その候補者たちの調査と保護よ」


紗綾が、タブレットを操作し、世界地図をモニターに映し出す。


地図上には、いくつかの赤い点が点滅していた。


「……世界中……。こりゃ、忙しくなりそうだな」


蓮が、苦笑する。


「……まずは、ヨーロッパ方面の候補者から調査を開始するわ。……準備ができ次第、出発してちょうだい」


紗綾が、指示を出す。


「……了解しました」


蓮たちが、一斉に頷く。


執務室を出た後、蓮はシロとアランのいるオペレーションルームへと向かった。






「……よお、シロ、アラン。……次の任務が決まったぜ」


蓮が、オペレーションルームに入ってくる。


「……ヨーロッパ方面の特異点候補の調査ですね。……すでに、現地のデータリンクと接続し、情報収集を開始しています」


シロが、モニターから目を離さずに答える。


「……相変わらず、仕事が早いな。……頼りにしてるぜ」


蓮が、シロに微笑む。


「……はい。……蓮のサポートは、私の最優先事項ですから」


シロが、少しだけ嬉しそうに頷く。


「……おいおい、僕のことも忘れないでくれよ。……現地のセキュリティシステムのハッキングは、僕の仕事だからな」


アランが、得意げに胸を張る。


「……分かってるよ。……お前も、頼りにしてるぜ」


蓮が、アランの頭を軽く小突く。


「……痛っ! ……子供扱いするなよ!」


アランが、抗議する。


「……ふふっ。……賑やかでいいわね」


凛音が、オペレーションルームに入ってくる。


「……凛音。……準備はできたか?」


蓮が尋ねる。


「……ええ。……いつでも出発できるわよ」


凛音が、レールガンを背負い直す。


「……私も、準備完了です」


結月が、凛音の後ろから姿を現す。


「……よし。……それじゃあ、行くか」


蓮が、仲間たちを見渡す。


新たな任務、新たな出会い、そして新たな戦い。

彼らの旅は、まだ始まったばかりだった。






数日後。

ヨーロッパ某国、古都の街並み。

石畳の路地を、蓮と結月が歩いていた。


「……ここが、特異点候補がいるっていう街か。……随分と、のどかなところだな」


蓮が、周囲を見渡しながら言う。


「……ええ。……シロのデータによれば、候補者はこの街の孤児院にいるそうです」


結月が、タブレットで地図を確認しながら答える。


「……孤児院か。……どんな子なんだろうな」


蓮が、少しだけ表情を和らげる。


「……分かりません。……ただ、魔力波長は非常に不安定で、いつ暴走してもおかしくない状態のようです」


結月が、警戒を促す。


「……暴走か。……厄介なことにならなきゃいいけどな」


蓮が、ため息をつく。


二人は、街の外れにある古い孤児院へと向かった。


孤児院の庭では、子供たちが元気に遊んでいた。

その中に、一人だけ、ぽつんとベンチに座っている少女がいた。


金色の髪に、透き通るような青い瞳。

年齢は、十歳くらいだろうか。


「……あの子が、候補者か?」


蓮が、少女を見つめる。


「……はい。……魔力波長が一致しています」


結月が、タブレットを確認する。


蓮は、少女に近づいていった。


「……やあ。……一人で何してるんだ?」


蓮が、優しく声をかける。


少女は、ビクッと肩を震わせ、蓮を見上げた。


「……だれ……?」


少女が、怯えたような声で尋ねる。


「……俺は蓮。……怪しいもんじゃないよ。……君の名前は?」


蓮が、しゃがみ込んで少女と目線を合わせる。


「……アリス……」


少女が、小さな声で答える。


「……アリスか。……いい名前だな」


蓮が、微笑む。


その時、アリスの周囲の空気が、微かに歪んだ。


「……ん?」


蓮が、眉をひそめる。


「……蓮、気をつけて。……魔力波長が、急激に上昇しています」


結月が、警戒する。


「……アリス、どうした? どこか痛いのか?」


蓮が、アリスに尋ねる。


「……こわい……。みんな、わたしをこわがる……」


アリスが、涙ぐむ。


直後、アリスの周囲の空間が、激しく歪み始めた。


「……まずい! 暴走するぞ!」


蓮が、アリスを抱き寄せようとする。


しかし、空間の歪みは一気に拡大し、蓮と結月を飲み込んでしまった。






「……うおっ!?」


蓮が、目を覚ます。


そこは、先ほどまでの孤児院の庭ではなく、見渡す限りの白い空間だった。


「……ここは……? 結月、無事か!」


蓮が、周囲を見渡す。


「……はい。……無事です」


結月が、蓮のそばに立っていた。


「……ここは、どこだ? 幻術か?」


蓮が、警戒する。


「……いえ。……これは、アリスの精神世界……あるいは、彼女が作り出した『事象の地平』かもしれません」


結月が、冷静に分析する。


「……事象の地平? ……特異点の力ってことか」


蓮が、顔をしかめる。


「……ええ。……彼女の恐怖や不安が、この空間を作り出しているのだと思います」


結月が、白い空間を見渡す。


「……アリス! どこにいる!」


蓮が、叫ぶ。


すると、白い空間の奥から、アリスが泣きながら走ってきた。


「……たすけて……! こわいよぉ……!」


アリスが、蓮に抱きつく。


「……大丈夫だ、アリス。……俺たちがついてる」


蓮が、アリスの頭を撫でる。


しかし、アリスの恐怖は収まらず、白い空間に無数の亀裂が入り始めた。


「……まずいですね。……この空間が崩壊すれば、現実世界にも甚大な被害が出ます」


結月が、氷の短剣を構える。


「……どうすればいい!?」


蓮が、尋ねる。


「……アリスの恐怖を取り除くしかありません。……彼女に、安心感を与えるのです」


結月が、答える。


「……安心感……」


蓮が、アリスを見つめる。


「……アリス。……俺の目を見て」


蓮が、アリスの肩を掴む。


アリスが、涙で濡れた目で蓮を見る。


「……俺は、絶対に君を傷つけない。……君を守るために、ここに来たんだ」


蓮が、真剣な表情で言う。


「……ほんと……?」


アリスが、尋ねる。


「……ああ、本当だ。……約束する」


蓮が、力強く頷く。


「……蓮……」


アリスが、蓮の胸に顔を埋める。


蓮は、アリスを優しく抱きしめた。


「……大丈夫。……もう、怖くない」


蓮が、アリスの背中を撫でる。


すると、白い空間の亀裂が、徐々に修復され始めた。


「……魔力波長が、安定してきました」


結月が、安堵のため息をつく。


「……よかった……」


蓮が、微笑む。


その時、白い空間が光に包まれ、蓮たちは現実世界へと引き戻された。






「……戻ってきたか」


蓮が、孤児院の庭で目を覚ます。


腕の中には、アリスがスヤスヤと眠っていた。


「……お疲れ様でした、蓮」


結月が、微笑む。


「……ああ。……なんとか、暴走を止められたな」


蓮が、アリスの寝顔を見つめる。


「……ええ。……彼女は、私たちが保護し、対魔局で安全に管理するべきです」


結月が、言う。


「……そうだな。……こんな小さな子が、あんな力を持ってるなんて……。世界は、残酷だな」


蓮が、ため息をつく。


「……だからこそ、私たちが守るのです」


結月が、力強く言う。


「……ああ。……そうだな」


蓮が、頷く。


その時、蓮のインカムが鳴った。


『……蓮、聞こえる? 凛音よ』


凛音の声が響く。


「……ああ、聞こえるぞ。……こっちは、候補者の保護に成功した」


蓮が、報告する。


『……了解。……でも、こっちでちょっと厄介なことが起きてるの』


凛音の声が、少しだけ緊張を帯びていた。


「……厄介なこと?」


蓮が、眉をひそめる。


『……ええ。……教団の連中が、この街に潜入してるみたいなの。……おそらく、アリスを狙って』


凛音の言葉に、蓮は表情を引き締めた。


「……教団か。……休む暇もねえな」


蓮が、アリスを抱き抱えて立ち上がる。


「……結月、行くぞ。……アリスは、絶対に渡さない」


蓮が、共鳴剣の柄に手をかける。


「……はい。……迎撃します」


結月が、氷の短剣を構える。


新たな特異点候補・アリスを巡る、教団との新たな戦いが、今始まろうとしていた。





【第20章終了】





【第20章登場魔法・用語解説】


「事象改竄」:人工特異点プロトタイプが使用した、魔法そのものを「なかったこと」にする究極の能力。人間の強い感情(想い)によって発生する魔力波長の変化によってのみ、打ち破ることができる。


「全式共鳴・絶華・想刃」:蓮、結月、凛音の三人の想いを一つに重ね合わせた、蓮の最大最強の斬撃。人工特異点の事象改竄を打ち破り、コアを破壊した。


「事象の地平」:特異点候補であるアリスが、無意識のうちに作り出した精神世界。彼女の感情にリンクしており、不安定になると現実世界にも影響を及ぼす。



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