第18章:密林の捕食者と白き参謀
第18章:密林の捕食者と白き参謀
一
南米アマゾン。
鬱蒼と生い茂る熱帯雨林の中を、対魔局の特務調査チームが進んでいた。
「……暑い。そして、虫が多い。……最悪だ」
アランが、顔の周りを飛び回る羽虫を払い除けながら、不機嫌そうに呟く。
「……文句を言わないの。……これも任務よ」
凛音が、アランの背中を軽く叩く。
「……それにしても、本当にこんなところに新種の魔法生物がいるのか?」
蓮が、共鳴剣の柄に手をかけながら、周囲を警戒する。
「……シロの分析によれば、この一帯の魔力濃度が異常に上昇しているそうです。……何かがいるのは、間違いありません」
結月が、タブレットの画面を確認しながら答える。
「……シロ、聞こえるか? そっちのモニターには何か映ってるか?」
蓮が、インカム越しに尋ねる。
『……はい。……あなたたちの現在地から北北西へ約二キロの地点に、強力な魔力反応があります。……ただし、反応が不安定です。……まるで、周囲の魔力を吸収して成長しているような……』
対魔局本部のオペレーションルームから、シロの静かな声が響く。
「……魔力を吸収して成長する? そいつは厄介だな」
蓮が、顔をしかめる。
「……急ぎましょう。……成長しきる前に、叩く必要があります」
結月が、歩調を速める。
四人は、シロのナビゲートに従って、ジャングルの奥深くへと進んでいった。
二
北北西へ二キロ進んだ地点。
そこは、周囲の木々が不自然に枯れ果て、ぽっかりと空いた空間になっていた。
「……なんだ、ここは……。木が全部、ミイラみたいになってるぞ」
アランが、枯れた木の幹に触れながら言う。
「……生命力ごと、魔力を吸い取られたのね。……相当な大食漢みたい」
凛音が、レールガンを構える。
「……シロ、目標はどこだ?」
蓮が、周囲を見渡す。
『……反応は、あなたたちのすぐ真下です。……気をつけてください、地中から……!』
シロの警告と同時に、地面が激しく揺れた。
「……来るぞ!」
蓮が、結月とアランを庇うように前に出る。
直後、地面を突き破って、巨大な生物が姿を現した。
それは、全長十メートルを超える、巨大なムカデのような姿をしていた。
しかし、その体表は金属のような硬質な甲殻に覆われており、無数の足の先端には鋭い刃がついている。
「……なんだ、こいつは……! 気持ち悪い!」
アランが、悲鳴を上げる。
「……新種の魔法生物……。シロ、こいつのデータは?」
凛音が、レールガンの照準を合わせる。
『……アカシックレコードの記憶と照合中……。……該当するデータがありません。……おそらく、最近になって突然変異で生まれた個体です』
シロの声が、少しだけ焦りを帯びる。
「……データなしか。……なら、実戦で弱点を探るしかないな!」
蓮が、共鳴剣を顕現させる。
「『残響』――風刃!」
蓮が、巨大ムカデに向かって風の刃を放つ。
しかし、風の刃はムカデの硬質な甲殻に弾かれ、傷一つ付けることができなかった。
「……硬いな。……ゴライアスの甲冑並みだぞ」
蓮が、舌打ちをする。
「……なら、これならどう!」
凛音が、レールガンを発射する。
「『雷撃』――超電磁砲!」
極太のレーザーが、ムカデの胴体に直撃する。
「……ギイイイイッ!」
ムカデが、耳障りな鳴き声を上げる。
レーザーの直撃を受けた甲殻の一部が、黒く焦げていた。
「……効いてるわ! でも、浅い……!」
凛音が、顔をしかめる。
「……私の番です」
結月が、氷の槍を生成し、ムカデの焦げた部分に向かって放つ。
「『氷結』――氷槍!」
氷の槍が、焦げた甲殻の隙間に突き刺さる。
「……ギシャアアアッ!」
ムカデが、激しく身をよじる。
「……よし、その調子だ! 集中攻撃するぞ!」
蓮が、再び共鳴剣を構える。
しかし、ムカデは突然、無数の足を高速で動かし、地中へと潜ってしまった。
「……逃げた!?」
アランが、周囲を見渡す。
「……いや、違う! 下から来るぞ!」
蓮が、叫ぶ。
直後、蓮たちの足元の地面が爆発するように吹き飛び、ムカデが巨大な顎を開いて襲いかかってきた。
三
「……くっ!」
蓮は、咄嗟に風の魔法で跳躍し、ムカデの顎を躱す。
「……きゃあっ!」
凛音と結月も、左右に飛び退いて攻撃を避ける。
しかし、逃げ遅れたアランが、ムカデの巨大な顎に捕まりそうになる。
「……うわあああっ! 助けて!」
アランが、悲鳴を上げる。
「……アラン!」
蓮が、空中で体勢を立て直し、アランを助けようとする。
『……雨宮隊員、右斜め上、四十五度の角度で風の魔法を放ってください!』
インカムから、シロの冷静な声が響いた。
「……右斜め上!?」
蓮は、シロの指示に疑問を抱きながらも、言われた通りに風の魔法を放つ。
「『残響』――突風!」
放たれた突風は、ムカデではなく、上空の枯れ木に直撃した。
バキッ! という音と共に、巨大な枯れ木が折れ、ムカデの頭上に落下する。
「……ギシャアッ!?」
ムカデは、落下してきた枯れ木に気を取られ、アランを捕まえるのを一瞬だけ躊躇した。
「……今だ!」
蓮が、その隙を突いてアランの襟首を掴み、強引に引き寄せる。
「……はぁ、はぁ……。死ぬかと思った……」
アランが、地面にへたり込んで荒い息を吐く。
「……ナイスサポートだ、シロ!」
蓮が、インカムに向かって叫ぶ。
『……いえ。……ムカデの行動パターンを分析した結果、上空からの物理的な障害物に弱いことが判明しました。……引き続き、分析を続けます』
シロの声は、相変わらず淡々としていたが、どこか誇らしげにも聞こえた。
「……頼りになるわね、私たちの新しい参謀は」
凛音が、微笑む。
「……油断しないでください。……ムカデが、再び地中に潜りました」
結月が、周囲の地面を警戒する。
「……シロ、奴の現在地は分かるか?」
蓮が尋ねる。
『……魔力反応が、地中を高速で移動しています。……あなたたちの周囲を、円を描くように回っています』
シロが、モニターの情報を伝える。
「……円を描くように? 何を企んでるんだ?」
凛音が、眉をひそめる。
『……おそらく、周囲の地面をすり鉢状に崩落させ、あなたたちを地中に引きずり込む気です。……早く、その場から離れてください!』
シロの警告と同時に、蓮たちの足元の地面が、急激に沈み込み始めた。
「……まずい! アラン、走れ!」
蓮が、アランの背中を押す。
四人は、崩落する地面から逃れるように、必死に走り出した。
四
「……はぁ、はぁ……!」
蓮たちは、崩落する地面の縁をギリギリで走り抜けていた。
背後では、巨大なすり鉢状の穴が形成され、その底でムカデが待ち構えている。
「……しつこい奴だ! どうすれば倒せるんだよ!」
アランが、走りながら叫ぶ。
『……ムカデの甲殻は、魔力を吸収する性質を持っています。……魔法攻撃は、逆に奴を回復させてしまう可能性があります』
シロが、分析結果を伝える。
「……魔法が効かない? じゃあ、どうやって倒すのよ!」
凛音が、焦燥感を募らせる。
『……物理的な破壊しかありません。……ですが、あの甲殻を貫通するには、相当な質量と速度が必要です』
シロの言葉に、蓮は考え込む。
「……質量と速度……。凛音のレールガンでも浅かったんだぞ」
「……なら、もっと重いものを、もっと速くぶつけるしかないわね」
凛音が、周囲を見渡す。
「……重いもの……。この枯れ木じゃ、質量が足りない」
蓮が、周囲の枯れ木を見る。
「……蓮。……私の氷なら、質量を自在に操れます」
結月が、走りながら言う。
「……結月の氷? でも、魔法攻撃は吸収されるんだろ?」
蓮が尋ねる。
「……魔力を帯びた氷は吸収されますが、完全に物理的な氷塊に変換してしまえば、吸収されません。……ただの『巨大な氷の塊』としてぶつけるのです」
結月が、淡々と説明する。
「……なるほど。……でも、どうやってその巨大な氷塊を、奴にぶつけるんだ?」
アランが尋ねる。
「……私が、氷塊を生成します。……九条隊員が、それをレールガンで撃ち出してください」
結月が、凛音を見る。
「……氷塊を、レールガンの弾にするってこと? ……無茶苦茶ね。でも、面白そうじゃない」
凛音が、不敵に笑う。
「……よし、作戦決行だ! 俺が奴の気を引く。……結月、凛音、準備しろ!」
蓮が、崩落する地面の縁で立ち止まり、ムカデに向かって向き直る。
「……了解しました」
結月が、両手を地面につけ、巨大な氷塊の生成を始める。
「……任せて!」
凛音が、レールガンの出力を最大まで引き上げる。
「……おいおい、僕は何をすればいいんだよ!」
アランが、オロオロする。
「……お前は、シロと一緒に俺たちのサポートだ! ……奴の動きを予測してくれ!」
蓮が、共鳴剣を顕現させ、すり鉢状の穴の底へと飛び降りた。
五
「……来いよ、化け物!」
蓮が、穴の底でムカデに向かって叫ぶ。
「……ギシャアアアッ!」
ムカデが、蓮に向かって突進してくる。
「『残響』――風壁!」
蓮が、風の壁を展開してムカデの突進を受け止める。
「……ぐっ……! 重い……!」
蓮が、顔をしかめる。
ムカデの質量と突進力は、想像を絶するものだった。
『……雨宮隊員、ムカデが顎を開きます! ……毒液に注意してください!』
シロの警告が響く。
直後、ムカデの顎から、紫色の毒液が噴射された。
「……危ねえ!」
蓮は、咄嗟に風の壁を解除し、横に跳躍して毒液を躱す。
毒液が地面に触れると、シューという音と共に地面が溶け出した。
「……あんなの食らったら、一溜まりもないな」
蓮が、冷や汗を流す。
「……蓮、準備完了です!」
結月の声が響く。
蓮が見上げると、穴の縁に、直径五メートルはあろうかという巨大な氷塊が生成されていた。
「……よし! 凛音、撃て!」
蓮が叫ぶ。
「……行くわよ! 特大のプレゼントだ!」
凛音が、レールガンを巨大な氷塊に向かって発射する。
「『雷撃』――超電磁砲・氷塊弾!」
極太のレーザーが氷塊の後部に直撃し、その推進力で巨大な氷塊がムカデに向かって射出された。
「……ギシャアッ!?」
ムカデが、頭上から迫り来る巨大な氷塊に気づき、迎撃しようと顎を開く。
『……今です! 雨宮隊員、ムカデの顎の下に風の魔法を放ち、体勢を崩してください!』
シロの指示が飛ぶ。
「……了解! 『残響』――突風!」
蓮が、ムカデの顎の下に向かって強烈な突風を放つ。
突風を受けたムカデは、体勢を崩し、無防備な頭部を上空に晒した。
直後、巨大な氷塊が、ムカデの頭部に直撃した。
凄まじい轟音と共に、氷塊が砕け散り、ムカデの硬質な甲殻が粉々に粉砕される。
「……ギイイイイイイッ……!」
ムカデは、断末魔の叫びを上げ、そのまま穴の底に崩れ落ちた。
「……やったか!」
蓮が、荒い息を吐きながらムカデの死骸を見つめる。
『……目標の生命活動、停止を確認。……作戦、成功です』
シロの静かな声が、インカムから響いた。
「……ふぅ。……終わったな」
蓮が、共鳴剣を消滅させ、地面に座り込む。
「……お疲れ様、蓮」
凛音が、穴の縁から手を振る。
「……怪我は、ありませんか?」
結月が、蓮の元に駆け寄る。
「……ああ、大丈夫だ。……お前たちの連携のおかげだ」
蓮が、結月に微笑む。
「……僕の天才的なサポートも忘れないでよね!」
アランが、得意げに胸を張る。
「……はいはい、アランもシロも、よくやってくれたよ」
蓮が、苦笑する。
「……シロ、お前のアドバイス、的確だったぜ。……助かった」
蓮が、インカムに向かって言う。
『……私は、データに基づいた最適な行動を提示しただけです。……それを実行できたのは、あなたたちの力です』
シロの声は淡々としていたが、どこか嬉しそうだった。
「……さて、任務完了ね。……早く帰って、シャワーを浴びたいわ」
凛音が、伸びをする。
「……ああ。……帰ろう」
蓮が、立ち上がる。
四人は、ムカデの死骸を残し、ジャングルを後にした。
灰色都市の空は、今日もどんよりと曇っている。
だが、彼らのチームワークは、確実に強固なものになっていた。
新たな参謀・シロを加え、彼らの戦いは新たな局面へと向かっていく。
六
対魔局本部への帰還後。
蓮たちは、紗綾局長の執務室で任務の報告を行っていた。
「……なるほど。魔力を吸収する新種の魔法生物ね。……シロの分析と、あなたたちの機転がなければ、全滅していたかもしれないわね」
紗綾が、報告書に目を通しながら言う。
「……ええ。シロのナビゲートは完璧でした。……彼女の知識は、私たちの大きな武器になります」
結月が、淡々と報告する。
「……そうね。……彼女を特務監視対象として手元に置いたのは、正解だったようね」
紗綾が、満足そうに頷く。
「……でも、局長。……あんな化け物が、どうして突然ジャングルに現れたんですか?」
蓮が、疑問を口にする。
「……それが問題なのよ。……シロの分析によれば、あのムカデは自然発生したものではない可能性が高いわ」
紗綾が、表情を引き締める。
「……自然発生じゃない? じゃあ、誰かが意図的に作り出したってことですか?」
凛音が、驚いた顔をする。
「……ええ。……おそらく、教団の残党か、あるいは別の組織が、魔法生物の兵器化を進めているのよ」
紗綾が、机の上に一枚の写真を置く。
それは、ムカデの死骸から回収された、小さな金属片の写真だった。
「……これは?」
蓮が、写真を覗き込む。
「……ムカデの体内に埋め込まれていた、制御用のチップよ。……高度な魔法技術と、現代の電子技術が融合されているわ」
紗綾が、説明する。
「……魔法と電子技術の融合……。まさか、エーテル社が絡んでるんじゃ……」
アランが、顔をしかめる。
「……その可能性は高いわ。……エーテル社は、表向きはクリーンなエネルギー企業を装っているけれど、裏ではノクスや教団と繋がりがあった。……彼らが、魔法生物の兵器化に手を出していても不思議ではないわ」
紗綾が、冷たい声で言う。
「……エーテル社……。御堂の奴が、まだ何か企んでるのか」
蓮が、拳を握りしめる。
「……御堂だけじゃないわ。……エーテル社の背後には、さらに巨大な黒幕がいる可能性がある。……私たちは、その尻尾を掴まなければならない」
紗綾が、蓮たちを見据える。
「……了解しました。……次の指示を」
蓮が、決意を込めて言う。
「……まずは、このチップの解析よ。……アラン君、シロと協力して、チップの出所と通信先を特定してちょうだい」
紗綾が、アランに指示を出す。
「……任せておいてよ! 僕とシロのコンビなら、どんな暗号だって解読してみせるさ!」
アランが、自信満々に胸を張る。
「……期待しているわ。……蓮、結月、凛音は、待機。……解析結果が出次第、次の作戦に移るわ」
紗綾が、三人に指示を出す。
「……了解」
蓮たちが、一斉に頷く。
「……それと、蓮」
紗綾が、蓮を呼び止める。
「……はい?」
「……シロのことだけど。……彼女は、まだ自分の居場所を見つけられていない。……あなたが、彼女の支えになってあげなさい」
紗綾が、少しだけ優しい声で言う。
「……はい。……分かってます」
蓮が、微笑む。
執務室を出た後、蓮は地下の特別面会室へと向かった。
七
特別面会室のガラスの向こう側で、シロは静かに本を読んでいた。
「……よお、シロ。……読んでる本、面白いか?」
蓮が、マイク越しに声をかける。
「……雨宮隊員。……はい。……これは、人間の感情について書かれた心理学の本です。……私には、まだ理解できない部分が多いですが」
シロが、本を閉じて蓮を見る。
「……感情なんて、本で読んで分かるもんじゃないさ。……経験して、初めて分かるもんだ」
蓮が、笑いながら言う。
「……経験……。私には、まだその機会がありません」
シロが、少し寂しそうに伏し目がちになる。
「……焦ることはないさ。……これから、少しずつ経験していけばいい。……俺たちが、教えてやるよ」
蓮が、ガラス越しにシロを見つめる。
「……教えてくれるのですか?」
シロが、顔を上げる。
「……ああ。……嬉しいこと、悲しいこと、楽しいこと、怒ること。……全部、一緒に経験していこうぜ」
蓮が、微笑む。
「……はい。……よろしくお願いします、雨宮隊員」
シロが、初めて、心からの笑顔を見せた。
「……だから、雨宮隊員じゃなくて、蓮でいいって」
蓮が、苦笑する。
「……分かりました。……蓮」
シロが、嬉しそうに蓮の名前を呼ぶ。
その時、蓮のインカムが鳴った。
『……蓮、聞こえる? アランよ。……チップの解析が終わったわ!』
凛音の声が、インカムから響く。
「……本当か!? どこに繋がってたんだ?」
蓮が、表情を引き締める。
『……驚かないでよ。……通信先は、東京のど真ん中。……エーテル社の本社ビルよ!』
凛音の声が、緊張を帯びていた。
「……エーテル社本社……。やっぱり、あいつらが黒幕か」
蓮が、拳を握りしめる。
「……蓮。……私も、行きます」
シロが、ガラス越しに蓮を見る。
「……シロ?」
「……私の知識が、必ず役に立ちます。……それに、私も、自分の目で確かめたいのです。……彼らが、何を企んでいるのかを」
シロの瞳には、強い決意が宿っていた。
「……分かった。……局長に掛け合ってみる。……一緒に行こう、シロ」
蓮が、力強く頷く。
「……はい!」
シロが、嬉しそうに答える。
新たな戦いの舞台は、再び東京。
エーテル社本社ビルに潜入し、彼らの陰謀を暴く。
蓮たちの、次なるミッションが始まろうとしていた。
八
東京、新宿。
高層ビル群の中にそびえ立つ、エーテル社の本社ビル。
その地下駐車場に、対魔局の偽装バンが静かに滑り込んだ。
「……ここが、エーテル社の本社か。……相変わらず、趣味の悪いビルだな」
蓮が、バンの後部座席で共鳴剣の柄を撫でながら言う。
「……文句を言わないの。……今回は、隠密行動よ。……派手に暴れないでよね」
凛音が、黒いステルススーツのジッパーを上げながら注意する。
「……分かってるよ。……でも、見つかったら強行突破だろ?」
蓮が、ニヤリと笑う。
「……見つからないようにするのが、私たちの仕事です」
結月が、同じくステルススーツ姿で、淡々と蓮をたしなめる。
「……はいはい。……で、シロ。……セキュリティの状況はどうなってる?」
蓮が、インカム越しに尋ねる。
『……現在、アランと共同で、エーテル社のメインサーバーにハッキングを仕掛けています。……地下の研究所へ続くエレベーターのロックは、あと三十秒で解除できます』
シロの冷静な声が響く。
「……三十秒ね。……準備はいいわね、二人とも」
凛音が、レールガンを背中に背負う。
「……ああ。……いつでも行ける」
蓮が、バンのドアに手をかける。
「……私も、問題ありません」
結月が、氷の短剣を腰に帯びる。
『……ロック、解除しました。……監視カメラの映像も、ループ映像に切り替えています。……今です!』
シロの合図と共に、蓮たちはバンから飛び出し、地下駐車場の一角にある隠しエレベーターへと向かった。
エレベーターの扉は、音もなく開いた。
「……よし、乗るぞ」
蓮が、先頭を切ってエレベーターに乗り込む。
凛音と結月も、それに続く。
エレベーターは、地下深くへと降下していく。
「……シロ、地下の研究所の構造は分かるか?」
蓮が尋ねる。
『……はい。……地下五階が、魔法生物の培養プラントになっているようです。……制御用チップの信号も、そこから発信されています』
シロが、タブレットに研究所の見取り図を送信してくる。
「……地下五階か。……敵の警備は?」
凛音が、見取り図を確認しながら尋ねる。
『……生体反応センサーによれば、巡回している警備員が数名。……それと、培養プラントの入り口に、強力な魔力反応を持つ個体が二体配置されています』
シロが、警告する。
「……強力な魔力反応? ……また、あのムカデみたいな化け物か?」
蓮が、顔をしかめる。
『……いえ。……データによれば、人型の魔法生物……キメラのようです』
シロの声が、少しだけ緊張を帯びる。
「……キメラ……。人間の体に、魔法生物の細胞を組み込んだってことか?」
凛音が、嫌悪感に顔を歪める。
「……悪趣味な連中だ。……絶対に、許さねえ」
蓮が、怒りに拳を震わせる。
エレベーターが、地下五階に到着した。
扉が開くと、そこは薄暗い通路だった。
「……行くぞ。……足音を立てるなよ」
蓮が、小声で指示を出す。
三人は、壁に張り付くようにして、通路を進んでいった。
九
通路の奥、培養プラントの入り口。
そこには、シロの警告通り、二体のキメラが立ち塞がっていた。
一体は、筋骨隆々の巨体に、狼のような頭部を持つ獣人。
もう一体は、細身の体に、カマキリのような鋭い鎌を両腕に持つ昆虫人間だった。
「……あれが、キメラか。……気持ち悪いな」
蓮が、物陰からキメラを観察しながら呟く。
「……どうする? ……強行突破する?」
凛音が、レールガンに手をかける。
「……いや、待て。……シロ、あいつらの弱点は分かるか?」
蓮が、インカム越しに尋ねる。
『……分析中……。……獣人型は、物理的なパワーと耐久力に優れていますが、魔法に対する耐性が低いです。……昆虫型は、俊敏性と鋭い鎌が武器ですが、装甲が薄いです』
シロが、瞬時に分析結果を伝える。
「……なるほど。……なら、役割分担だな」
蓮が、結月と凛音を見る。
「……私が、獣人型を氷結魔法で足止めします。……その隙に、蓮が昆虫型を倒してください」
結月が、作戦を提案する。
「……よし、それでいこう。……凛音は、俺たちのサポートと、周囲の警戒を頼む」
蓮が、凛音に指示を出す。
「……了解。……派手にやっちゃってよ」
凛音が、ニヤリと笑う。
「……行くぞ!」
蓮が、物陰から飛び出す。
「『残響』――瞬動!」
蓮は、風の魔法で加速し、一気に昆虫型のキメラとの距離を詰める。
「……シャアアアッ!」
昆虫型キメラが、蓮の接近に気づき、鋭い鎌を振り下ろす。
「……遅い!」
蓮は、鎌の軌道を読み切り、紙一重で躱す。
「『残響』――風刃!」
蓮が、共鳴剣から風の刃を放ち、昆虫型キメラの薄い装甲を切り裂く。
「……ギイイイッ!」
昆虫型キメラが、緑色の体液を撒き散らしながら後退する。
一方、結月は獣人型キメラと対峙していた。
「……グルルルルッ!」
獣人型キメラが、咆哮を上げながら結月に突進してくる。
「『氷結』――絶対零度・氷牢!」
結月が、両手を地面につけ、獣人型キメラの足元から巨大な氷の檻を生成する。
「……ガアアアッ!?」
獣人型キメラは、氷の檻に閉じ込められ、身動きが取れなくなる。
「……蓮、今です!」
結月が、叫ぶ。
「……おう!」
蓮が、昆虫型キメラにトドメを刺そうと、共鳴剣を振り上げる。
しかし、その時。
「……そこまでだ、ネズミ共」
培養プラントの奥から、冷酷な声が響いた。
蓮が声のする方を見ると、そこには、白衣を着た男が立っていた。
「……御堂……!」
蓮が、男を睨みつける。
エーテル社の研究主任であり、かつてノクスと通じていた男、御堂。
彼が、このキメラ計画の首謀者であることは間違いなかった。
「……久しぶりだな、雨宮蓮。……そして、対魔局の猟犬共」
御堂が、不敵な笑みを浮かべる。
「……お前が、この悪趣味な実験の黒幕か!」
蓮が、共鳴剣を御堂に向ける。
「……悪趣味? ……心外だな。……これは、人類の進化のための崇高な実験だ」
御堂が、両手を広げる。
「……ふざけるな! ……人間の体を弄り回して、何が進化だ!」
蓮が、怒鳴る。
「……理解できないか。……まあいい。……お前たちには、私の最高傑作のテストに付き合ってもらおう」
御堂が、指を鳴らす。
すると、培養プラントの奥から、さらに巨大なカプセルがせり上がってきた。
カプセルの中には、見覚えのある姿があった。
「……なっ……! 嘘だろ……!」
蓮が、息を呑む。
カプセルの中にいたのは、かつて蓮たちが倒したはずの、黒崎ジンだった。
しかし、その体には無数のチューブが繋がれ、皮膚のあちこちに魔法生物の細胞が移植されたような、異様な姿になっていた。
「……ジン……! 生きていたのか……!」
蓮が、驚愕の声を上げる。
「……彼は、死の淵から私が蘇らせた。……魔法生物の細胞と、私の技術によってな。……さあ、目覚めよ、私の最高傑作!」
御堂が、カプセルのスイッチを押す。
プシューッという音と共に、カプセルの扉が開き、ジンがゆっくりと目を開けた。
その瞳は、かつての狂気すら失われ、ただ破壊を求める獣のような、虚ろな光を放っていた。
「……アアアアアアアアッ!」
ジンが、獣のような咆哮を上げる。
その咆哮と共に、凄まじい魔力の波動が研究所内に吹き荒れた。
「……くっ……! なんて魔力だ……!」
蓮が、風の壁を展開して波動を防ぐ。
「……蓮、気をつけて! ……以前のジンとは、比べ物にならないわ!」
凛音が、レールガンを構えながら叫ぶ。
「……ああ、分かってる。……結月、凛音、全力で行くぞ!」
蓮が、共鳴剣を強く握りしめる。
蘇った宿敵、ジン。
そして、狂気の科学者、御堂。
エーテル社の地下深くで、蓮たちの新たな死闘が幕を開けた。
【第18章終了】
【第18章登場魔法・用語解説】
「超電磁砲・氷塊弾」:結月が生成した巨大な氷塊を、凛音のレールガンの推進力で撃ち出す合体魔法。魔力を帯びていない純粋な物理攻撃となるため、魔力吸収能力を持つ敵に対して有効。
「シロのナビゲート」:アカシックレコードの知識と、対魔局のデータリンクを組み合わせた、シロによる後方支援。敵の弱点や行動パターンを瞬時に分析し、最適な戦術を提示する。
「制御用チップ」:魔法生物の体内に埋め込まれていた、魔法技術と電子技術が融合したチップ。エーテル社が関与している可能性が高い。
「キメラ」:人間の体に魔法生物の細胞を組み込んだ、人工的な魔法生物。御堂の研究によって生み出された。
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