第16章:失われた記憶と白銀の剣
第16章:失われた記憶と白銀の剣
一
箱舟跡地のプラント崩壊から数日後。
対魔局本部の医務室で、蓮は目を覚ました。
「……ここは……」
白い天井。消毒液の匂い。
蓮は、ゆっくりと身体を起こそうとしたが、全身を走る激痛に顔をしかめた。
「……無理しないで。まだ魔力回路が完全に回復してないわ」
ベッドの傍らで、凛音がリンゴの皮を剥きながら言った。
「……凛音。……結月とアランは?」
蓮が、掠れた声で尋ねる。
「……二人とも無事よ。アラン君は自分の部屋で爆睡中。結月は……」
凛音が、言葉を濁す。
「……結月が、どうした?」
蓮が、嫌な予感を感じて身を乗り出す。
「……彼女、目を覚ましてから、ずっと様子がおかしいの。……あなたのことを、覚えていないみたいなのよ」
凛音の言葉に、蓮の頭が真っ白になった。
「……覚えていない? どういうことだ!」
蓮が、ベッドから飛び降りようとする。
「……落ち着いて! 局長が今、精密検査をしてるわ。……でも、おそらく……」
凛音が、蓮の肩を押さえる。
「……おそらく、なんだよ!」
「……『感情の喪失』という彼女の代償が、限界を超えたのかもしれない。……あの時、彼女は残された全ての魔力を使って、あなたを守った。……その反動で、あなたに関する記憶や感情が、完全に消え去ってしまった可能性があるの」
凛音の言葉が、蓮の胸に重くのしかかる。
「……そんな……」
蓮は、ベッドに崩れ落ちた。
「……蓮……」
凛音が、心配そうに蓮の背中を撫でる。
「……俺が、守れなかったから……。俺が弱かったから……!」
蓮が、シーツを強く握りしめる。
その時、医務室のドアが開き、紗綾局長が入ってきた。
「……目が覚めたようね、雨宮隊員」
紗綾の顔は、いつになく険しかった。
「……局長! 結月は……結月はどうなったんですか!」
蓮が、紗綾に詰め寄る。
「……落ち着きなさい。……彼女の身体的なダメージは回復しているわ。……でも、記憶と感情の欠落は、予想以上に深刻よ」
紗綾が、タブレットのデータを見ながら言う。
「……俺のことも、忘れてるんですか……?」
蓮が、震える声で尋ねる。
「……ええ。あなただけでなく、対魔局での任務や、私たちと過ごした日々の記憶も、ほとんど失われているわ。……今の彼女は、ただ命令に従うだけの『人形』に戻ってしまった」
紗綾の言葉に、蓮は絶望的な顔をした。
「……治るんですか? 記憶は、戻るんですか?」
「……分からないわ。……魔法の代償による欠落は、現代の医学では治療不可能よ。……彼女自身が、何かをきっかけに思い出すのを待つしかない」
紗綾が、静かに首を振る。
「……そんな……」
蓮は、力なくその場にへたり込んだ。
二
数時間後、蓮は結月の病室を訪れた。
結月は、ベッドの上で静かに窓の外を見つめていた。
「……結月」
蓮が、声をかける。
結月が、ゆっくりと振り返る。
その瞳には、かつてのような微かな温もりはなく、ただ虚無だけが広がっていた。
「……あなたは、誰ですか?」
結月の声は、氷のように冷たかった。
「……俺だよ、蓮だ。……雨宮蓮。お前の、パートナーだ」
蓮が、無理に笑顔を作って言う。
「……雨宮、蓮……。データには存在しますが、私の記憶にはありません。……何か、ご用ですか?」
結月が、無表情のまま尋ねる。
「……用ってわけじゃないけど……。具合は、どうだ?」
蓮が、ベッドの傍らに座る。
「……身体的な異常はありません。……いつでも、任務に復帰できます」
結月が、淡々と答える。
「……任務なんて、今はいいんだ。……少し、休めよ」
蓮が、結月の手に触れようとする。
しかし、結月はサッと手を引いた。
「……不用意な接触は、控えてください。……私は、対魔局の兵器です。感情的な交流は、不要です」
結月の言葉が、蓮の胸を鋭く抉る。
「……兵器じゃない。お前は、俺の大切な……」
蓮が、言葉を詰まらせる。
「……大切な、何ですか?」
結月が、首を傾げる。
「……いや、なんでもない。……ゆっくり休んでくれ」
蓮は、逃げるように病室を後にした。
廊下に出た蓮は、壁に背中を預け、深く息を吐いた。
「……くそっ……」
蓮の目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
舞を失い、今度は結月の心まで失ってしまった。
自分の無力さが、どうしようもなく悔しかった。
「……泣いている暇はないわよ、雨宮隊員」
廊下の奥から、紗綾局長が歩いてきた。
「……局長……」
蓮が、慌てて涙を拭う。
「……彼女の記憶を取り戻す方法が、一つだけあるかもしれないわ」
紗綾の言葉に、蓮は顔を上げた。
「……本当ですか!?」
「……ええ。……黒の教団が探している『大いなる門』。……その門の奥には、『アカシックレコード』と呼ばれる、世界の全ての記憶が記録された場所があるという伝承があるの」
紗綾が、説明する。
「……アカシックレコード……。そこに、結月の記憶も?」
「……おそらくね。……教団は、その記憶を改竄して、世界を自分たちの都合のいいように作り変えようとしている。……私たちが門を開き、アカシックレコードにアクセスできれば、彼女の記憶を修復できるかもしれない」
紗綾の言葉に、蓮の瞳に希望の光が宿った。
「……やります。……俺が、絶対に門を開いて、結月の記憶を取り戻します」
蓮が、力強く宣言する。
「……そう言うと思ったわ。……でも、そのためには、教団より先に『鍵』を手に入れる必要がある」
紗綾が、タブレットの画面を蓮に見せる。
「……鍵?」
「……ええ。……『神の代行者』と呼ばれるあの少女。……彼女自身が、門を開くための最後の鍵なのよ」
紗綾の言葉に、蓮は息を呑んだ。
三
「……あの少女が、鍵……」
蓮が、タブレットに映し出された少女の画像を見つめる。
「……教団は、彼女を『神の器』として崇めているけれど、実際は門を開くための生贄に過ぎない。……彼女の莫大な魔力と生命力を全て消費して、門をこじ開ける気よ」
紗綾が、厳しい顔で言う。
「……生贄……。じゃあ、門が開けば、あいつは死ぬのか?」
蓮が、眉をひそめる。
「……ええ。……だから、私たちは教団より先に彼女を確保し、門の制御権を奪う必要がある。……それが、結月の記憶を取り戻し、世界を救う唯一の方法よ」
紗綾が、蓮の肩に手を置く。
「……分かりました。……あいつの居場所は、分かってるんですか?」
蓮が尋ねる。
「……アラン君が、教団の通信網を徹底的に解析してくれたわ。……彼女は今、ヨーロッパのアルプス山脈にある、教団の隠し砦にいる」
紗綾が、タブレットの地図を拡大する。
「……アルプス山脈……。また、寒そうな場所だな」
蓮が、苦笑する。
「……今回は、私も同行するわ。……あの少女の魔力は、あなたたちだけでは抑えきれない」
紗綾が、白銀の剣の柄に手をかける。
「……局長が? それは心強いですが……」
蓮が、少し驚いた顔をする。
「……私にも、彼女に聞きたいことがあるの。……なぜ、彼女があれほどの魔力を持っているのか。……そして、なぜ彼女の魔力波長が、私の『光の切断』と似ているのか」
紗綾の瞳に、鋭い光が宿る。
「……似ている? 局長の魔法と?」
蓮が、不思議そうに尋ねる。
「……ええ。……アマゾンで彼女と戦った時、私の剣が彼女の光の障壁を切り裂いた瞬間、奇妙な共鳴を感じたの。……まるで、同じ根源から生まれた力のように」
紗綾が、考え込むように言う。
「……同じ根源……」
蓮も、考え込む。
「……まあ、考えても仕方ないわね。……直接会って、確かめるしかないわ」
紗綾が、表情を引き締める。
「……作戦開始は、明日の〇八〇〇(マルハチマルマル)。……準備をしておきなさい」
紗綾が、背を向けて歩き出す。
「……局長!」
蓮が、紗綾の背中に声をかける。
「……何?」
紗綾が、振り返る。
「……結月も、連れて行きます。……彼女の記憶を取り戻すための戦いなんだ。……彼女自身にも、見届けてほしい」
蓮が、真剣な顔で言う。
「……今の彼女は、足手まといになるかもしれないわよ?」
紗綾が、冷たく言う。
「……俺が、守ります。……絶対に」
蓮が、力強く宣言する。
「……ふん。……好きになさい」
紗綾が、少しだけ口角を上げて、歩き去っていった。
四
翌朝、〇八〇〇(マルハチマルマル)。
対魔局のステルス輸送機が、アルプス山脈の上空を飛んでいた。
機内には、蓮、結月、凛音、アラン、そして紗綾局長の姿があった。
「……寒い。エジプトの砂漠もキツかったけど、雪山も地獄だな」
アランが、分厚い防寒着に身を包みながら震えている。
「……文句を言わないの。……今回は、教団の隠し砦への強襲作戦よ。……気を引き締めなさい」
凛音が、レールガンのスコープを調整しながら言う。
「……結月、寒くないか?」
蓮が、隣に座る結月に声をかける。
「……問題ありません。……私の魔法は氷結です。寒冷地での戦闘は、むしろ有利に働きます」
結月が、無表情のまま答える。
「……そうか。……無理はするなよ」
蓮が、結月の手に触れようとするが、結月はサッと手を引いた。
「……不用意な接触は、控えてください」
結月の冷たい言葉に、蓮は胸を痛めながら手を引っ込めた。
「……目標ポイントまで、あと三分。……降下準備」
パイロットの声が響く。
「……行くわよ。……今回の目標は、『神の代行者』の確保。……教団の幹部が立ち塞がった場合は、容赦なく排除しなさい」
紗綾が、白銀の剣を抜いて立ち上がる。
「……了解!」
蓮たちが、一斉に立ち上がる。
後部のハッチが開き、猛烈な吹雪が機内に吹き込んでくる。
「……降下開始!」
紗綾を先頭に、五人は雪山へと飛び出した。
眼下には、険しい岩肌にへばりつくように建てられた、巨大な石造りの砦が見える。
「……アラン、砦の防衛システムは?」
蓮が、インカム越しに尋ねる。
『……すでにハッキング済みだ。……対空砲火は無効化してある。……そのまま中庭に着陸しろ!』
アランの声が響く。
五人は、パラシュートを操作し、砦の中庭へと正確に着地した。
「……侵入者だ! 迎撃しろ!」
中庭を警備していた教団員たちが、一斉に魔法を放ってくる。
「『光の切断』!」
紗綾が、白銀の剣を一閃する。
放たれた魔法の雨が、光の軌跡と共に真っ二つに切り裂かれ、消滅した。
「……なっ!?」
教団員たちが、驚愕の声を上げる。
「……道を開けなさい」
紗綾が、教団員たちの群れに飛び込み、次々と切り伏せていく。
「……すげえ。……局長、本気モードだ」
蓮が、紗綾の圧倒的な強さに息を呑む。
「……私たちも続くわよ!」
凛音が、レールガンを構えて走り出す。
蓮と結月も、凛音の後を追って砦の内部へと突入した。
五
砦の内部は、外の吹雪が嘘のように静まり返っていた。
石造りの冷たい廊下を、紗綾を先頭に五人が駆け抜ける。
「……アラン、あの少女の居場所は?」
蓮が、走りながらインカムで尋ねる。
『……砦の最上階、大礼拝堂だ。……だが、その前に強力な魔力反応が二つある。……教団の幹部クラスが待ち構えてるぞ』
アランの声が、緊張で上ずっている。
「……幹部が二人か。……手間取っている暇はないわね」
紗綾が、白銀の剣を握り直す。
大礼拝堂へと続く大階段の前に、二人の人影が立っていた。
一人は、全身を黒い甲冑で覆った巨漢。
もう一人は、妖艶な笑みを浮かべる、赤いドレスの女だった。
「……よく来たな、対魔局のネズミども。……私は『鉄壁の騎士』、ゴライアス」
巨漢が、身の丈ほどもある大剣を床に突き立てる。
「……私は『幻惑の魔女』、カーミラ。……あなたたちを、甘い夢の世界へ案内してあげるわ」
赤いドレスの女が、投げキッスをする。
「……ゴライアスとカーミラ……。教団の武闘派と幻術使いのコンビね」
紗綾が、冷たく言い放つ。
「……局長、ここは俺たちが引き受けます。……局長は、先へ!」
蓮が、共鳴剣を顕現させて前に出る。
「……雨宮隊員……」
「……俺たちも、少しは成長したってところを見せたいんでね。……それに、結月の記憶を取り戻すためには、俺がここで立ち止まるわけにはいかない」
蓮が、結月をちらりと見る。
結月は無表情のままだったが、蓮の言葉に微かに反応したように見えた。
「……分かったわ。……死なない程度に頑張りなさい」
紗綾が、ふっと笑い、大階段を駆け上がっていく。
「……逃がすか!」
ゴライアスが大剣を振り下ろそうとするが、蓮が共鳴剣でそれを受け止める。
「……お前の相手は、俺だ!」
蓮が、ゴライアスを睨みつける。
「……生意気なガキが。……潰してやる!」
ゴライアスが、大剣に魔力を込める。
「……あらあら、私を無視するなんて冷たいのね」
カーミラが、赤い扇子を広げ、幻惑の魔力を放とうとする。
「……あなたの相手は、私よ!」
凛音が、レールガンをカーミラに向ける。
「……結月、凛音の援護を頼む!」
蓮が叫ぶ。
「……了解しました」
結月が、氷の槍を生成し、カーミラに向かって放つ。
「……ふふっ、冷たい氷なんて、私の情熱で溶かしてあげるわ」
カーミラが、扇子を振ると、氷の槍が赤い炎に包まれて消滅した。
「……幻術だけじゃない。炎の魔法も使えるのか」
凛音が、舌打ちをする。
「……さあ、楽しいパーティーの始まりよ!」
カーミラが、高笑いと共に、無数の炎の蝶を放つ。
六
「『残響』――風壁!」
蓮が風の壁を展開し、炎の蝶を防ごうとするが、ゴライアスの大剣が風の壁を容易く切り裂く。
「……ぐっ!」
蓮は、咄嗟に後方に跳躍して大剣を躱す。
「……逃げ足だけは速いな。……だが、私の『絶対防御』の前には、お前の攻撃など無意味だ」
ゴライアスが、黒い甲冑を叩く。
彼の甲冑は、魔力によって極限まで硬化されており、物理攻撃も魔法攻撃も一切通用しない。
「……硬いだけが取り柄のデクの坊が。……ぶっ壊してやる!」
蓮が、共鳴剣に雷と炎の魔力を込める。
「『残響』――雷炎刃!」
蓮が、ゴライアスの甲冑に斬りかかる。
しかし、雷炎の刃は甲冑の表面で弾かれ、火花を散らすだけだった。
「……無駄だと言っただろう」
ゴライアスが、大剣を横薙ぎに振るう。
「……しまっ……!」
蓮は、大剣の腹で強打され、壁に激突した。
「……蓮!」
凛音が、叫ぶ。
「……よそ見をしている暇があるのかしら?」
カーミラが、凛音の背後に回り込み、赤い扇子から幻惑の粉を振り撒く。
「……くっ……!」
凛音は、咄嗟に息を止めるが、粉は皮膚からも吸収され、彼女の視界を歪ませていく。
「……ふふっ、いい夢を見なさい」
カーミラが、妖しく微笑む。
凛音の視界に、死んだはずの仲間たちの幻影が浮かび上がる。
「……凛音……なぜ、私たちを見捨てたの……?」
幻影たちが、凛音に恨み言を囁く。
「……違う……私は……!」
凛音が、頭を抱えてしゃがみ込む。
「……九条隊員!」
結月が、凛音を助けようと氷の槍を放つが、カーミラの炎の蝶に阻まれる。
「……あなたも、冷たい人形のままじゃつまらないわね。……少し、感情を思い出させてあげる」
カーミラが、結月に向かって幻惑の粉を放つ。
結月の視界にも、幻影が浮かび上がる。
それは、血まみれになって倒れる蓮の姿だった。
「……結月……逃げろ……」
幻影の蓮が、苦しそうに手を伸ばす。
「……雨宮、隊員……?」
結月の無表情な顔に、微かな動揺が走る。
「……そうよ、悲しいでしょう? 苦しいでしょう? ……もっと、感情を爆発させなさい!」
カーミラが、高笑いする。
しかし、結月の瞳は、すぐに元の虚無に戻った。
「……幻影ですね。……私の記憶には、そのようなデータは存在しません」
結月が、淡々と氷の槍を生成し、カーミラに向かって放つ。
「……なっ!? なぜ、幻術が効かないの!?」
カーミラが、驚愕して氷の槍を躱す。
「……私は、感情を喪失しています。……幻術で感情を揺さぶることは、不可能です」
結月の言葉に、カーミラは顔をしかめた。
「……チッ、可愛げのない人形ね!」
カーミラが、炎の蝶を大量に放つ。
「……九条隊員、しっかりしてください。……あれは、幻影です」
結月が、氷の壁を展開して炎の蝶を防ぎながら、凛音に声をかける。
「……結月……。そうね、こんな幻影に惑わされている場合じゃないわ!」
凛音が、顔を上げ、レールガンを構え直す。
「……アラン、ゴライアスの甲冑の弱点を解析して!」
凛音が、インカムで叫ぶ。
『……やってる! ……甲冑の継ぎ目、首の後ろと脇の下の魔力密度が僅かに低い! ……そこを狙え!』
アランの声が響く。
「……了解! 蓮、聞こえたわね!」
凛音が、叫ぶ。
「……ああ、聞こえてるぜ!」
蓮が、壁から身を起こし、口元の血を拭う。
「……反撃開始だ!」
蓮が、再び共鳴剣を構え、ゴライアスに向かって突進した。
七
「……何度やっても無駄だ!」
ゴライアスが、大剣を振り下ろす。
蓮は、大剣を躱すのではなく、あえて大剣の側面に共鳴剣を滑らせ、ゴライアスの懐へと飛び込んだ。
「……なっ!?」
ゴライアスが、驚愕する。
「……脇の下だ!」
蓮が、共鳴剣をゴライアスの脇の下の継ぎ目に突き立てる。
「……ぐおおおおっ!」
ゴライアスが、苦痛の叫びを上げる。
絶対防御の甲冑に、初めて傷が入った。
「……凛音、今だ!」
蓮が叫ぶ。
「『雷撃』――超電磁砲!」
凛音が、ゴライアスの首の後ろの継ぎ目に向かって、レールガンを発射する。
極太のレーザーが、甲冑の継ぎ目を正確に撃ち抜き、ゴライアスの魔力回路を完全に破壊した。
「……バカ、な……。私の、絶対防御が……」
ゴライアスは、大剣を取り落とし、そのまま轟音と共に倒れ伏した。
「……ゴライアス!」
カーミラが、悲鳴を上げる。
「……よそ見をしている暇はありませんよ」
結月が、カーミラの背後に回り込み、氷の刃を首筋に突きつける。
「……ひっ……!」
カーミラが、息を呑む。
「……動けば、凍らせます」
結月の冷たい声に、カーミラは完全に戦意を喪失し、両手を上げた。
「……よし、幹部二人の無力化、完了だ」
蓮が、荒い息を吐きながら共鳴剣を消滅させる。
「……よくやったわね、二人とも」
凛音が、安堵のため息をつく。
「……結月、大丈夫だったか?」
蓮が、結月に駆け寄る。
「……問題ありません。……幻術は、私には効きませんから」
結月が、淡々と答える。
「……そうか。……でも、無理はするなよ」
蓮が、結月の頭を撫でようとするが、結月はやはりサッと身を引いた。
「……不用意な接触は……」
「……分かってる。……ごめん」
蓮が、寂しそうに手を下ろす。
「……急ぎましょう。局長が、上で待っています」
結月が、大階段の方を向く。
「……ああ。……行くぞ」
蓮たちは、大階段を駆け上がり、最上階の大礼拝堂へと向かった。
八
大礼拝堂の扉を開けると、そこは荘厳なステンドグラスから光が差し込む、広大な空間だった。
中央の祭壇には、「神の代行者」である少女が静かに立っている。
そして、その少女と対峙するように、紗綾局長が白銀の剣を構えていた。
「……遅かったわね」
紗綾が、蓮たちを一瞥する。
「……幹部二人の相手をしてたんでね。……で、状況は?」
蓮が、共鳴剣を顕現させる。
「……彼女、一言も喋らないのよ。……ただ、圧倒的な魔力を放ち続けているだけ」
紗綾が、少女を睨みつける。
少女の周囲には、幾重にも重なる光の魔法陣が展開されており、近づくことすら困難なほどのプレッシャーを放っていた。
「……お前が、大いなる門の鍵だな。……大人しく投降しろ」
蓮が、少女に向かって叫ぶ。
少女は、ゆっくりと蓮たちの方を向いた。
その虚ろな瞳が、蓮、凛音、そして結月を順番に見つめる。
「……あなたたちは、なぜ戦うのですか?」
少女が、初めて口を開いた。
その声は、鈴を転がすように澄んでいたが、やはり感情の欠片も感じられなかった。
「……なぜって……。世界を守るためだ。……そして、大切な仲間の記憶を取り戻すためだ!」
蓮が、結月をちらりと見ながら答える。
「……世界を守る。……記憶を取り戻す。……それは、あなたたちの『エゴ』に過ぎません」
少女が、静かに首を振る。
「……エゴだと?」
「……世界は、すでに歪んでいます。……魔法という不完全な力が、人々に争いと悲しみをもたらしている。……だから、大いなる門を開き、アカシックレコードの力で、世界を『初期化』するのです」
少女の言葉に、蓮たちは息を呑んだ。
「……初期化……。つまり、世界を滅ぼして、一から作り直すってことか!」
凛音が、叫ぶ。
「……滅びではありません。……『救済』です。……全ての悲しみを消し去り、完全な世界を創り出す。……それが、神の計画です」
少女が、両手を広げる。
「……ふざけるな! 悲しみも、苦しみも、全部ひっくるめて俺たちの世界だ! ……勝手に初期化なんて、させるか!」
蓮が、少女に向かって突進する。
「……愚かな」
少女が、光の魔法陣から無数の光の矢を放つ。
「『光の切断』!」
紗綾が、白銀の剣で光の矢を切り裂き、蓮の道を切り開く。
「……行くぞ!」
蓮が、少女の懐に飛び込み、共鳴剣を振り下ろす。
しかし、少女は光の障壁を展開し、共鳴剣を容易く防いだ。
「……あなたの力では、私には届きません」
少女が、蓮を冷たく見下ろす。
「……届かせてみせるさ! ……俺の『残響』は、想いを繋ぐ力だ!」
蓮が、共鳴剣にさらに魔力を込める。
その時、蓮の背後から、凄まじい冷気が放たれた。
「『氷結』――絶対零度!」
結月が、少女の光の障壁ごと、周囲の空間を完全に凍結させた。
「……なっ!?」
少女の無表情な顔に、驚きの色が浮かぶ。
「……雨宮隊員、今です!」
結月が、叫ぶ。
「……ああ!」
蓮が、凍結して脆くなった光の障壁を、共鳴剣で叩き割る。
純白の刃が、少女の肩を深く切り裂いた。
「……くっ……!」
少女が、苦痛に顔を歪め、後方に跳躍する。
「……やったか!」
蓮が、荒い息を吐く。
しかし、少女の肩の傷は、光に包まれて瞬時に塞がっていった。
「……超再生能力……。やはり、一筋縄ではいかないわね」
紗綾が、舌打ちをする。
「……あなたたちの力、認めましょう。……ですが、もう遅い」
少女が、祭壇の奥にある巨大なステンドグラスを指差す。
ステンドグラスが眩い光を放ち、その向こう側に、巨大な「門」の輪郭が浮かび上がり始めた。
「……大いなる門が……開く……!」
アランの絶望的な声が、インカムから響いた。
【第16章終了】
【第16章登場魔法・用語解説】
「アカシックレコード」:世界の全ての記憶が記録されているとされる概念的な場所。「大いなる門」の奥に存在すると言われており、教団はこれを利用して世界を改竄しようとしている。
「神の代行者(鍵)」:大いなる門を開くための最後の鍵。彼女の莫大な魔力と生命力を消費することで、門をこじ開けることができる。
「光の切断(共鳴)」:紗綾の魔法と神の代行者の魔力波長が似ていることが判明した。これが何を意味するのかは、まだ謎に包まれている。
「ゴライアス」:黒の教団幹部「鉄壁の騎士」。魔法「絶対防御」により、甲冑を極限まで硬化させ、あらゆる攻撃を無効化する。
「カーミラ」:黒の教団幹部「幻惑の魔女」。幻術と炎の魔法を操り、相手の精神を破壊する。
ここまで読んでくれてありがとうございました!
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