ひとつまみ
「僕がやったことは、常識の範囲内ではないことくらいわかっています。でも、あれ以外、選択肢はありましたでしょうか?」
「選択肢ならいくらでもあった、だれも傷つかない選択肢が――」
「誰も傷つかない選択肢なんてない」
「もう一度言わせてもらいます」
僕は立ち上がって、先生をにらめつけながらつづけた
「誰も傷つかない選択肢なんてものがあったら、人生はもっと簡単だった。でも、二択、三択、四択の中で必ず誰かが何かを失わなければならない。僕は、僕は友達と、自分を最優先にしました」
「あんたってやつは…」
「俺ってやつは何だッ!? 俺は何だ、言ってみろ! 文句を言えッ! 叫べッ! でも意見は曲げない。成敗だ、成敗が必要だったんだ…ッ! 腐った野郎の頭に叩き込むんだ、これまでやってきたすべてのことが結局彼を”失敗”へと導くと…俺がその”失敗”だ、血なまぐさい最悪の失敗だ。正しいか正しくないかなんてどうでもいい、でも、反吐が出るようなやつにはあれくらいの仕返しが必要だった」
「…」
「正しいやつが正しくない奴を正せると思うのか。大間違いだ。糞みたいな環境と、全てが自分のためならうまくいくと考えこんでるやつに、違う世界を見せれば見せるほど今の当たり前にしがみつくようになる。正しくなくたっていい、しがみつくその当たり前を壊せば…」
保健室内が、静かになった。
冷たい先生の視線が、僕を貫くようだった。
「それが、教頭先生を病院に送った理由?」
間をおいて、
「そうですね」
と静かに、答えた。
リュックを手に取って学校を出ようと廊下を渡り、靴箱まで行くと校門に晴臣を見付けた。
「よ!」
靴をとっている間に腕を上げて外にいる晴臣に挨拶をした。
下ばかりを見つめていた晴臣が僕に気が付くと、ほんの少しだけ手のひらを見せてくれた。
「…?」
晴臣、なんだか冷たいな。
シゲイチも、鶴丸さんについてなんだか冷たかったけど、それとはまた違う気もする。
どうしたんだろう。
靴を履いてからすぐに校門の隣にある自転車置き場のポールに腰かけた。
晴臣とは少し離れていたが、それでも彼の心配するような表情が見えた。
「どうしたんだ晴臣? シゲイチはもう帰ったのか?」
僕は少し微笑んで彼に聞いた。
「まぁ」
暗そうな顔で、そういった。
「僕はもう帰るけど、晴臣は迎え? 自転車ないの?」
「うん、親がすぐ来る」
「そうか」
「…なぁ勇気」
僕がすでにポールを離れ、自転車を取りに行こうと思っていた時に晴臣が声をかけてきた。
「お前さ、あの日の夜何があったんだ? シゲイチからは、道路で寝てたとか聞いたけど」
「…あぁ、あの日ね」
「…」
どうしよう。なんていえばいいんだろう、親父を殺して、自分の犬が死んだなんて到底言えない。
「…お父さんと、お母さんが家の中で喧嘩をしたんだ」
嘘ではない。
「本当か?」
「うん。中学の頃から、ずっとこうなんだ。だからあの日家から逃げ出した」
晴臣はまた暗そうに地面を見てから、すぐに顔色を変えて僕を見つめた。
「ごめん! 考えすぎてたかも。親の間に何かあったらいつでも言えよ? 俺とシゲイチが問題を解決できるわけじゃないけど、お前が逃げ出すような状態になることはないようにするからさ」
僕はなんだか困ったような顔をして、軽く微笑んだ。
「あ、ありがとう? かな」
「ありがとうでいいんだよ。じゃ、親きたから行ってくるわ。また明日な」
「あぁ、また明日」
彼は校門から道路に出て、さっき来た車に入り、車はそのまま進んでいった。
僕は自転車置き場で自分の自転車に跨り、漕ぐ前に、少し止まった。
…
そして校門を出て行った。




