四つの視点 四つの世界
ルカ シゲイチ 黒沢刑事 勇気
~シゲイチ~
勇気には、本当に申し訳ないが…彼に鶴丸について話すのはあまりいい選択ではない気がする。
晴臣も空気を読んで何とか二人で勇気から離れたが、廊下ですれ違ったおっさんたちが気になる。
「晴臣、お前これからどうする」
「どうするって?」
「…鶴丸が勇気のうわさを流したのであれば、あいつがいろいろやばいこと言われたり虐めされてんのもあいつのせいになるだろ」
5時半の薄暗い廊下の中で、美術の教室の前にとまって晴臣を見た。
「鶴丸をどうしたいんだ…シゲ」
「俺は……」
「別にできることと言えば何もないだろう?女を殴るわけにもいかないし、あいつみたいな最低野郎が俺たちの話を聞くと思うか?クラスのマドンナ的存在だぜ?」
「…まぁ」
「”まぁ”! まぁね! そのふたつのひらがなで何かを解決できるのであればアメリカはすでに飛ぶ車を開発してたぜ!」
「…まぁ」
「糞ッ! もう何もないんだよ! 勇気のためにできることはな! お前はなんであいつにあんなに構うんだ! 家に泊めてくれたのに慰謝料の一つもねぇ! 有とかいうイカれた糞野郎と戦ったのに逃げやがったッ!」
「それは違うだろうッ! 勇気はあの時校長室で俺たちを助けてくれたッ! 恩知らずの糞野郎はお前だ晴臣ッ!」
「…ッ!! もういい、何かをするなら一人でやってろ。俺はもう口も首も突っ込まん。面倒ごとに巻き込まれたいなら、独りでやりな。勇気はお前のもんだシゲイチ。行ってこい!」
晴臣に、勇気を理解できるものか。
…もちろん俺も、理解できるはずがない。けど―――
それは、見捨てる理由じゃない。
勇気は小学の頃からの親友だ、ずっと、ずっと一緒にいたんだ。
なのに、なのにあの雨の日あいつは道路に寝っ転がってやがったんだ…
何も気にせず、泥にまみれながら寝てやがったんだ…
「お前の言う通り、独りで解決するべきかもしれないな」
「…シゲイチ?」
「あぁ、独りでやってくるよ、独りでな」
「ごめ、ごめんシゲイチ…そういうことを言いたいわけではなかったんだ。でも、わかるだろ? 勇気は何も説明してくれない、何が起きてるのか、何も理解できずに俺たちは…」
晴臣は、眉間にしわを寄せるのをやめて、少し悲しさと、孤独の混ざった謝罪をする。
でも、もう遅い…気がする。
「解決法が欲しかったんだろう。解決法を持ってる。お前には到底できない解決法をな」
晴臣が肩に手を置こうとしたとき、俺はそれを振り払った。
「触るな」
彼を睨み込んで、そのまま階段を下りて行った。
奥海陽に、ピンク色の家がある。畑と、田んぼに囲まれたきれいなピンク色の家だ。
「…シゲイチ!」
上から声が聞こえた。でも、もうやることはわかっている。
彼にはできないことが、俺にはできる。
階段を早々と下りて校門にたどり着き、バスたちを見渡す。
海陽の住宅街へ向かうバスの中に一瞬目を向けると、そこにエリナさんがスマホをいじっていた。
俺に気が付くと、一瞬だけ手を振り、すぐにスマホに戻った。
「…」
何も答えないまま、自転車を探して、鍵をつけ、そのままバスたちより前に校門を出て行った。
~黒沢刑事~
「白沢! お前人工呼吸を救命訓練で習ったろッ! 今やれ今ァ!」
「黒沢さんだって習ったじゃないすか!?」
「口答えするなッ!」
「糞ッ!」
松本勇気が急に息を荒くすると、胸に手を当て、そしてそのまま椅子から落ちてカーペットに横たわった。
私は何とか彼の背中をもって頭の位置を上げたが…正直筋トレをしていればもっと楽だったと思う。
「なら教員を呼びやがれッ!」
「きょ、教員? あ、はい!」
白沢はそう言って、ノートをパソコンに投げつけてそのまま飛び出していった。
部屋の中からは、彼の助けを呼ぶ声が聞こえた。
「アホめ…」
松本勇気、突然親父の話になると過呼吸になりやがった。
まさか、感情以上に、こいつは何かを知ってるのか。
…親父のDVもあったらしいが、これで分かった。
勇気は知っている。親父は失踪なんかしていない、誰かが彼の居場所を知っている時点でそれはただの旅行だ!
見てろ、見てろよ松本たちども…面白くなってきたァ!
「どうも!池田ですぅ…松本君に何か――マママ松本君ッ!?」
先生が入り口で挨拶をすると、急に慌てて俺と松本勇気を交互に見た。
「人工呼吸!」
「え? お、男とですか?」
「生徒だろッ!」
「えぇ~…仕方ないですね…」
こいつら全員使えねぇゴミムシの集まりだ、東京にいたころが懐かしくてたまらないほどだ…
あっちも大して変わらなかったが、少なくともこっちよりも捜査は順調に進んだ。
一日で大半のことがわかるのは当たり前だった。東京人はバカだからな。
でも、ここは広すぎる。唯一の尋問先と言えば、松本家とその隣人たちだ。
勇気が本当に何かを知ってるのか、本当はまだわからない。すべては仮説にすぎない。
…落ち着け。
「ふぅ! ふぅ! ふぅ!」
教員が人工呼吸をし始めると、私はそのまま松本から離れて部屋を出て行った。
「どうでした?」
「あぁ…教員がゲイになったこと以外何も変わらない。多分数分で松本は起き上がるから、病院を呼ばなくても大丈夫そうだ。俺たちはさっさとここから消えよう。ここは、刑事のいるところじゃない」
「…はぁ。」
「”はい”だろう? さっさと動けガキ」
「…はぃ」
「それだ」
~ルカ~
「よよよぉ!」
俺はなんだか暇だったからとにかく薔薇がきれ~いなカフェに来てみたはいいもんだが…
コーヒーが非常に高い。600円ってのはぼったくりだ! 二人でこれば千円超えるじゃないか!
ま、面白い光景が見れるからそこまで苦でもないんだけどね。
「…あんた何でここにいるの」
「いや~、エリナの働く姿が見てみたくて…!」
「話でもあるの?」
「バイト忙しいわけでもないでしょ? お客さん俺だけだし」
「いや、そうだけどさ」
「えっとね、注文は…コーヒー一杯かな。アイスで!」
「アイスは夏にしかやってません。冬の間冷蔵庫切れるので」
「は?」
「そうだよね、佐藤さんにも相談したんだけどあの人節約だとか言って全然冷蔵庫つけないんだよ?」
エリナは片手に伝票、もう片手にペンを持ちながら天井を眺めてた。
「…コーヒー生ぬるくてもいいから、ホットだけは勘弁。あと、クリームと砂糖も持ってきて」
「はぁい」
彼女はメモもせずキッチンに戻っていった。
普段とはやっぱり全然違う格好で、髪が縛られているのと、緑のエプロンを着ている。いつもは緑色のタートルネックだが、今は変わってる。
「ふぅ」
なんだか一息付けたみたいだ。
最近は羽田家さんから連絡がないし、車は返したけど…なんだろうな。みょ~に静かなんだよなぁ。
有さんもここ最近何かしてるわけじゃなさそうだし。
やっぱみんなにも休日がいるのかな。
「持ってきたよ」
エリナはそう言って生ぬるそうなコーヒーを持ってきた。
「あ、マジで生ぬるいんだ」
「うん。氷もないからね」
「…冗談かと思ってたよ」
「私はいつだって真面目だよ? バカじゃないの?」
「…ごめん」
彼女は俺の目の前に座って、そのまま頬杖をついて窓を見ていた。
その間俺はコーヒーに砂糖と、クリームを入れる。
「…なんかないの? ルカいつも話すじゃん、余計なことを」
「余計? 俺のこと余計だと思ってたのか?」
「うん」
「はぁ…ていうか話変わるんだけど今冬じゃなくないか? 冷たいコーヒーは!?」
「うん三月。曖昧な季節だからコーヒーも曖昧なの」
「きったねぇ理論だな…」
「そう?」
「そうだよ!」
「私はすきだけど」
コーヒーは生ぬるいのにこいつだけはやけに冷たい。
コーヒーを口まで運んでから、テーブルにまた置いた。
「ニュースか。別にないかもな」
「いつもは勇気が~とか噂~とか、言ってるじゃん」
「…まぁね。でも俺も相当暇じゃなきゃこんなとこ来てねぇよ…相当平和なんだよいろいろと」
「羽田家は?」
「や~けに静か」
「…そう。」
あまりにも静かすぎたのか、急にエリナが喋り始めた。
なんだかものすごくレア…だったから、少し困惑したけど、すぐに聞き入った。
「最近、勇気ってやつと話し始めたの」
「へぇ! あの噂の? 先生妊娠させた?」
「うん、まぁ、それは嘘っぽいっていうか、彼はそんなことしなさそうな人だったけどさ」
「噂はあてにならないもんなぁ、それだけは確かに本人と話してみないと…って感じ?」
「私もそう思う。でね、一緒に出かけたんだよ」
「エリナちゃん彼氏できちゃうのか。ずっと狙ってる俺はどうなっちまうんだ?」
「くたばれ」
「言葉は墓場より冷たいのに、視線だけは熱いな」
俺はまたコーヒーを手に持つ。
「でも、男と話すエリナは珍しいな」
「…」
「勇気は俺と同じクラスだけど、話したことはないんだ。シゲイチらへんと話してるところは見たことあるけどね。すごく意外なんだ! あんな暗そうなやつがシゲイチとかっていうほぼ太陽の化身みたいなやつとつるむからさ」
「シゲイチね、勇気からも何回か聞いてる」
「でも俺の話は?」
「そうね、前にコバエがうざいって話をしたけど、まさかあんたの話だったかな?」
「ヒュー…風に飛ばされちゃうよ…」
エリナが笑うと、俺がコーヒーを飲み終えたことに気が付き、コップをもってさっさとキッチンへと持って行った。
「あ、じゃあ会計もお願いするわ。帰ってやっぱテレビ見てくる」
「そう? 軽いコーヒーだったら確かに自分の思考を聞いていても起きていられるからね」
「…俺が芯からつまらないと言いたいのか? まぁ、いいや…ほら600円、じゃあな!」
「うん。またねルカ」
~勇気~
調子が、悪い気がする。
あの日、親父とのことがあってからずっとだ。
何をしても吐き気が、何をしてもあの赤い風景が思い浮かぶ。
だから、だから彼を思い出してしまうと、それがもっと具体的な形で、僕の目の前に…
寝込んでいた上半身を上げて、ベッドに座った。
「先生。ありがとうございます」
浜松先生はデスクに座ったまま、書類か何かを見ていた。
「汚いジャケット、洗ったのね。まぁ、私には関係ないけど」
「…洗った」
「あんた調子は?」
「もう大丈夫そうです」
「そう? 血圧だけ測るからまだ立ち上がらないで」
僕は、親父の死体を隠したわけじゃない。
あの小屋にまだいる。あの小屋に、置いてきたままだ。
もしも、もしも警察があの場所を見つけたのであれば…証拠のハンマーも、多分、ラッキーの死体も、見つかる。
はあ、やっぱり…調子が悪い。
頭がもやもやする。
何をすればいいのか全く、全く分からない。
「はい、腕出して」
浜松先生は僕の前に立ち、上腕式血圧計を僕の腕につけた。
「まず、何回か深呼吸して? ほら、リラックス!」
「…はい」
「勇気くんは、最近何か楽しいことあった?」
楽しいことか。
シゲイチとあそんだかな。
そうだ、パソコン室でくっちゃべってたんだ。
へへ。
「最近は友達と遊びましたね」
「そう、先生うらやましいわ」
「うん」
「じゃあ測るね」
しばらくして、腕に上腕式血圧計をつけたままじっとしていると、先生はそれを外した。
数字を見て
「大丈夫そうね」
と、機械を引っ込んでそう言った。
「勇気君」
「…はい?」
先生はやけに真剣そうな顔で僕を見つめて、膝に手を当てていた。
浜松先生は、怒ってるのだろうか。それとも、彼女のこの無表情に近い顔は、本当に感情がないからなのだろうか。
「前にシゲイチ君のことがあったと思うんだけど、まさか教頭先生を病院に送ったのってあなた?」




