episode:中本はじめ
こんにちは、葛西さん、ですか?
あ、そうです。僕は中本はじめです。突然話聞かせてほしいって言われて、少し驚きました。斎藤の話って言っても、何も話せることなんて無くて……。
あ、僕こういう仕事してて。確か名刺が……ありました。そうです、いまはカメラマンですね。この間個展も開いたんですよ。僕、一眼レフとかも好きなんですけど、何よりスマホのカメラが好きで。
プロが何をって言われるかもしれないんですけど、スマホのカメラって、撮ってすぐ世界中の人と共有できるじゃないですか。
Twitter、Pinterest、Instagram……そういう速度感が僕には合っているんですよね。
あ、そうです。そのハジメが僕のアカウントで。改めて褒められると、少し照れますね。
すみません店員さん。このアイスカフェラテってどれくらい甘いですか? シュガー一本程度……それ、もう少し甘くしてもらうこと、できますか? ありがとうございます。
葛西さん、何飲まれます? じゃあ、ブラックコーヒーもお願いします。
それで、斎藤のことですよね。
正直、斎藤の話って言われても詳しく話せるようなことって少なくて。僕は谷上小学校に五年生の中頃かな、それくらいに転校したんです。
転校前は同じ都内の明成小学校に通ってて……まあ、色々あったんです。
そこで会ったのが斎藤でした。
僕も斎藤も、少し学校の空気感から浮いてましたね。僕たちにあの頃の学校はすごく生きづらかったんですよ。
他者と同じ考え方、他者と同じものの見方、他者と同じ存在になるような、自分を溶かしてしまうような、型にはめるような教育がしんどくて……、僕と斎藤はすぐに親友と呼べるくらい仲良くなりました。
斎藤は、大きな目に白哲のような肌をしていて、少しおでこが広かったんですよね。鼻梁は低かったけど整った形をしてて、唇の形だって綺麗でした。
あはは、僕はノーマルなんですけど、その頃の勘違いと言いますか、友情を恋情に勘違いしてしまって、中学校の一年生の時、トイレで斎藤に告白しちゃったんですよ。
まだ覚えてます、あの温度と空気感。
斎藤はトイレに着いてくる前に水筒の麦茶を二口飲んで、制服のシャツのボタンを一番上以外きっちりと閉めて、ブレザーまで着てました。
夏でしたけど、あの頃は随分涼しくて、二七度くらいだったかな。蝉が煩わしいくらいに鳴いてました。
トイレの中は、少しアンモニア臭がして、こんなところで告白なんてと、僕は少し後悔しました。
僕についてきた斎藤は不思議そうな表情をしてて、僕の心臓は箍が弾けてしまいそうなほどに高鳴ってました。
友達で無くなってしまうのなら、いっそ言わない方がいいんじゃないか。それでも、僕は言ってしまったんです。
あはは、告白の言葉なんて、本当に「君が好きだ、付き合って欲しい」くらいでしたよ。
斎藤は、ごめんと言って、でも友達でいてほしいとそう言ってました。
いまから思えば、あれは“お互いしかいない”からこその、勘違いだったんですよね。僕にとっては斎藤しかいないって思い込んでいたからこそ、友情を恋に勘違いして、青臭い気持ちで突っ走ってしまった。
あの時、友達を失くすかもしれないのに断ってくれた斎藤に感謝してます。
でも結局、斎藤と仲が良かったのは中学まででした。
僕は、家にお金が無くて公立の高校に行ったんです。斎藤は私立の高校に行ったって聞きました。大学も、院まで行ったって。
僕は母から、「金がないから大学にも行かせてやれない」って泣かれて、でも良かったんですよね。僕はずっと、母の助けになりたかったから……すみません、脱線しちゃって。
ああいえ、斎藤の進学については本人から聞いたんじゃないんです。斎藤は同窓会にも、成人式にも来なかったから全部又聞きで。
周囲が「アイツ、医者になれなかったらしい」とか「親の病院継げないんだってな」とか、そう言って笑っていたのがあまりにも醜悪で、僕はしんどくなりました。
子供の頃は、自分と相手だけだった世界が、大人になると開けるじゃないですか。
自分と相手だけじゃなくて、自分と相手、相手の家族、近況、学歴、職歴。そういう、腥いところが僕はしんどくて、嫌いで、だからカメラマンになったのかもしれませんね。
カメラマンって、一瞬の感情を切り取るじゃないですか、そのほとんどは綺麗なもので……。だからこそそういうものを残したくて撮って来たのかも。
斎藤も見てくれてますかね、僕の写真。
以前、個展のチケットを送ったら丁寧なお礼状が届いたんですよ。でも、斎藤は字が汚かったんで、全部ワープロ打ちでした。
拝啓から始まって敬具で締める、なんかアイツらしいなあって思いましたね。
僕は随分生きやすくなりましたけど、斎藤はまだ、生きづらいところで足を引きずりながら歩いてるのかもって思うと、なんか……悲しいですよね。
斎藤にも幸せになってほしいです。
ああ、すみません。妻から連絡が。
もしもし、うん。すぐ帰るよ。分かってる。はは、みつきー、パパ、すぐ帰るからね。うん、それじゃあ。
すみません、僕はこれで。……斎藤とまた話せたら? そうですね、まずは音信不通になってた期間の話を聞きたいです、酒でも酌み交わしながら。
それでは、また。




