#2 「普遍的部員の不可思議現象との邂逅」
「ボクはアキ。そこで本読んでる秋乃の化身だよ」
「…レプリカ?」
啓は先程、秋乃から簡素な説明を聞いただけで化身と言われても状況がわからなかった。
「あれ、まさか説明受けてない?」
「いや、受けたけど」
分からなかったとは自分のプライドが許さず言えない啓。
「…その気持ちボクもわかるよ。説明しなおすから」
もう一人の秋乃はそう言って、溜息をついた。
化身とは、自分の潜在意識が具現化したようなものでいうなれば、着飾っていない純粋な自分のようなものだと言う。
それは人類すべてが生まれながらにして持つもので、大概の化身は影として存在しているらしい。しかし、それを持たずに影だけあるといった人が稀にいるのも確認されているようだ。
しかし、それらは実体を持たず自ら出てくることは無く、秋乃の様な特殊能力者――化身遣い(マスター)の召喚によって具現化することができる。その為、化身が自らの意思でこの世界に姿を持って出てくることは出来ない。筈なのだが――
「…でも、僕はそのレプリカとやらにあったんだけど」
「それはボクじゃ、ちょっと分からないかなぁ」
ははは、と苦笑いをもらすアキ。未だに難しい表情をしている啓。そしてフェンスにもたれ本を黙々と読んでいる秋乃。そして、その秋乃が口を開いた。
「そろそろ時間よ」
風の中で消えたその言葉は啓の期待した解決への糸口ではなかった。
放課後、啓は悪友の藤枝達樹と図書室の中、司書室にいた。
理由は啓たちの所属する文芸部に参加する為である。
「なぁ、啓。何で俺たちは文芸部に入っているんだ?」
「…お前が強制的に入部させたんだろ」
二人がこの文芸部に入っているのは、全て啓の向かいで座っているこの大男のせいである。
入学当初に『面倒だから』と言う理由で楽そうな文芸部に達樹が入り、それに連れられ啓も入部届けにサインをしたのが運の尽きだった。
「あら、貴方たち早かったわね」
その一番の原因は、今、図書館へと来た女性。木下茉理文芸部部長。通称、魔女である。
文芸部部員は、ほぼこの魔女の奴隷であり、逆らったものは何をされるか分からない。実際過去に逆らった部員が翌日から忽然と姿を消したという噂も流れている。
そんな訳で部員数、数人のこの部活動は、啓と達樹の中で酷く憂鬱なものになっているのだ。
「で、桐竹君。貴方、今日変ね」
茉理が啓を視界に入れてしばらく経ってから、静かにそう呟いた。
「…変って、どこがですが?」
――しまった。
啓はそう思った。しかし、後悔先に立たず。
「図星ね。分かっているでしょう?」
返答を切り出すまでに間が空いた。それだけで相手の動揺を魔女は見抜いていた。
「ええ、気づいたのは先輩が初めてですよ」
「…その嘘も、貴方に影が無いのと関係があるのかしら?」
その魔女の一言で司書業務を静かに行っていた達樹も顔を上げた。
「啓の影……、本当に無いな」
しかし、その顔は実に愉しそうな顔をしていた。
「桐竹君、面白そうなことに巻き込まれてるわね」
魔女と大男はこの異常現象にも屈せずに啓に質問を浴びせる。
「啓、どういうことか話せよ」
「是非、教えて頂戴」
達樹はともかく、茉理の願いは命令だ。啓は諦め、話を信じてもらえるようにと願い始めた。
「ふぅん、中々面白そうなことになってるじゃない」
一連の話を聞き終えた茉理は眼鏡を拭きながらそういった。
「成程。お前、面白そうなことに巻き込まれてるな」
茉理に続き達樹がまでもこの現象を『面白い』と称した。これに、この文芸部の姿が顕著に現れている。
ここの文芸部員は他人のごたごたが大変好きで、さらにはその事柄に首を突っ込まなければ気が済まないという性格をしている人が多い。
「で、桐竹君。解決策は見つかっているのかしら?」
この文芸部の魔女は今回の啓の身辺のごたごたにも首を突っ込む気でいるらしい。
彼女の双眸が妖しく輝いているのもいい証拠だ。いつに無く愉しそうな、期待したような表情をしている。
「いえ、まだです」
実際問題、何の対策も処してはいない。
そんな啓を見て口角を微かに吊り上げた茉理は達樹へと命令をした。
「そこの机の右から二番目の引き出しにあるKK-5のUSBメモリを取ってきて」
もちろん命令には逆らえずに取りに行く。
「で、桐竹君。その貴方のレプリカとやらは今、何処かに居るわけ?」
「…そうなりますね」
それは啓が最も頭を悩ましている問題だった。
もしも、もう一人の啓が世間で何か問題を犯したら全て桐竹啓の問題になってしまう。それが問題だった。
「その問題はどうにもならないけど、私がどちらかを判断する材料はあるわ」
そう言って茉理は先程達樹に持ってこさせたUSBを啓に渡す。
「これを見せてくれれば貴方が貴方であることはわかるわ。もし偽者だったら持っていないはずだから」
それは、単純な理論だ。
USBを持っていれば桐竹啓。持っていなければ偽者ということになる。
「じゃ、ずっと持ってますね」
「そうしていたほうがいいわよ」
――これでこの話は終わりだろうか
そう思った瞬間魔女が一言、
「じゃ、椎名さんとアキっていう子を連れてきて」
魔女の命令を受け啓は席を立つ。
この広い学校の敷地の中でただ一人の人を探すのは砂漠の中から縫い針を探すようなもの、不可能に近いようなものだ。
しかし、
「あれ、椎名さん?」
「…何かしら桐竹君」
司書室を出たところにある図書室、そこに椎名秋乃はいた。
「いや、うちの部長が来てほしいって」
本来ならば、命令形なのだが。
「貴方、喋ったわね」
「…ごめん」
「まあいいわ」
そう言って呼んでいた本を閉じ、席を立つ。
「で、その先輩がいるのは司書室よね」
「あ、うん」
それだけ聞くと無言で彼女は魔女の住処へと足を進める。
そして、その扉を開けて中に入ったのだが、
「………」
「………」
秋乃と茉理の目が合った途端、二人とも黙り込んだ。
静寂。
(なあ、啓。これどうするよ?)
(どうするも、こうするもこっちは何もできないだろ)
(そうだよな)
居心地の悪い静寂の中でヒソヒソと会話を続けている啓と達樹。それを無視して魔女たちはずっと睨みあっている。
「…ねえ、貴方。アキって何者なの?」
そんな静寂の中、魔女が口を開いた。