西からの一団
右肩に籠を掛け、山道を先に歩くディア。そのうしろをスカラが続く。
「案内してくれてありがとう」
「礼はもう聞いた」
切り上げるようなディアの返しに、スカラは口を噤んだ。
暫くはサクサクと枯れ葉を踏む足音だけが聞こえていたが、そのうちスカラがまた口を開く。
「ディアはこの辺りに住んでるの?」
ディアは答えなかった。スカラは返事を待っているようだったが、やがて諦めたのか質問を変える。
「あなた以外にも誰かいる? 村があるの?」
「詮索は無用だと言ったはずだ」
取り付く島もないディアの背を一瞥してから、スカラはまた喋り始めた。
「私は西から来たばかりなの。昔はもっともっと西にいたらしいけど、寒くなって動物も小さな魔物もいなくなっちゃったから、三方向に分かれて少しずつ移動してきたんだって」
スカラの言葉に人の移動の理由を知るが、もちろんディアは何も反応せずに無言を貫く。
「この山はとっても豊かだから食料にも困らなさそうだし、ここに留まることになったの。でもこの辺りに動物とかはあんまりいないみたい。麓にはいるのにね」
しかしさほど気にした様子もなく話し続けるスカラ。そのあとも木の実の話やここまでの道中の苦労話などをいつまでも喋っている。
質問はされなくなったが終わらぬ話に、ディアは息をつき振り返った。
「あまり喋りながら歩いていると、そのうち舌を噛むぞ」
足を止めたスカラがディアを見上げる。顔に浮かんだ驚きは、すぐさま笑みに変えられた。
「歩くのは慣れてるし大丈夫よ」
まっすぐに見つめる橙色の瞳。
どこか嬉しそうなその声に返事はせず、ディアはまた前を向いて歩き出す。
スカラはずっとひとりで楽しそうに話していたが、集落に辿り着く前に『ここからならわかる』と言い出した。
「ありがとう。おかげで助かったわ」
「いや。これからはあまり奥には行かぬようにな」
気をつけるわと笑い、迷いない足取りで下山していくスカラ。
それを確かめてから、ディアは踵を返した。
寒さの底に向け、気温は少しずつ下がり続ける。それは常ではあるのだが、どうにも今までよりも寒くなるのが早いようだった。
ギルスレイドの棲処は地中に空けた穴。地龍であるため出入口は必要なく、その分暖かさは保たれている。
それ故まだ困るほどではないが、このまま下がり続けるようなら移動も考えなければならないだろう。
それまでは静かに、と。そう思っていたのだが――。
穴の中、腹ばいに寝そべっていたギルスレイドがのそりと起き上がった。
(……またか)
近付きつつある覚えある気配に、ギルスレイドは面倒そうに嘆息する。
あの日以降、毎日のようにスカラがやって来るようになったのだ。
集落へ送り届けた翌日、彼女は再び棲処まで登ってきた。
また迷い込んだのかと思い姿を現すと、礼を言いに来たのだと言われる。ありがとうとの言葉と木の実をひとつ手渡され、もう道は覚えたからとひとりで帰っていった。
その翌日もやってきたが、ギルスレイドは外に出なかった。スカラは暫くその辺りを歩き回ったあとで木の根元に座り込み待っている様子だったものの、やがてその場に木の実をひとつ置いて帰っていった。
それがもう四日も続いている。
今までならばいくら人がウロウロしようと気にも留めなかったはずなのに、それがスカラだと半ば無意識にその存在を認知してしまうようになってしまっていた。
このままでは自分も落ち着かず、気温が下がればスカラも凍った斜面を来ることになり危険だ。
――仕方ない。
若干言い訳めいた己の思考に苦笑して、ギルスレイドは地上へと出た。
人の姿になってスカラの気配を目指し下りていく。
足元を見ながら登っていたスカラが上からの足音に気付いて顔を上げ、嬉しそうに頬を緩めた。
「ディア! よかった、やっと会えた」
駆け寄ってくるスカラ。その喜びには応えず、ディアは険しい顔のまま彼女を見据える。
「……ディア?」
「何度来れば気が済むんだ」
冷えた声音にスカラがびくりと身を震わせた。それでもまだ怯えよりも困惑が勝る橙色の瞳を、ディアは龍として睨めつける。
「俺が人ではないと気付いているだろう?」
悲鳴を呑み込みディアを見返すスカラの顔に、確実に動揺と畏怖が浮かんだ。
「ディ、ディア、私……」
「いくら道を覚えたといっても、この先山の様子も変わり足元も悪くなる。おとなしく中腹で――」
言葉が進むにつれて瞠られたスカラの瞳から次第に恐怖が抜けていく。やがてまた元のように緩められた頬に、ディアは一旦口を噤んだ。
「……なんだ?」
「ううん。やっぱりディアは優しいのね」
見上げるスカラからはすっかり怯えが消えていた。
その変化の理由がわからず眉をひそめるディアに、ふふ、とスカラが微笑む。
「ねぇ、それならディアが下りて来てくれる?」
唐突かつ予想外の提案に、ディアはすぐに言葉を返せなかった。
龍の眼にはなんの含みもない純粋な願いとして映る、その言葉。
「何を……」
だからこそ、どうして彼女は人外だとわかっている自分にそれを願うのかが理解できなかった。
それ以上の言葉を持たないディアに、スカラはわざとらしく肩をすくめる。
「だって。おとなしく中腹でって言ったじゃない」
「そういう意味ではない」
わかってるわと笑ってから、まっすぐにディアを見つめるスカラ。その顔から今までのどこか無邪気な明るさが剥がれ落ちた。
陽だまりのように思えた瞳は冷えた光を湛え、行き場を探すように伏せられる。
「皆以外の人と話したいの。ずっとあそこにいると息が詰まりそう」
スカラから零れる小さな――そして切実な呟き。
「あなたのことは誰にも言わないし、これ以上聞かないから。お願い」
棲処へ戻ってきたギルスレイドは長い息をつき、その場に伏せた。
――どうするべきだったのか、今になってもわからない。
ただあまりのスカラの変わりように、否を告げることができなかった。
あんな姿を見ても嫌悪は抱かず、むしろますます心配になる始末で。結局は時々話し相手になることを了承した。
(……どうかしてるな)
どうして彼女を好ましく感じるのか、その理由まではわからなかったが。
元の屈託ない笑みを浮かべて礼を言うスカラの姿に、どこか安堵したのも事実。
眼を閉じると自然に吐息が洩れる。
再度ついた息は先程よりも柔らかく落ち着いていた。






