重なり積もる幾多もの
一日のうちで一番にぎわう夕食時の食堂。扉が開くたびにカレナの明るい声が響く。
「いらっしゃい!」
入ってきた一行に笑みを深め、カレナは店の奥へと戻っていった。
ラミエたちの姿を見つけて進むリーとアーキス、そのうしろをいつも通りのギル、興味深そうに店内を見るフェルネ、何食わぬ顔のアズランが続く。
あのあと各自の認識と持ち物の擦り合わせをしていたらすっかり遅くなってしまった。ギルは宿に、フェルネとアズランは敷地内の宿泊施設に泊まっているというので、それならばと食事に誘ったのだ。
「今日は大人数ね」
「アズランさんまで」
「おう」
リリックとコルンはレーヴェの関係で顔見知りだとアズランから聞いている。
「受付以外では久し振りだな」
「ああ」
ギルが龍であったこともフェイが龍であることも互いに知っているのだろうに、ふたりは以前紹介されたリーの友人としての立場のまま言葉を交わしていた。
「随分珍しいところで会うわね」
「お久し振りです、カレナ」
水を置きにきたカレナがフェルネと声をかけ合う。
「お姉ちゃん知り合いなの?」
バラスの鍛冶屋だと紹介されたラミエが怪訝そうに尋ねた。
「フェルネは生活用品の鍛冶屋で、紫二番にいる時からお世話になってるわ」
「皆カレナがいなくなって残念がっていましたよ」
穏やかに笑い、フェルネが返した。
他愛のない話をしながら食事を終えて、宿に泊まるアーキスとギルは敷地内へと戻る皆を見送る。
「ギルも泊まってるって気付いてなかったよ」
「俺は今日からだからな」
それまでは敷地内にいたのだと言うギル。並んで宿へと歩く途中、ふっと隣から息が洩れた。
「……何も話さないままですまなかった」
「だからいいって」
そちらを見ずにアーキスは返す。
「それより、俺たちに聞かせてもギルは困らない?」
「ああ」
「ならそれで。教えてもらえるなら嬉しいし」
信頼とは別だが、気になるということも事実。教えてもらえるならその方がありがたい。
「ただ俺の場合は、釣り合いが取れてなくて悪いかなとは思うけどね」
あの中で唯一ただの人である自分。居並ぶには何もなさすぎると正直思う。
しかし、このままいられる可能性があることもまた、これまでに見知っていた。
――龍の片割れである組織長レジスト。彼を支えるのは何も龍とエルフだけではないのだから。
「……あの成績で何を言うんだ」
「器用だってことは認めるよ」
呆れたようなギルの声に明るく応えるアーキス。
「それでも必死だけどね」
続けられた言葉は内容の割に凛として。
苦も哀もないその響きは、まっすぐ前へと向けられている。
「それに。多少突拍子もないことを聞いても『そうだったんだ』で済ませられるくらいには、俺たちだって色々あったしね」
自分たちの生活には人でないものたちが大いに関わっているのだということを、十分に実感できる一年だった。
「……そうか」
自分よりも多くを知るだろうギルは、改めて何かを理解したかのように呟く。
「アーキスも大変だったんだな」
「楽しかったよ」
これだけは迷いなく返すアーキス。
ともにここにいられる幸せとこの先も歩める楽しみと。今隣にいないからこそ滲むそれは、今更本人に伝えずともわかってくれているだろう。
「そうか」
先程と同じ、しかし確実に柔らかなその言葉から感じる見守るものの悠然さ。
龍でもないとはいいつつもその根本はやはり龍なのだなと。ちらりとギルを一瞥し、アーキスは独りごちた。
一方敷地内を歩くリーたち。敬称をつけず親しげに呼び合うカレナとフェルネを怪訝に――というよりもしかしてと思い尋ねたラミエたち事務員三人娘に、フェルネはきょとんと見返したあと吹き出すように笑った。
「ドワーフは皆こんなものですよ」
三人の少し斜めの疑問を、嫌そうな顔も見せずにあっさり答える。
「知り合ったあとは誰にでもこの距離感が普通なんです。悪くいうとなれなれしいだけですけど」
自重はしていますけどねと言いながら、よければあなたたちも、とラミエたちに請うフェルネ。
既に敬称はいらないと告げられ済みのリーは、確かにすぐにそう言われたなと思い返す。尤も、物腰は柔らかく言葉遣いも丁寧なので、なれなれしさなど全くないが。
「すみません、こんなこと聞いてしまって」
勘違いとわかって恐縮するラミエに、フェルネはいえいえとにこやかに返す。
「カレナはバラスのドワーフたちにもとても人気ですから、そう願う人は多いでしょうけど」
そう笑うフェルネの瞳に恋慕は見えず、やはり言葉通りの関係なのかとリーは思った。
「なんか、皆意外と知り合いなんだなって」
宿泊施設でフェルネとアズラン、宿舎でリリックとコルンと別れ、リーとラミエは居住地区へと歩いていた。
今日一日の感想を集約させたリーのひと言に、本当にね、とラミエが頷く。
「表に出ていかない分顔を合わせることが多いのと、長くいるからっていうのもあるのかな」
龍とエルフはもちろん、ハーフエルフも人より青年期が長い。ドワーフの寿命もエルフと変わらないと聞くので、人の血が混ざったとしても確実に人より長生きだろう。
「私はバラスの人たちのことはほとんど知らないけど、本部に来る人たちなら顔見知りも多いしね」
「そういうもんか」
――彼らがいないともうここの生活は成り立たない。
薬草園でラミエが言ったこの言葉。多くの人は知らずとも、自分たちにとっては人ではないすべての種に当てはまることなのかもしれない。
繋いでいたラミエの手をぎゅっと握りしめる。
知れてよかった。
心からそう思う。
「リー?」
「……次の仕事、少しかかるかもしれないんだ」
何に対して告げればいいかわからない感謝の代わりに、話そうと思っていたこれからの予定を口にした。
「そうなんだ」
静かな声とは裏腹に、ラミエの手にも力が籠る。
「戻ってきたら、またふたりで出掛けよう」
いつも――そしていつか彼女を残していく自分だから、今は小さな約束を重ねて。
いつかそれに慣れた頃、最期に残る守れぬ約束を怖がらないで済むように。
「うん。待ってるね」
どちらからともなく足を止め、顔を寄せ合う。
重ねた唇から伝わる熱に、リーはそっとラミエを抱き寄せた。
五の月に入り、気温の低下が肌で感じられるようになってきた。張り詰めるような寒さはまだないが、吹き抜ける風は確実に熱を奪っていくようになった。
多くのものが寝静まる夜更け。灯りを落とされたひとり用の狭い部屋で、ギルはベッドに腰掛けて考えていた。
どうせそれなりに長い旅。リーとアーキスにはヴォーディスでの旅の間に自分のことを話すと告げた。
請負人立ち上げに関わるヴィズはともかく、子どもの頃にここへ渡ってきたフェルネも、初期から居るクフトとアズランも。自分の存在は知っていても、昔の話は軽く耳に入れた程度だろう。
――どこから話すべきか。
浮かぶ面影によぎるのは後悔ではなく懐古の情。
僅かに口の端を上げ、ギルは深く息をついた。
次話よりギルスレイド過去編です。






