龍でも人でもないもの
部屋に入ったマルクが既に席に着く六人の向かい側に進んでいく。そのあとに続きながら、ギルは内心溜息をついた。
(仕組んだな……)
区切りをつけるのにいい機会だと思い、受ける代わりにこの旅の間に死んだことにしてほしいと頼んだ。しかしフィエルカームには、この先請負人を続けるという選択もできるよう同行者を選んでおくので、旅の間にどうするか決めればいいと言われた。
集められるのは大方『ギルスレイド』のことを知るエルフやハーフエルフだろうと思っていたのに。部屋に近付くにつれ感じる気配はエルフでもハーフエルフでも、ましてや片方は普通の人ですらない。
案の定中にいたのは『ギル』しか知らないリーとアーキス。龍との縁があることは知っているが、『ギルスレイド』のことまでは聞いていないはずなのに――。
座るマルクを睨んでやりたい気持ちを抑え、ギルは示された隣の席に着く。
「フェルネはこちらへ」
「はい」
一番端にいた黒髪の男が移動し、ギルの隣の椅子を引いた。
「よろしくお願いします」
かけられた声、そして伝わるどこか高揚した気持ちにフェルネを見ると、にこりと笑って頭を下げられる。
「こちらこそよろしくお願いします」
小さく返すと、笑みに僅かに歓喜が混ざった。
マルクとともに自分たちと向き合う形で着席したギルに、リーは驚きを隠せなかった。
百番案件ではないこの調査に請負人であるギルが関わること自体はおかしいことではない。
しかし案内役のフェルネがあちら側ということは、ギルもまた自分たちにはない何らかの役目を担っているということではないのか――。
視線に気付いたのか、少し困ったように目を細めるギル。その戸惑いが何を示すのか、リーにはわからなかった。
「説明を始める」
硬い声に場の空気が引き締まる。一同の視線が自分に向くのを待ってから、マルクが言葉を継いだ。
「目的地はヴォーディス北西、旧ドワーフ集落の調査。内容はその地が本当に『ハーフエルフの安息の地』であるかどうか、かつハーフエルフの所在の有無。参加は俺を除いたここにいる七名」
事前にヴィズに伝えられていた人数の通りだということは、彼もまたギルの参加を知っていたのだろう。
「施設までは前に拓いた道を。そこから現地までの案内はギルが、現地での案内はフェルネが担う」
(現地まで……って……)
疑問の声をあげたいが、口を挟むわけにもいかず。
ちらりとギルを一瞥するが、彼はマルクの前に置かれた資料に目を落としていた。
「今は別動隊が施設に拠点を準備している。お前たちは終わり次第の出発なので、それまでに各自準備をしておいてくれ」
集落までは片道十数日程、施設で物資の補充ができるらしい。
「指揮はクフトに任せる。詰めねばならないこともあるだろう。俺は組織長室に戻るが、あとはここを使うといい」
施設で補充できる資材の一覧をギルへと渡し、何か質問があれば部屋へ来るよう告げて立ち上がるマルク。
要するに質問も全て纏めてから来いということだろう。
尤も、今聞いていいといわれたところで何を問えばいいのかわからない。
一番の疑問は調査内容のことではない。目の前にいるギルのことなのだから。
「リー。アーキス」
考え込んでいたところに名を呼ばれて顔を上げると、扉前でマルクがこちらを見ていた。
「この場でその男を知らないのはお前たちふたりだけだ。疑問があるなら本人から聞け」
「マルクさん」
明らかに咎める響きを含むギルの声は、いつもの穏やかなそれではなく。どこか覚えある圧に、リーは思わず目を瞠る。
視線に気付いたのか、ギルがはっとしたようにリーたちを見た。
「どうせ話さねば仕事にならんだろう。受けたからには指示には従ってもらう」
ギルの声音はおろかそんなこちらの様子すら気にした様子もなく、マルクは淡々と返して部屋を出ていった。
バタリと閉められた扉の音に我に返ったギルは、改めて向かいの同期たちを見た。
驚愕と動揺、しかしそこに疑念はなく。まっすぐ向けられるふたりの眼差しに、ギルは諦め息をついた。
フィエルカームの意図はどうあれ、最早話さずいられるわけもない。
ふたりの性格からして大きく態度を変えられることはないと思うものの、どう思われるかはまた別の話で。それを不安に思う程度には、自分は現状を好ましく感じているようだ。
ある意味これでここを離れる決心がつくかもしれない。
浮かんだ可能性をどこか寂しく感じることを内心自嘲しながら、ギルは覚悟を決めた。
「……俺は――」
「事情があるなら話さなくてもいいよ」
遮るアーキスの声は、責めるものでも訝しむものでもなかった。続く言葉を呑んだギルに、アーキスはふっと柔らかく笑む。
「気にはなるけど、信頼するしないとはまた別だから。ね、リー」
「だな。俺だって自分のこと全部話してるわけじゃないし」
示し合わせる間などなかっただろうに、当然のことのように応じるリー。
否、彼らにとっては普通のことで、だからこそふたりで今ここにいるのだろう。
(……フィエルカームの奴に嵌められたな)
今回の人選は間違いなく自分を引き留める意図を含むもの。ここへ残ることを促すものだ。
(いや、そもそもこの期に入れた時点で、か)
自分の方が何倍も長く生きているというのに、今のこの気持ちすら見透かされていたようで。本当に、情けないことこのうえない。
向かいの席で、それでいいとばかりに笑みを見せるふたり。きっと彼らはドレアスのように、人と人でないものを繋ぐ者なのだろう。
――あれ以来人の世で生きてきながらも、人と深く関わることを避けていた自分。そんな生き様を許してくれたのは、同じく人の世に生きる人ではないものたちだった。
変革の時を迎える今。
こんな自分にできることが、まだあるのかもしれない。
短く息をつき、改めて見据える。
「話すよ。俺だけ知っているのは不平等だからな」
なんのことかと怪訝そうなふたりに、どこか吹っ切れたようにギルは笑った。
目の前のギルが見覚えある笑みを見せたことで、リーは少しほっとしていた。
龍も入れぬヴォーディスの奥地を案内するという同期。一瞬マルクに向けた威圧、そして単に副長と一組織員ではなさそうなやりとりにもしかしてと思うものの、しかしそうであればヴォーディスの案内はできず。
辻褄が合わないその在り様。それでもそこにいるのは自分の知るギルであるのだと、そう思った矢先のことだった。
ギルの視線が明らかに自分に向けられる。
強い輝きを孕む金の双眸。自分より数歳上でしかないはずのその眼差しの奥に、今まで見てきた誰よりも深く刻み込まれた数多の感情が見えた気がした。
「……愛子は既に龍ではなくなったものにも影響があるのかもしれないな」
音にされたのは、龍から教えられた言葉。
湧き上がる驚き、納得、そして新たな疑問。息を呑むアーキスの隣、リーがそれを整理し口にする前に、落ち着いた口調でギルが続ける。
「俺はかつて龍であったもの。老いもせず死にもせずただ時を重ねてきた、龍でも人でもないもの、だ」






