安息の地
戻りました!
ぼちぼち再開していきます〜。
本部待機中は、元請負人のイアンに再び訓練を頼んだリー。ともにヴォーディスでの探索をこなしたこともあり、以前よりも自分に合わせた訓練内容を組んでもらえた。
夕刻には仕事中だという双子を除いた皆と食堂で合流し、ラミエを送り届け、夜は同部屋のアーキスと話す。そんな数日を過ごした後、アーキスとふたりでマルクに呼び出された。
「先に言っておくが、今回は命令ではない」
いつものように向かいのソファに着くなり言い切られ、リーとアーキスは顔を見合わせる。
「命令ではない、ということは――」
「断りたいなら断っていい」
アーキスの言葉を遮り、マルクはふたりの前に地図を置いた。
黒の一番から北西、ヴォーディスを含む地図。シングラリア掃討の際、そして反組合の施設調査の際の道程や目印などが書き込まれている。北端に描かれた横線は遠目に見えるという山脈だろうが、施設から北西に記されたバツ印だけは何を示しているのかわからなかった。
「目的地はここ。大昔にドワーフの集落があったところだ」
そのバツ印を指差してマルクが告げる。
(龍の言う大昔ってどんだけ昔なんだよ……)
今言うべき言葉ではないという自覚はあるので黙ったまま、続く言葉を待つリー。
詳細までは伝わっていないだろうが、ツッコむ気持ちは気取られていたようで、明らかにマルクが眉を顰めた。
「イリーガとヘラキアで捕まったハーフエルフたちから、この場所についての噂を聞いた。曰く、『火魔法を使えるなら辿り着ける安息の地』だそうだ」
「ドワーフの集落がハーフエルフの安息の地、なんですか?」
「聞く限りはな」
詳細はわからないとマルクが首を振る。
「案内をつける。頼みたいのは現地調査だ」
受けてもらえねばこれ以上の詳細は話せない。
そうつけ加え、マルクがふたりを見据えた。
静まる部屋の中、リーはマルクから地図へと視線を移す。
以前行った施設よりもさらに北西。火魔法が必要ということは、おそらく普通の防寒では耐えられないような場所なのだろう。
自分は請負人であるのだから組織からの命は受ける義務がある。加えて以前よりも内情を知った今は余計に、自分にできることがあれば役に立ちたいと思う。
組織長であるレジスト、そして副長であるマルク。少々物言いたいところもあるものの、組織の導き手であるこのふたりを自分は間違いなく信頼しているのだ。
ちらりと視線を上げた先、マルクは変わらぬ表情でこちらを見ていた。
目の前の男は龍であるのだから、そんな自分の考えくらい理解していそうなものであるのだが――。
「質問しても構いませんか?」
視線を落として考え込んでいたアーキスが顔を上げ、頷いたマルクを凝視する。
「ここにアドがいる、ということですか?」
アーキスが口にした名に、リーははっとマルクを見た。
アリアたちを拐った首謀者のひとりであるハーフエルフで、施設から北へ逃げたというアド。北方は生きていける環境にないという理由で、既に死亡したものとみられている。
「低いが可能性がある、というだけだ」
魔法は使えたようだからな、とつけ足すマルク。
「もうひとつ。どうして俺たちなんですか? 火魔法を使えるという条件なら、魔法の使えない俺たちは足手まといになりかねませんが」
「この先を考えるとお前たちが一番適任だろうと思ったから、だ」
戸惑う様子すら見せずにマルクが答えた。その言葉の真意を探るように暫く見返していたアーキスは、少しだけ緊張を緩めリーを一瞥する。
「受けます」
断るつもりがないことは端から汲み取ってくれていたのだろう。視線の意味を受け取り、先にリーが口を開いた。
「俺も受けます」
次いでアーキスが了承を告げる。
「了解した。詳細は明日の午後に全員集めて話す」
こちらも同様に断られないと踏んでいたのだろう。安堵も驚きも見せないままのマルクに、既に決定済みの次の予定をあっさりと返された。
翌日、指定された時間に本部を訪れたリーとアーキス。受付前には蜜柑色の髪の青年が立っていた。
「来たね」
「ヴィズさん」
「ついでがあるから待ってたんだ」
ヴィズに連れられ向かったのは本部棟の会議室。送ってきただけかと思っていたが、ヴィズもまた部屋の中へと入る。
長机の向こうに並ぶ椅子には三人の姿があった。
よく知る深緑の髪のエルフ。その隣の金髪の男は、第三研究所でハーフエルフの話を聞いたうちのひとりだった。そして一番手前には、見知らぬ小柄な黒髪の男が座っている。
「クフトさん」
「アズランさんも」
リーが知らぬ名をアーキスが口にした。調合やレーヴェのこともあり、自分より研究所に馴染みがあるのだろう。
「お久し振りです」
「まさかこんなことになるなんてなぁ」
にこやかに会釈をするクフトと、肩をすくめるアズラン。
「同行員の資格を取ったのは昔の話だけど。ま、よろしく頼むよ」
「あともうひとり来るから、全部で七人だよ」
そう口を挟みつつ、リーたちを通り越したヴィズが三人の隣に座る。
「ヴィズさんもなんですね」
「火魔法がないとだからね」
ヴィズ、そしておそらくクフトも上級請負人。場所が場所だけに、単に魔法を使えるだけの人選ではないようだ。
「フェルネといいます。初対面なの、僕だけみたいですね」
談笑し合う皆をにこにこと見ていた黒髪の男が、話が一段落するのを見計らって名乗る。
二十代にしか見えないアズランよりもさらに若く、十代といわれても不思議はない。
「俺はリー、請負人です」
「同じく請負人のアーキスです」
「僕はバラスの職人です。同行員の資格はないですが、今回は案内役も兼ねて特例で」
バラスはユシェイグ内にあるドワーフの多い鍛冶屋街、そして目的地はドワーフの集落。
「ということは、フェルネさんは……」
「はい、ドワーフです。ハーフエルフでもありますけどね」
「え?」
きょとんと見返すふたりに、フェルネはにっこりと笑った。
小柄は小柄だが、確かにドワーフというには線が細いフェルネ。顔立ちも少し幼気ながら整っており、濃い青の瞳には僅かに金が混ざる。
「僕は父親がドワーフで、母親がハーフエルフなんです。違いといっても、いくらか魔法が使えるのと、外見が皆と比べて少し細い程度ですけど」
ドワーフもまた人よりも長命で成長の遅い種であるので、エルフと混ざっても差が見えづらいのかもしれない。
「ドワーフは血の特性が強く出るようで、人と混ざっても区別がつかないんですけどね。さすがにエルフの血の影響は少しあったみたいで」
ほかにも何人かいますよ、と翳りなくフェルネが続ける。
――人と混ざっても。
エルフでいうハーフエルフ、つまりハーフドワーフとでもいうのか。そういった存在もいるということなのだと気付いたリー。
「人を親に持つ人もいるんですね」
どうやら同じ推測に行き着いたらしいアーキスの確認とまではいかない呟きに、フェルネはそうですねと頷いた。
「というより、純血のドワーフはもういません。皆、人との混血ですよ」
「えっ」
「大昔に数を大きく減らしましたから。今もドワーフと呼ばれてはいますが、皆多かれ少なかれ人の血が混ざっています」
単なる事実として語るその口調からは、ハーフエルフのような理不尽さも葛藤も見られず。
「そう、なんですね……」
笑って頷くフェルネに、リーは内心安堵する。
何よりも周知されていないことこそが、ドワーフの種としての平穏を表しているのだろう。
いつも明るいドーザを思い出し、リーは自分が心配することではないかと独りごちた。
「来たみたいだから、ふたりもこっちに」
ヴィズに呼ばれ、リーたちも急いで皆と同じ側の椅子へと座る。
程なく扉が開き、マルクが踏み込んできた。
「揃ってるな」
短いひと言とともにリーたちの向かいへと進むマルク。そのうしろからもうひとつ人影が続いた。
ヴィズの言うあとひとりだろうと視線を向けたリーは、その姿に瞠目する。
くすんだ金髪に、金の瞳。いつも柔和なその顔には、今は仕方なさそうな笑みが浮かんでいる。
「ギル?」
零れた名に、ギルはふたりを見て明らかに苦笑した。






