知らなければわからぬままで
やらかし発覚しました……。
前回紹介したラミエとのエピソードのサブタイが間違っていました。
『《余話》今はただ』ではなく『《余話》遺されるもの』です。
すみません……。
あと今回長いです。
ゆっくり薬草園を見たあとは、店舗地区に戻って店を覗いて回る。
ラミエには大丈夫だと言われたが手ぶらでは行きづらく、ミルフェとカレナが好きだという菓子を買ったリー。
セインには何をと困ったが、ラミエ曰く菓子も食べるそうなので個別には用意しなかった。酒も飲むと聞いたものの、さすがに渡す勇気はない。
結局暗くなるよりかなり早く、リーとラミエはワクラー家に戻ってきた。
「今日ってセイン先生は……」
「父さんなら朝早くから出掛けたよ。最近帰りは遅めだから、まだなんじゃないかなって思うけど」
「そっか……」
リーにとっては恩師でもあるのでもちろん会いたくないというわけではないが、ラミエと恋仲になってからは少々――否、それよりはもう少し目に見えて当たりがキツく、どうしていいかわからないというのが本音で。
尤も、それだけセインがラミエを大事に思っているということ。ラミエに早すぎる決断をさせた自分は、ただ真摯に向き合うほかない。
どう考えても話術はセインに敵うわけがなく、上手く丸め込まれる可能性があるものの。面と向かってゆっくり話し合うことが必要なのだとわかってはいた。
ミルフェとカレナは応援してくれているようだが、それを盾にはしたくないと思っている以上、いつかは単身前に立たねばならない。
時間がないのは人である自分の方。悠長なことは言っていられないので、なるべく早めにどうにか頑張るしかない。
「リー……」
隣からの大丈夫かと問うような視線に気付き、リーは大きく頷いた。
「いらっしゃい! 入って入って」
満面の笑みでミルフェがリーを迎えた。
「お邪魔します」
とりあえずひと休みするといいと言われ、ラミエもリーとともにテーブルに着く。
「母さん、父さんは?」
すぐにお茶を持ってきてくれたミルフェに尋ねると、まだ帰ってきていないと言われた。
「ラミエはあとで手伝ってね」
「はーい」
部屋を出ていくミルフェを見送ってから、どこかそわそわとリーがこちらを見る。
「俺も手伝った方がいい?」
「ううん。リーは待っててくれていいよ」
おそらくミルフェもそう言うだろうと思いそう答えた。
できることがあれば手伝うからと言い、お茶を飲むリー。そのまま見つめていると、視線に気付いて照れたような笑みが浮かぶ。
一年前までは見ることもなかったその表情。
誰にだって同じ態度の彼が、自分だけに見せてくれる特別。それがとても嬉しい。
話すつもりのなかった昔のことをつい口にして、謝らせてしまったけれど。自分がどれだけ彼を想っているのかを知ってもらえてよかった。
今の幸せを噛み締めながら、ラミエもカップを手に取った。
暫くお茶を飲みながらリーと話したあと、空のカップを手にミルフェを手伝いに調理場へと行く。
「母さん、カップ下げてきたから洗っておくね」
「ありがとう」
手伝ってと言われた割には調理もあらかた済んでいるようで、既に運ばれるのを待つ皿がいくつか置かれていた。
食事というよりはつまめるもののようだと思ったその時、入口の方から音が聞こえた。
「帰ってきたみたいね。ラミエ、先にそれを運んでおいてね」
「帰ってきたって、父さんが?」
「そうよ。そのために今日は早く出たんですもの」
そのため、が何を指すのか。
理解したラミエは不安気にミルフェを見やる。
せめて自分がその場にいられたらと思うものの、ミルフェの、そして並んだ皿の様子から、手伝わなければならないのはこのあとということだろう。
「母さん、私――」
「大丈夫よ」
心配そうなラミエに、ミルフェは母親らしい落ち着いた微笑みを見せた。
ラミエが部屋を出てからほどなく、聞こえたミルフェの声に、リーはセインの帰宅を知った。
「ごめんね、私も一緒にいられたらいいんだけど」
直後に料理を運んできたラミエにそう謝られるが、リーは大丈夫だと首を振る。
「俺はセイン先生の生徒だから。教わる立場だって思って話してみるよ」
「リー……」
心配の中に少し嬉しげな色を混ぜてありがとうと微笑むラミエが再び部屋を出てすぐ、グラスふたつと酒瓶を手にしたセインが姿を見せた。
「セイン先生。お久し振りで――」
挨拶を遮るように、ダンっと目の前に瓶が置かれる。
思わず酒瓶を見、そこからそろりとセインを見上げて。目が合うとにこりと微笑まれた。
「さて。今日は飲みましょうか」
こちらに向けられているのはエルフらしい爽やかな微笑みであるはずなのに、背中の冷や汗が止まらない。
「リーもお酒は飲めますよね?」
「ハイっ」
(先生は先生、俺は生徒なんだからっ)
リーが心中慌てて先程の決意を唱え直している間に、リーの正面に着いてグラスを差し出すセイン。
はっとして顔を上げると笑みを消したセインがこちらを見据えていた。
ラミエと同じ青い瞳により深く色を落とすラミエにはない年月の重さ。
その眼差しに初めて自分では想像のできない年月を感じ、リーはセインがエルフであることを再認する。
「私は教師で、組織職員で、ラミエの父です。どれかひとつの立場として語ることはできませんが、だからこそ私として、今夜はリーと話をしたいと思います」
エルフらしく耳心地のいい静かな声音には怒りも苛立ちも含まれず。その分強く感じる真剣さにリーも自ずと息を呑む。
気圧されるというよりは、絡め取られるような威圧感。
陥れる気も探る気もなく真っ向から向けられるそれは、自分もまた単に生徒としてや娘の恋人としてだけではなく、すべてを含めたものとして見てもらえているからかもしれない。
ならば自分の取るべき態度は生徒としてのそれではなく、『リー』としてのものであるべきだろう。
逸らさずその瞳を見返して、リーはグラスを受け取った。
「ではどうぞ」
「いただきます」
酒の注がれたグラスを合わせ、口をつける。
もちろん味わうどころの心境ではなく、リーはひと口飲んでグラスを離した。
すべて飲み干しグラスを置いたセインが口火を切る。
「百番の報告室で再会してから一年ほどですね」
養成所を卒業してから四年、龍とエルフに関わるようになったことでセインと再会した。
「リーとはまた会うだろうと思っていましたが、こんなことになるとは思いませんでした」
「それは俺も同じです」
一年前は想像すらできなかった、今の己の立ち位置。
こうしてセインと差し向かいで酒を飲むことになるなんて、と内心苦笑う。
「リーにとってはどんな一年でしたか?」
問われ浮かんだ言葉に、数日前の親友との会話を思い出した。
「色々知った一年、でした」
言葉を切るものの視線で促され、リーは続ける。
「アーキスとも話してたんですが、色々知ったからこそ動けたことがあって、そこからまた新しいことを知って。その繰り返しだったような気がします」
「そうですね。あなたたちふたりは既にかなり内寄りの立ち位置になってきましたから、開示されることも増えてきたのでしょう」
グラスを持ち上げかけて空であることに気付いたのか、セインが酒瓶を手に取った。
瓶の口をすっと向けられ、リーは味もわからぬまま半分ほど飲む。
「ですが、皆がそれを知るわけではない」
リーのグラスに減った分だけ注ぎ足してから、己のグラスも満たすセイン。
「そして、皆がそれを受け入れるわけでもないのです」
今度は静かに瓶が置かれた。
注いだというのに手をつけず、セインはじっとこちらを見ている。
(……ハーフエルフのこと、か……?)
確かにラミエとの未来を望むなら避けて通れぬことではある。
自分もラミエと話すようになるまでその名しか知らなかった。
しかし実際には「ハーフエルフと知らなかっただけ」で、顔を合わせていた人々が何人もいる。
種がなんであろうと「その人」は「その人」、少なくとも自分はそう思っている。
「……それでも、知ってもらわないとわかってもらえないままですよね」
リーの呟きには応えないまま、セインはグラスに手を伸ばした。
「知れてよかったって、俺は思います」
そうつけ足し、リーも己のグラスを空ける。
それほど強くはない柔らかな口当たりの酒。
少し気が緩んだのか、ようやくその味を認識できた。
(セイン先生、こういうのが好みなのかな)
自分は滅多に飲まない系統だが、これはこれで美味しい。
そう思いながらグラスを置いて正面を見ると。
「……セイン先生?」
グラスに手を掛けたまま止まるセインに、リーが怪訝そうに名を呼んだ。
張り切っているとのラミエの言葉通り、ミルフェはたくさんの料理を作ってくれていた。
「ごちそうさまでした」
作ってもらったからにはと遠慮せずに食べることにしたリー。本部の食堂で調理をしているというミルフェ、さすがにどの料理も美味しかった。
とはいえ、四人分の料理を三人で食べ切ることはできなかったが。
「たくさん食べてくれてありがとう。あの人がごめんなさいね」
あのあといつまでも反応のないセインに困って声をかけていると、気付いて来てくれたミルフェが文字通り寝室へと引っ張って行った。
どうやら酒にはさほど強くないらしい。
「俺こそすみません。多分俺に合わせてくれたんだと……」
「お酒の力を借りたかっただけよ。素直じゃないのよね」
くすくす笑ってミルフェが言い切った。
「私はセインの様子を見てくるから。ラミエはお見送りしてきなさいね」
「うん」
「セイン先生に、また話しに来ますって伝えてください」
セインが何を考えてああ問うたのか、ちゃんと聞きたいと思っている。
「ええ。ありがとう」
いつでも来てねと微笑んで、ミルフェは部屋で見送ってくれた。
「今日はありがとう」
「俺の方こそ。楽しかった」
互いに礼を言い合いながら入口へと向かう。
突然ふたりで出掛けることになったが、今となっては焚きつけてくれたリリックとコルンに感謝したい。
おかげで自分の知らなかったラミエの想いを知ることができた。あの日の言葉を理解することができたのだから。
「今度は俺から誘うから。ふたりでまたどっか行こうな」
だから今度は自分が示す番。
照れ臭くていつもあまり態度に出せずにいる自分だが、負けぬ想いがあるのだと示したかった。
「うん。嬉しい」
頬を赤らめて頷くラミエがかわいくて思わず手を伸ばしかけたものの、さすがにここではと踏みとどまる。
「ここでいいよ。また明日」
「リー」
入口前でラミエへと顔を向けたその瞬間、ラミエの両手がリーの頬を包んで引き寄せた。
今までになくしっかりと唇を重ねてから、するりと指先の感触を残してラミエが離れる。
惚けて固まるリーの視線に我に返ったのか、耳の先まで真っ赤になったラミエがギクシャクしながら扉を開けた。
「ま、また明日ね」
「あ、ああ……」
リーがよろりと外に出ると、ラミエが小さく手を振って扉を閉めた。
呆然と扉の前に立ち尽くすリー。
「……え……?」
まだ頬に残る細い指の感触と――。
無意識に唇に触れた自分の指は、残るそれとは全く違っていて。
ようやく何が起きたかを把握したリーがふらりと歩きだす。
そこから宿までの記憶はなく。
気付けば部屋でアーキスに酒を注がれながら質問攻めにされていた。
お読みくださりありがとうございます!
週一ののんびり更新にも拘らず、申し訳ないですが暫く間が空きます。
ここから先を考えると、おそらくここが一番区切りのいい場所だと思うので。立て直し兼やり残していることをやってこようかと。
二〜三週で戻れるよう頑張ります〜!






