ただ隣に
翌朝、フォードたちを見送ったリーとアーキス。朝から来てくれたエレンに留守を任せ、ハウアーンにある技師連盟本部を訪れた。
相手は立場上忙しいだろうルゼック、しかし待たされるとの予想に反し、受付で名を告げるなり個室に通される。
「呼びつけてすまなかったな」
存外早く現れたルゼックは、ダドリアムでの調査協力に改めて礼を言い、その関連だと説明を始めた。
「調合原料については、ひとまず販売所での登録証の確認と記録、販売実績と在庫の照合を徹底させた」
反組合が技師しか買えないはずの薬草などを入手していたことへの対策は、既に始まっているらしい。
リーがアーキスを見やると、自身にも覚えがあるのだろうか、確かにと頷き返してきた。
「あとは専用の部署を作って、数年に一度現地での確認を行うつもりだ」
これについてはまだまだ人員が足りないが、とつけ加え、ルゼックはふたりを順に見る。
「信頼性からしても、引退した請負人や保安員を引き抜けるとありがたいんだがな」
反組合へ情報、そして原料が渡っていたことへの不信感。急な体制変更での苦労も重なってだろうか、ぼそりと零すルゼックから感じる寄る辺なさ。
「どうだアーキス? お前なら即戦力だろうし。リーさんも知識は同行者をつければ最低限で問題ない」
それでも上に立つ者らしく、即座に切り替え冗談めかして続けた。
「請負人を辞める気はないよ」
じっとルゼックを見ていたアーキスが軽くそう返す。
変わらぬ表情ながら、おそらく彼も多少驚いてはいるのだろうと思うものの、リーがそれを口に出すはずもなく。
「そうか。それは残念だ」
ルゼックもまた、わかりきった返答に笑って頷いていた。
昼頃にアーキスの生家へと戻ると、既にクラリスとレシェアも来てくれていた。
五人で昼食を取ったあと、何か手伝いたいと言い出したアーキス。エレンたちからはいいから休めと遠慮されたものの、アーキスが譲らず。結局は庭の草むしりや剪定をすることになった。
お客様だからいいと言われても、もちろんリーに手伝わないという選択肢はない。器用さや美的感覚が必要そうな剪定はアーキスに任せ、端から雑草を抜いていく。
「ありがとうございます。休んでくださいね」
半分ほど終えたところでエレンが飲み物を持ってきてくれた。
礼を言って受け取ったリーが木陰に座り込むと、なぜか隣にエレンも座る。
「この歳になると屈み作業は大変で。助かります」
「お手伝いできたならよかったです」
朗らかに笑うエレンを横目に、リーはありがたく渡されたグラスに口をつけた。
果実水はよく冷えていて、すっきりした酸味とあとからくる甘さが染み込むようで。
疲れるというほど動いてはいないのにと、心地よく抜けていく風を感じながらほっと息をつく。
「リーさん」
葉擦れの音の中呼ばれた名。エレンを見ると、その水色の瞳がまっすぐこちらを見つめていた。
「本当に、ありがとうございます」
再度の礼が何に対してのものなのか。
「楽しいですよ」
わかってはいても気恥ずかしく、どちらとも取れる返答をしておく。
エレンは微笑み、よかったわ、と同じく曖昧な呟きを返してきた。
リーはまた正面に向き直り、果実水を飲む。
アーキスの人をよく見てさりげなく気遣う性格は、きっとこの人に育てられたからだろうな、となんとなく思った。
「そうだエレンさん。俺、聞きたいことがあるんです」
暫し無言で風を浴びるうち、ふとかつての疑問が蘇った。
唐突なリーの質問に、エレンは穏やかに首を傾げる。
「あら、何かしら?」
「合の月にアーキスが帰った時、作ったって焼菓子もらったんですけど」
「ああ、あれね」
「あのアーキスがどうやって作ったのかって……」
調合師だからといってもあまりに度を過ぎた正確さを求めるアーキス。分量や手順を明確にし寸分違わず再現できるようにしないと気持ち悪いとのたまう彼に、どうやって料理をさせたのか。
自分が何を言いたいのかも、どうして聞きたいのかも理解してくれたのだろう。見返す瞳に僅かに同情が滲む。
「あの子ったら……」
苦笑いを返すことしかできずに言葉を待っていると、エレンが辞色を和らげた。
「ありがとう。付き合ってあげてくれてるのね」
「俺も付き合ってもらったからって思ってるんですけど、上手くいかなくて」
自分は苦手な高所を克服する手伝いをしてもらった。だから自分もと思ったのだが、あまりに融通が利かず諦めた。
そんなアーキスから、作ったのだと焼菓子を渡された。あの嬉しそうな顔を見てしまうとやはり諦めるべきではないと感じるのだが、自分にはどうしていいかわからない。
ならばその方法を知るエレンに教えてもらえばいい。そう思い尋ねたものの、エレンは肩をすくめて軽く息をつく。
「そうね。任せてはダメ。やらせるの」
「え……」
それでいいのかと固まるリー。
「リーさんは優しいのね」
その様子を見て微笑むエレンから伝わる、見守る者のおおらかさと温かさ。
その眼差しが自分とラミエを見るミルフェのものと重なった。
成人し、それなりにひとりでやっていけると思っても。親にとってはいつまでも見守るべき子であるのかもしれない。
どちらも自身の親ではないのに、それでも向けてもらえる温かな眼差しがどこかくすぐったくて気恥ずかしく。
そして同時に、そう感じられることが嬉しくもあった。
宣言通り夕方に、フォードがリドとカルフォを伴って帰宅した。
「ようやくゆっくり話せそうで嬉しいよ」
笑みを見せるフォードは、以前リーを訪ねて請負人本部へ来た時よりも和らいでいて。そのフォードを見るアーキスにも、特に緊張した様子も見られない。
どうやらもう心配はないらしい。
隣のアーキスに気取られぬように安堵を呑み込み、リーは俺もですと頷いた。
夕食の席では昼間エレンに尋ねたことを早々にバラされて、アーキスから冷や汗が止まらなくなるような微笑みを向けられたりしたものの。片付けまで含め、和やかに楽しい時間は過ぎていく。
明日の朝の見送りを約束してエレンたちが帰ったあと、少し付き合ってくれないかとフォードの私室に呼ばれた。
「酒の席で話すことではないと思ってね」
このあとは男同士飲もうということで、リドとカルフォが準備をしてくれている。
ふたりには頃合いを見て話すのでこの場限りにしてほしい、とフォードが口火を切った。
「少し前に保安と請負人でいくつか反組合の拠点を押さえたことは知っていると思う。あれ以後、目に見えて反組合の動きが鈍くなった」
アリアとライルの誘拐騒動以降関わることとなった反組合。直前の保安からの協力要請といい、未だに途切れない。
しかしどうやら規模は縮小傾向にあるらしい。
「それであちらに与していた生産元が行き詰まったのだろうな、こちらに謝罪と関係改善の申し出が数件あった」
初耳のその後に顔を見合わせるふたり。
「組合側でも、分野の枠を越えて全体で話す機会が増えた。反感を持たれるのはこちらにも何かしら原因はあるのだろうという意見も出ていて。まだ少しずつだが、提供側と対話を進めていこうという動きになっている」
(……これって俺らが聞いていいのか……?)
思った以上に内部事情を話されているような気がしてならず、リーは再びアーキスを見やる。
アーキスも複雑そうな顔をしていたが、やがてどこか諦めたように息をついた。
「……そこまで俺たちに話して大丈夫ってこと?」
「ああ。お互いにこの場限りということだ」
頷き口の端を上げるフォード。
「まぁ後々面倒になるよりマシだけど」
溜息混じりに呟いて、アーキスが首を傾げるリーに説明する。
要するに組合の上層にもこの場限りの話がされているのだろう、と。
保安から各所に自分たちの名を伝えられることはないが、組合幹部にも技師連盟幹部にも縁を持つアーキスがいる以上、いずれ気付かれるのは仕方のないこと。それならば早いうちに話を通してもらえた方がよさそうかと納得する。
だが――。
ふっと笑うリーに、アーキスも笑みを見せる。
「そうなんですね」
「俺たちは請負人だから関係ないけどね」
――だからといって、何が変わるわけでもない。
今まで同様、自分たちは請負人として歩くだけ、だ。
笑い合うふたりからの言葉に、フォードは瞳を細めて頷いた。
「……隣に、か」
「え?」
「フォードさんっ! 教えてくれてありがとうございますっ」
支えるのではなく、ただ隣に立っているだけ。
かつて自分が口にした言葉を口にされ、リーは慌ててごまかした。
なんとか間に合ったぁ……。
そろそろカツカツになってきました(泣)。






