故郷での姿
依頼でもなく急ぎでもない、ただの帰路。ゆったりとふたり旅を楽しみながら、リーとアーキスは赤の四番を経てソリングへと到着した。
商業組合本部のあるデーリッド隣町ということもあり、ソリングもどちらかというと大きな町といえる。造りとしてはよくあるもので、通り沿いには店が並び、奥には民家が並んでいた。
その一画を抜けた先にある、蔦の絡まる柵で囲われた大きな家。豪邸というほど華美ではないが、おそらく敷地はバドックの民家を三軒並べたよりも広い。
ここだと案内されたアーキスの生家を見上げるリー。
(薄々思っちゃいたけどさ……)
親戚筋とはいえ子ども三人にそれぞれ乳母がつき、二十を超える技術を取得できるような環境。
要するに、金持ちということだ。
「リー? どうかした?」
「ん? あぁ、でけぇ家だなって」
「そう? 父さんが仕事で使うこともあったからかな」
周りにも似た大きさの家が多いせいか、アーキス自身はあまりピンときていないようではあるが。
確かめるすべもつもりもないが、立地的にも商業組合の幹部たちが住む町なのかもしれない。
そんなことを考えていると、隣でアーキスがふっと息をついた。
「……リーに来てもらえるなんてね」
家族とすれ違い、縁を切って請負人の養成所に入ったアーキス。すべての蟠りが解けるまでの六年、色々と思うところもあっただろう。
「アーキスだって俺んとこに来ただろ」
零れた呟きがなんだか泣きそうな声に聞こえたので、気付いていない振りをして話をずらす。
「そうだね」
それだけ返したアーキスの口元が少し緩むのを横目で見届けてから、リーは視線を逸らしてもう一度家を見上げた。
突然の帰省と訪問であるにも拘らず、家にいたクラリスにふたりは温かく迎えられた。
客室に荷を置いて出されたお茶を飲むうちに、一番に駆けつけたエレンが部屋を訪れる。
「アーキス。おかえりなさい」
「ただいま。急にごめん」
エレンを見て微笑むアーキスは、どこか気の抜けた子どものような顔つきで。
初めて見せるその表情に、リーは彼女がアーキスの乳母なのだと知る。
「何を言ってるの。自分の家なんだから、いつでも帰ってきなさい」
白が混ざる胡桃色の髪、皺のある手や顔からはある程度の年齢が窺えるものの、明るく溌剌とした声と態度から受ける印象は若い。
「あなたがリーさんね。会えて嬉しいわ」
次いで自分を見つめる水色の瞳に浮かぶ明らかな感謝に戸惑いながら、はじめましてと頭を下げるリー。
「一晩お世話になります」
「あら、一晩と言わずにゆっくりしていってくださいな。皆あなたにお礼を言いたいと思っているのよ」
まさかそれを面と向かって示されるとは思っておらず、反射的にアーキスを見たのだが。
(……アーキスの奴覚えてろよ)
ニンマリと嬉しそうなその顔に止める気はないと悟り、諦めて視線を戻す。
「……まぁ、アーキスと相談して決めます」
「お仕事もあるでしょうから無理は言いませんよ」
微笑ましそうにやりとりを見届けたエレンは、食事を作ってくると言って部屋を出ていった。
「……アーキス」
「ほんとのことなんだから仕方ないよ」
アーキスを見ずにふてくされて名を呼ぶが、返された声に含まれるのもまた、からかいではなく謝意で。
いたたまれずに口を噤み、リーはそっぽを向いたまま嘆息した。
商業組合で働くフォードたちに一報を入れてきたというレシェアが到着し、リドとカルフォはそれから間もなく帰ってきた。
嬉しそうに兄を取り囲むふたりの様子に、本当にすれ違ってしまっただけだったのだろうと感じ、リーは胸をなでおろす。
アーキスからは大丈夫だったと聞いてはいたのだが、その言葉が気遣いでも取り繕うものでもなかったのだと、こうして実際目の当たりにすることで確信できた。
(そうだよな、アーキスだもんな)
自分の親友は、決して人から嫌われるような男ではないと断言できる。
慕われている様子がなんだか嬉しくて。気を抜くと上がりそうになる口角と格闘していると、いつの間にか三人の視線がこちらに向いていた。
「紹介するね。弟のリド、とカルフォ」
アーキスがそれぞれを示しながら名を告げる。
「はじめまして。会えて嬉しいです」
「兄から話を聞いていました」
ふたりは互いに、そしてアーキスともよく似た容姿だが、見分けがつかないほどではなく。リドはアーキスより背が高く、カルフォは顔つきが柔らかい。
「はじめまして。俺も話は――」
「本当に、なんてお礼を言えばいいのか……」
リーが言い終わるのを待ちきれず、感極まったように呟くカルフォ。その藍色の瞳に滲む涙に驚いて固まるリーに、続けてリドも頭を下げる。
「ありがとうございます。兄さんが戻ってきてくれたのは、あなたのおかげだって……」
「ちょっ、ちょっと待ってください、俺は何も――」
視線でアーキスに助けを求めるが、相変わらずにこにことしたままで。
(ほんっとにあとで覚えてやがれっ)
ここを出たら精々文句を言って奢らせてやろうと内心ぼやきつつも、アーキスの帰りを喜ぶ家族の姿を嬉しく思った。
なんとか落ち着いた弟たち。フォードの帰りは遅いだろうが、それでもできる限り早く帰るつもりでいると告げて部屋を出ていった。
再びふたりになった部屋で、リーは深く溜息をつく。
「……アーキスお前、俺のことなんて言ってんだよ?」
「別にそのままだけど」
あっさりと返すアーキスをジト目で睨み、再度わざとらしく息を吐く。
「そのままって?」
「連絡しようって思えたのはリーのおかげだって」
「大袈裟なんだよ」
「そうかなぁ?」
悪びれた様子もなく、むしろ嬉しそうに聞こえるその声。いつも柔和な顔つきではあるが、今は更に緩んでいるように見える。
あまりあからさまに感情の起伏を見せないアーキスにしては珍しい現状に、リーはまだ言い足りぬ文句を呑み込んだ。
アーキスの家族が浮かれるのと同じように。彼もまた、いつも通りではいられないのだろう。
あのアーキスが、という驚きと。
そんな風に緩むことができる場所に戻れてよかった、という喜びを。
本人に伝えることはないけれど――。
「で、どうする?」
顔に出てしまう前に話題を変えることにしたリー。勘付いているのかいないのか、アーキスは軽く首を傾げた。
「どうするって?」
「明日出るかって。アーキスと相談するって俺答えただろ?」
ああ、と思い出したように頷いたアーキスは、リーに任せるよと笑う。
あまりに感謝されてどうにも身の置きどころがないが、アーキスの帰省を喜ぶ家族の姿を見ると早く出るのも忍びなく。結局はもう一泊することを決めた。
結局フォードを待たずに夕食を取ることになったものの、七人で囲むテーブルはとてもにぎやかで楽しいものとなった。
エレンたち三人が作ってくれた懐かしい料理、そこから思い出される昔のこと。バドックでの仕返しとばかりに自分の幼い頃の出来事を尋ねるリーに、嬉々として皆が答える。
最初は皆から向けられる感謝に戸惑っていたリーも、最早開き直ったのか、今となっては自然体で。
自分の家族と笑い合うリーの姿に、こんな日が来るなんて、とアーキスはその幸せを噛みしめる。
再びこの家に足を踏み入れることも皆の顔を見ることもない。そう思って家を出た。
家族にも過去にも、己の未来や命にさえも、何の未練もないと思っていた。
あのまま諦めていれば、無味乾燥な日々を送った末に果てていたかもしれない。
そして家族にも、苦しい思いだけを残していたかもしれない。
未練がないのではなく目を逸らしていただけなのだと、気付けたのはリーのおかげ。
今自分が感じているこの幸せは、気付けたからこそ得られたもの。感謝などいくらしてもしきれない。
話すときっと言い過ぎだと笑われるとわかっている。だからこうしてこの気持ちだけ無理矢理にでも押しつけて。
きっとリーなら。文句を言いつつも受け取ってくれるということもまた、わかっているから――。
フォードが帰宅したのは皆の夕食が終わる頃だった。リーたちは請われるまま食卓に残り、出してもらった酒を飲む。
もう一日滞在すると聞いたフォードはやはり嬉しそうで、明日こそは早く帰るのでゆっくり話そうと告げた。
「そうそう。ルゼックが来ていたんだが、時間があれば寄ってほしいと言っていたぞ」
「ルゼックさんが?」
フォードの友人でもあるルゼックは、技師連盟の幹部。調合師であるアーキスはもちろん、リーも反組合絡みの調査で面識がある。
ちょうどいいので明日の日中に訪れることを決め、その夜は早めの解散となった。
とはいえ請負人は旅歩くのも仕事のうち。正直なところ体力的にどうということはないのだが、こちらの疲れを考慮してくれたのだろう。
ふたりで飲むのはこの先本部に帰るまでにもまだ機会がある。その夜はおとなしく休むことにし、リーはアーキスに客室へと送ってもらった。
「ありがとな」
「ううん。じゃあおやすみ」
そう返すアーキスはいつにも増して和らいだ表情で。ここに来てからのアーキスの、そして彼の家族の様子を思い出し、なんだか自分ごとのように嬉しくなる。
「よかったな」
零れた言葉に一瞬目を瞠ったアーキスは、すぐに彼にしては無防備に笑い、頷いた。
だから(以下略)。
さくっと終わるつもりだったのに、すぐイチャイチャしだすふたり……。






