へラキアの祭り
翌朝、リーとアーキスはへラキアの町に置かれる第二拠点へと出発した。
案内してくれるのは、アリュート山でリーたちに対応してくれた白の四番の保安員。付近の詰所からも人員が集められているらしく、昨日偶然再会したのだ。
前を歩く彼も、別行動のセルジュたちも、皆隊服ではなくそれぞれバラバラの格好をしていた。
出店は取りやめたとはいえ、反組合の者たちが様子を見に来ている可能性はある。あからさまに多くの保安員がウロウロするわけにはいかないのだろう。
数人ずつに分かれて異なる経路で第二拠点へと向かうのも、不審感を与えないように、かつできるだけ広い範囲を見回るためだと思われた。
リーたちが通る経路は最も一般的なもの。どちらかというと請負人の方が旅稼業なので慣れてはいるのだが、大方目立つ剣のせいだろう。
聞かれても支障のない程度の会話をしながら、予定通り夕方頃には祭りの準備の真っ只中のへラキアに到着した。
へラキアの町には保安の詰所もあるが、第二拠点は宿の二階に置かれていた。
「移動お疲れ様でした。ご協力感謝します」
通された部屋で出迎えたモートンが、変わらぬ柔和な表情で頭を下げる。
請負人組織長のレジストたちと旧知のモートンとは、ヴォーディスでの反組合の拠点調査以来。お久し振りですと言いかけたリーだが、ハーフエルフのみならず龍まで関わるあの調査が公のものなのかとためらい呑み込んだ。
「対人は専門外ですが微力を尽くします。僕たちは不審な者を見つけて報告すればいい、ということですね」
案の定表向きの挨拶を返して詳細を確認するアーキスに、これなら初めから任せておけばよかったのかと思う。勝ち負けではなく向き不向きだとわかってはいるが、こういう面はいつまでたっても敵う気がしない。
そうですね、と頷くモートン。
「不審な者を警戒するというよりは、普通に祭りに参加してください。そのうえで、気になる者がいればこちらに教えてもらえれば」
にも拘らず、示されたのはこちらの認識とは似て非なる行動。
「モートンさん?」
「剣もそのまま持っていてくださいね」
戸惑うふたりに、モートンは落ち着き払った声音で返す。
「監視の目があるのだと周知させるだけで、ある程度の芽を摘むことはできますから。ふたりにはそちらを担ってもらいたいのですよ」
こちらを見据える深紫の瞳は、どこまでも穏やかで。ゆったり構えるその姿勢に、リーも少し落ち着きを取り戻してその言葉の意味を咀嚼する。
「抑止力……ってことですか?」
「ええ。保安員より請負人の方が思わぬところで出会いますからね」
魔物を狩る立場の請負人であるのに、まるでこちらの方が魔物のような言われようではあるが。
モートンとレジストたちとのやりとりを思い出し、これも親しみのうちなのかとリーは思う。
「もちろん事が起こる前に捕らえることも重要なので。少しでも怪しいと思えば報告してください」
それでも報告はためらわないようにと念を押される。こちらが遠慮や萎縮をしないようにとの配慮だろう。
「わかりました」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ頼りにしていますので」
それまで通りの静かな声ながら、滲むのは信頼。
前回の調査で認めてもらえていたのだと知るには十分なその様子に、リーとアーキスはもう一度しっかりと頷いた。
翌日はへラキアの保安員から町長に紹介され、そのまま成り行きで祭りの準備を手伝うこととなった。
街道から町までは最短で約一日。夕方頃から数人ではあるが祭り目当ての者たちも到着し、場にも非日常の高揚感が増していく。
そして迎えた祭り当日。昼には地区内を移動してきた者や近隣の町村の者たちも増え、町は雑然としたにぎわいと楽しそうな興奮に満ちる。
普通に過ごせと言われたものの、だからといって言葉通りに楽しむ気はなかったリーたち。店を覗く振りをしながら町やその周辺を見て回っていればいいかと思っていたのだが、いざ祭りが始まるとどうにもそういうわけにはいかなくなってしまった。
準備を手伝った店からはお礼だと酒や食べ物を渡され、町主催の出し物には町長から名指しで飛び入り参加を願われる。
夕暮れが近付くと通り沿いの店にランプが吊るされ、二ヶ所ある町の入口を繋ぐように光の道ができた。
地区内移動の要所となるへラキアの町。今日の祭りはその発展と旅行く者の無事を願って行われるものだという。
自身もまた旅稼業のふたり。
自分たちの旅路もこうして支え受け入れてくれる場所があればこそだと、どこか温かに灯る光に感謝を重ねた。
「……結局なんもしてねぇよな?」
祭りが終わったあと、リーとアーキスはモートンに今日一日のことを報告した。
とはいえ、祭りの間に自分たちがしたことといえば、剣を見て明らかに警戒を見せた男と何かに怯えるような様子で忙しなく辺りを見回していたふたり連れを保安員に伝えたのみ。
モートンの言葉通り、本当に普通に参加しただけとなってしまった。
礼を言われて任務終了を告げられたものの、何かができた自覚もなく。
宿に戻ってから、リーは本当にこれでよかったのかとアーキスに零す。
「まぁ、それでいいって言われちゃったからね」
そう言いつつもどこか腑に落ちない顔のアーキスも、おそらく同じように感じているのだろう。
この祭りで反組合の者たちが見つかったかどうかも聞かされておらず、抑止力としての役目もすぐに効果が現れるものでもなく、今時点で成果として実感できるものは何もない。
「お祭りを手伝って楽しんだだけって気もするけど。喜んでもらえたからそれはそれでよかったかな」
「それはそう……だな」
無理やり納得したようでもあるが、まだできることがあっただけいいかと思い直す。
「ここまで手伝ったからには明日の片付けも残るよね?」
「もちろん。せめて最後までやらせてもらわねぇとな」
あと一日の滞在を決め、話題は自然とそれからのこととなった。
ハルヴァリウスからの依頼完了は、カルフシャークが帰るのを見届けてから本部に戻っているフェイから報告されているはずではある。
急ぐ必要はないだろうが、今回の報告も含め自分も一旦帰還すべきだろう。
「アーキスもまっすぐ本部に戻るよな?」
「うん。リーはバドックに寄るの?」
「いや、特に考えてねぇけど」
どこか探るような声色を怪訝に思っていると、それなら、とアーキスが照れ臭そうに笑う。
「ソリング、寄らない?」
ソリング――赤の四番近く、マリツェ地区にあるアーキスの故郷。
思わぬ名に驚いたものの、頷く前から嬉しそうな親友の顔を見ておいて断るわけもなく。
「行くか」
ふたつ返事での了承に、アーキスがその笑みに喜びと安堵を混ぜて頷いた。
だから付き合いたてのカップルかっ!






