絶対の信頼
目の前で笑いかける少年にしか見えないかわいらしい容姿の保安員。リーは冷や汗をかきながら、一体どうしてと心中ぼやく。
「お、お久し振りです、ジャ――」
「やだなぁ、僕はセルジュですよ」
にっこり笑っているはずなのに、その灰色の瞳からは寒気しか感じない。
「えっと……セルジュさん、俺に何か……」
「ちょっと手伝ってもらいたいことがあるんで、一緒に来てもらえますかぁ? あ、組織には許可をもらっていますから」
「許可……って……。俺、本部に報告に……」
「いいから手伝えっつってんだよ」
声はそのままに苛立たしげに怒鳴られる。
外見は飴色の髪に灰色の瞳の小柄な保安員セルジュでも、その中身は保安協同団幹部で風龍のジャイル。もちろんリーに抗うすべはない。
「話は道中でしますので、とりあえず中継所の第一拠点に行きましょうか」
「わかりました……」
何を言っても無駄なことはわかっているので、リーは仕方なくセルジュについて歩き出した。
「お前がイリーガで見つけた奴らから別の集合場所を聞き出せたんだ」
面倒になったのか、ジャイルの口調で説明を始めるセルジュ。
どちらにしても違和感はあるが、やはりまだこちらの方がマシだとリーは思う。
「集合場所ってなんの……」
「そこからかよ」
舌打ちをされるが自分は偶然あの場に出くわしただけなのだ。フェイから請負人組織が関わる案件かもしれないと聞いてはいたが、保安まで噛んでいるとは知らない。
「あいつらは反組合の一員で、何らかの事情でバラバラになった場合、地方の祭りに出店して再集合するらしい」
保安協同団と請負人組織が合同で実行した、反組合のアジトの同時制圧。ラルジェム地区でのクフトの調査はその残党狩りだったようだ。
あのふたりのハーフエルフは反組合の一員であった。やはりと思う反面、そうであったことに歯がゆさを感じる。
「そのうちのひとつがナジェクのへラキア。小規模だが三日後に祭りがある」
ドマーノ地区とは四番街道を挟んで南側のナジェク地区。へラキアの町はほぼ中央に位置し、地区内を抜ける際によく使われる町らしい。
「ハーフエルフがいる前提だから俺は町には行けない。保安員は絆の耐性訓練をしてるが、もっと確実な人員がほしいんだ」
語られた理由に、リーはようやく納得がいった。
ハーフエルフは有するエルフの特性にかなりの個人差があるが、中には龍の気配を感じ取れる者も、強く絆す者もいる。
少なくともハーフエルフに絆されないという点においては自分も役に立てるだろう。
「わかりました。俺でよければ」
「ああ。詳しい内容は拠点で話すが、もちろん働きにも期待してるぞ」
にやりと口角を上げるセルジュ。
「テスラを見抜いてくれたお前たちだからな」
「たち……?」
「顔見知りの僕を偶然見かけた、ということで。ではリーさん、よろしくお願いしますね」
零れた疑問は置き去りに、セルジュの口調で返される。
「よ、よろしくお願いします……」
「ここからはセルジュと。あ、僕の方が歳下なので呼び捨てにしてくださぁい」
(できるわけねぇだろっ!!)
内心即座にツッコんでから、リーは小さく溜息をついた。
リーが元々目指していた橙四番と黄の四番の間の中継所は特に物々しさもなくいつも通りだったが、保安の詰所内はやはり張り詰めた様子だった。
協力許可証を持つリーと偶然会ったと説明し、セルジュがリーを二階の部屋へ案内する。
宿場町の詰所同様金属の格子のはめ込まれた窓を背に座るのは、紫黒の髪に淡い紫の瞳の若い男。
「お久し振りです。ご足労感謝します」
見知った顔にほっとするリーに、ノッツも僅かに表情を緩める。
「セルジュは仕事に戻ってください」
「了解しましたぁ」
一礼して部屋を出ていくセルジュ。扉が閉まってから暫しの空白の後、すみませんでしたとノッツが呟いた。
「どうせあのおっさん小僧に強引に連れてこられたんでしょう? 不都合があるなら指揮官代理権限で帰せますけど?」
吹き出しかけたのをなんとか堪え、大丈夫ですとリーは返す。
「依頼は済みましたし、報告もフェイがしてくれてるかと思うので」
「ありがとうございます。指揮官代理なんて押しつけられたせいで、僕もここから動けなくて」
先程までより少し緩んだ口調でぼやくノッツ。相変わらず態度を使い分けているらしい。
「本来ならここにいるべきなのはモートンさんなんですけどね。第二拠点で待ってますので、あちらでは何かあればモートンさんに」
「わかりました。けど、俺って何をすれば……?」
状況については聞いているものの、何をすればいいのかは聞いていない。
肝心なところを、とボソリと呟いてから、ノッツはにっこり微笑む。
「ヨゼリムやイリーガの時と同じ、おふたりの慧眼で怪しい奴らを見つけてもらえたらいいってだけですよ」
出発は明日の朝。昨夜は寝ていないリーはそれを理由に詰所を出た。
本来ならもう少し詳しく状況と役割を確認するべきだが、出立に向けて忙しない様子の保安員たちの手を煩わせるのも忍びない。
(ま、あいつがちゃんと聞いてくれてるだろうしな)
手配してもらえた宿の部屋に荷を置いてから、受付で教えてもらった部屋へと向かう。扉を叩き、中からの聞き慣れた声に名を告げた。
「リー! よかった、間に合ったんだ」
顔を出した銀髪に藍色の瞳の青年は、請負人の同期で友人のアーキス。自分と同じく保安協同団の協力許可証を持つ彼もまた、助力を請われ借りだされたようだ。
「情報交換がてら部屋で夕食、でいいか?」
「もちろん。今来たとこだよね? 俺が調達してくるからリーはさっぱりしてきなよ」
アーキスの気遣いにありがたく甘えることにして、準備を任せて湯浴みを済ませる。
再び部屋を訪れると既に食事が用意されていた。
「残念だけどお酒はなしだからね」
「わかってるって」
終わったら飲もうと言い合って、食事をしながら互いのここまでに至る状況を語ることにする。
イリーガでのことがそもそもの発端のようなので、まずはリーが何があったかを説明した。
おそらく話しても大丈夫かと思いつつ、一応ハルヴァリウスとヒストシェイドのことは濁しておく。尤も百番案件でと伝えた以上龍が関わることはいうまでもないが、アーキスも詳しく尋ねるようなことはしなかった。
いつか互いを紹介できれば。
仲の良いカルフシャークとヒストシェイドの様子を思い出し、実現はそう遠くないかもしれないと心中独りごちた。
俺の方は、とアーキスが話し始める。
「十日くらい前に本部に戻ったらもう待機命令が出てて。四日前に本部を出て、昨日ここに着いたところ」
案の定リーが知りたいことはアーキスが詳しく聞いてくれていた。
反組合は祭りに露店を出し、そこで決まった言葉を伝えた相手に再集合場所を教えているらしい。
へラキアの祭りもその候補ではあったものの、先日のイリーガでのことが知られたのか、事前に出店を取りやめた露店が一軒あった。
露店の出店者の行方は追えなかったものの、その中止を来る側は知らぬままだと考え、代わりに露店を出して集まる者を捕らえる作戦となったそうだ。
祭りの間、基本自分たちは自由に動き、気になる者がいれば報告するだけでいい。
「ジャイルさんが俺たちも店に出させればいいって言ったのを、ノッツさんとモートンさんが止めてくれたんだって」
ちょっとやってみたかったけど、と残念そうなアーキスの呟きは聞こえなかったことにする。
「そういやアーキス、セルジュさんには会った……よな?」
ジャイルの名が出たので話を逸らしついでに尋ねると、アーキスにしては珍しく一瞬口籠った。
「……うん、会ったよ」
「……どう、だった?」
「どうって……」
お互い無言で顔を見合わして、それぞれ息をつく。
「……なんか……すごいよね……」
「だよな……」
ふたりして遠い目で呟いて、酒の代わりに水を飲んだ。






