繋ぐもの
翌朝もフォードたちを見送ったリーとアーキスは、そのあとエレンたち三人に見送られてソリングを発った。
またいつでも立ち寄ってほしい。
自身の故郷バドックで兄姉たちがアーキスへとかけた言葉と同じものを渡され、嬉しさと照れ臭さを胸に歩くリー。
おそらく気取られてはいるだろうが、アーキスもわざわざ口に出すような真似はしなかった。
出立当日はソリングから赤の三番と四番の間の中継所へ。あとは三日で紫三番の本部に到着する。
本部で報告を済ませたあとの予定はないが、こればかりは自分たちだけの都合で決まるわけではないので保留のままだ。
それでもひとまず本部へ着くまではふたり旅。向き合い飲むのもいつものこと。
泊まる宿の食堂で腹が満足するまで食べて飲み、残る話を肴にふたり部屋でグラスを合わせる。
「前にリーに、巻き込んでいいかって聞かれたよね」
今回知らされたことについて話し合ううちに、アーキスが思い出したように呟いた。
成り行きで担うことになってしまった百番案件の協力者としてアーキスの名を出す前に、何も説明できないままそう尋ねたリー。
もちろんふたつ返事で了承してもらえたが、言うのをためらった償いはしっかりとさせられた。
「それが?」
あの時のアーキスの飲みっぷりを思い出し苦笑いするリーに、うん、とアーキスも曖昧に笑う。
「俺も結構リーのこと巻き込んでるんだなって」
自分たちふたりが請負人として関わる保安協同団だけではなく、リーからは龍とエルフとの、そしてアーキスからは組合と技師連盟との、それぞれの縁が絡み合った現状。
間違いなくかなり特殊な立場となっているだろう。
互いに顔を見合わせ、手元の酒で先行きの不安は笑みごと呑み込む。
「ま、だからこそ知れたこともできたこともある、ってな」
お互いひとりであったなら知る由もなかった側面。その両側に関わるからこそどちらにも巻き込まれ、両側を知るからこそ選ぶことができた動きがある。
「そうだね。リーと一緒だからこその今だって思ってるよ」
「大袈裟なんだよ」
しみじみ呟くアーキスと呆れたように零すリー。
自然と浮かぶ笑みに、今更かと重ねて笑う。
「あと何があるかわからないけど。これからも巻き込んでいい?」
「まぁそれは俺も同じなんだけどさ」
きっとこれからも変わらぬ関係で在れれば。
そう思うのも互いに同じなのだろう。
「いくらでも、喜んで」
「お互いにね」
キリがないかと締め括り、どちらからともなくグラスを合わせた。
リーとアーキスがのんびりと紫三番を目指している頃。
一足先に戻ったギルは呼び出しを受けて請負人組織本部を訪れていた。
「じゃあ僕はこれで」
先導していたヴィズが組織長室前で足を止める。
「案内ありがとうございます」
礼を言うギルに、ヴィズは黄緑色の瞳を細めて肩をすくめた。
「案内なんていらないでしょ?」
周りに誰もいないとわかっていての軽口には応じず、ギルはただ短く息をつく。
予想通りの反応だったのだろう、ヴィズは呆れに寂しさを混ぜたような笑みを見せたあと、ひらひらと手を振ってその場を去った。
無言でヴィズを見送ってから、ギルは組織長室の扉を叩く。
入れ、と短い返答。
「失礼します」
「そこに座れ」
組織副長のマルクが、自身の前のソファを視線で指す。間のテーブルには数枚の紙が置かれていた。
ギルが座るなり、マルクは一番上に置かれた地図の一点を示す。
「ギルスレイド。この辺りに覚えは?」
わざわざ龍の名を呼んだのは、そこが『ギルスレイド』しか知り得ない場所であるから。
描かれているのは黒の一番から北西。ヴォーディスの南と東の海岸線が描かれ、いくつか印がつけられている。
南寄りに伸ばされた線は、組織総出のシングラリア掃討の際のものだということはわかった。
北西向きに伸ばされた線は、中継地、施設と書かれた二点を経て途切れていた。その更に北西、点に比べると広い範囲が丸で囲まれている。あとはそこから北に横線が一本引いてあった。
マルクが指すのはその丸印。
中継地と施設が何を指すかはわからないながら、横線が示す北にある山脈、そして半島からの距離や方向から考える。
「……ドワーフの集落があったかと」
「そうか」
手元の紙に何やら書きつけてから、マルクはギルを見据えた。
「組織として、本当は案内を頼みたいが……」
命というには曖昧な言い方に、ギルは訝しげに眉を寄せる。
気持ちはわかるとでもいうように頷いて、マルクは紙の中から一枚を抜き出し上に載せた。
「何があったかを説明する。ただ、案内は命令ではない」
「……断ってもいい、と?」
「ああ。本来なら知り得ぬことだからな」
ヴォーディス、反組合、などの言葉が書かれた紙を一瞥しての問いに、一切のためらいもなく即答するマルク。
「ただここにお前がいて。そのお前がこの世で一番古くからの記憶を持つというだけの話。ドワーフの集落だろうと知れただけでも十分すぎる」
「……それでいいのか?」
「ああ。ドワーフの集落があった場所なら、ドワーフたちに聞けばいい。あれらは共有し継ぐことに長けているから、詳細も残っているかもしれないしな」
長くなりそうなので茶でも淹れてくる。
そう言い立ち上がり、隣室へと向かうマルク。
請負人組織副長マルクと組織員ギルではなく、風龍フィエルカームとかつて龍であったギルスレイドとしての話なのだと示されているようで。
行き場のない惑いを溜息で逃し、ギルは置かれた資料に目を通し始めた。
ひと通り話を聞き終えた頃には、もうすっかり日も傾いていた。
灯りもつけないままの薄暗い宿屋の一室で、ギルはマルクから聞いた話について考える。
龍は魔物であるにも拘らず、人と上手く親和し生きていく場を得た。
しかしハーフエルフは、人とエルフのどちらにも近くありながら――否、近いからこそどちらにも馴染めぬまま。
薄れはしても消えぬ血にその数を増やし、人より生が長いためにその苦労も長く続く。
初代請負人組織長が用意した受け皿も、知られていなければ利用されることもなく。しかし進まぬ理解に表立ってそれを発することもできないままの現状。
(俺だってどちらでもないモノなのにな)
龍でも、もちろん人でもない自分。
それでも龍たちは自分を受け入れてくれた。
その生まれに個の責はないハーフエルフとは異なり、こうなったのは己のせいであるのに、と。
今更感じる負い目と幸せ。
泉を枯らせたあの日からこの半島を目指し洞窟を出るまでの間も、自分はひとりきりではなかったのだろう。
暗闇の中、じっと考える。
――夜の暗さは変わらぬはずなのに、いつの間にか昔ほど闇を暗いと感じなくなっていた。
外にいくつも気配があるせいか。
それとも、内を満たす光があるからか――。






