ネズミ王子とわすれ姫 中
「家の中に誰かいる?」
「いいえ、弟は出かけています」
「なら、丁度良かった」
アリスの家に着くと、ネズミはアリスが許可も出していないのに、家の中をチョロチョロと動き回りはじめた。
「いきなり失礼ですよ」
アリスが注意したが、ネズミは聞いていない。
しばらく動き回ると、ピタリと部屋の奥の棚の前で止まった。
「あった。見つけたぞ」
ネズミが指差していたのは、アリスの弟の大事な宝石だった。
「何をしているの?!」
ネズミが盗みを働くのかと思ったアリスは、防ごうとして思わず宝石を手に取ろうとした。それをネズミが遮る。
「別に盗もうとしているわけではない。むしろ、返してもらおうと思っているのだ」
アリスは伸ばす手を止めた。どういうことなのか。
ネズミはくるりとアリスに向かい合うと、真剣な眼差しでアリスを見た。そしてこう続ける。
「質問だが…… 俺はネズミだ。当たっているな?」
ネズミの気迫に圧倒されつつも、アリスは頷いた。
「そして、君は俺を知らないらしい。本当だな?」
アリスは再び頷く。
ネズミは少し、悲しそうな顔をしてこう続けた。
「君は本当に俺のことを忘れてしまったのか?」
「……」
アリスは黙った。ネズミのことを知らないはずなのに、なにか胸につかえている。頷くのにはばかられた。
アリスの様子を見てネズミは一瞬悔しそうにすると、こう呟いた。
「分かった。今俺が君を取り返してやる」
そして、次の瞬間どこから出したのか、ネズミは剣で強い光を放ちつつ、宝石を切り始めた。
「うおおおお」
力づくで宝石を切ると、宝石は暗い靄を放ちつつ姿を消していった。
直後だった。
アリスの視界がグルグルと回り始める。それと同時に周りの景色が変わって見え始めた。
先程まで見えていた家の中の風景が、たちまち黒い靄に包まれた空間へと変わっていった。
「ここは……」
よろけたアリスを誰かが抱き止める。
見れば、金髪に緑の宝石の様な瞳をした男性がいた。
アリスは朦朧としながらも、それが誰であるのかゆっくりと思い出してきた。
この国の王子、セオだ。
「セオ様……」
「……! 思い出してくれたのか?!」
セオは嬉しそうな顔をした。
先程のネズミと同じ声や瞳の色をしている。
「あれ、ネズミと同じ?」
それを聞いてセオは安堵で大きく息を吐いた。
「よかった……俺はやっと取り戻せた……!」
ボーッとしながらも、状況が飲み込めないアリス。セオはこう告げた。
「アリス。君は、この忌まわしき空間に閉じ込められ、幻覚を見せられていたらしい」
「幻覚……?」
ヨロヨロと立ち上がるアリスを支えながら、セオは続ける。
「公爵令嬢である君は、ある日突然行方をくらました。捜索しても見つからない。君が自ら助けを求めにくるとも思ったんだが、それもない。操作は難航したさ。
月日が経って、君を諦めきれなかった俺は、人里離れたこの場所で引き続き捜索をした。そんな最中、偶然モヤに包まれたこの空間に来たって訳だ。
すればどうだろう、君がいるではないか。しかし、君は記憶が無くなっていたんだ。一体何が起こったのか、理解が出来なかった」
『では、続きは僕が教えてやろう』
すると、急に背後から声が聞こえてきた。
振り向くと、そこには黒髪に赤い瞳がギラリと光った、黒ずくめの男が立っていた。
心持ち悲しそうな、でもどこか嫌な薄ら笑いを浮かべている。
『だめじゃあないか、アリス。知らない人を家に連れて来てはならないと、教えただろう?』
アリスはこの声を聞いて、ハッと身構えた。
弟の声である。それに、瞳の色が弟とそっくりだったのだ。
「弟……?」
ぼんやりと思いだしてきたアリス。今朝まで可愛らしい少年だった弟。だが、弟など……と思ったアリスは異変に気付いた。令嬢のアリスには本当の弟がいなかっということに。
「私には……弟はいない……はず?」
すると黒髪の男は眉尻を下げて、憐れみの表情をして見せた。
『あぁ、魔法が解けてしまったか。可哀想に。』
「魔法?ですって?」
『あぁ、愛しいアリス。我が世界の中で閉じ込めていたのに』
すると、王子セオがアリスを庇いながら叫んだ。
「お前のことは知っている! 封印されたはずだが?黒魔術師レギオン! 」
セオが剣を向けると、黒髪の男はニヤリと不吉な笑みを浮かべた。
『さよう、我が名はレギオン。さぁ姫、僕の世界に戻ろう』




