第71話 間違った本気
「……さて、次は私ね」
エミリアの勝利の後、他の冒険者の戦いが終わると同時にアーリアさんがそう呟いた。
「アーリアさんなら心配はいらないと思いますけど……頑張って下さいね」
「もうアルファンド君たら、そんな事言われたら張り切っちゃうわよ!」
突然俺を抱き締めてそう宣言する。
いや、頑張ってとは言ったけど、何処に抱き付く必要があるのだろうか?
「直ぐに終わらせるから、安心して見ててね」
「いや直ぐにって……あ、その、手加減はしてあげて下さいね?」
「ん……アルファンド君がそう言うのなら、善処はするわ」
お願いだから本当に善処して欲しい、昇格試験で死人を出すなんて洒落にならない。
冗談だろうと思うだろうけど、アーリアさんならやりかねない。
「じゃあ行ってくるわね」
俺から離れ、アーリアさんが前へと出た。
対戦相手は、オルガと同じくらいの身体付きの大男だった。
手にするのはこれまた巨大な大剣、それを肩に担ぎなから目の前に立ったアーリアさんへと何処か嫌らしい笑みを浮かべながら視線を向けている。
「へへっ……良い女じゃねぇか、どうだ? この後俺と付き合ってくれるなら手加減してやるぜ?」
……恐らく、アーリアさんの事を知らないのだろう。
無知というのは時として残酷である。
「……私にそういう目を向けて良いのはアルファンド君だけよ、とっととその汚ならしい目を閉じなさい」
あ、これは駄目だ。
アーリアさんの目が据わってる。
周りにいる人達には分からないのだろう、アーリアさんの身体から魔力がゆらゆらと立ち上り始めた。
「あぁん? 何だよ、こちとら折角親切に言ってやってるんだぜ? あんたもその綺麗な顔に傷は付けたくねぇだろ?」
「二度も同じ事を言わせないで、その汚ならしい目を閉じなさい」
「……後悔するんじゃねぇぞ?」
男が大剣を構えてアーリアさんに向き直った。
「両者、準備は良いな? では……始め!」
試験官の声と同時に、凄まじい爆音が演習場に響き渡った。
全員の表情が、驚きに染まった。
いや、只一人、フロワさんだけが何とも言えない微妙な表情で額を押さえながら宙を仰ぎ見ている。
結果として、今現在立っているのはアーリアさん、そしてアーリアさんの目の前に立っていた筈の男は遥か後方の演習場の壁に"めり込んでいた"。
正に一瞬の出来事だった。
開始の声と同時にアーリアさんは魔法を展開、その場から動く事無く火属性魔法のフレアボムを無詠唱で放ったのだ。
しかも只のフレアボムでは無い、アーリアさんの持つ膨大な魔力を練り込んだ、特製フレアボムとも呼べるものだ。
大きさは高々数十センチ程、しかしその数十センチのフレアボムで相手の大男が声を上げる事も許されずに吹っ飛ばされた事を考えれば、どれだけ凄まじい威力かが分かる。
……死んで、無いよな?
「う、うぅ……」
かろうじて、めり込んだ男の苦し気な呻き声が聞こえて来た。
あ、良かった、生きてる。
「……ふん」
「……はっ! し、勝者! アーリア!」
同じ様に呆然と固まっていた試験官の声が響く。
早過ぎる、相手が可哀想に思える程に。
「アルファンド君!」
「むぐっ!?」
遠くに見える男に哀れみの意を込めて手を合わせていたら、目の前からこの世の物とは思えない様な柔らかい物体に包まれた。
そして同時に鼻腔に広がる甘い香り、何かなんて考えるまでも無い。
慣れたく無かったが、既に慣れてしまった。
「見ていてくれたかしら?」
「むぐ……み、見てましたから、とりあえず放して下さい……」
アーリアさんの豊満な胸元に抱き締められながら、身長差により見上げる形になりながら訴えかける。
「駄目よ、あんな訳の分からない奴に見られて気持ち悪いの……だからアルファンド君成分を補充しないと」
前もそんな事言ってた様な気がするけど、俺成分って一体何なんだ?
「いやその、次は俺の番ですから行かないと……」
「大丈夫よ、少しだけ時間が空くでしょうから」
そう言ったアーリアさんの見た方へと視線を向ければ、恐らくはギルドの職員であろう数人の人達が壁にめり込んだ男へと駆け寄っていた。
遠目からだからはっきりとは分からないが、治癒魔法を掛けている様だ。
「あのねぇ……やり過ぎよ!」
「ひっ!?」
突然後ろから叫ばれて思わず情けない声を上げてしまった。
慌てて振り向けばフロワさんが額に青筋を浮かべながらアーリアさんへと鋭い視線を向けていた。
「何よ?」
「何よじゃないでしょ!? 昇格試験で相手を殺し掛ける馬鹿がいる!?」
「文句ならあの気持ち悪い奴に言いなさいよ、幾ら冒険者が誰でもなれるって言っても最低限の礼儀くらいは必要よ」
「それは……確かに、同じ女として見てて嫌だったけど、貴女ならもう少し穏便に済ませる事が出来たでしょ?」
「……ふん」
鼻を鳴らして再び俺を強く抱き締めるアーリアさん、お願いですからやめて下さい。
フロワさんの呆れた表情が何故か俺にまで突き刺さっているんですから、俺の中の何かが挫けそうですから。
そしてエミリア、どさくさに紛れて抱き付くんじゃない、確かにずっと傍にいてアーリアさんが俺を抱き締めていた時に頬袋をぱんぱんにしてたけど、ここぞとばかりに抱き付くんじゃない。
ほら、遠くから見てたジュリまで頬を膨らませてるから、やめなさい。
そんな俺の訴えは誰にも受け入れられる事無く、周囲からの冷たい視線を一身に浴びながらひたすら耐える苦痛の時間となった。
このまま行ったら、その内胃に穴が空くんじゃないだろうか? 治癒魔法って、内臓にも使えるのか?
そんな事を考えながら、俺は虚ろな目でただただ虚空を見つめるのだった。
ちなみに、アーリアさんの対戦相手の男は魔法と火がトラウマとなって冒険者の道を諦めたのだと、後に知らされた。
また、女性に対しても恐怖心が芽生えてしまったらしい。
別に謝るつもりは無いが……同じ男として、同情する。




