第72話 昇格の時
さて、アーリアさんの対戦相手が無事運ばれた訳だから次は俺の番だ。
既に何故か精神的に疲れてはいるが、そんな事を言っている暇は無い。
「頑張ってね、アルファンド君」
「アルなら大丈夫だよ! 応援してるからね!」
二人からの声援を受け、俺は一度頷いてから演習場の中央へと向かう。
やがて俺の前に一人の男が立った。
短く切り揃えられた茶髪に同色の瞳、身長は当然だが俺より高い。
「……お前が黒狼とか言われてるガキか?」
突然、目の前の男が俺を睨み付けて来た。
はて、会った記憶は無いし初対面の筈なんだけど。
「誰が言い始めたのかは知りませんが、そう呼ばれてるみたいです」
「……ふん、こんなガキに周りの奴らは何をビビってんだか」
「……はい?」
「最近になってこの街に戻って来たらてめえの話題が広まってたからな、一緒にパーティーを組んでるのはかなりやるみたいだが、それに便乗して威張ってる只のガキじゃねぇのか?」
プチン
表情には出さないが、いきなり面と向かって見下した態度と男の言葉に俺の中で何かが切れた。
いきなり何なんだ? そんな事言われる筋合いは無い。
確かに俺はアーリアさんに遠く及ばない、しかし何の努力もせず甘い考えで生きて来た訳じゃ無い。
目の前のこいつに、何も知らない奴に好き勝手言われる筋合いは……無い。
「……黙れよ」
自分でも驚くくらいの低い声が出た。
「あん?」
「良いから剣を構えろよ、俺があんたの言う只の威張ってるガキかどうか、戦えば分かるだろ?」
「はっ、上等だよガキ」
男が剣を構え、俺に向き直った。
それに対し、俺も剣を下段に構えて姿勢を低くする。
「……両者共、これはあくまでも試合だ。 お互いそれを忘れるんじゃないぞ?」
試験官が俺達を交互に見ながらそう言って来るが、俺は何も言わずに目の前の男を睨み付ける。
「……それでは、試合開始!」
試験官の声に真っ先に動いた。
一歩目で一気にスピードを上げ、二歩目で男の間合いに入る。
「は?」
突然の事に間抜けな声を上げる男、それに構わず下段から剣を振り上げた。
剣気は纏わせはしない、あくまでもこれは試験であって殺し合いじゃないんだから。
でも、単に終わらせるのはつまらないし俺も納得出来ない……だから出来るだけ、痛みを味会わせる。
振り上げた剣は全く反応出来ていなかった男の肩を直撃した。
ギリギリで骨が折れない強さ、だからこそ痛みはかなりのものだ。
「ぎゃあっ!?」
男の口から何とも情けない悲鳴が挙がった。
剣を手放さなかった事は褒めてやるけど、だからと言って何かが出来る訳じゃ無い。
振り上げた剣を返し脇腹、腹、肘、手の甲、膝と連撃を喰らわせる。
最早痛みによる悲鳴を挙げる事しか出来ない男、しかしがむしゃらに剣を振り上げて俺に向けて振り下ろして来た。
何だその剣は、反撃するならしっかりやれ……!
振り下ろされていた剣を軽く弾き落とし、そのまま男の顎を強打した。
「かっ……?」
妙な声を漏らし、男は白目を剥いて口から泡を吹いて倒れた。
「……ふん」
剣を鞘に戻し、試験官へと視線を向けた。
「……はっ!? しょ、勝者! アルファンド!」
呆然としていた試験官だが、俺の視線を受けて慌ててそう宣言した。
その瞬間、他の試験を受ける冒険者と集まっていた他の冒険者達から歓声が沸き上がった。
「すげぇ! 全く剣が見えなかったぞ!?」
「何だあの速さは!?」
「お、俺は見えたけどな!」
「ならお前、挑んで来いよ」
「ひぃっ!?」
いや、好き放題言い過ぎだろ……つか今の速さくらい目で追えるだろ?
「アル!」
周りの奴らに呆れていると視界の端から駆け寄って来る姿が。
「おっと」
咄嗟に受け止める。
案の定、飛び込んで来たのはエミリアだった。
「凄い凄い! やっぱりアルは強いよ!」
「ありがと、でも俺はまだまだだよ、もっと強くならないと」
「あら? そんな事は無いと思うわよ?」
後ろから掛けられる声、それと共に背後から抱き締められた。
「アーリアさん……?」
「今の剣、全てを目で追えたのはこの場にいる内の一握りだけよ? 勿論、私はアルファンド君の姿を見逃しはしないけど」
「あ、えっと、ありがとうございます……?」
とりあえずお礼は言ったけど、返答に困る。
けど確かに、それとなく周囲にいた人達の反応を見ていたけど恐らく全て目で追えたのはアーリアさんとオルガ、マイラさんとロウさん、そしてフロワさんだけだ。
他の試験を受けている冒険者達は全く見えていなかったと思う。
「うん! とっても速かったよ! 特に最後の剣を弾いた時の切り返しが一番速かった!」
「ありがと……ん?」
ちょっと待ってくれ。
「……エミリア、もしかして、全部見えてた?」
「うん! 最初が肩で、それから脇腹にお腹に肘、手の甲、膝、それから最後に剣を弾いてから顎に当ててたよね?」
「……マジか」
思わず呆然と呟いた。
後ろのアーリアさんも驚きで息を呑んだのが分かる。
「どうしたの?」
「……いや、エミリアは凄いなって思っただけだよ」
頭を撫でてあげるとエミリアは嬉しそうに目を閉じて笑みを浮かべた。
いやでも、まさかエミリアが今の動きを全て目で追う事が出来ていたとは思わなかった。
もしかするとエミリアはこれから先、とんでもない才能を発揮させるかもしれない。
それから他の冒険者達の試合も終わり、昇格試験は無事……とはとても言えないものもあったが終了した。
そして俺達三人は晴れてEランク冒険者となるのだった。




