第59話 大切なもの
ジュリの心境です。
今となっては、後悔しか残っていなかった。
目の前で私に笑顔を向けてくるエミリアを見て、尚更強くそう思う。
エミリアに喧嘩を吹っ掛けたのは、戻って来るであろうあの人、アル様と話す口実が欲しかったから。
しかし、ついかっとなってやり過ぎてしまった。
あの人と、正に天才と呼べるあの人と一緒にいる事が、許せなかった。
弱い癖に、口だけは達者に回るエミリアが、許せなかった。
本当は、少し話をしてあの人の事を知りたかっただけだったのに、自分の性格が嫌になる。
いつからだったか、私が周りの冒険者達から狂犬と呼ばれる様になったのは。
私は、昔から周囲の人間が信じられなかった。
物心ついた時から、親切そうに声を掛けて来る奴らは全員が屑の様な奴らばかりだった。
本心からの親切では無く、何かしらの見返りを求めたものや女である私の体目当ての、本当に屑の様な奴らばかり。
だから、私は誰も信じる事が出来なかった。
周りの奴らは皆同じ、信じたら駄目だと自分に言い聞かせて。
家を飛び出し、冒険者になった私はその感情がより一層強くなった。
だから、誰も近付く事の無い様に私は片っ端から冒険者供に喧嘩を売り叩きのめして来た。
流石にAランクには敵わない事はわかっていたから近付かなかったが、やはり絡んで来る奴らは多かったからその度に打ち負かした。
腕には自信があったし、魔法も使えたから恐いものなど無かった。
ランクが上がる頃にはもう誰も私に近付いて来る奴らはいなかった。 誰もが私を恐れ、上のランクの奴らですら近付いて来る事も目を合わせる事も無かった。
それが私が望んでいた事だから、何の不自由も無かった。
弱い癖に威張る奴らとは近付く事も、同じ空間にいる事さえも許せなかったから。
だから私は誰にも興味を持てなかった……あの人を見るまでは。
あの人が初めてこのギルドに来た時、私は事の成行を離れたテーブルから見ていた。
初めて見る黒い髪と瞳に一瞬珍しさから目で追ったが所詮はそれだけ、女二人と一緒に冒険者登録に来たただの夢見がちなお子様だと思っていた。
しかし次の瞬間、案の定新人に絡んだ低俗なDランクパーティーをたった一人で叩きのめしたのだ。
しかも冒険者になったばかりのFランク冒険者が、見事な剣術と魔法の無詠唱使用によってだ。
私は胸の高鳴りを抑える事が出来なかった。
初めて、他人に興味を抱いた。
ただの新入りじゃない、あの人には何かある、そう思っていた時に彼はある人物に声を掛けられた。
それはAランク冒険者、オルガだ。
周囲の冒険者達が野次馬となり二人を追って演習場に行くその後ろに私も続いた。
私でもAランクと戦うなんて後免被るというのに、彼はオルガの前に堂々とした佇まいで剣を構えた。
その凛々しい横顔に、鋭い瞳に、私は目を逸らせずにずっと見ていた。
初めはオルガも格下相手に本気を出してはいなかったが、そんなオルガに彼は見事な一撃を与えた。
結果的に戦いに敗れ剣を折られたものの、彼の実力に私は惹かれた。
何としても彼と接触しようと考え、そしてエミリアに声を掛けた。
彼女は私が思っていた通り、弱い癖に変に理想が高い箱入り娘の様な奴だった。
こんな奴が、あの人と一緒にいていいのか? 私の答えは否だった。
こんな奴より、私と組むべきだと私は彼に訴えた。
しかし、彼の事を私は知らなすぎた。
彼は鋭い殺気を私にぶつけ、その殺気に私は思わず固まる。
こんな殺気を、Fランク冒険者が出せるものなのか? 私は、とんでもない相手を怒らせてしまったのではないか?
その予感は的中した。
互角だと思っていたのは最初だけ、初めて経験した手も足も出ないという状況に私は混乱した。
何故? 私は決して弱くは無い筈、それなのに私の攻撃が全て流されその度に攻撃を受ける……気が付いた時には身体中を襲う激痛に立っているのがやっとだった。
そして彼は、笑っていた。 私の苦痛に歪む顔を見て、笑っていたのだ。
思わず鳥肌が立った。
恐い、最早惹かれていた感情は消え失せ、ただただ恐ろしかった。
そして私は、初めての敗北を味わった。
悔しさはあった、しかしそれを上回る恐怖で一刻も早くこの場から逃げ出したかった。
しかし彼はそれを許さない、私を容赦なく踏みつけ剣を掲げる。
恐怖が最高潮に達した。 死ぬ? 私は、ここで?
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!
感情が爆発したかの様に荒れ狂う、堪える事が出来ずに涙が溢れる、しかし彼はそんな私を冷たい瞳で見ながら剣を引く事はしなかった。
その瞳は私を人としてではなく、まるで道端に落ちている石やゴミを見る瞳だった。
そこでようやく私は気が付いた、私が喧嘩を売ったのは彼にとってとても大切な存在なのだと、そんな存在にあんな仕打ちをした私を許す筈など毛頭無いという事を。
そして、私はここで死ぬのだと。
振り下ろされる剣を見ながら、私は今更遅い後悔に駆られていた。
私は何もわかっていなかったのだと、少し強いだけで調子に乗っていただけの只の馬鹿だったのだと。
受け入れたくは無かったが、私は迫り来る死を受け入れた。
「駄目ぇっ!!」
響いた声、その声に目を見開くと直ぐ横に剣は突き立てられた。
真横に突き立てられた剣を見て、私はまだ生きていると理解した、その安堵から身体から力が抜けて……恥ずかしいけど、失禁してしまったがそんな事はどうでも良かった。
まだ生きている、それだけで何もかもが良かった。
泣きじゃくる私に、彼は一言二言話すと私の直ぐ傍に来て手を伸ばして来た。
先程までの恐怖を思い出して無理矢理体を動かし後退ると彼は何もしないと言い、動きを止めた私に治癒魔法のヒールとクリーンの魔法を掛けてくれた。
こんな私を、助けてくれた? 何故? そう疑問に思う私に、エミリアは心配そうに寄り添って来る。
プライドを捨て必死に頭を下げる私に、エミリアは嘲笑う事も責める事もせずに気にしていないと、許すと言って来た。
更にその後驚く事に、私と友達になりたいと言って来たのだ。
今まで私にそんな事を言って来る奴はいなかったのに、普通の奴なら二度と近付く事などしないというのに、そこで私はようやく理解した。
アル様が言っていた、彼女は決して弱く無いという言葉が。
エミリアは力ではなく心が強いのだと、とても暖かい、全てを包み込む様な優しさを持っているのだと。
その優しさに、私の中で何かが変わった様な気がした。
そしてアル様の言葉、本当の強さの在り方に、私は惹かれた……いや、魅了された。
大切な誰かを守る為、それがアル様の力の源であり私には到底敵わない強さの正体なのだと知った。
それを話す時の強い意思の宿った瞳に、まるで私の全てが飲み込まれてしまいそうな錯覚さえ感じてしまう。
この人の様になりたい……この人に守られたい……この人を守れる存在になりたい……。
アル様に、全てを捧げようと誓った瞬間であった。
今はまだ私は弱い、しかしいずれアル様の隣に立てる存在になりたい……。
この日、私は変わった。
初めて出来た、大切な人によって。
「あのねジュリ、いくら貴女が友達でもアルは渡さないんだからね、私はアルが好きなんだから」
耳打ちされた言葉に流石と言うべきか、エミリアは私がアル様に何か特別な感情を抱いている事に気付いている様だ。
私だってエミリアは友達で、友達の恋路を邪魔すべきでは無いのはわかっている。
でも、エミリアにとってアル様が特別な存在である様に、私にとってもアル様は特別な存在なのだ。
自然と笑みが溢れる、いくら友達でも譲れないものもある。
だから私は、エミリアにそっと耳打ちした。
友達であり、好敵手となるもう一人の特別な存在に。
「悪いけど、私も負けないからね」




