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零時のログ  作者: 橋本陽


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16-2

「……確認してみますか」

 確認。

 峰岸が“確認”と言ったとき、そこには拒否できない圧がある。確認は正しい。正しいから断れない。

 でも今の確認は、峰岸の前提を揺らす確認だ。

 揺らされる側が自分で確認を提案するのは不自然だ。

 結菜は思った。峰岸は揺らされることを織り込んでいる。揺らされてもいい。揺らされること自体が目的なのかもしれない。


「やる」

 静香が短く言った。

 梨央が「え?」と声を漏らす。

 航は黙ったまま息を飲む。

 修は目を伏せた。



 峰岸は二人に「来てください」と言い、結菜と静香を連れて階段を下りた。

 結菜が選ばれたのは偶然ではない。固定具と重りに気づいたのが結菜だから。

 静香が選ばれたのも偶然ではない。静香は最初からここへ導くつもりだった顔をしている。


 ロビー奥の廊下を進み、非常用具庫の扉の前に立つ。

 扉には「非常用具」と札がある。鍵は峰岸が開けた。鍵。鍵が二本しかないのに、鍵は他にもある。鍵を持っている者がルールを運用する。

 峰岸は鍵を回し、扉を開いた。


 中は狭い。毛布、懐中電灯、救急箱、携帯ラジオ。

 棚の下段に、黒い袋が二つ並んでいる。

 峰岸が袋を引き出し、結菜に手渡した。ずしりと重い。

「重りです」

 結菜は袋の口を開け、中の金属塊を見た。持ち上げると腕に来る重さだ。

 静香がもう一つを持ち上げ、何も言わず頷いた。


 峰岸が淡々と言った。

「二階の固定具へ」

 結菜と静香は重りを抱え、階段を上がった。

 廊下に戻ると梨央たちが待っていた。梨央の目が大きい。修は唇を噛み、航は目を逸らす。

 峰岸が言う。

「点検室で固定を試します」


 点検室へ入る。

 レバーの横の固定具に、重りを引っ掛ける形の溝がある。

 結菜は重りを固定具に合わせ、恐る恐るレバーを引いた。重い。引いたまま、静香が重りを固定具に掛ける。

 ——カチ。

 金属がはまる音。

 結菜はゆっくり手を離した。

 レバーは、戻らない。

 引かれたまま、止まっている。


 部屋の空気が変わった。

 変わったのは、レバーの状態だけじゃない。

 「最後に残る二名」という前提が、いま目の前で崩れている。


 梨央が息を呑んだ。

「……固定できる」

 修が小さく言った。

「……じゃあ、二人残らなくていい」

 航が顔を上げた。目が揺れている。

 静香は淡々と言った。

「そう。全員出られる」

 結菜は自分の鼓動が速くなっているのを感じた。

 全員出られる。

 それなら、間引きでも方舟でもない。

 最初から二人残る必要などなかった。

 必要だと思い込まされていただけだ。


 峰岸が淡々と言った。

「……理屈の上では」

 理屈の上では。

 否定でも肯定でもない。

 静香が峰岸を見る。

「理屈の上、じゃない。実際に固定できた」

 峰岸は答えない。答えないのに、否定しない。

 結菜は思った。峰岸はこの“反転”を知っていた。知っていたから、重りをここに置いた。置いたのに「重り×2」と小さく書いただけ。

 見つける人だけが見つける。

 前提破壊は、用意されていた。


 梨央が結菜を見る。

「結菜……これ、じゃあ何?」

 結菜は答えられなかった。

 全員出られるなら、宿のギミックは“人を間引く装置”ではない。

 では何だ。

 なぜ「最後に残る二名」という前提を植えた。

 なぜ争奪戦を想像させた。

 なぜ合意で誰が残るかを決めさせようとした。

 静香の言葉が頭に浮かぶ。

 「同じ構造が起きてる」

 「合意の偽装」

 つまりこれは、脱出のための装置じゃない。

 “誰かを押し出す”構造を可視化する装置だ。


 修が絞り出すように言った。

「……じゃあ、ページを抜く必要、なかった」

 静香が修を見る。

「必要だったよ。——あなたが“必要”って思ったから」

 修は目を閉じた。

 結菜は思った。修は優しさで抜いた。抜いたのは、結菜が正しさで誰かを押すのを怖れたから。

 その怖れの根拠が、いま固定具と重りで目に見える形になった。

 人は“残る二名”が必要だと思い込むと、誰かを押し出す。

 誰かを押し出すために、言葉を使う。

 沈黙を罪にする。拒否を放棄にする。

 透明化テストの構造。


 結菜は自分の喉が乾いていくのを感じた。

 なら、次に来る反転は何だ。

 全員出られるなら、この宿の本当の目的は“脱出”ではない。

 静香は復讐じゃないと言った。条件を作ると言った。

 峰岸は安全のためと言った。

 修は壊れると言った。

 梨央は守ると言った。

 航は沈黙した。


 結菜は気づき始めた。

 この宿は、命の数を減らす場所じゃない。

 “言葉の選び方”を変えさせる場所だ。

 そのために、前提破壊を用意した。


 静香が結菜を見る。

「ね。——これで分かったでしょ」

「何が」

 結菜が絞り出すと、静香は淡々と言った。

「“残る”は必要ない」

 結菜の胸が痛んだ。

 残る必要がないのに、残る人を作ってきた。

 恋人だから。誠実だから。守るため。正しいから。

 それら全部が、便利な言葉だった。


 峰岸が淡々と結論を置く。

「本日の確認は以上です」

 以上。

 そこで終わらせる言い方。

 でも終わっていない。終わらせてはいけない。

 結菜は思った。今夜はまだ終わっていない。

 静香が言っていた。原本が出る。空気が爆発する。

 その爆発の前に、前提が一つ崩れた。

 次は——時間の前提だ。


 結菜は廊下へ出て、壁の時計を見上げた。

 秒針が正確に音を刻む。

 その音が、いまは嘘に聞こえた。


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