5-2
静香が言った。
「面白い」
航が静香を見た。
「……面白いって」
「こういう仕組みってさ。最初から“誰が残るか”を考えさせる」
静香はレバーを見ながら言った。
「恋人なら恋人が残る。友達なら友達が残る。守るなら守る。——その前提が、正しいって思わせる」
静香の声は落ち着いている。落ち着いているほど、言葉が刺さる。
結菜は思った。静香はこの装置を見て驚いていない。最初から知っているように見える。知っているなら、なぜここに来た? なぜ結菜たちをここに集めた?
峰岸は視線を巡らし、言った。
「この宿は山間部です。万一の際に備え、皆さまにも手順を知っておいていただく必要があります」
手順。知る必要。正しい言葉。
結菜の背中が冷えた。
梨央が早口で言った。
「それ、今すぐ使うことになるんですか」
峰岸は首を横に振った。
「現時点ではありません。——ただし、夜に風が強まる予報です。もし停電などが起きた場合、慌てないためにも」
停電。結菜は一瞬だけ、館内時計のズレを思い出した。停電後に手動で合わせた、と峰岸は言った。停電が起きることは珍しくないのかもしれない。珍しくないなら、またズレるかもしれない。ズレるなら、また0時が揺らぐ。
修がレバーの固定具に視線を落とした。
結菜はそれを見逃さなかった。修は何かを知っている。知っているのに言わない。言わないことが、ここでは罪にされるかもしれない。
なのに修は言わない。言わないことで、誰かを守っているのか。自分を守っているのか。どちらも同じ顔をしている。
「——皆さま」
峰岸が言った。
「もう一点。夜間は廊下の移動を控えてください。必要がある場合は、合意を得てください」
またそれだ。合意があれば例外。
結菜は思った。これは避難設備の説明ではない。
これは、夜間に誰かが動くことを前提にした言葉だ。
部屋を出て廊下に戻ると、空気が少し薄く感じた。
梨央が結菜の腕を掴み、小声で言った。
「結菜、昨日の廊下の光、見た?」
「……見た」
「絶対、誰か動いたよね」
梨央の言い方には、確信がある。確信があるから危ない。確信があると、正義が生まれる。
結菜は慎重に言った。
「でも、0時前かもしれない」
「だったとしても、動いたことには変わらない」
梨央は言い切った。
結菜はその言い切りが怖かった。正しさに寄りかかる言い切り。結菜自身がよくやる言い切り。
航が遅れて廊下に出てきた。航は何も言わない。
静香は航の横をすり抜け、階段を下りていく。
修も後を追う。
峰岸は最後に廊下の時計を見上げた。秒針。規則正しい音。
その音を聞きながら、峰岸は小さく言った。
「——今夜が、山場になるかもしれません」
誰に向けた言葉か分からない。
分からないから、全員に向けた言葉に聞こえる。
結菜は自室に戻り、畳に座った。
封筒は保管箱に置いたままだ。
その封筒の中には、欠けた一枚がある。欠けた一枚が、結菜の頭の中で増殖する。
欠けている、という事実だけが、内容より先に人を動かす。
動かした人を罰するために。
罰することで安心するために。
廊下の時計は、淡々と時間を刻んでいる。
結菜は思った。
ここは“誰が残るか”を考えさせる場所だ。
残るのは命か、関係か、言葉か。
その答えを、誰かが最初から知っている。




