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零時のログ  作者: 橋本陽


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4-3

 文章が、整いすぎている。

 法律文書のように硬いのに、どこか薄い。薄いのに、こちらを刺してくる予感がある。

 結菜はページ番号を見た。右下に小さく印字された数字。

 一枚目、二枚目——

 そして、飛んでいる。

 **「6」の次が、「8」**になっている。


 結菜の指が止まった。

 ページが抜かれている。

 抜かれているのは一枚だけ。たった一枚。

 たった一枚が、意味を変える。


 結菜は、抜けているはずのページの内容を勝手に想像しそうになって、歯を食いしばった。

 想像するな。想像した瞬間、自分の“正しさ”が動き出す。

 でも、抜かれている事実は抜かれている。


 封筒はあった。

 封は切られていないように見えた。

 なのに、中身が欠けている。


 結菜は胸の奥が冷たくなるのを感じた。

 昨夜、廊下の灯りが点いた。

 あれは、誰かが動いた印。

 動いた誰かが、いま結菜の前にある“欠け”を作った。

 そして読めない一枚を、結菜から隠した。


 結菜は手を震わせないように紙を揃え、封筒に戻した。

 戻しながら、ふと気づく。

 紙を留めていたクリップの跡が、昨日見た位置と違う。

 留め方の癖が変わっている。

 誰かが触った証拠は、もう十分だ。


 結菜は封筒を閉じた。封は一度切れている。切れている封は、もう元に戻らない。

 戻らないものが増える。

 この宿は、戻らないものを増やしていく。


 背後で、食堂の引き戸が開く音がした。

 静香の足音。

 静香は結菜の手元を見るなり、淡々と言った。

「ほらね。——本当の中身、まだ見てない」

 結菜は封筒を握りしめた。

「抜かれてる」

「うん」

 静香は頷いた。頷きが軽い。軽いのに、重い。

「誰が」

 結菜が問うと、静香は答えずに、こう言った。

「誰が、じゃない。——誰が“抜く必要がある”と思ったか、だよ」

 結菜は息を飲んだ。

 誰が悪いか、ではなく、何が必要だったか。

 責める方向を、静香が先に変えてくる。


 静香は続けた。

「昨日の夜、廊下の灯り、見えた?」

「……見えた」

「館内時計で、何時だった?」

 結菜は答えようとして、詰まった。

 館内時計。三分。

 静香は結菜の沈黙を急かさない。急かさないのが、逆に怖い。沈黙が許される時間がある。沈黙が許されない文言がある。

 抜かれた一枚は、そのどちらなのだろう。


 結菜は低く言った。

「0時……だった気がする」

 静香は小さく頷いた。

「そう。——みんな、その“気がする”で、誰かを罰せる」

 結菜の胸に、針が刺さった。

 自分も、罰したくなっていた。安心のために。


 食堂の奥で、峰岸が皿を並べている。

 水の音が、昨夜と同じリズムで響く。

 その規則性が、結菜には不気味だった。

 規則正しいものは、正しい。正しいものは、正義になる。正義は、人を縛る。


 静香は封筒に視線を落とし、淡々と言った。

「そのページ、抜いた人は“優しい”顔をしてる。たぶんね」

 結菜は封筒を見た。

 優しい顔。

 航の顔が浮かんだ。梨央の顔が浮かんだ。修の顔が浮かんだ。峰岸の顔が浮かんだ。

 そして、自分の顔が浮かんでしまった。


 静香が結菜を見て言った。

「朝食まで、まだ時間ある。——まず、ルールを確認しよう。廊下の灯りは、嘘をつかない」

 結菜はその言い方に引っかかった。

 嘘をつかない。嘘をつかないものがあるとしたら、それは記録だ。ログだ。

 静香は最初からそれを知っている。

 結菜は確信した。

 この宿は、起きたことを“起きたことにする”ための仕組みが揃っている。

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