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文章が、整いすぎている。
法律文書のように硬いのに、どこか薄い。薄いのに、こちらを刺してくる予感がある。
結菜はページ番号を見た。右下に小さく印字された数字。
一枚目、二枚目——
そして、飛んでいる。
**「6」の次が、「8」**になっている。
結菜の指が止まった。
ページが抜かれている。
抜かれているのは一枚だけ。たった一枚。
たった一枚が、意味を変える。
結菜は、抜けているはずのページの内容を勝手に想像しそうになって、歯を食いしばった。
想像するな。想像した瞬間、自分の“正しさ”が動き出す。
でも、抜かれている事実は抜かれている。
封筒はあった。
封は切られていないように見えた。
なのに、中身が欠けている。
結菜は胸の奥が冷たくなるのを感じた。
昨夜、廊下の灯りが点いた。
あれは、誰かが動いた印。
動いた誰かが、いま結菜の前にある“欠け”を作った。
そして読めない一枚を、結菜から隠した。
結菜は手を震わせないように紙を揃え、封筒に戻した。
戻しながら、ふと気づく。
紙を留めていたクリップの跡が、昨日見た位置と違う。
留め方の癖が変わっている。
誰かが触った証拠は、もう十分だ。
結菜は封筒を閉じた。封は一度切れている。切れている封は、もう元に戻らない。
戻らないものが増える。
この宿は、戻らないものを増やしていく。
背後で、食堂の引き戸が開く音がした。
静香の足音。
静香は結菜の手元を見るなり、淡々と言った。
「ほらね。——本当の中身、まだ見てない」
結菜は封筒を握りしめた。
「抜かれてる」
「うん」
静香は頷いた。頷きが軽い。軽いのに、重い。
「誰が」
結菜が問うと、静香は答えずに、こう言った。
「誰が、じゃない。——誰が“抜く必要がある”と思ったか、だよ」
結菜は息を飲んだ。
誰が悪いか、ではなく、何が必要だったか。
責める方向を、静香が先に変えてくる。
静香は続けた。
「昨日の夜、廊下の灯り、見えた?」
「……見えた」
「館内時計で、何時だった?」
結菜は答えようとして、詰まった。
館内時計。三分。
静香は結菜の沈黙を急かさない。急かさないのが、逆に怖い。沈黙が許される時間がある。沈黙が許されない文言がある。
抜かれた一枚は、そのどちらなのだろう。
結菜は低く言った。
「0時……だった気がする」
静香は小さく頷いた。
「そう。——みんな、その“気がする”で、誰かを罰せる」
結菜の胸に、針が刺さった。
自分も、罰したくなっていた。安心のために。
食堂の奥で、峰岸が皿を並べている。
水の音が、昨夜と同じリズムで響く。
その規則性が、結菜には不気味だった。
規則正しいものは、正しい。正しいものは、正義になる。正義は、人を縛る。
静香は封筒に視線を落とし、淡々と言った。
「そのページ、抜いた人は“優しい”顔をしてる。たぶんね」
結菜は封筒を見た。
優しい顔。
航の顔が浮かんだ。梨央の顔が浮かんだ。修の顔が浮かんだ。峰岸の顔が浮かんだ。
そして、自分の顔が浮かんでしまった。
静香が結菜を見て言った。
「朝食まで、まだ時間ある。——まず、ルールを確認しよう。廊下の灯りは、嘘をつかない」
結菜はその言い方に引っかかった。
嘘をつかない。嘘をつかないものがあるとしたら、それは記録だ。ログだ。
静香は最初からそれを知っている。
結菜は確信した。
この宿は、起きたことを“起きたことにする”ための仕組みが揃っている。




