4-2
遠くで、また足元灯が点いたような気がした。
一度目より短い。
そのあとも、もう一度。
規則性はない。だからこそ怖い。
誰かが、出たり戻ったりしているのか。
それとも、人感センサーが誤作動しているのか。
誤作動なら安心できるのに、結菜は安心できない。誤作動の可能性を消したい。消したいから、誰かが動いていると考えてしまう。
疑いは、便利だ。恐怖を“理由”に変えてくれる。
——0時以降廊下に出ない。
結菜は繰り返した。繰り返すほど、言葉は輪郭を持ち、輪郭を持つほど、誰かを罰する道具になる。
罰したいわけじゃない。罰することで安心したいだけだ。
*
朝、目が覚めたとき、結菜は自分が浅い眠りを繰り返していたのを知った。夢の内容は覚えていない。覚えていないのに、胸の奥にざらつきだけが残っている。
布団の中でスマホを見る。圏外。時刻は06:12。
窓の外が少し白い。雪は降っていない。湿った曇り空だ。
航は先に起きていて、窓辺に立っていた。
「寝れた?」
航が聞く。
「……少し」
結菜は曖昧に答えた。曖昧が嫌いな空気の中で、曖昧にしか答えられない自分が滑稽だ。
朝食は八時と峰岸が言っていた。
結菜は顔を洗い、髪をまとめた。鏡の中の自分はいつもより目の下が濃い。
部屋を出ようとして、結菜はふと気づいた。
封筒がない。
いや、封筒は昨夜、保管箱に入れた。部屋にあるはずがない。ないのは当たり前だ。
なのに、胸がざわつく。置いた場所が“他人に触れられる場所”だからだ。
結菜は階段を下り、食堂脇の保管箱へ向かった。
廊下は静かだ。足元灯は消えている。人感センサーは人が通れば点く。いま自分が通っているのに点かない。
結菜は立ち止まった。
足元灯は薄暗い常夜灯のはずだ。人感で“少し明るくなる”。その変化に気づいた気がした。昨夜の光。
いまは、変化がない。
結菜は自分の記憶を疑った。昨夜、光ったのは本当に足元灯か? 窓の外の車のライトじゃないか? それなら——いや、車が入ってくる音はしなかった。
食堂脇に着く。保管箱の引き出しを開ける。
封筒はあった。奥に滑らせた位置のまま。
結菜は息を吐いた。
でも次の瞬間、息が喉の途中で止まった。
封筒の位置は同じなのに、置き方が“きれい”すぎる。
昨夜の自分は、焦っていた。奥に滑らせたけれど、封筒の角は少し斜めになっていたはずだ。
いまは、引き出しの角と平行に揃っている。
誰かが触った。
触ったのに、何も盗っていない?
盗っていないなら、触る理由は?
結菜は封筒を取り出した。封の部分に破れはない。開けられていないように見える。
でも、封筒の厚みが少し違う気がした。違う気がする、では足りない。結菜は確かめたくなる。
確かめたい。確かめるべき。正しいこと。
正しいことが危ない。
結菜は封筒を開けないまま、部屋に持ち帰ろうとした。持ち帰れば安全だ。安全なら、誰も触れない。
その瞬間、梨央の言葉が脳内で鳴った。
「部屋に置かないで。誰かが触れるから」
安全を選んだつもりが、ルールから外れる。ルールから外れると、疑われる。疑われると、また構造が動く。
結菜は封筒を食堂の卓に置き、その場で中身だけを確認することにした。
手を動かす。封を切る。紙の擦れる音が、朝の静けさに妙に大きい。
中には数枚の紙。タイトル頁。説明。署名欄。条項。
結菜は条項に目を走らせて、眉を寄せた。




