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統治

天文十九年(一五五〇年)三月 摂津国武庫郡 瓦林城下


 あれだけ揉めに揉めた和睦交渉だったが、細川右京大夫が折れてからはあっという間に妥結に至った。皆が思っただろう、あの男が最大の障害だったのだと。

 剃髪入道し、普元と名乗った右京大夫が先んじて普門寺に入ると、その後を追うようにして公方様と大御所様が入洛した。そして細川次郎氏綱殿が京兆家当主として右京大夫に任官し、同時に聡明丸殿が次郎殿の養子となった。

 ここまでが先月に起きた出来事だ。京洛の人々は今回の和睦を大変喜んでいたようで、公方様が入洛したときは大勢の民衆が押し寄せて騒ぎになったらしい。


「我らはその騒ぎに関わらずに内政に励んでいるわけでございますが」


「仕方あるまい、長左衛門。私が功績を上げ過ぎると後々に響くからな、功績は他に譲った方が都合が良いのだ」


 この日、私は長左衛門と護衛の兵数人を伴って瓦林の城下を視察していた。和睦絡みのごたごたで私自身は政務に携わっていなかったものの、長左衛門や新たに雇った家臣に命じて色々と手を打ってはいたのだ。今日の視察は効果のほどを確認するためだ。

 私が実行した政策は三つだけだ。

 一つは検地の実施。これは徴税の効率化と土地の境界を曖昧にしないためのものだ。但し、既に収穫の時期は終わっていたために税率の変更は今年の収穫以降ということになっている。

 二つ目は関所を整理して要地のみの設置としたことと関銭の引き下げ。これは通行の活発化を促し、領内に落ちる銭を増やすための施策だ。特に摂津は戦があったばかりで人心も荒れ気味だ。此処で上から統制をかけることで交通の秩序を保つ狙いがあった。

 最後が所謂楽市令の発布だ。これは近江の六角弾正少弼殿が先年に発布したものを参考……というか剽窃したもので、瓦林元堯を通して三好家が本所となる形で市場税の免除を行うものだ。座への手入れはまだ行っていない。私にそれをするだけの政治的な立場がないからだ。いずれ、ということで座長たちは警戒心を抱いているようだが。


「関の整理と関銭の引き下げですが、これの効果はそれなりといったところでございます。商人は多少流れて来てはいるようですが、はっきりとした効果が見えてくるのはもう少し後のことになりましょう」


「そうだろうな。検地の方はどうであった?反発があったと報告は受けているが」


「誰であっても、自分の懐に手を突っ込まれるのは嫌ですからな。多少揉めたというところはございます。とはいえ、あくまで此度は検地だけの実施でございましたので……」


「兵を出すには至らなかったか。税率についての御触書(おふれがき)は出したのであろう?」


「こちらは喜ばれております。何しろ四公六民でございますからな、民百姓は暮らしやすくなりましょう。ただ、地侍たちは己の取り分が減ると不満を抱えておるようですが」


「取り分か、元々不当に貪っていたものを正すだけであろうに。……とはいえ、正論では解決にならないのだろうな」


 私の言葉に長左衛門が頷く。苛斂誅求は民草を疲弊させるだけであって、最終的には逃散(ちょうさん)か一揆を生む原因でしかない。地侍たちもそれは理解していることだろう。

 とはいえ、今まで何代にもわたって続けてきた、しかも自分たちが美味しい思いをしてきたものを変えるのは二重の意味で難しいだろう。心情の面でも、利益の面でも。


「既に布告した内容を変えるわけにはいかん。それをすれば今度は民からの信用をうしなうことになるからな。……市を利用して、何か収益をあげる手立てを考えてみるとするか。次の評定で諮るゆえ考えておくよう、報せを出しておいてくれ」


「畏まりました」


 話しながら辻を歩く私たちに向けられる視線は様々だ。町人と商人は概ね好意的で、農民は好意的な者もいれば、警戒している者もいる。

 坊主は何とも難しい。表面上は平然としているが、内心ではあまり面白く思っていないかもしれない。折衝が思うようにいかなかったので、楽市令の対象から寺内町が管轄する楽市場を除外したのが原因だ。勝手に減免して揉めるよりは良いかと思ったのだが、結果として、門前市での出店数が減っているらしい。私が商人と客を奪ったと思われているのだろう。検地のことも面白く思っていないかもしれないな。

 もっとも露骨に敵意の籠った視線を向けてくるのは豪族や武士と思しき身なりのいい者たちだ。彼らが私の打ち出した政策で最も実害を被った層だから、仕方のないところはあるだろう。


「皆から好かれるなど、どだい無理なことでございますぞ」


「分かっている、そんなことはな。……民草が潤ってこそ我らの暮らし向きが良くなる。それを思って政策を打ったのだ、今更後悔などするものか」


「その割には沈んだお顔をしておりますぞ」


「自分が嫌われていると知って平然としていられる程達観はしていないぞ、私は」


 “甚五郎様はまだ七歳でございましたな、そういえば”などと言って長左衛門が笑う。彼に限らないことではあるのだが、周りの大人たちは私を子供として扱っていないフシがある。元服をしたから、という風でもないから不思議なものだと思っていたのだが、


「あれだけ才気を見せたのです。これで子供扱いする方が却って不自然でございましょう」


 という長左衛門の言葉になるほどと思ったものだ。


――――――


 

 田畑の見回りを済ませた私たちは帰途に就いた。日が傾き、辺りは暗くなりつつある。城まではそう遠くないから、完全に暗くなる前には辿り着けるだろうか。


「だいぶ掛かってしまいましたな」


「そうだな。だが、感触を直接確かめることが出来たのは悪くなかったと思う」


「如何でございましたか?」


「政策の効果が出てくるのは今年以降のことだ。小僧が何をしでかすのか、まずは様子見といった所だろう」


 長左衛門が私の言葉に笑い声をあげる。なにも笑うことは有るまいと思うが、年嵩でも己の功を誇り、施策の効果をすぐに求める者がいるのも事実だ。そうであれば、まだ若年に過ぎない私が達観したようなことを言うのは確かに面白いのかもしれない。

 余計なことを考えて、視線を他所に向けていたおかげだろうか。視界の端で光るものを見留めた私は反射的に長左衛門の袖を掴み、諸共に身体を投げ出すようにして地面に伏せていた。一瞬前まで二人が立っていた場所を矢が通り過ぎ、何本かが木に突き刺さる。


「なっ……!?」


「敵襲だ、構えろ!」


 叫びながら長左衛門を横に蹴り飛ばし、脇差を抜いて構える。今の体格ではまともに振れないからと無腰で出かけようかとも考えていたが、一応持ってきておいて正解だったようだ。もっとも、これが役に立つとは思っていないが。

 兵たちが刀を抜くのと、喚声を上げながら敵が襲い掛かってくるのが殆ど同時のことだった。身なりはみすぼらしく、武器も防具も手入れが行き届いているようには見えない。恐らくは浪人者だろうが、十人を超す人数は脅威だ。こちらは私を入れても五人しかおらず、しかも不意を突かれているのだ。


「守っては敗けるぞ、前に出るのだ!」


 私の声に、兵たちが応じるように喚声を上げる。ようやく立ち上がった長左衛門の尻を蹴とばし、私も駆けだす。正直に言えば足手纏いでしかないのだろうが、敵の狙いは十中八九私だろう。ならば、私のすべきことは一所でじっとしていることではなく、忙しなく動き回って敵を攪乱することだろう。


「おう、私はここぞ!このような童の首一つまともに獲れぬとは、話にならぬ刺客よ!」


 叫びながら駆けだすと、浪人たちの動きが乱れた。露骨に貶されて頭に血が上ったとみえる。その隙を突かれ、一人が切り伏せられた。

 自分の方へにじり寄ってくる男が三人、長左衛門のところに三人、兵たちのところにそれぞれ二人ずつで合計すると十二人か。依然として此方が不利なことに変わりはない。

 三人が私を囲むようにして油断なく距離を詰めてくる。戦い慣れしているのか、私の挑発にも殆ど乗ってこないのは敵ながら流石と言うべきか。しかし、このままでは拙いのも事実。さて、どうしたものか……。


「うおおおっ!」


 蛮声を上げて浪人の一人が斬りかかってくる。後ろに素早く退いて斬撃を躱しながら、打開の手立ては無いかと周囲を見回す。この辺りは人通りも少ないのか、それとも最初の喚声で逃げ去ってしまったのか、人の気配が全くない。


「若だけでもお逃げを!」


「阿呆なことを言うな!それに、私の足ではどちらにせよ逃げ切れん!」


 長左衛門の悲鳴のような声に叫び返した直後、浪人が斬りかかってくる。反応が遅れた上に振り下ろす速度が速い!これは避けられ――


「ぐわあーッ?!」


 叫び声をあげて私に斬りかかろうとしていた男が蹲る。彼が押さえている手には小さな鉄の塊が突き刺さっていた。


「何者だ!」


 浪人の一人が叫ぶと、闇の中から滲み出るようにして男が現れる。柿渋で染められた装束に、面頬で顔を隠している以外にこれといって特徴のない姿だ。噂に聞く忍びというものかもしれない。

 彼は浪人の問いに答える事無く、流麗な所作で刀を抜いた。この場の全員に緊張が走る。この男は敵なのか、それとも……。


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