病膏肓に入る
天文十九年(一五五〇年)一月 摂津国武庫郡 越水城
「若様、昨年はご厚情を賜りましたること、この元堯厚く御礼申し上げます。本年も変わらぬご高配を賜りますよう、お願い申し上げまする」
「なんだ、随分と畏まった挨拶ではないか。今まで通りでも構わないのだぞ?」
そう言って笑う兄上に、私は努めて真面目な表情で首を横に振った。
「そういう訳には参りませぬ。私は既に元服し、瓦林の家を立てるよう殿に仰せつかった身でございます。つまるところ三好家にとっては一家臣に過ぎぬ身の上ということ。私が狎れた態度をとれば、家中の秩序が乱れることになりましょう」
「生真面目なことだ、そなたらしいな。……分かった、そなたの意志を尊重しよう」
和睦の件はあれ以来私の関わる所ではなくなり、三好家の中枢と六角家、公方様との間で進められているらしい。
という訳で自由の身となった私だったが、特に何かをするわけでもなく、浪人者を家臣としたり、領内を見回ったりしているうちに新年を迎えた。そうして、こうして越水城を訪れているという訳だ。
「元服というのはどういうものなのだ?私も早く父上のお役に立ちたいのだが、お許しが出ないのだ」
兄上が身を乗り出してくる。やはり元服というものに憧れがあるのだろうか?それとも私に先を越されたことに思うところがあるのだろうか。……いや、兄上の様子を見るに興味本位だろうな。
「さほど変わりませんよ。元服するのかどうかよりも、心構えの方が重要でございます。加えて言えば、私が元服できたのは瓦林の再興という名分があったからでございます。兄上は三好の跡取りでございますれば、今はしっかりと傅役の日向守殿、弾正殿に学ぶことが肝要と愚考致しますが」
私の言葉に渋々ではあるが兄上が頷く。根が素直なのだろう、理を尽くした説得には耳を傾けてくださるのだ。
「その理屈であるならば、そなたには心構えがあったということにはならないか?」
「……そういうことに、なるやもしれませぬな」
「どういう心構えなのだ?教えてくれ」
「嫌でございます」
にこりと笑ってにべもなく突っぱねる。知られても構わないのだが、何より私が恥ずかしいのだ。兄上には料簡していただこう。
――――――
その後何度か繰り返された押し問答は、途中で父上の小姓が私を呼びに来たことでお流れとなった。兄上は恨めしそうに私を見ていたが、此処は私の粘り勝ちということにして欲しい。
書院に通された私は、父上だけでなく三好家の重臣一同の視線を一身に受けることとなった。
「これが甚五郎か。随分と大きくなったな」
私を興味深そうに観察しているのは、父上から阿波を預けられている三好豊前守之虎叔父上だ。私がほんの赤ん坊だった頃に会ったきりだそうで、一族の誰とも似ていない私の顔をまじまじと眺めている。
「面はこうだが、中身は兄者譲りって話だ。此度の和睦の件、最初に言い出したのはお前さんなんだろう?」
何が面白いのか、私の頭を乱暴に撫でながら笑うのは十河讃岐守一存叔父上。その様子を見ながら安宅摂津守冬康叔父上も穏やかに笑っている。皆、私が仇の孫だと知っているというのに、少なくとも表面上は普通の叔父と甥のように接してくれている。
「そうですが、策をお採りあげくださったのは父上ですし、あの程度は私でなくてもいずれは思いついたことでしょう」
「そうは言うがな、甚五郎。我らでは右京大夫とも公方様とも因縁が強過ぎるところがある。言い出すにしてももう何年か先になったであろう。今すぐに、というのは間違いなくお前さんの功績よ」
直截に褒めてくれる讃岐の叔父上の言葉は、私にとってはどうにもこそばゆいものだ。柄にもなく照れていると、それが面白かったのだろう。讃岐の叔父上は声を上げて笑い始めた。
「加えて言うのであれば、今出川様の筋を使って六角弾正少弼殿を巻き込んだのも妙手でございましたな。お陰で交渉はかなり順調に進んでおります」
涼し気な顔で茶を飲みながら語るのは、三好家の政務を取り仕切っている松永弾正忠久秀。いかにも能吏といった風体をした壮年の男だが、父上に対する忠誠心は非常に篤い。弟の備前守長頼も丹波で重要な役目を預かっているから、兄弟揃って辣腕の持ち主なのだろう。
「右京大夫の始末は大丈夫なのだろうな、弾正?あれに少しでも手心など加えてみろ。俺が奴を直接始末してくれる」
讃岐の叔父上が弾正を睨みつける。正反対の性格をしているからか、讃岐の叔父上は弾正を毛嫌いしているフシがある。武芸に優れた叔父上と、才知に長けた弾正、相性は悪くないように思うのだがな。
「問題はございません、讃岐守様。本人は頑強に反対しておりますが、公方様と弾正少弼殿が揃って和睦を推し進めております。そう遠からず和睦は成りましょう」
「弾正少弼はともかくとして公方様もか。一体どういう風の吹き回しだ?」
豊前の叔父上が問いかけると、弾正はくすりと笑って茶碗を脇に置いた。何の気無しの所作一つが何とも流麗で、思わず見惚れてしまう。
「どうやら義晴公のお加減が芳しくないようです。坂本に御動座なされた頃から兆候はあったようなのですが、昨年の年の瀬から体調を崩しがちなのだとか」
「なんと、それは真か?」
「京から医師が呼ばれたと聞いておりますが、恢復したという話もありません。どうやら相当に病状は重いようで」
弾正の言葉に座がシンと静まり返る。父親が病。それも病が膏肓に入ったというほどであれば、最期を京の都で迎えさせてやりたいと考えるのはそうおかしなことでもない。
「六角と諮って、和睦を速やかに纏めた方が良いかもしれませぬな、兄上」
「そうだな。先代様に含むところが無いとは言わぬが、それでも将軍の位にあったお方だ。最期は然るべき場所で粛然と迎えるべきか」
「この件、手当てを誤れば当代様との間に遺恨を残すことにもなりかねませぬ。万が一にも遺漏があっては後々に響きましょう」
摂津の叔父上の言葉に、父上と日向守殿が重々しく応じる。
三好家が右京大夫と争うのも、祖父に右京大夫が一向宗をけしかけ、腹を切る所まで追い込んだのが原因だ。父上たちは葬儀をあげることも出来なかったと聞く。それだけに、今回の件には実感を伴う危機感を抱いたのだろう。
「今月のうちには条目を纏め、来月には起請文を取り交わす。その上で、遅くとも再来月までには帰洛という運びにしたいものだな」
「それが最上でございましょう。出来れば阿波のご舎弟殿にもご助力をいただきたいのですが……相変わらずでございますか?」
弾正が問いかけると、豊前の叔父上が渋い表情で頷いた。ご舎弟殿?首を傾げていると摂津の叔父上が教えてくれた。
阿波に右京大夫の弟、細川持隆という方が居るそうだ。平島の足利義維様に仕えているらしいのだが、その方にも今回の和睦に協力するよう打診していたらしい。
「兄の行状にはうんざりしている。もう関わりたくはないの一点張りでな。静かに義維様にお仕えしたいと言って聞かぬのだ」
「左様でございますか。……無理強いしても致し方ありますまいな。とりあえずはその旨を右京大夫に伝えることに致します。身内にも見捨てられたと知れば、右京大夫も気落ちしましょう」
弾正の言葉に、座の面々も不承不承といったふうに頷いた。積極的に動かせぬのであれば、牽制に使うくらいしかないだろう。
「ところで、私は何故呼ばれたのでしょうか」
まさか新年の挨拶という訳でもあるまい、などと思っているのだが。父上は私の問いかけに意地の悪い笑みを浮かべた……ような気がした。
「また京へ行ってもらおうと思うてな」
「京へ、でございますか。今出川様への御礼言上を?」
「それもある。それもな」
それも?ということは、そちらはついでということだろうか。首を捻っていると、父上が口の端を吊り上げた。
「近衛家に行って参れ。この文を持ってな」




