弾正少弼
天文一八年(一五四九年)十一月 近江国蒲生郡 観音寺城
進藤山城守貞治、蒲生下野守定秀の二人が観音寺城の書院を訪れると、幾分背を丸めた主君、六角弾正少弼定頼が深い溜息を吐いたところだった。
貞治と定秀は顔を見合わせる。明らかに厄介事だ。どちらから切り出す?無言のせめぎ合いは一瞬のこと、諦めたように息を吐いた貞治が声を掛けた。
「御屋形様、お召しにより進藤山城守、蒲生下野守の両名、参上致しました。……大事でも出来したのでございますか?」
「大事といえば大事だが、今はまだそうではないとも言える。……今出川前左府様から文が届いたのだ」
定頼の妹と今出川の先代当主、今出川季孝との間の子が現在の当主である今出川公彦だ。その縁もあって、六角家と今出川家の間には定期的な文のやり取りがある。時候の文であれば何の問題も無い筈だが。貞治が問いかけると、定頼は渋い表情を浮かべた。
「坂本の公方様と右京大夫殿をどうするつもりなのか、と聞いてきた。このまま山城を挟んで睨み合いを続けるのかとな。公家の間で随分と話題になっているそうでな、心配して尋ねてきたということよ」
武力を持たない公家にとって、武家の動向は細心の注意を払って警戒すべきものの一つと言える。山城を挟んで向かい合っているという現状を鑑みれば無理もないことだ。その意味では、公彦からの文にはおかしな部分はない。
「しかし御屋形様、前左府様の邸を三好筑前守の息子が訪れていたという情報も入っております。その手紙は三好からの要請と見ることも出来るのではありませんか?」
定秀の言葉に定頼も頷く。状況を鑑みれば、三好家からの働きかけがあったと考えるのが普通だ。
「そのことは書いてあった。その上で、公家である自分が気を回して聞いている……という体で文を送ったとな」
「と言いますと?」
「三好から和睦などと言い出せば、足元を見られかねんということだろう。だから儂の縁者であり、公家の前左府様を通したのよ」
貞治が首を傾げる。であれば、文にそのことが書かれているのは筋が通らないのではないか?
「足元を見るのは公方様と右京大夫よ。実際に戦っておらぬからのう、目先の情報に踊らされて大騒ぎしかねん。それこそ、実は三好の支配体制は盤石ではない……などと言ってな」
苦い表情の定頼に、貞治たちも同意する。加えて言えば、江口合戦において六角は既に面目を失し、更に三好とことを構えるのは得策ではないという方針を内々に固めている。
六角家は南近江で一万ほどの兵力を出せるだろうか。それに対して三好は二万を超える。倍の相手とがっぷり四つに組んで戦うなど正気の沙汰ではない。加えて、丹波も晴元が居ない今では戦力を引き付けることは出来ないだろう。南丹波の内藤、波多野が防波堤として機能する現状では猶更だ。浅井のこともある、とてもではないが戦争など出来る状況ではないのだ。
「我らは出来ることならば戦いたくはない。民を徴したばかりだからな、そちらも労わらねばならぬ。だが、坂本の方々を置いておけば遠からず火が付きかねんのもまた事実だ。厄介なことにな」
「左様でございますな。しかし、条件は如何なさるおつもりで?持って行き方次第では公方様は賛成するやもしれませぬ。しかし右京大夫殿は……」
定頼は細川右京大夫晴元にとって岳父にあたる。元々は畿内の安定を眼目とした縁組だったのだが、今ではその縁が却って畿内を不安定にしている。独自の兵力基盤を自ら崩し続けた晴元は、とうとう最大の兵力を持つ三好家から完全に切り離された。こうなっては最早再起することは叶わないだろう。
あの権力欲に目を曇らせたような婿の顔を思い出し、定頼は顔を顰めた。
「そうさな、奴は諦めんだろう」
定頼は僅かに息を吐き、文に目を通す。
「……公方様方に対しては、あくまで三好と細川の私闘であり、三好家としては手向かいをするつもりは無い、とするそうだ。坂本へ動座したのも右京大夫が原因であるとな。それゆえ、京都へお戻りになるのであれば、その時期や道中の安全については三好家が家名に懸けて保証すると申しておるそうだ」
将軍家に対しては最大限配慮をする、というのが三好家の出した結論だった。
先代の筑前守元長が腹を切ることになったきっかけの一つが、先代公方の義晴にあることは周知の事実だ。だが、その責めを問わないと言っているのだ。これは三好家がかなり譲歩を見せたと周囲には映るだろう。
「それであれば公方様も同意しやすいやもしれませぬな。何しろ形式的には三好が頭を下げているのですから」
定秀が納得顔で頷く横で、貞治は考え込むように首を捻っている。
「三好家は、右京大夫殿についてはどうすると言っておるのでございますか?それ次第では公方様も和睦は出来ぬと言い出しかねませんが。我らも右京大夫を切り捨てた、などと要らぬ悪名を背負わされかねませんぞ」
「右京大夫だが、やはり此度の騒乱の元凶でありこれを許すことは出来ぬとのことだ。それ故に右京大夫は剃髪出家のうえで普門寺にて隠居とし、次郎氏綱に京兆家の家督を継がせると」
定頼が文を見ながら答えると、貞治は渋面を浮かべて首を振った。
「それでは公方様も、我らも受け入れることは出来ませぬ。せめて隠居に留めて貰わねば……」
そう結論を急くな、と笑った定頼は文を広げ、長慶からの要求を直接写したと思しき部分を読み上げる。
――細川右京大夫晴元は一度前公方様と敵対するも、現在では一心に公方様に仕える誠忠無比の御仁であることは、これを天下もよく知るところである。しかしながら半隠軒宗三の如き佞臣の讒言を信じ、池田三郎五郎信正を切腹に追い込みたる儀はまことに理不尽な仕打ちであり、これを赦しては亡き三郎五郎の面目が立たず、また池田衆をはじめ摂津国人衆の心も大いに動揺することは必定。故に右京大夫は剃髪出家の後引退、京兆家の家督を細川次郎氏綱殿へ譲ることを求める。ただし、それでは右京大夫の面目を徒に潰すこととなり、公方様、また六角家としても受け入れがたい提案であることと存ずる。そこで右京大夫の嫡男聡明丸を次郎殿の養子とし、次の京兆家家督については公方様の存念次第とする。
聡明丸は晴元と定頼の娘との間に生まれた子供で、現在は三好家で庇護されている。氏綱に子が無いことからも無理筋の要求ではなく、かつ氏綱に嫡男が生まれた場合のことも考えられている。総じてみれば悪くない提案だ。
「……これはまた、何とも妙手を考えるものでございますな」
「これならば右京大夫殿を抑える名分としても十分に使えましょう」
これを拒否すれば、今度は晴元が引き際を心得ぬ愚か者として天下に面目を失うことになる。既に摂津衆、そして波多野が細川から離れたことと併せれば、殆ど孤立無援に等しい状況にあることは流石に彼にも理解できるだろう。
「四郎が何もできずに兵を退いてきた時はどうしたものかと思ったが……潮目が変わるやもしれんな」
定頼は自分の嫡男の出来が悪いなどとは思っていない。江口合戦にしても、援軍を率いた四郎義賢の動きが鈍かったというよりは、相手方の長慶の動きがあまりに迅速だった。さらに言えば、晴元がもっと戦線を押し上げていれば結果は違ったと考えている。
それでも、結果は結果だ。六角は間に合わずに面目を失し、半隠軒宗三は死んだ。そして細川の勢力は後退し、畿内における三好の勢力は盤石になりつつある。
中央にばかり目を向けて鬱々としていた定頼は、江口合戦以来数か月ぶりに心から笑った。
「この和睦はなんとしても纏めねばならん。その上で、これからは中央よりも近江の一統に注力した方が後々のためになると儂は考えておる。その方らはどう思う?」
中央に切り込むには味方が少なく、相手はますます強大になる一方だ。であれば、政情の不安定な北近江へ影響力を強め、ゆくゆくは六角家による近江一統を成し遂げるほうが利益は大きいだろう。近淡海を用いた水運が齎す利益は、六角家にとって喉から手が出るほどに欲しいものだ。
「某も同意いたしまする。京極六郎と浅井左兵衛尉との間に起きた戦はまだ終結の途も見えておらぬ様子。此処は積極的に介入し、北近江に楔を打ち込むべきかと存じます」
定秀の言葉に力強く頷いた定頼は、口の端に獰猛な笑みを浮かべた。齢五十四、六角家最大の英傑の覇気は未だ衰えることを知らない。




